036 一位VS二位(2)
どうぞ。
特技を撃つには対価がいる。初心者どころかプレイしたことがないものにでも、ある種の常識として知れていることである。しかし何を代償にするかはゲームによってもかなり違い、命を捧げるものや特定のアイテムを集めなければならないものもある。
ディーロ・メルディウスに限らず、魔法職の化人族に一般に見られる奥義は「装飾品を代償として魔法を撃つ」というものだ。最大MPが少し減る代わり、装飾品には減ったMPよりも高いMPが込められ、さらに耐久値をもMPに変換することで、かなり高位の魔法を起動した数の分だけ連発できる。爆弾かと思って蹴り返したそれが凄まじい光を放ち、少なくないダメージを受けたのを確認して、エヴェルはようやく警戒を強めた。
(爆弾なら少しは対処できるが……まさか、このまきびしすべてからか)
ベーシックな魔法耐性を備えた「黒剛鋼シリーズ」だが、苦手属性をしっかり補填するといったような効果はない。本体としては大した魔法耐性を持たないエヴェルにとっては、どの攻撃も同じように危険だった。
アヤトを襲っていた黒いリボンが、今またエヴェルの前に現れる。
(回避可能なスピードだが、増えていく上に消えないのが厄介だ)
そして、光に変化して爆発するという凄まじい性質さえ発揮してみせる。
ディーロは「彼こそが自分の天敵だ」とエヴェルを評してみせたが、防御がなっていないエヴェルにとってもディーロは天敵である。お互いに最大の敵となり得る理由は表向きこのようなものだが、実際のところはかなり違う。
ディーロの特技はエヴェルに対して抜群の効果を発揮する。
――そして、エヴェルの特技はディーロを一撃で殺し得る。
今回の戦いにおいてディーロが〈第一之禍・デッドリィデュアル〉を使おうとしないのは、その大きな隙を狙われてはいけないとの考えからだった。アヤトとの戦いに使わなかったのも同様の理由である。
(これだけ細かい動きをされていると、さすがに特技を使う余裕もない……。やはり最後までディザスターは使えないか)
エヴェルは〈第二之禍〉を温存しているのではない。ある程度の溜め時間が必要な特技は、その途中でキャンセルされることが多い。普通の相手ならばキャンセルされても問題はないが、こと英魔相手になると話は違ってくる。エヴェルのステータスを以てしても、一瞬の隙が命取りどころかそのまま死につながることさえあるのだ。
闇の糸と光のリボンが混じり合い、特異なフィールドを形作っていく。その中を潜り抜けるほど愚かな彼ではないが、だからといって簡単に追い詰められるようなルートを選ぶ彼でもない。エヴェルはあえて数本の糸を受けて消し飛ばしながら、そのダメージの大きさを推し量る。
(立て続けに受けると死ぬな。とはいえ今回はその方が都合がいいわけだが……装備効果が不発に終わらないことを祈っていよう)
エヴェル・ザグルゥスの主な性能は再生力である。自動回復や傷の再生は他の化人族の何倍も早く、攻撃を与えるごとにHPを吸収するスキルもあって、傷を全く負わないかのごとく見える。深刻な部位欠損が起こっても、すぐにつないで体力を吸収すれば死亡することなく戦い続けられるため「不死」と呼ばれているが、そんなことはない。重ねて、一度だけHPがゼロになるとき体力が1で踏みとどまるというパーソナルスキルを持ってもいるが、あれが起動することはめったになかった。
伸びあがるリボンを避けて、水平に刺し貫く三本の光線を切って弾く。ダメージ部分さえ切ることができれば、理論上は叩き落とせる。ほぼ不可能だが、ごくまれにできるため賭けに出たのだ。三本同時にとはいかず一本は受けたが、二本を潰しただけでも価値は大きい。
(……「増撃」は魔法には影響しないか。地味だが大きな戦果だ)
受けた光線は、さっきと同じくらいのダメージだった。要するに増えておらず、ディーロの「増撃」は魔法に対して影響を及ぼさないことになる。
「〈起動〉」
ディーロの声とともに、縦横無尽に張り巡らされた白と黒が一気に炸裂した。
エヴェルの体が枯葉のように転がり、闘技場の壁にぶつかる。
「ざまぁねえなエヴェル……そんなもんじゃねえだろ!! 本当に鈍ったか? 格下相手に慣れちまって体ぁ持て余してんのか?」
「そんなことはないんだがね。君は私の持つアドバンテージをほとんどすべて潰してしまう。当然のことだが、使おうと思った戦法もほとんど通用しなさそうだ」
槍が地面に放り捨ててあるのは、単に回収する時間がなかっただけのことだ。
「自動回復や体力吸収は、攻撃とカウンターの応酬で潰れる。どうやっても敵じゃないから「敵対」は起きない。これだけ連続した攻撃なら、復活しても即座に殺されるだろう。そうなると……本当に追い詰められていることになる」
手は残してあるにしても、エヴェルは淡々と事実を述べていた。
「じゃあ何だ? 負けを認めるってか」
「言ったことと言っていないことは分けて考えてくれ、ディーロ」
攻撃が止んでいるあいだも、自動回復は続いている。極めて単純な事実であるが、ディーロは傷の深さを考えてそれを放置していた。
「宣告する。私は一撃で君を倒す……一片の嘘をも含まない、これから起きる事実だ」
「ほお……。やってみろ、オレがお前を焼き尽くす前にな」
◇
いちおう杖で殴る練習はしていて、モンスターの動きを予測するとか、相手の動きを読むことがそれなりにできるつもりだった。でも、二人の動きは私の予想や読みにまったく当てはまってくれない。たまに当たったように思えるのは、ほんの偶然か、それ以外に選択肢がない状態くらいだ。
「ぼくが思っていた戦いとは違いますねぇ……とはいえ、ああなったらもう止まらないでしょうし、どちらかの命がなくなるまでは攻撃の手は止まないでしょうねぇ」
地味な人、ヴェオリさんは「ちくちく削った後必殺特技がぶつかり合う」という短期決着を予想していた。指輪と話している変なルギスさんは「魔法で決着をつける」、怖い顔のシュールームさんは「死ぬまで殴り合う」という両極端すぎる答えだ。
「でも魔法の気配がするよ? 上の方に結界と同化するくらいで仕掛けてるんじゃないかなー……一撃必殺のすっごいの」
「それは分かってんだがよ、エヴェルさんは結局どんくらい力を解放してんだ? 人間形態を極めると本来の七十パーセントまで力が出せるってことはだぜ、今は八十パーセントくれえなのかよ」
常にそれだけのハンデを抱えて私を助けてくれていたのかと思うと、ちょっとだけ心が痛い。と思ったのを読まれていたのか、ヴェオリさんは「初心者を助けるくらいなら簡単にできますよ」と言った。
「正直、力を真面目に解放する必要があるのはこんなときくらいですからねぇ。あと伝説に残るようなボスを倒さなきゃならないとき。国を傾けるような存在でなければ、英魔がその力を発揮するには足りないんです」
「傾城の美姫はどうかなー?」
「混ぜっ返すんじゃねえルギス……そりゃ力で対応するもんじゃねえだろうが。それよかあれはどうなってんだ? 武器を拾ってねえのはどういう理屈だよ」
エヴェルさんもディーロさんと同じように武器を爆発させるつもりかな、と思ったけど、あの人は魔法は一切使えないはずだ。
「いくら素早かろうがあの状況で武器を拾う余裕はありませんよねぇ……。というか、このままだと師匠が勝ちますね」
「え、えっ」
「大丈夫だよー、ユキカちゃんは何もされないよ?」
ルギスさんの笑顔は、視線がどこかずれていて普通の顔より怖い。
「戦いを「体力の交換」と考えるなら、圧倒的有利はエヴェルさんにある。考えてもみろ、自動回復するわ吸収するわ、回復し放題なんだぜ。体力を無から作り出すんだ。……ただ自動回復ってのはどうしても少なくなりがちだし、今回は吸収を封じられてる」
「ボス戦では有利でしょうし、反射を持たない敵なら、ただ打ち合っているだけでもいずれ死んでくれますからねぇ。反射を持っているとかなりまずいわけですが……まさかあのエヴェルさんが、師匠への対策手段を持っていないわけがないですよねぇ」
買い被りではなくて、この人たちは本当にエヴェルさんを信じている。
「……どうしてそこまで信じてるんですか?」
「ナイショにしてほしいんだけどねー……ディー兄ぃはね、エヴェルさんを心底憎んでるってわけじゃないんだよ。というか、ほんとはすっごく信頼してるんだ……ここから先は、言わない方がよく分かるよねー?」
「だからこそ、ですか?」
「うんそう。誤解を恐れないでいうとしたら、恋人に裏切られた気持ちみたいな……。背中を預けた親友が、ぜんぜん違うこと言い出したらね? ディー兄ぃの気持ちは、ちょっとだけ分かるんだー……姉さんもそうだから」
ほんの一瞬だけ視線が合ったけど、その目はすぐに伏せられて、ルギスさんの目は指輪の世界に落ちていった。
「最前線、隣で戦った二人ですから、絆はとても深いものなんですよねぇ。ところが人間に対するスタンスは真逆だったもので……」
ヴェオリさんは、闘技場で戦う二人を見ながらつぶやく。
「エヴェルさんは「落ちた」と言うでしょうし、師匠は「ぬるい」と言うでしょう。どちらもあんな人じゃなかったんですよ……師匠は明るいオタクだったし、エヴェルさんは子供っぽい人だった」
「詳しくは知らねえが、あの二人はとくに変わったらしいぜ。まあほかの人たちが前からあのキャラだったって言われて納得するってのも事実なわけだが」
ディーロさんが明るいところも、エヴェルさんが子供っぽいところも想像できなかった。
「おっと……エヴェルさんが壁にぶつかりましたねぇ」
比喩ではなくて、魔法が爆発した衝撃で吹き飛んでいる。
「あ、思い出した。無詠唱の代わりに発動までの時間がめちゃくちゃ長くなるの、あったよね。ディー兄ぃが使ってるの、あれだよ!」
「自動で魔法を撃つあれですか。途中で行動してもいいし詠唱しなくてもいい……暴発しやすいと聞いてましたが、むしろ暴発したほうが都合がいいですよねぇ」
分かっていて教える手段がないのを、これほど無力に思ったことはなかった。
「ただしですよ、決死のカウンターとかだったら師匠は勝てません」
「そんなこと、できるんですか?」
私は「カウンター」という言葉をよくわかっていない。
「かすって威力を上げるっていうのもカウンター、ダメージ反射もいちおうカウンターですかねぇ……ぼくが今言ったのは、死亡した瞬間に発動する特技とか、死んでもしばらく動けるなんてスキルがあれば、って話ですよ」
「カマキリの特性ならありそうなんだけどねー。でも特性とはあんまり関係ないみたいだし、あの防御力もカマキリじゃないよね」
そこは鎧なんじゃないかな、とも思うけど、あのときは鎧を着ていない状態で龍と戦っていた気がする。
「ぼやけた情報が多すぎて、きちんとした答えを出せないんですよねぇ。エルティーネに帰ってこないわ、一緒に戦った人もずいぶん前のことで、今どうなってるのかさっぱり。職業の二つや三つ極められるくらいの期間が経過してますから、ただ職能スキルってだけでもかなりのものがあるでしょうねぇ」
聞いたことはある知識だけど、具体的には聞いていなかった。
「悪い、ぽんぽん単語出しちまって。魔術師系統は消費MP軽減ってえのが常時かかってるんだ。この職業さえ取っちまえば永続する職能スキルってわけだな。職人はほかの職業に切り替えると作れるものの質が落ちる……が、作れなくなるわけじゃねえ。こんな感じだ」
「じゃあ、いくつもの職業の補正が、エヴェルさんにはずっと?」
「そうだ。下級、中級、上級って続いて特級まで全部、そいつをいくつもってことになるともうめちゃくちゃだぜ。もう人間かどうかとか気にしてる場合じゃねえ、それだけでボスに近いくらいのステータスになっちまう」
明らかにもう人間じゃない。というか、それだったら擬態がどうとか考える必要もないんじゃないだろうか。
「じゃあ、どうしてエヴェルさんは負けそうなんですか?」
「ディー兄ぃはねー、まだカンストしてないんだよ。騎士見習い、黒騎士、暗黒騎士、アンコク騎士、それでいまのテンゴク騎士。特級職でもレベル五百で終わりなんだけど……超越級職は、まだ誰もカンストしてないんだよねー……」
どういうことだろうと思っていると、ヴェオリさんがまとめてくれた。
「さまざまな職業でレベル百とか五百を積み重ねたとしても……師匠の積み重ねに匹敵するかどうかってことですねぇ。決して意地悪を言ってるわけじゃない、同じ系統を積み重ねた方が効率的だし早いんです」
さあどうなるでしょうねぇ、とヴェオリさんは笑った。
「同じものの積み重ねか、スキルの数の多さか……?」
ログホラの最新刊が発売するらしいですね。買わなきゃ(絶望




