035 一位VS二位
どうぞ。
そのわずかな軌跡と生じる火花が見えることはあっても、トップクラスの視力や対応できるAGIを持たないものには戦いそのものが見えない。
右手首の鎌が首を狙い、左肘の鎌は剣を弾きながら流す。一方の右の剣は左肘を丸ごと切り落とそうと動き、左の剣は少々皮膚を傷付けても構わず首を守る。体に生えた突起を全て使って、両者は異常極まる動きを完全に対応させていた。
蹴りが剣の刃に当たっているものの、装甲の凄まじい堅固さにはかすり傷を付けるのがやっとだ。逆に鎌は黄金を浅く切っているものの、血の一滴さえ見当たらない。エヴェルの動きはAGI八万、ディーロの動きはAGI六万程度に相当するが、そこまで高くなってしまえばある程度の差を覆すことも可能になる。
見えないというほどでもないエヴェルの動きは、ディーロの力量を以てすればどうにか目で追える程度のものであり、それならば対応可能だった。致命的なものはしっかりと受け止め弾き、直接そうではないものもわざわざ受けはしない。アヤトのときのように完全反射モードにはせず、部分反射モードを貫いているのは、その攻撃力をしっかりと察しているからである。同じ英魔でも物理攻撃力は低い方だが、物理攻撃を用いる英魔のうち強い方は明らかに異常で、防御を捨てていることもある。ディーロとエヴェルの攻撃力は同等だ。
(――が、こいつの強みはそれじゃない)
攻撃以外に尖ったところが防御か素早さか、などという単純な問題を論じても仕方がない。自明のことだ。
(装備している武器を手に持たず装備状態にしているだけでも、その補正を受けられること……つまり素手が魔法効果を帯びるってデタラメな効果)
片手剣を両手に装備すると、片手ごとに違う効果が得られる。そのような組み合わせはいくらでも思いつく。対策しようがない、恐るべき長所だ。
(にしちゃ低すぎる……。今持ってるのは、出す予定のやつ。法銃だ)
読み通りエヴェルは攻撃を弾いた勢いで大きく跳躍、そのまま腰の羽根を広げて飛行し始める。だが、ディーロにも最近手に入れたところの準飛行手段があった。
「おいおい! そういうのは反則だろ?」
ディーロは跳躍し――空中に着地する。
「そう言うなら降りてくれないか?」
物理弾が凄まじい勢いでばら撒かれる。剣へ受けるダメージもさることながら、ランダムに飛び回りつつすべてが致命的かつ弱い箇所を狙っている。二丁拳銃スタイルは、反動が少なめの魔法で行うのがセオリーのはずだ。
どれだけ例外的でも、イレギュラーな事態が起きても、ディーロは動じない。なぜなら英魔とはそういうものだからだ。空中に座っているから、ただ殴っただけで相手を内部から破壊するからといって驚いている暇などない。
弾丸は決して遅いものではないが、機関銃ほどに連射されているわけではない。早くとも秒間十発というところで、その程度なら弾くことも可能だ。空中に安定した足場を作っているブーツは、ただそれのみしか特殊効果を持たない代わり、意思で解かなければいつまでも安定しており、着地どころか倒れてもその面に倒れることができる。飛び回りながらであれば互いに大変だったかもしれないが、ディーロは安定している。
「ならば、こうしよう」
放り捨てることもなく法銃をしまって、エヴェルはわずかな隙を見せる。瞬間に突撃したディーロだったが、首をかすめて長く伸びたものを叩き折ろうとして、それができないことに気付く。
「長物か」
薙ぎ払われ、ディーロは障壁に足で着地してから、その反動でもう一度突進する。エヴェルが槍で叩きのめそうとするのを見つつ、下から切り上げてその手首を狙うが――
腕の装甲にひびを入れる代わりに、肩の角を砕かれる。足場を解除して地上に降り、わずかな自動回復の時間を作った。そして腰の装飾を、ひそかに小さな武器へと変形させておく。羽根をたたんで飛びかかったエヴェルは、変化に気付いている様子もない。両手の剣を継ぎ目なく振るい、攻撃と防御を両立させながらディーロは隙ができる瞬間を待つ。
(今日のこいつはおかしいな……なぜ避けない? どんどん回数がカウントされてるのを、まさかこいつが知らないはずはない。ダメージからして分かってるはずだ)
乱数という概念はどこのゲームにもあるため多少の変動はあるが、おおよそこのくらいのダメージが何回になっているか、ということが分からない道理はない。それがかつて隣で戦った男に知れていないなど、そんなはずはないのだ。
(武器スキルを極めているし、この武具……エヴェル・ザグルゥスで間違いない。それは分かるが……今日のこいつはおかしい。いったい何を狙ってる……?)
ぶつかり合ったときのダメージからしてそれぞれの武器スキルレベルは最大かそれに近いくらい、トレードマークである黒銅色の鎧兜はいつもと同じだ。右手首と左肘から伸びる鎌のような刃も、確かに彼のものである。疑念はあるが、違う人物ではない。
(カウンター……違う。蓄積するカウンターは盾を使う……装備していれば見逃すはずがないし、インベントリに入れていれば使えないはずだ)
ダメージを受けるほど攻撃力が上がるなどといったパーソナルスキルを持っていた覚えもない。ならばいったい、何がエヴェルを追い詰めているのか。
しかし、その疑念は剣が空を切った瞬間に消える。
(間違いない、この動きだ。こいつはエヴェル……英魔第二位!)
自分を負かす可能性のある相手は、王とこの男、レェムくらいしかいない。そのような相手の動きならしっかりと把握していた。
首が折れ曲がるほど後ろへ反ったり、体を下げつつ腕は上に伸ばして剣を受け止める異形の動き。あげく蹴りを下から伸ばして、爪先で剣を受け止め、もう片方の足を腹へと抉り込む凄まじい速度。気が付いたときにはその体は横へ回っており、残った肩の突起を叩き折ろうと右手首の鎌を滑らせる。
ディーロは、ダメージ覚悟で腰に置いていた短剣をイメージ操作した。するりと半円形を描いて切り上げた短剣は、エヴェルの腹部から血を溢れさせる。装甲が少しだけ薄くなっていたところへうまく切り込んだようで、赤紫色の血液はなかなかの勢いだ。これで勝ったと思ってはいないが、再生力の低いところへ切り込めたらしい、とディーロは推測する。
「さてと……。エヴェル、何か話す気になったか?」
「少しはね。やはり君は鈍っていないな。思わず余裕をなくして攻撃を受け止めるくらい、腕が上がっている」
「冗談はよせ。避けられてただろうが」
「いいや……どこが安全か読むのにかなりかかった」
こんな言葉を真に受けるディーロではないが、エヴェルの言葉は真実だった。狙っているのではなく、彼の攻撃は読めないうえに安全地帯が分からない、必殺の剣だったのだ。今や通用していないようではあるが、止まったこの時間を狙えば、勝ちの目はある。
エヴェルは時間の隙間を縫うように近付き、剣を避けて刃と蹴りを同時に繰り出す。その異常に素早い動きは恐ろしいまでの脅威だが、ディーロにはだいたい読めている。ひざを持ち上げて蹴りにぶつけ、剣を刃に当てる。
「カウント、けっこう溜まってるぜ」
「だろうね」
こちらの攻撃は当てにくい。だが――
「まあ、今日は大盤振る舞いしちまうか。しばらく戦いの予定はねえし、神聖系も暗黒系も困ったダンジョンまでは行かねえだろう」
そう言って、ディーロは全身の装飾をその意思で吹き飛ばした。
◇
いい席にいるのに戦いのスピードにちっとも追いつけないなあ、と思っていた私のところに、地味な顔のお兄さんが来て「このメガネをかけるといいですよ」と言ってくれた。観戦用メガネというもので、けっこう高級品らしい。
「あの……ディーロさんの横にいましたよね?」
「そうですが。まあはっきり言って、申し訳ないが師匠の感情は関係ありませんからねぇ。それにあなたを探しに来たわけですし」
ヴェオリというらしいお兄さんは、不思議なことを言った。
「どうしました」
「私を探しに来たって、どういうことですか?」
「黒いドレスのお姉さん、分かりますか? テュロさんがあなたのことをぽろっと漏らしていましてねぇ。化人族を恐れないと」
すごく美人で露出の多い格好をしたあの人だ。儀式のとき背中に乗せてもらった覚えがある。
「それって特別なんですか?」
「ニュートラルな人が増えているのは事実なんですがねぇ……それでもやっぱり、人が別のものに変わるという現象は見慣れないようでして。昔の話を知らない新人でも、助けてもらったにも関わらず恐れる人が多いとか」
なる人は最初から選びますからねぇ、と地味なお兄さんは苦笑交じりに言う。
「しっつれいな話だよなぁ? 思うだろ?」
「え、ええはい」
「怖がらせちゃダメだよー……ねえ?」
どっちも怖い。
「ルギス、シュールーム、怖がらせないでくれますかねぇ。まあこんなふうに紛れていれば分かりませんが、正体を現すと途端にぎゃーうわーと逃げ出す人が多いようでしてねぇ」
分かるような分からないような感じだった。
「どうして探してるんですか?」
「そりゃもちろん、両者が歩み寄るためですとも。人間がサルを動物園に入れるんじゃなく、互いの生息域を守り合うようなことになれば……ということですねぇ。ぼくなどは無理だと思っているんですが」
ハザードのこともありますからねぇ、と言ったヴェオリさんは「こらてめー」と口をふさがれていた。化人族の秘密とかだろうか。
「化人族の頂点、英魔にはその下についてるやつらがいる。ディーロのカシラに俺たちが付いてるようにな……。ところがその配下がいねえのがあのエヴェルさんだ」
「さん付けするんですね?」
「混ぜっ返すんじゃねえ、ったく」
「すいません」
ちょっと怒りっぽい人みたいだ。
「どうしてだか分かるかい? 今の状況を考えて」
「……人間と仲がいいからですか?」
そう、だがちょっと違う、と怖い人はうなずく。
「仲がいいってなら他にもいる。だが、進んで人間を助けるってのはほぼいない。ツンデレならちっとはいるが、完全に味方なんてあの人くらいのもんだ。化人族……とくにあの人の世代はマジでヤバい。見かけりゃ殺すくらいの感覚だ。自分と同族なら全員こうだって思ってるんだよ。セカイジンも全員そうだ」
なんか知らない単語が出てきた。
「要するに、大きな流れと違うからですよね?」
「そうだよー。ディー兄ぃは怒りっぽいし、敵が大嫌いだからさ。いったん敵だってなったら滅ぼすくらいのことやっちゃうんだ。見たら分かるよねー、あの怒りかた?」
指輪を見ながらしゃべっている変な人だけど、返事してくれているみたいだった。
「にしてもあの武器の切り替え……相変わらずやべーな、エヴェルさん」
「そうですねぇ。どう見ても素手が素手じゃない戦い方です」
見れば見るほど、エヴェルさんの正体を明かすギリギリのラインが気になった。
「擬態を部分的に解くたぁ、まったくよくやるもんだとしか言いようがねーな。こんなにめんどくせえ擬態なのに、それをまた部分的にだぜ」
やっぱり擬態は面倒らしい。エヴェルさんはいつもやってるから慣れてるんだろうけど、この人たちは人間か怪人かという二者択一で使い分けしていることになる。
「まあなんだ……俺たちは確かに人間が嫌いだ。そりゃ間違いねえ。あのクソみてーな連中を思い出しただけでいくらでも怒りが湧くし、文句だけで一時間は話ができるぜ。だがよ、だからっつって全員じゃねーってことは分かってくれよな」
怖い人は、ちょっとだけ口調を和らげていた。
「はい……」
「男三人でまったく申し訳ない……しかしまあ、そうなんですよねぇ。敵か味方か、ということを手早く判断しすぎるのが馬鹿の悪いところですが、我々はそこへ猶予を持たせているわけです」
そうだよね、と変な人も笑っている。
「区別と差別は違う。ステータスに差があるから違うダンジョンに行く、これは区別。でも見た目が違うから同じ場所にいちゃいけない、これは道理が通りませんよねぇ? そもそも同じ世界からダイブ・インしているのにですよ」
「あ、それは思ってました!」
「どういー。姉さんもそう言ってるし。人間が人間だって、誰が決めたんだろうね? ね、どう思う? ……そうなの? そっかぁ」
ほんとに、誰と話してるんだろう。
「ルギスの言う通り……自分が人間であると認識しているのはいい。だが、それを理由に人間以外の種族を差別することは認めない。それも化人族だけ異様にきついですからねぇ。やはりハザード、ごほん、現実の考えも影響しているのでしょうねぇ」
おっ、見ろよあれと怖い人が闘技場の中を指差す。
「カシラが本気になったぜ……!! 魔法を全開放するつもりだ!」
最近話題のデンドロを読んでたら「グローリア」なるモンスターが出てきて(やべーやつ)、これってなんだかエグゼイドの「ゲムデウス」みたいだなって思いました。金色の三つ首なので、どちらかというとキングギドラだと思いますが。
……最新刊以降は本で読めないのかなあ。




