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034 観客三人

 時間がない! あと一週間しかないのに!!


 どうぞ。

 英魔第一位直属の部下三人、ヴェオリ、ルギス、シュールームは観客席にいた。まったく地味で何ということはない顔の青年、そして緑色の指輪をうっとりした顔でためつすがめつする平凡な青年、凶器のような視線を闘技場に送る殺す気満々の青年である。三人だけでもこの街を傾けかねない戦力だが、彼らは直属の上司から「暴れたら勘当する」と言われているため、変化する気さえない。


「おッそいですねぇエヴェルさん……準備に手間取っているんでしょうかねぇ」

「ディー兄ぃが怖くなったんじゃーないですかー。ね?」


 それはないでしょうねぇ、とヴェオリは分析しつつ、実際に行われているのはただの準備であろうことを察している。ディーロが入場するのは今から三十分も後の予定であり、当然エヴェルが来ているはずもない。


「ん、どうー? おけー、了解ー。上空にはいないね」

「無駄な手間使うなよな。感知されたらどうするんだよ」


「テイムされてるんだからだーいじょうぶ」

「相変わらずのガバガバ理論……」


 観客がほとんどいない、というより入場が始まってすらいないためぽつぽつ見えるか見えないか程度の客入りなのだが、なぜか騒がしい。というよりも、うるさい音がひっきりなしに聞こえる。


「今日ばかりはフル装備でしょうかねぇ」

「だろうな。カシラの本気が見られるぜ……本物の本気だ」


「ディー兄ぃがかー……どんなのだろうね? どう思う?」

「お前それ、人間の前ではやるなよ?」


 ルギスが指輪に優しく話しかけているのは、中に「友達」がいるからだった。友達であり子供であり、兄弟だ。ごく平凡な彼がどことなく歪んで見えるのは、ただそのせいだった。


「やらないよー。ねえ、そうだよね?」

「うわあ……重症だこいつ」


 ルギス本人にとってみれば会話なのだが、はたから見たそれは画面のキャラと話している妄想狂と同じである。


「エヴェルさんがどういう装備を持っているのかはさっぱりなんですよねぇ……なにせ、エルティーネにはちっとも滞在しないわけですから。ま、我々が情報を集めても師匠は受け取らないでしょうし……そもそも」


「俺たちの洞察力がカシラに勝ってるとは思えないもんなあ。読みを外した覚えはとくにないが、先の先を読んでるって点ではカシラに勝ったためしがない」


 トッププレイヤーなら、そのプレイヤー自身を象徴するような装備を何かしら持っている。しかし、エヴェル・ザグルゥス=ユニークハンターは「黒銅色の鎧兜」以外に特徴的な武装を持っていない。というよりも――


「あの人の戦ってるとこ、見たことないんだよねー……。ディー兄ぃは何度も共闘したらしいけど、めちゃくちゃ流って以外に何も教えてくれないしさー。それに、あの人の職業っていったい何だろう? 知りたいよねー?」


「会話してんだかしてないんだか……。そうなんだよなあ、戦闘スタイルどころか装備も謎だし、職業も……。手の打ちようがないんだよな」


 プレイヤー同士の戦いでは、そういった「相手予測」が絶対不可欠の要素になる。ごく一部の例外を除きパーソナルスキルは無視するとしても、職業や装備、いつものスタイル、そこから予測される得意技などは知っておかなければ勝てるものも勝てない。


「エヴェルさんのディザスターはなんでしたっけねぇ?」

「〈リーパーズ・ストローク〉だったかなー? ね、どうだった?」


「通りすぎた瞬間に相手をバラバラにするんだったか? ガチでやばいのは知ってるが。今さらだが、あの人って対人戦得意なのかよ?」


「負けなしとは聞いていますけどねぇ」


 人間相手に負けることなど有り得ない。そんなことは問題にしていない。話題になるのはそこから先の話である。


「あの人も相当恨み買ってますから、それなりに襲われるはずなんですよねぇ。人間がやりに来たというならともかく、化人族に襲われれば傷くらい負うと思うんですよ」


「でもさー。あのうわさは知ってるよね? 部位欠損のはなし」

「……ホラだろ? カシラの言葉でも、あれはちょっとな」


 アリは頭をちぎられても動く。カマキリの雄は頭を食いちぎられても本懐を遂げる。それは過去観測された事実であり、本当のことだ。だが、自分で観測していない事実に関してそれを信じるかどうかは、その信憑性にかかっている。



 ――あのときあいつはオレの身代わりになって前に飛び出した。特技そのものの威力はともかく、あの化け物が三連撃も繰り出したら逃げるのが普通だ。どちらかが死んでも構うなよ、って事前に言ってあったんだが……まず首が吹っ飛んで、左肩と左腕が胴体から滑り落ちた。で、ハラワタがどばっと出た胴体がゆっくり倒れて――と思ったらだぜ? 右腕が動いて、あれだ……なんだっけな、遠隔斬撃を撃ちやがった。化け物野郎が血まみれになったとたんにあいつは首をキャッチしてくっつけやがったんだ。左肩もくっついた。



「いやあ、師匠の言葉でもちょっとねぇ……。尋常ならざる再生能力ということはもちろんそうですし、HPさえゼロにならなければ細切れでも生きてはいますが……部位欠損ダメージで死ぬのが普通でしょう? そうですよねぇ?」


「虫系っていうのとさー……どう考えても、パスキルだよね?」


「だよなあ。師匠も「言わないだけで秘密にしてるわけじゃねえ」なんて言ってるしな。そろそろ客も入ってきたし、ルギス、指輪外しちゃあどうだ?」


「やだよ? うん、ごめんね……ちょっとだけ静かにしててね。だいじょうぶ、周りがうるさくなったらいっぱい見せてあげるからね。うん、うん……うん。だいじょうぶだよ」


 普通の相談なのかやばい相談なのか、シュールームとヴェオリは顔を見合わせる。


「ちょっとだけおとなしくしててくれるって」

「おう」


 暴れるとしゃれにならないのは三人とも同じだが、ルギスは街全体を巻き込むだろう。それを考えれば、彼が真っ先におとなしくしてくれるのは本当にいいことだった。……そもそもヴェオリもシュールームも暴れる気はなかったが。


「うおーカシラかっけえ! あれがカシラの本気かあ……えげつねえぜ! 面積はアレだが鎧に防御力を期待するカシラじゃねえだろうし、反射アップとかだよな?」


 混成種や化人族が装備できる防具は、人間から見るとじつに異形である。しかしそれというのも体が異形だからであり、装備する当の彼らからしてみれば理にかなったジャストフィットなのだ。


 肩の黄金の甲殻にかぶさるように白銀の翼の意匠が配置され、腕には闇が渦を巻くようなゴム状の篭手。すねに喰らいつくようなデザインのブーツは、このあいだ貪り喰らうことしか知らずに生まれた災害モンスターを倒して手に入れたものだ。


「さりげなく急所のカバーも入ってますねぇ。というかあのタコ、篭手になっていたんですか。装着感はどのようなものなんでしょうかねぇ」


「考えたくないよねー……ね?」


 あらゆるカテゴリの生物がボスになり、そして装備素材となる可能性を持っている。とはいえ、その中には「倒したくない」「死んでまで他人に迷惑かけんなや」「消えろ」「ごめん無理装備できない捨てさせていやだ付いてくるなノオオオオ――――ッッッ!!!」などと言われるものもある。虫嫌いの人がうっかり虫ボスを倒したりすると、そういう事態になりがちだ。しかしながら完全破損が難しい報酬装備はなかなかなくならず、消えず、放棄できず、渡すこともできず、インベントリに呪いのように残り続ける。


「そういう話はいいんだよばっきゃろ、カシラのすごさに刮目しろよ」

「ほんと信者だよね?」


 語りかけられているのが自分なのか指輪の中の彼らなのか、ヴェオリにはすぐに判断できない。ただ困惑するのみである。


「おっと来ましたよエヴェルさん……あちらはいつも通りの防具みたいですねぇ」

「もしかしたらだけどさー。あれって、常に本気なのかなー?」


「……いえ、それはないですよ」

「なんで?」


 ヴェオリは首を振る。


「あれはですねぇ……上級の店売り装備を店ごと巡って、自分に欲しい性能だけ固めたやつだからですよ。ああいう色をしてるので何か特別な意味がとか思うかもしれませんが、上級のとある金属のデフォルト色があれってだけでして」


「はあ? そんじゃ何だよ、あの人は――」

「舐めプで勝とうってことかなー? さすがにイラつくよね?」


「あ、よく見たら篭手だけ変わってますねぇ。ごく微妙な変化ですが、ほら」


 いつもは黒銅色の鎧兜、靴に篭手まですべてその色だが――篭手だけが鋼色だ。


「なるほど、なるほど。装備を軽視している我々への宣戦布告でしょうねぇ、これは。味方の持っている報酬装備ならばともかく、一般のアイテムをうまく組み合わせる方法にはかなり弱いですから」


「安くて丈夫な主婦の知恵ってこと?」


「んだよそりゃ……ヴェオリ、つまりどういうことだよ? ルギスの言った通りか、それとも本当は強い装備なのか?」


 そうですねぇ、どちらも考えられますねぇとヴェオリは悩んでいる様子だった。


「マジックアイテムにしても、ただ上級の金属ってだけでは上級の性能にしかなりませんから……とはいえ、我々はふだん徒手空拳でもそこそこ戦えているわけでして、それが基本であるわけです。魔法効果というのは、ほぼ考えていませんからねぇ」


「ってことは……全身に搦め手を用意してあるってことかよ!?」

「恐らくそうでしょうねぇ……」


「えぐいねー」


 ユニークハンターとして多種類のモンスターと戦うなら、それらすべてへの対策をあの鎧でまかなっていることになる。全身に違う効果を持たせ、全身揃えることで完璧な対策を成し遂げているに違いない。


 ――と、彼らは間違った答えを出す。


 あたりがゆっくりと騒がしくなっていき、三人は少し大人しくすることに決めた。


「観客の入りもすげえな……ユニークハンターさんが戦う! とかいって来てるアホどもが大半なんだろうが、目に見えないスピードでの戦いだぜ?」


「最低のスピードに追い付けるのかなー?」

「ルギス、それは言ってはいけないことですよ」


 小技と小技が牽制し合い、少しの間ができることがある。その間さえも、観客たちのステータスでは捉えきれないかもしれない。怒りに燃えるディーロは、もしかすると本来のステータスを上回る素早さを見せるかもしれないし、倒したくない相手を前にしたエヴェルは少しだけ鈍るかもしれない。しかし、それでさえ人間を超越した凄まじい速度での話だ。


「どっちも実力者だからねー……あんまり見たことないけど」

「戦争では我々、雑魚相手でしたからねぇ」


 英魔は主力として最前線に出ていたが、化人族が全員そうだったわけではない。もともと戦い向きの職業でなかったヴェオリなどは筆頭で、先頭が撃ち漏らした敵を完璧にすり潰すという非常に地味な仕事だった。


 やがて席はすべて埋まり、立ち見や物売りが歩き回ったりしていて、非常に騒がしい闘技場になっていた。ルカ・ジャニスの戦いにも匹敵するほどの賑わいだ。


「向かい合っちゃったねー」

「だな……どうなんだ、こりゃ?」


 敵対しているのか、それとも信頼し合っているのか分からないくらいの緊張感だ。動けば何かが起きるのは間違いないが、その動きがいったいいつ訪れるのかがさっぱり見えない。互いの命を懸けた死闘がこれから始まるとは思えないほどの静寂だった。観客席も徐々に静まり返ってゆき、わずかなざわめきも聞こえない、気持ちが悪いほどの無音状態になっている。


 黄金の怪人が、その手に剣を作り出した。右手と左手の両方に、クワガタムシのあごを取り外してきたような形の、片刃の剣を呼び出す。いつもの、どちらかといえばただ黄金に輝いているだけの両刃の剣とは毛色が違う。


 そして、黒銅色の鎧兜、ユニークハンターはというと――


「……素手!?」

「なんらかの計略があってのことなんでしょうが……」


 素手ではない。


「あれって腕だけ変化してるの?」

「えっ? あ、ああ……そうですねぇ」


 右手首から、ずるりと長い刃が伸びる。そして、左肘から大鎌のような凶器が鋭く生えた。これまで隠して来た事実が何だったのかと思うほど、あっさりとその事実は明かされる。


「えっ……? ユニークハンターさんって、人間じゃなかったのか!?」「いや、でも人間に味方してるんだし……」「あの噂って本当だったのか」「え?」「戦争で活躍した英魔のうち誰かが、人間の中に工作員として紛れてるっていう……」「なんだって、それは本当かい?」「ああ、何でも長期的に人間を観察するためだとか」


 ばれていたのではない。人間とNPCでは知っている情報が違ったり、集合的な情報の完成形がでたらめになったりする、ということである。


 そして、黄金の怪人と、黒銅色の鎧兜が――瞬時に消えた。

「ユニークハンターさんの装備」


No.001「黒剛鋼シリーズ」


 字面がもう硬い石みたいな、とても硬くて丈夫な金属「黒剛鋼」を加工した金属鎧。あらゆる状態異常や魔法属性に対してベーシックな耐性を持ち、初心者が目指すべき到達点のひとつとして用いられる例えにもなっている。プレイヤーが作ると怖いくらい黒くなるので、ユニークハンターさんの装備しているものはNPC製。


 全身分装備すると「スキル経験値アップ」という超絶すごい効果が付くが、装備重量もかなりあるうえに「バイザーの壁」があるので、どうしてもという人以外は兜はかぶらないのが普通。装備できるSTRがあって「バイザーの壁」を克服している人ならぜひ欲しい装備である。



※バイザーの壁……

 兜のバイザーにもいろいろな形があるが、総じて視界が狭くなったり音が聞こえにくかったりといったデメリットが生じる。前だけ見ていればいいというわけではない場合はバイザーを下ろさないという選択もある(顔面の防御力は下がる)。防御という考えとファッションという考えが拮抗すると「ダサくないか」「前が見えにくいと戦いにくくないか」「街中で顔を隠すのはいかがなものか」といった考え方が生まれ、バイザー付きの兜を選択しないことがある。これが「バイザーの壁」である。

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