033 煌眼の怪人
虫の怪人は多いんですが、使われているモチーフって毎回同じようなものばかりのような気が。もっとハジけたやつを出したいなあと思っていたので、ディーロさんの部下に面白いのを追加してみました。
どうぞ。
ディーロが怒涛の連続攻撃を耐え、そのうえ最終的な段階では相手の攻撃をものともせずに必殺特技を決めたことは会場を騒然とさせている。
理由はいくつかあったが、主にはふたつだろう。
ひとつは、双方の体力数値がまったく不明なまま戦いが終わってしまったことである。アヤト・ルゥスが負けたことは事実であり、それならばHPがゼロになったことは間違いない。しかし、相手であるディーロ・メルディウスの方はというと、どのくらいの体力だったのか、そしてどのくらいの余裕を持って勝利したのかがうかがい知れない。
凄まじいダメージをわざわざ特技やスキルまで使って無効化し、苦痛と損傷に耐えてなお立ち続けていたのか。
それともすべてを受け流し、さしたる痛痒なく、剣の傷を孫の手以下に感じつつ呪文を完成させて相手を一方的に消し飛ばしたのか。
「……ゆっちゃんはどう思う? ディーロは余裕そうかな?」
「見える傷とか血がぜんぜんないですよ……」
そうだ、とエヴェルは言う。
「化人族はゴア表現が分かりやすいわりに、流血は少ない。昆虫系だと特に……」
体力が五パーセントなくなる苦痛、というものを簡単に表すのは難しい。痛覚レベルを抑えていれば大した痛みではないため、ディーロもさほど痛みを感じていないのだろう。
理由のもうひとつは、クエストの攻略情報を得ようとしてやってきていた者たちからの失望の声である。大きなどよめきではないものの、ある程度の音量がありつつも熱量のない声としてとても目立っている。
ルカ・ジャニスが敗北したという報せは号外になり、同時期に発表された災害モンスターの不審死さえ話題にならないほどの騒ぎになっていた。クエストであり、報酬としてとてつもないものが配布されることが国家からの正式発表になったため、唐突に開催された今夜のイベントはその格好の情報収集材料だったのである。弱点属性や攻撃方法、装備や付け入る隙、苦手な戦い方などがあればそれをメモし、次の有効な戦術として数える予定だった。
「拍子抜けしただろうね。AGI特化型で攻めれば可能性があると分かって」
「本当に思ってますか?」
「いいや。思うはずがない……というよりも、ディーロの戦い方は最初の方法で一貫していてもとくに問題がなかったはずだ」
そもそも、反射ダメージというデメリットを「返す」などという絶技に出たアヤトが超人的だったことに焦って奥義を撃ち込んだだけである。ごく普通の剣技を放っていたとしても、ごくわずかなバランスが崩れた瞬間にディーロの攻撃が決まり、そのあとを運命付けた可能性は高い。
「あの〈ディザスター〉を放っていないからには、本気でないのは分かっているよ。私との戦いのために取ってあるんだろうね。とはいえ、二刀流剣技の恐ろしさはあれで充分に伝わったはずだ。自分の倍ほど早い相手にも攻撃を当てられるのは、彼の鍛錬の賜物……」
ディーロ・メルディウスの恐ろしさを生み出すものは主に三つだ。
パーソナルスキル「増撃」「無敵反射」。攻撃するたびに攻撃の回数が増え、理論上無限に攻撃の回数を増やすことができるスキル、そしてある一定以下のダメージをすべて無効化、強化して反射するというスキル。攻防に隙はない。
魔法と剣技の精妙な使い分けも、当然ながら彼の脅威度を跳ね上げている。それどころか同時使用することもでき、魔法を空中において行動を制限したうえでの戦闘にも長けているらしい。
そして、彼自身が「混成種は狩られるもの」という考えを覆した本人である、という事実がある。経験値を落とすレアNPCだと考えられていた混成種がれっきとしたプレイヤーであり、さらには成長すれば人間など鼻で笑えるほどの強さを手に入れることをその身で証明した。もともと英魔についてはほとんど知られていないが、化人族が有名になったのは戦争において示された彼らの力が原因だ。
たった一人で二千の軍勢相手に生き残った「第一位」はもちろん、バラバラになっても死なず、首が吹き飛んでなお相手を殺すまで死ぬことはなかったという「第二位」、白い霧であたりを包み込みすべてを消滅させた「第三位」も恐れられている。
英魔狩りがうまく行けば「ジャイアントキリング」として有名になり、クエストの報酬もかっさらって大儲け、程度に考えていたのだろう彼らも、地獄を見るに違いない。
「そもそも人間種族のプレイヤーに対してステータスが倍以上あるからね……まともに立ち向かって勝てるわけがない。かといって、今のように相手の苦手分野で立ち向かおうとしてもかなり難しいだろうね。というより、ディーロはあんなに遅かったかな……?」
「え、……もしかして速度も本気出してなかったとか?」
「いや、あの時点で出せる速度があそこまでだっただけなのか……。いずれにせよ、私と戦うそのときは凄まじいほど早くなっているはずだ」
その言葉には、ある種の憐みのようなものが含まれている。
「――囚われているのだろうね。まだあの暗闇に……」
「いつか、詳しく聞いてもいいですか?」
「無論だ。そうでなければ……」
カルチャーにすらならない、とエヴェルは吐き捨てる。
「今日はもう時間が遅い、私はログアウトすることを知らせてくるよ。君ももう時間じゃないか? 早く寝た方がいい」
「え、あっ、はい!」
ユキカは寝る時間ぎりぎりになっていることに気が付いて、さっさとログアウトしていった。
「……やれやれ。これで心置きなく話せるね、ディーロ」
「なにを落ち着き払ってる? お前がオレに匹敵するってのは、オレとおまえは同じくらいのステータスだってことだろうが……。実力は伯仲してるってことだろ」
「そう思うならもっと堂々とすることだ」
闘技場の退出口近くに降りたエヴェルは、なにもディーロの怒りを煽ってやろうと考えているわけではなかった。
「もしもしユイザか? 金勘定の話がしたい。……あ? おう、そりゃめでたいな。ならいい、こっちにやってもらう」
「なにかあったのか?」
ディーロは「ああ、まあな」と怒りを消して言う。
「スカウトに成功したんだと。ハイレベルの盗賊狩りで三種持ち。ナチュラルじゃないかって話だ」
「……よく見つかるな。ユイザの管轄か?」
「いや、テュロが欲しいってんで戦らせたら、なんと『反転』させやがったらしい」
「それはまた……。その後」
「負けるに決まってんだろ馬鹿野郎」
気の置けない会話――のように聞こえる。実のところ業務連絡のようなもので、感情を交えていないからこそできる芸当だ。
「また英魔の配下が増えるか……。置いて行かれてしまうね」
「何回言わせるんだ、てめえは? 『仲間が欲しけりゃ』」
いや、みなまで言わなくともいい、とエヴェルはそれを遮った。
「『国に従え』。分かっているとも……」
「いいや、分かってねえ。配下がいないのはレェムとお前だけだ……お前の方が理由は深刻なんだよ。人間ごときに味方するクズに誰がついてくる? 強いのが怖いって方がまだしも理由としちゃ正当だ。お前のは、本当に誰もついてこない」
英魔第二位と第三位以外は、全員がひとり以上の部下を持っている。リアルでの婚姻関係にあるものもあれば、その強さに憧れて弟子入りに来たというものもあり、上司と部下としては非常に近く親しい間柄と言えるだろう。第三位の方は後述するとしても、第二位に部下がいない理由はごく単純、かつ致命的なまでに惨いものだった。「人間に味方するクズだから」である。
化人族は人間を忌み嫌っている。それ以外の種族はフリーパスでも、人間だけは街に入れないことが多い。人間は強欲で、領土を欲しがって幾度も侵攻しているから、ということも挙げられるが、先の戦争の引き金となった事件も大きかった。
領土を拡大する必要がないうえ、地域周辺に強力なモンスターの生息地がいくつもある超都市エルティーネはそうそう規模を拡大できない。それでも侵攻してくる人間たちにはほとほと呆れ果てており、半ば諦めた形で最悪レベルの土地のいくつかを明け渡している。比較的平和な世界の大きな火種は、人間の存在そのものなのだ。
「……いずれ、君にもすべてを話すさ。どう謗られようと、私はこのあり方を変えるつもりはない――それに、人間がどんな生き物なのかを忘れたわけではない」
「自分なりの使命があってやってることなら、オレは咎めたりしない。そう言ったろ? お前とレェムはその自分なりの目標やら使命ってやつがさっぱり見えないんだよ。いや、違うか……お前は「先」があるように思えて仕方ない」
見抜いているのか、とエヴェルは目を光らせた。
「馬鹿野郎、誰もてめえが金の亡者だの経験値狂だの思うわけねえだろうが。その先にあるものがいくつもある……先がひとつしか見えねえのが気持ち悪くてしょうがないんだよ」
「簡単なことだよ、私が目指すものは単純ではない、ということだ。用事が済んだら少しずつ説明していくとも。そのためにまずディーロ、君を説得する必要がある」
黄金の鎧と、黒銅色の鎧が向かい合う。
「変わったな、お互いに」
「……そうだな。ディーロ、君はもっと明るくてよくしゃべるひとだった。誰彼かまわず優しくするようなひとだったはずだ」
「お前こそ、残酷なことなんて何一つしないようなやつだったのにな。相手が誰だろうとためらいなんてねえ、それこそあの子でも殺しかねないくれえだ」
エヴェルは、一瞬の息を吐き出すように笑った。
「彼女と敵対するか……。何があればそんなことが起きるのだろうね。もっとも敵にしたくない六位と敵対するシチュエーションならば思い浮かぶが、ゆっちゃんと、か」
「あだ名まで付けてんのか、筋金入りだなおい。六位な……あれは絶対に嫌だな」
直接戦闘なら最強は一位だが、間接戦闘や絶対的最強なら六位で間違いない。
「ちなみに……?」
「コンサートに参加すればいい」
「馬鹿野郎あの中に参加できるかよ! ……いや、そうだけどな」
PvPのレイドイベントという矛盾したイベントがときどき起こるのは、あまりに強すぎるプレイヤーがいるからである。強すぎるプレイヤーとはすなわち、六位のことだった。
「では、明日またここで会おう」
「……ああ。何するか忘れてるんじゃねえだろうな?」
エヴェルは、四つの目を凄まじく光らせた。
「こういうことだろう?」
「そうだぜ」
二人の男は、そして互いに背を向ける。
「てめえがどれだけ強くなってるか、楽しみだ」
「失望はさせない……期待していてくれ」
◇
私はちょっとだけ迷ったけど、やっぱりいつものように図書室に行った。
「すごいことになったね、樫原さん」
「……うん。どこから知ってる?」
「ほぼ全部かな。何ならここに至った背景も知ってるよ」
「教えて、橋川。知りたいんだ、エヴェルさんが言ったこと……自分は味方とは限らないって言ってたこと」
うん、とうなずいてから、橋川は重い口調で語りだす。
「まず知っておいてほしいのは……英魔っていうのはある称号だと思われてるし、職業だと思ってる人もいる。人間側の国にはそういう特定の職業の人だけがいる騎士団みたいなものもあるから、そう思うんだろうね。でも、当事者たちの思いとしては……あの七英魔は被害者団体なんだ。人間の行った残虐な行いの結果生まれた、七人の戦士。それが英魔だ」
言葉を挟む余地はない。
「当然だけど、みんな人間を憎んでいる。ただPKされたってだけでリアルアタックする人もいるくらいだから、当然だとは思えるけど……憎しみの度合いにも個々で差があって、尋常じゃないくらいってものもあれば、まだ信じてみようかなと思ってるものもある」
「それが、エヴェルさん……?」
そうとは分からないくらいの顔で、橋川は微笑む。
「ある人が言ってたよ。顔が「まんま」だから、茂みから顔を出した瞬間にモンスターと間違われて魔法を撃ちこまれて……顔が焼ける苦しみにのたうち回ってるうちに、とどめを刺されて。終わった後に形が人だって気付かれたんだ。同じ人だと思われないのは辛い」
しばらく話が途切れたように思ったけど、言葉の続き方がそれまで早すぎただけだった。
「でも、あるとき言われてはたと気が付いた。「いじめっ子にいじめられる子の気持ちが分かるのか?」と……。流れに乗って安楽に生きている人間には、流れに逆らおうとする人間の気持ちは分からないものなんだ。そう悟ってしまえば、もう怒る気にもならない」
でも、それでも憎しみが消えることはないんだよ、と橋川は外を見ている。
「ゲームの中だからって何でもしていい気になってる。種族の危機だ。対立を煽るなんて人間のすることじゃない……。彼らの言い分はいろいろだったけど、言いたいことはひとつ。樫原さんにも分かるよね?」
答えを求められるまでもなく、分かっていることだ。
「絶対に許さない……」
「うん。化人族の中でもあまりひどい目に遭わなかった人はそこまで過激じゃないよ。でも昨日の戦いの、第一位ディーロ・メルディウス……彼は過激な思想を持つのにふさわしいだけのひどい目に遭ってる。本当に、筆舌に尽くしがたい……」
ぎゅっと目をつぶって、開いてから言葉が続く。
「信じたいんだろうね……いい人もいるから。いろんな人にお世話になったし、人間の中で修行した化人族も多いから。周りからどう言われても意を曲げられない感じなのかな」
どう反応したらいいのか分からなくて、私は思い出したことをそのまま口に出す。
「敵対する日が来るよって言ってたのは、なんでかな?」
「それはね……保険だよ。人間が化人族を狩るようなことは未だになくなってない。うっかりそんなことになっても必ず抵抗するだろうね。そうして樫原さんが殺されても、それは当然のことなんだって分かってもらうためだよ。「殺すつもり」と「殺されるつもり」は、相反するようで同じだからね」
エヴェルさんは、必ずそうするのだろうか。疑問を口にするより早く、橋川は「特別な関係だと思われると厄介なことになるから」と哀しそうに言う。
「それに……いくら仲が良かったとしても、そんな裏切りは許せないだろうから」
終わりの鐘のような声だった。
執筆ペース上げないとまずい……




