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032 アヤトVSディーロ(2)

 どうぞ。

 なるほどね、とエヴェルは笑う。ユキカが「どうしたんですか?」と尋ねると、彼は笑いのにじむ声で「いや、ディーロも妙な選択をしたものだと思ってね」と言う。


「恐らくだが、相手の脅威度を測るために……まず一撃、最大の攻撃を受けてみたんだろうね。お互いのHPが分からないモードにしてあるから、こうやって血を流しているとすごくダメージを受けたように見えるだろう? ところが……剣を取り落としもしないところを見ると、これは――」


 ゆっちゃん、君のお兄さんの負けだね、と。


 その先を正直に言うエヴェルではない。それでも伝わったのか、ユキカは心配そうにバリアの中を見やった。


 棒立ちのディーロは、いきなり剣を掲げる。何が起こったのかユキカの目にはとても見えなかったが、アヤトは彼女の捉えることのできない域へと消滅していた。


 今度は追尾性能のある闇が、幾筋もアヤトを襲っている。


「分が悪いということはなさそうだし、追いついてもいない」

「……はっきり言って、どうですか?」


「まずいね」


 黒いリボンを縦横無尽に張り巡らしたような、ある種のゴシック・ロリータ的美しさも持つ一幕だ。その間には黄金の戦士と鉄の探索者がいるのみで、何が交わされているのかはさっぱり見えてこない。


「アヤト氏は気付いているのかな……さっきのディーロ自身を巻き込んだ一撃が、完全にブラフだということには?」


「え、やっぱり自分のは効きにくいんですか?」


 そりゃそうさ、とエヴェルは深刻な声音で言う。


「あの〈天獄騎士〉という職業の一番の特徴は、光耐性と闇耐性を両立できることだ。そもそもが防御系の前衛だからね。そして光と闇両方の魔法を使える。多くは単発で、それをブーストする剣でも使わない限り威力も大したことはないが――」


 闇の糸束が、美しい光のリボンに変わっていく。


「奥義は別だ。我々個別の奥義はともかく職業の奥義は使うだろう……ちなみに、これは奥義ではない。こんなものだと思ったら大間違いだ」


 張り巡らされた闇の糸が、光の糸に変わって大爆発を起こす。バリアの天井付近まで跳躍して逃れたアヤトだったが、接近していたディーロの攻撃を剣で受けてしまう。


「まずいっ……! 一撃でも受けてしまったら、あとは――」

「あ、攻撃力がアップしていくっていう?」


「いや、攻撃力は変わらない。しかし、だからこそ恐ろしいパーソナルスキルなのだ」


 ほんのわずかに赤く光った剣は、しかし追撃を許されず空を切る。


 逃げに転じたアヤトは、それまで以上のすばしっこさを発揮して攻撃を避けつつ確実なダメージを与えていく。傷から見ると小さな積み重ねだが、体力ゲージからするとそれなりに減っているはずだった。


「この流れだと、ギリギリで……。いや、違うな。あの男は……」

「ディーロさんの戦闘スタイルって、どんな?」


「受けて、学ぶ。つまり……」

「あ、それだと――!」


 文字通り目にもとまらぬ恐るべき敏捷性を活かしていたアヤトが、急に現れた。それまではぶれた影が見えるか見えないかという速度だった彼が、突然止まっている。その理由は明らかだった。


「……残念だが」


 首元を浅く裂いて逃げようとした剣が、大きく弾かれる。力任せの攻撃とも言えない攻撃から、ディーロは連撃へつなげた。アヤトは何割かを弾き、流して回避しているが、避けることができているのはそのうちの一割にも満たない、大きな攻撃だけだ。


「移動系の特技と高速移動を重ねて、一回一回を通り抜けて逃げていたんだ。しかしもうそろそろパターンを読まれるかというときに突然、読んでいないはずのパターンをすでに読んでいるという衝撃が襲いかかる」


 ユキカや未成年プレイヤーの前では流血表現は多少改められているが、それでも惨いことには変わりない。アヤトがばしっ、びしっと切り付けられるたびに赤いエフェクトがはらはらと飛び散った。


「しかもあの攻撃は、かわさない限り強化され続ける。攻撃回数が永遠に増え続けるんだ。倍々ゲームではないが、そのぶん逆に凶悪だよ……あれが英魔最強の男の、文字通り最強のパーソナルスキルだ」


「じゃあ、誰も勝てないんですか……?」


 ゆっちゃん、言ったことと言っていないことは分けて考えるんだ、とエヴェルは少しだけ怒ったような声で言う。


「確かに最強だとは言ったが、それがイコール誰も勝てないことにはつながらないよ。神とあがめられる龍にも天敵が存在するように、あのディーロにも対抗できるものはいる。それに、使い方を間違ったスキルならばどれだけ強くても付け入る隙はあるさ。ディーロには期待できないがね」


 彼のレベルは九百を超えているからね、と言ってエヴェルは「いや、もう千に近付いているかもしれない」と言い直す。


「兄は……」


「ゆっちゃん、私は決して負けない。だが……お兄さんは残念だ。観客は今の調子なら耐えられると思っているようだが、もうすぐ限界が来る」


 いくら職業による上昇補正が低いとはいえ、ディーロの方のステータスもかなりある。アヤトが特化型なのに対して、ディーロは特化型に近いものでありながら、種族補正によって全体的に高いという反則じみたステータスだった。


「攻守両方に、平等な振り分けをしているんだろうね。思い出したようにでも不安なステータスの補填をしていれば、まず弱くはならない。……ときに、ゆっちゃん。いったい、ディーロの体力はどれくらい減っていると思う?」


「……一割は確実ですよね?」

「……そうだろうか?」


 視覚的には、あれだけ血が流れていたのに、と言いたいところだろう。


「出血の状態異常は、そこまで大きく体力が減るわけじゃない。それに、最大体力は恐らく百万近く……反射していたところを見ると、減少した体力は一割になるかならないか、というところではないかな」


 エヴェルの推測は外れているが、ユキカが食いついたのは違う情報だ。


「百万……!?」


「驚くには値しないよ。化人族でトップクラスのものならば、だいたいがそれに近いものを持っているはずだ」


 ちなみにエヴェルの最大HPは八五万ほど、英魔の中では下から二番目である。かの「最弱」を最強として見るならば英魔で最低とも言えよう。


「そして、化人族だけではないが、人間とエルフ以外の種族には生命力の強さとして「自動回復」がデフォルトになっている。レベル上げがたいへん面倒くさいのでスキルレベルが高いものはそういないだろうが、ディーロは……」


 致命傷レベルの深手を放っておくという無謀極まるレベル上げが必要になるようなスキルなど、誰も真面目に扱わない。しかしながら、数々の過酷な戦いを潜り抜けた猛者ならば自動回復スキルはほぼ最大レベルに達していると考えてよい。




 バリアの中で、アヤトはディーロの猛攻をどうにか回避して大きく跳躍、壁に貼り付いて隙をうかがっている。むやみにも思えるディーロの突進は、もう負けることはないという自信から来た絶対の攻撃だった。


 潜り抜けるようにして体を折り曲げ、ディーロの関節をぎしりと切り裂いたアヤトは、当然のように攻撃をその身に受けた。


(もう通用しない……やり口は完璧に理解されてしまった)


 学習速度は普通であり、対応速度もまともの範囲だろう。しかし、その予測の完璧さはまともの域を大きく逸脱している。


(左脇腹……不可能。右手親指の関節……小さい。首元は絶対に不可能)


 目で追えないスピードで動いているつもりだった。しかし、目で見えていないわけではない。消えた方向を見れば、そちらから来るものだとすぐに分かってしまう。むしろ消えない方が都合がいいのだ。


 しかし、正面からも横からも、関節部分を狙った一撃でも、いつの間にか攻撃するアヤトがいる地点に剣が置かれている状況に追い込まれている。


(こいつの頭はコンピュータか……!?)


 攻撃の方向を読むのはたやすいが、その相手の体がどこにあるかなど、考えたことがなかった。というより、姿勢や本人の癖によっていくらでも変わり得ることなど、予測することはほぼ不可能である。


(この予測精度……!)


 これまでのパターンはすべて読まれているうえに、これからのパターンも予測済みらしい。


「アヤト、あんた本当に早いな。そんで技もキレてる。本当に強い」

「だったらなぜ、そんなに余裕でいられる?」


 ディーロの出した声とも音ともつかないものは、嘲笑のたぐいらしかった。


「人間に向ける技じゃあないな。それに、ステータスの差もある。あんまり対人戦をやったことがない……加えて、味方の化人族と同一視しすぎたか」


「なぜそれを……いや、どうでもいいことだ。ステータスの差と言われてもな……いったいどれくらいの差があるって言うんだ?」


 ディーロは相手を殺すための剣を振りながら、わざわざ自分の情報を開示する。


「オレのHPはだいたい百一万。あんたの攻撃はオレの体力を五パーセントほど削ることができた。それでもすごいぜ……なにせ、あのルカ・ジャニスですらこれよりもうちょっと低かったんだからな。あんたのパターンはまだあるのか?」


「ふ、ふふ……。あの闘技場の王者に少しでも勝ったか。残念だがディーロ、もうあんたに見せられる技はないよ。ただし――」


 アヤトの姿が掻き消えた。


「窮地になればなるほど、俺の速度は上昇する」

「なるほど、トレジャーハンターらしいな」


 先ほどのパターンの繰り返しであれ、速度は段違いだ。しかし、ここで致命的な欠点が露わになる。


「……威力が乗ってねえな」

「そう思うか?」


 速度はだんだんと上がっていく。つまり、アヤトはじわじわと追い詰められているのだ。想像しうる原因と言えば、反射ダメージしかない。


 ディーロはこっそりと反射ダメージの設定を切り替えて、ダメージを無効化せず、受けたダメージの半分を反射するだけの「反射」を用意していた。自分の体力も減っていくが、相手がどれだけ高いダメージを出そうと反射を無効化することはできない。


 相手を焦らせ、ミスを連発したところで仕留める作戦はどうやら失敗らしい。


「困ったもんだ……」


 速度さえ上げれば仕留められるというのは間違いだが、ある意味では正解に近い。自分が死ぬ前に相手を倒すことができれば勝ちだからだ。実体がある反射ダメージは、いずれ追いつくとはいえ逃げ続けることができる。そうなれば反射ダメージが「ある」ことによって速度は上がるものの、ダメージを受けるのはディーロが倒れた後、つまりは勝利してダメージをいっさい受け付けない状態になってからということになる。


 しかし、その推測は間違いだった。


「何割かは――」

「そういう、ことかっ」


 目で追えているのは確かだが、反応できていない。その状況は非常にまずかった。しかしそこから目に見える状態になる意味は。


「返せるな」


 うっすらと光る線のような反射ダメージがアヤトに追いつき――しかし、寸前でくるりと回り込んだ角度に対応しきれずディーロに突き刺さる。


「当てた分のさらに半分以下くらいに低くなってはいるだろうが……その半分でも当てられることが分かれば、あんたを倒せる」


「なるほどな……本当にすまん、オレはあんたを侮っていたんだな。きちんと全力を出して、初撃決着くらいの気合でやるべきだった」


 ディーロは、剣を地面に突き刺した。


「な、……何をするつもりだ?」

「剣じゃないものを使う」


 不気味な詠唱が始まる。


「『舞い降りる御使いの腕。訪れる禍の大鎌。禍々しきは広がる翼、神々しきは這い寄る腕。生きとし生ける者一切に滅びを。死すれどなお残る禍根をあるべき場所へ』」


 ただ見ているアヤトではない。反射ダメージなど気にせず、詠唱が終わる前に、詠唱を続けることができないようにと凄まじいまでの連撃を続ける。


「くっ……!!」


「『白き美しき翼をここへ。黒きおぞましき腕をここへ。生あるものを死へ、死するものを天へと還す二律背反、唯一無二の力を授けよ』」


 普通ならば、連続特技を平気で受けることなどできない。


(固定モーションに加えて、HPの量もVITもレベルが違う……!)


 モーションとは特技のときの動きのことだが、魔法の場合は「なし」もしくは「自然体・固定状態」だ。ある程度のダメージを受ければモーションは解除されるものだが、ディーロのモーションは解けていない。要するに「ある程度」に未だ届いていないのだ。


「『ここへ捧げる我が命の片鱗、力の欠片、透明なる力を以て願う。いざこの地へ顕現せよ、無にして有の力。聖白・闇黒を宿すもの、絶対なる死よ』」


 地面に突き立った剣がばらりとほどけ、朽ち果てたように変色して消えた。


「『双ぶものなき終末――〈(ヘヴンフ)(ェルノ・)(クレスト)〉』!!!」


 闘技場の地面全体が、どろどろと轟き、揺れ出す。異様な気配として感じられていた魔力がいよいよ結実し、バリア内部いっぱいに恐ろしいほどの威力が満ち溢れている。


「うわぁああああああ――――ッッ!?」


 顕現したものは、「塔」だった。上端は眩く輝いて目に見えないが、下端もまた深い闇に沈んで何が何やらよく分からない。


「ヘヴンフェルノ・クレスト……詠唱はクソ長いし、HP五十万、MP五十万、そのときに装備してる武器をロストしなくちゃ撃てねえ。ただし、相手は絶対に死ぬ」


 実際の威力はこの数十倍あるのだろう、バリアの随所から危険な亀裂の音が聞こえる。しかしながら、それでもディーロは死んでいなかった。


「……撃った本人にも効くが……オレの耐性の方が上だったらしいな」

「ぐぅうおおお……ッ」


 塔の中間地点、光と闇の交わる場所で、アヤトの体ががくりと折れる。そして、決闘の勝利者が決まったというファンファーレが響き渡った。

 続きが書けてないので、次の投稿は遅くなります……いや、ひと月とかはかかりませんが。

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