031 アヤトVSディーロ(1)
アヤトさんがんばれ!
どうぞ。
ギルド「モノマニア」は、モノづくりを主眼とするギルドである。そのため戦闘力に秀でるメンバーは非常に少なく、もっとも強いメンバーでも、ひとつの基準である龍を独力で倒すことは不可能だ、と言われている。
が、誰も「だから弱い」とは言っていない。
偏執狂の名を持つ彼らが、まさかそれを補う手段を考え出さないはずがない。そして、モノづくりが盛んならば、戦闘能力を増強する装備品をどこよりも多く、精巧に、卓越した手腕で作り上げているはずだ。
「……腕はこれで、剣もこれでよし」
アヤト・ルゥスはギルドのナンバースリーである。戦闘力でも、鑑定力でも、統率力でも一位にはなれなかった男だが、だからこそ――そのどれもを、一位に迫るほど持っている。
(相手の装備品はあの鎧だけだ。化人族にありがちな、本体性能頼り)
見立ては正しい。テュロのイヴニングドレスとは違って、ディーロの黄金の鎧は擬態して作り出しているものではなく、実際の装備品である。
(装備品の性能は、本体を伸ばす方面に働いているはずだ。ということは、話に聞いている反射能力は鎧で増強している可能性が高い)
メタとして反射ダメージ軽減を積むか、それとも反射貫通ダメージを与える剣を選択するべきか。アヤトは、そこで剣を選んだ。
(化人族の武器の耐久度は、本体のHPと共有。まず破壊できるはずがない……ディスアームは考慮に入れない。いや、壊したところで再召喚するだけか。剣を二本持つのはいつものスタイルと違うが、瞬間装着できるように装備に入れておこう)
身内にいて色々と聞いているだけあって、並みのプレイヤーより数倍は化人族に詳しいこともあり、アヤトの対策は着々と進んでいく。
(一番の難点は、攻撃するごとに攻撃力が上がっていくというパスキル……回避には自信があるが、それが英魔第一位に通用する道理はないな。念のために、回数制限付きのダメージ無効化を装備しておこう)
そして最終段階に移る。
(相手の職業は、獄魔騎士と天星騎士の併せ、「天獄騎士」……正直言ってこれがどんなものなのかさっぱり分からないのが痛い。光耐性と闇耐性を両立するのは可能だが、回避速度が下がるのは厳禁だ)
鑑定スキルを上げていれば、相手の詳細ステータスを見ることもできる。が、公平を期してそこまではせず、互いの職業と武器を見せるにとどまっている。
(こちらの職業「秘宝探索者」に合わせて、あっちは素早い小技で攻めてくるはず。あっちの体力がいくらあるか分からないのが困ったところだが……騎士系統は恐ろしく上がりがいい、二十万は見た方がいいだろう、最大で六十万くらい……)
その数十万を削るためには、毎回の反射ダメージをどうにかする必要がある。
「貫通に貫通を重ねて、無効と回避を重ねる……あとは、急所と出血狙いの突きを繰り返すか。……対人戦とは思えないが」
ものすごく防御性能の高いモンスターを倒すときのやり方だ。
(――俺は恐らく負ける)
口にはしない、凄まじい決意。
(だが、その力を見る必要がある。英魔第一位とはどんなものなのか……)
化人族であるゼインが絶対に相手にしたくないという相手がいかなるものなのか、それは純粋な興味によるものだ。
「バカだな、俺は。妹の前で恥を晒そうとしているんだから……」
控え室にいられるのも、あとわずかな時間しかない。誰も来ることのない部屋で、自分の顔を鏡で見たアヤトは、思わず震えている手に気付いた。
「……まだ震えられるだけマシだよ」
初期に災害モンスターの襲撃を受けたとき、子供を倉庫に避難させたまま外で死んでいた母親を思い出す。結局子供も死んでいて、家族は全滅だった。絶対の存在というものはあるのだと、アヤトが絶望した瞬間だ。
「震えているから……まだ立ち向かえる」
そして、蒼ざめた手で扉に手をかける。
「行け、アヤト・ルゥス」
凄まじい性能を誇る装備をかき集め、自信満々の顔をして宣言した男は、薄暗い部屋で震えていた。
◇
困ったな、というのがディーロの正直な感想だった。
「手の内はぜんぶ割れてるし……対策されたら、人間相手でもキツいぜ」
「どうして決闘を受けたんです、そもそも。エヴェルさんが相手だったわけですよねぇ、だったら「てめーはすっこんでろ」みたいに言えば良かったのでは」
ヴェオリは不満げだ。
「それは、そうなんだが、……な。王にはきっとこういう。「人間を絶望させるためだ」。ひでー嘘もあったもんだがな……あいつの心意気は尊敬できるもんだ。なら、それにまともに応えないってのは逆にプライドに障るだろうが」
「そうですかねぇ。半分の力しか出さないと言いましたけど師匠、どこまで?」
「パスキルはぜんぶ解放。んで防具も装備。前の龍のブーツ、ぶっつけ本番だがまあいいだろう、装備してみるぜ。するとそれ以上をどうするかって話だ」
「魔法の解放……でいいのでは」
「そいつは前提に入ってる」
言うまでもない、というふうにディーロは冷酷に答えた。
「奥義を使うか使わないか、というのは?」
「ああ……そいつにしよう」
迷いなく、彼はそれを決定する。
「あれは闘技場もぶっ壊しかねないからな。手加減としちゃちょうどいい」
「いや、一秒十枚の五億ダメージ無効化バリアが破れるわけ……」
観客に危険が及ぶことはない。決して破れないよう、闘技場には円柱状のバリアが張ってあるからである。そのバリアは一秒あたり十枚が入れ替えられ、一枚で五億ダメージを完全無効化できるものだ。ただし、五億ダメージ以上の攻撃を一秒間に十回以上繰り出せば、いちおうは破壊できる計算である。コンマ一秒だけは観客に危険が及ぶ可能性もあると言える。無論、理論上の話であって、現実にはほぼ不可能である。
「冗談だよ、心配すんなヴェオリ。オレの攻撃はダメージがでかいんじゃねえ」
ディーロのパーソナルスキル「増撃」は、ただ単に攻撃回数が累計されて増えていくだけのものだ。一撃の威力は七千から一万ほど、むしろ低い方である。
「本当に大丈夫でしょうか……」
「いっつも師匠っつってんだろてめーは。弟子なら師匠のことをもちっと信頼しろ。全幅の信頼を置けとは言わねえが、得意分野で弟子に心配されるほど落ちぶれた師匠じゃねえ」
すいません、ついとヴェオリが頭を下げると、ディーロは「いいんだよ」と言ってからひどく低い声で言った。
「ただしだ。オレがどうやってこの地位にいるか、忘れるんじゃねえ」
「……はい、師匠」
それは宣言である。
「フラグでもなんでもねえ……オレは人間ごときに負けたりしねえよ。どんだけ対策されようが苦手属性を持ってこようが、覆せないもんがあるんだ。オレが言ってるのは、その先の話だ。もしもちょっと焦りでもして奥義を明かして、それがエヴェルのやつに割れてよ」
「師匠は、勝てないとおっしゃるんですか?」
「五分五分だよ。どっちも相手のことを知らねえ、エヴェルがオレの試合を見てるってならオレだけが一方的に手の内を明かすことになっちまう。どれだけ明かす手の内を少なくして勝つか、ってのがきついんだ」
ディーロは、相手に負けると思っているわけではない。人間ごときには負けないという自負は当然あるが、そうではないのだ。
「っと時間だ、オレは行くぜ。エヴェルが見てやがるかどうかは確認しなくていい。見るだけ無駄だしな……それに、切り札をすぐ破られるようじゃ英魔は名乗れない」
向かい合った男は、とりあえず強いものを身に着けているという風ではなかった。ばらばらに見えても、デザインや基本設計に共通点が見られる。動きやすく、決して動きを阻害しないようにという執拗なまでの作りこみだ。
用意されていない実況が何を言うこともなく、時間のカウントが減っていく。
「……怖いのか?」
「妹の前で醜態を晒すのは怖いな。しかし負けることはわかっている」
「そうとも限らねえぜ」
「……下手な冗談は止せ」
相手にもどうやら分かっているようだ。
「ま、なんでもいいが……負ける前提で戦うなよ?」
「誰が「命を捧げます」なんて言った?」
「クッ、いいなぁ……人間相手だってのに、つい笑っちまいそうだ」
「笑って人殺しをしているわけではない、か」
ディーロは笑わず、「オレの最大の敵ならいつもそうだろうな」と言った。
「久々に楽しくやれそうだな。武装を出せよ」
「その言葉、そっくり返すぞ」
アヤト・ルゥスが出した武装は、不気味な灰色の剣だった。よく強化されているはずだが、不可解なことに輝きがほとんど見られない。エヴェルのやつなら即これこれこういう剣で性能はこうだと分かりそうなもんだな、とディーロは今さらの認識をした。
化人族の作る武器は、本体であるプレイヤーの体力をそのまま耐久値としている。つまりはディーロの体力がイコールで剣一本の耐久値であり、剣を破壊されても本体のHPゲージはゼロにならない。ディーロが三人いるのと同じ状態という、恐るべき耐久だ。残念ながら英魔クラスでも体から作り出せる武器は上級の装備ほどの力しかなく、ステータス補正や特殊効果は一切ない。しかし、それでも充分だった。
カウントがゼロになった瞬間に、アヤトは一瞬という瞬間を引き裂いて突進する。探索者としてのすばしっこさに合わせて視界速度が調節され、ディーロが剣を振り下ろして一撃で仕留めようとする動きがスローモーションに見えた。
(俺も甘いが、あんたも甘い)
万単位の優位ではないが、どうやらアヤトのほうがAGIが高いようだ。するりとわき腹を抜けて、信じられないほど硬い腕の関節へ少しだけ切りつける。特技でもない一撃だったが、がしりと一瞬の引っかかりを抜けて、すぅっと血が宙を舞った。反撃の振り抜きが跳躍したアヤトの下を通り抜け、遅まきながら反射ダメージが彼にたどり着く。
(五千ダメージは入ったと思ったが……ハードルは高いな。一定以下を完全反射するならこれくらいが限度のはずだが、これ以上だとどうなる?)
ダメージの反射は、「受けつつ反射」か「完全反射」かで貫通のハードルも変わってくる。受けつつ反射ならば貫通は簡単だが反射もそのまま変わることはない。一方の完全反射だと貫通にたどり着くハードルが異様に高い代わり、貫通さえしてしまえば反射はない。一般にはプレイヤーが使うのは前者である。
(ここは併せと見ておこう。推定一万ダメージで貫通……いや、二万程度を見るべきか。相手は規格外の存在、警戒してし足りるものではない)
首と肩の付け根を狙った一撃は、運悪く装甲の端に引っかかって断念する。さほど重くない反射ダメージだが、それはこの一撃が完全に失敗したという証拠にほかならない。腕の力だけで剣を抜いて後ろへ跳ね、ディーロの追撃を完全にかわしながら障壁の表面を走る。
「おいおいマジかよ!」
壁走り自体は特技でも何でもないが、剣の上やバリアを、ということになると話は違う。初心者のロングジャンプのように、自分の力への自信がなければ即座に失敗するアクロバットなのだ。
「ここまで器用だと、つい本気を出したくなるな」
「そいつは聞き捨てならない冗談だ」
言った瞬間に、アヤトは「秘宝探索者」としての職能スキル「危険警戒」が危険予測図を視界内に描いたことを確認した。
(……回避可能。ただし軌道予測がない、爆発系か)
全速力で飛び退き、アヤトはディーロの後ろに回ってその首を――斬りつけようとしつつ、するりと横へ滑ってそこに用意されていたプレゼントを受け取らないことにした。
バリアの近くで光魔法が、そして首の後ろで盛大な闇単発魔法が炸裂する。あんなものに巻き込まれればただでは済まないはずだが、相手は少々のHPを犠牲にしてもこちらを仕留めたかったようだ。闇魔法はほとんど痕が残らないためにダメージは分かりにくいが、目立った汚れがあるところを見るとノーダメージではない。
(ダメだ、予測が真っ赤だ)
攻撃魔法用に集束された魔力は、レッドゾーンとして視界に現れる。彼の周囲はほとんど血をまき散らしたような赤だった。先ほどのような爆発力をいくらでも出せるならば、騎士よりも魔術師系と考えるべきなのかもしれない。
危険警戒スキルは、危険地帯は知らせるものの具体的な回避方法や視界外の危険は知らせない。もちろん視界外の危険があっても危険察知スキルが警告するためデメリットはないが、ただ視覚的効果のみに終始するところは大いなる欠点と言える。
(いちかばちか、移動特技を使うか)
アヤトの灰色の剣が、初めて光を纏う。それは仮初めの、一瞬の光だ。
「〈――〉ッ!」
特殊なものでない限り、特技や魔法に詠唱は必要ない。技名コールも不要である。対人戦で技名コールをするとすれば、見せ技で勝てる自信がなければならない。
移動特技は硬さ無視で通り抜けるとは言うものの、衝撃がゼロというわけでもなかった。鉄塊を殴りつけたような、凄まじい反動がびりびりと弾ける。
(この重さ、やはり弾かれるか……!?)
遅れて、鉄板へ巨岩が叩きつけられたような、それとも人智を超えた巨大な鐘が鳴るかのような、凄まじい大音響が轟いた。そして、これまで静まり返っていた闘技場の観客がどっと沸く。
「なにが……?」
いつでも回避、攻撃できるようにと踏み込み、アヤトはさっと振り返る。
「……!?」
そこには、棒立ちで血を流すディーロがいた。
やったか……?
アヤトさんも、モンスター相手には強いんですけどね……。ハザード相手には分が悪い。




