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030 デート→

 どうぞ。

 工業都市みたいなラゾッコの街だけど、エヴェルさんが待っていたところはさすがに空気を読んで、けっこう綺麗だった。白い木みたいな石材が石畳になっている、落ち着いた場所だ。ココア色の木で作られた建物がとても静かな印象で、こんなところなら周りを気にせず会話できるし、なんなら住みたいくらいかもしれない。


「なんだかデートみたいですね」


 私が言うと、エヴェルさんも「二人きりのお出かけだからね」と笑う。兜の向こうだし、声にもちょっと雑音が入っているけど、嬉しそうなのはよく分かった。


「君は私に好きだと言ってくれた。私も、まあいちおうそれを受け入れている。ならばこれはデートでいいだろう。キューナちゃんの戦闘力を見せてもらうのだったか」


「はい、そうです。これで強くなったよ、って……カナリアのこと、引きずってるんです。召喚のとき、供物にされちゃって死んだ――」


「ああ、分かっている。あまり言うものじゃないよ」

「ん、はい」


 ぽふっと頭に手がのっかる。


「レギアはもういない。リアルを特定するのも無駄だし、我々の仕事ではない。あの子が何らかの目標を見つけたなら、我々も同じように目的を見つけなければならないね」


「エヴェルさんの目標ってなんですか? 全モンスター制覇とか?」


「ははは、それは無理だし……もうほとんど終わったよ。誰かと共同で倒しても討伐リストには載るからね。まあ、それはやってもしょうがないことだから」


 ゆっちゃんは超越級職でも目指すのかい、とエヴェルさんが言った。


「え、なんですかそれ」


「む、言っていなかったかな。例えば魔術師は下級職だが、これはありとあらゆる属性系の中級職に派生する。そしてそれが成長して上級職になり、特級職になる。これくらいはごく基礎的な知識なので人に聞いたりしないようにね。攻略サイトを見たら分かることは「調べろ」で済まされてしまう」


 特級職になるのが簡単で、でも楽に就けるようなのは一点特化型だから大して強くないってところまでは知っている。


「まあ、それぞれにスキルやメインにはしていないものの持っている職業があるから、必ずしもそうだとは言えないんだがね。しかし特級職はいくつか例外が存在し、いくつもの職業をひとつにまとめたものや、極めて特殊かつ煩雑な条件を課するものがある。これは特級の中でもさらに特別だということで、「超越級」と呼ばれているんだ」


「へー……。ちなみに、超越級って強いですか?」


「もちろん、ものすごいよ。ステータスの補正は「種族補正」「職業補正」と「ポイント振り分け」があるが、だいたいは職業補正がメインだからね」


 ちょっと含みのある言い方だったのは、きっと種族補正もけっこう大きいよ、と言いたかったのだろう。エヴェルさんの職業が何なのかは知らないけど、補正がどちらも大きく利いているなら、きっととても強いはずだ。


「当面は、もうちょっと強くなって、ゲームに慣れたいです。まだまだいろんなこと知らないし、キューナがすごく強くなったなら、一緒に戦えるようにならなきゃ」


「けなげだね。そういうのがいいところであり、かわいらしいところだと思うよ」


 ひょいと飛び出た言葉だけで、私は赤くなった。


「私の行きつけの店はデーノンにあってね。さすがにここからは遠いので、今はやめておこう。この街でジュースを出すいい店はあるのかな……」


 意地でも兜を脱ぐ気はないみたいだ。ちょっと見てみたい気もするんだけど、見たいのか見たくないのか、自分でも分からない。


「兜、脱がないんですか?」


「これでも視界確保はできているが……。いや、そういう話じゃないね、分かっているよ。この顔はあまりに醜いので見せたくないのだ。というわけで、これが私の顔だと思ってくれないか、ゆっちゃん」


 理屈はめちゃくちゃだけど、見慣れているとそれが当たり前に思えて、突っ込む気にはならなかった。……突っ込んでもしょうがなさそうっていうのもあるけど。


「さて……どこへ行こうか?」

「え、食べに行くんじゃ」


「いや、私はこの通り飲み物しか飲めないし、ゆっちゃん、君はお腹が空いているかい?」

「ん、そうですね、あんまり……」


 考えてみると、食事をするほどお腹が空いてない。というかそもそもエヴェルさんから言い出したような気がするけど。


「この街って、面白いところありますか?」

「おもしろい、ね……君の「おもしろい」はどんなものかな」


 エヴェルさんは意味ありげに言う。


「どんなって?」


「脳が最大駆動するおもしろい、体がとろけるようなおもしろい、心が燃え上がるようなおもしろい、つい笑ってしまうおもしろい……人によっていろいろあるよ。どれかな?」


「じゃあ、「燃え上がるおもしろい」で」


 戦いとかみたいな感じだ、と思ったのは正解だった。


「ほう。あまりよくない場所のようにも思うが、私が付き添っているからには大丈夫だと思いたいな……ちょうど今夜、この街でイベントがあるんだ。立見席なら少しは空いているかもしれない」


「決闘とか?」

「ごくマイナーな、ね」


 宣伝しても客が来ないような決闘はわりとあるよ、と乾いた笑いが漏れる。


「まあ、それだけマイナーだったり、負けを期待されるヒールもいるからね。真剣勝負で八百長なしだが、それでもなかなか。じゃあ行こう」


 滅多にない機会だと思って、私は着いて行った。




『出た――! ヘルガンの奥義、〈サンダーキック〉ゥ――!!』


 以外にも観客はかなり多くて、エヴェルさんは「しまったな」と言っていたけど、これはこれで面白い。


『しかし神酒猫、負けていません! とうとう最後の切り札、出るか!?』


 みきにゃんって、どういうセンスなんだろう。


 でも、すごくレベルが高い戦いだということは、ほとんど接近戦をしたことがない私にもわかった。


 立ったまま横蹴りを放つヘルガンさんに対して、みきにゃんさんは猫みたいに四つん這いになってかわし、攻撃に出ようとする。でも、すぐに硬直が解けたヘルガンさんは、逆に拳を振り下ろしてみきにゃんさんを狙った。地面がバガンッ、と割れるけど、見えるわけもないくらいのスピードでかわしていたみきにゃんさんは「にゃっ!」と言って後ろからヘルガンさんをひっかこうとする。


「なるほど、接近戦で肉弾戦なら受けは悪いだろうね。実況も入り込みにくいし、ハイスピードバトルではあるが見えにくい、どうにも観戦しづらい試合になるからね」


「あ、それで拡大して写されてるんですか?」


「いや、それはいつものことだが。分かりづらい試合でなくても大写しになるよ。なにせ画が派手でも、それこそ誰が見ても分かるような試合もそうだからね。ルカ・ジャニスの試合なんて録画されるくらいだ」


 なんとなく覚えがある。そういえばランキング上位の人は入り口のところにも名前が書いてあって、「さあ、現在のチャンピオンを倒すのは誰だ!」みたいなあおりもあったような気がした。


「ああ、ラゾッコ中央闘技場のランキング一位の名前だよ。まあ、闘技場は二つもないんだが。彼が「報酬アイテムをいっぱい持っているプレイヤー」だ。毎度のように装備が変わるので、『不敗流転のチャンピオン』なんて呼ばれているね」


 前に言っていた、あるときはなんたらかんたら、だろうか。


「まあ、その彼もダメだったようだが……」

「え、なんですか?」


「あ、いや。なんでもない……勝負がついたね、ヘルガン氏の勝ちだ。決まり手は〈ヴェノムバイト〉、死毒属性のキック。神酒猫氏は毒耐性がちょっと低かったらしい」


 ちょっと聞いてなかったところをごまかすように、エヴェルさんは解説をした。


「さて、そろそろ時間だね。モノマニア本拠地の方に行こうか」

「あ、はい」


 キューナがどんな風に生まれ変わっているか、とても楽しみだ。






 モノマニアの建物はとても大きくて特徴的だ。遠くからでも、その威容を見ればすぐに「ああ、あれはどこか大きなギルドの建物だ」と分かるだろう。ギルドの建物はラゾッコの石畳に使われている白っぽい石ではなく、少し黒っぽい高級感のある石でできている。素材の正式な名前までは分からないけど、かなりレアなもののはずだ。


 穴の開いた場所に魔法の明かりがはめ込まれていて、夜でもじゅうぶん明るい。そして人の行き来がけっこうあって、活気もある。


「いつ来てもいい場所だ」

「ですよね!」


 見ると、正面の窓が開いていて、誰かがこっちを見ていた。


「あ、あれお兄ちゃんかな……」


 それらしい人影が見えたのも一瞬で、何かがびっくりするような、闘技場で見たそれより倍以上早いスピードでこっちへ向かってきた。


「え、あっ」

「どうした、ゆっちゃん……?」


「み、み……見損ないましたよエヴェルさんッ! どうして、どうしてあなたが人間の女とデートしてんだッ!? どういうことなんですか!!」


 全身鎧兜だけど、マントを羽織っていて、顔が出ている人が叫ぶ。


 その横にも、誰かがいる。顔が沸騰して、びし、ぱりっ、とひび割れていく。どちらかと言えばたれ目の優しそうな顔に見えた人が、吊り目の、真っ赤な目の人に変わっていった。


「だれ……いや、ディーロ!?」


 どこかで聞いたような名前だった。


「なるほど、そう関係してたわけか。妙に装備がいい理由、生贄を助けたってのも……そこまで邪推する気はないが、エヴェル。なあ、お前は誰だ……? 


英魔第二位、エヴェル・ザグルゥス」




「ディーロ、なぜここに……?」


「なに、テュロからそっちの子について聞いてたんだよ。化人族を差別視しない、いい子がいるってえ話をな。そういうことだった、ってことか?」


 だいたいそうだ、とエヴェルさんは言った。


 たぶん「そういうこと」というのは「助けて正体を明かしたから、怪しまなくなったってことか?」で、「だいたいそう」というのは「まあほとんど当たっている、一部誤解はあるが」みたいな感じだろうか。


「装備がいいのは、そちらさんがユニークハンターの仕事に貢献したからですか。で、正体すら明かしたのは供物がその子だったから、正体を明かして戦わざるを得なかったと。ここまではいいんですよねぇ……エヴェルさん」


 眠そうで性格の悪そうな顔が、こちらは地味で平凡な顔に変わる。


「で? 人間の女と何やってんです? こちらのプロパガンダとしても非常に都合が悪いし……それにです、あなたまさか、英魔の序列が何によって決まるか忘れたわけじゃぁありませんよねぇ? 第二位ですよ」


 ディーロと呼ばれた金髪の男の人が、苛立ちを隠しきれていない顔で平凡な人を遮った。まだ何か言いたげだけど、平凡な人は引き下がる。


「百歩譲って、いや一万歩ほど譲ってだ。まあだいたい事情は察した、序列云々はこの際どうでもいい。今はほとんど増えてないからな。お前の目的には人間が必要なのかもしれないから、付き添うくらいは認めよう、仕方がねえ。そんで――「デート」?」


「ああ、まあそのようなものだ」


「ちったぁ悪びれろッ!! 今この時期には決してあっちゃならねえことだろうが、分かってんのか!? だいたいのことは黙認してきたがもう我慢ならねえ、街中だろうが何だろうが、てめえをシメる」


 目がぎらりと光る。この人も化人族なら、街中で正体を見せることの危険性は分かっているはずだ。いや、もしかして――


「やめてくれ!」


「アヤト……いくらあんたの頼みでも、引き下がるわけにはいかない。ロミオとジュリエットってのは、大馬鹿者なんだよ。……従うべき方針に逆らうのは、一度や二度なら許されるかもしれねえな。ただ、よそでやれって話だ」


「俺が代わりを務めると言ってもか……?」


 兄は、なんだかめちゃくちゃなことを言っているような気がする。


「代わり?」


「私闘は犯罪スコアがカウントされてしまう。闘技場での決闘ならば、PKの数が増えるだけだ。そもそも場所を移してもらうことは前提として、俺が前座を務めよう、という申し出をしているんだ」


 そこまで理性的な相手だろうか、と私は思った。ブチ切れている人が、そんなに冷静に物事を判断するとは思えない。


「……ちょっとは心苦しいが……あんたがそれを望むなら、俺はあんたの相手をしてやるよ。ギルド「モノマニア」ナンバースリー、アヤト・ルゥス……教えてやる。あんたの相手の名前は、英魔第一位、ディーロ・メルディウスだ」


「――だから、彼はあなたをそばに置いていたのか。俺も純戦闘型ではないが、大概のモンスターならば倒す自信がある。勝算はゼロだが、全力で挑ませてもらうぞ」


 さっきまであんなに怒っていたディーロさんは、兄と拳を打ち合わせた。


「半分までの力は出す。それで死ぬようなら、二位の一割以下だ」

「……それでも俺は、義理を果たす」


 そうして、一世一代の決闘が始まった。

 アヤトさん……。


 というかユキカちゃん、攻略サイト見てないどころか基本ニュースも知らないのか(呆れ

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