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003 「職業選択講座1」1回目・帰宅

 学校の先輩が来ていらっしゃってびっくりしました。(先にいた私が言うのもなんですが)ここに来るのはあまりよくないことだと思うんですが、釣られてきてしまったみたいで……。最近話題になってるデンドロが、売れてないとかいうわりにどこ探してもないですね。売れてないから? 買ってからウェブで読もうと思っていたのに、逆になってしまいそうです。


 どうぞ。

 茶色に近い琥珀色の石材の上に、しっとり落ち着いた深い緑色のじゅうたんが敷かれていて、実用的という言葉が私の中からすっ飛んでいく。床もそうだし、天井からシャンデリアがいくつか下がっている。柱や椅子、机に使われている木も、必要十分の機能を確保するために、なんて言い訳が利かないほど高級そうだった。


「なにか不満でもあるのかね」

「ぜんぜん実用的じゃないですね」


 あれも、あれも、あれも! と指差していくと「備品ではない」とエヴェルさんは皮肉気に言った。


「はは……ほとんど寄付された品だよ。初期の写真を見せてもらったことがあるが、武骨というより貧相、貧相というより貧乏な場所だったらしい」


 こんなんじゃ国家の威信が保てへんで! と、職人たちが集まって総合ギルド会館をどんどん豪華にしていったんだそうだ。つごう一年ほどかけて、地下をわざわざ追加した建物そのものの建て替えや床材の張り替え、お金のかかったアクセサリーの追加や中に置いてある家具の入れ替えが行われた。国そのものがあれほどにぎわったのは初めてじゃないかってくらい、楽しかったらしい。


「ちなみに変な形のやつはマジックアイテムだね。あの竹の柵みたいなものは、近付くと椅子とテーブルになるんだ」


「変形までできるんですね」


 実用的に見えない形のものは、ほとんどそういうものらしい。


「こんにちはエヴェルさん。さすが手早いお仕事ですね」

「こちらの方が危うくやられるところでね」


 自動的に毛布がひざの上に置かれるうえに、疲れ具合がひどいときはふにゃりと後ろに倒れて寝ることもできる、なんてソファーを満喫していると、カウンターで精算が始まっていた。


「体力が回復するまで、しばらく座っているといいよ」

「そんな機能まで!?」


 ここは正しい本気の結晶さ、とエヴェルさんは得意げに笑う。


「〈ナイト・ファントム〉の討伐ですね。懸賞金は十万ルト、系統からして死骸の回収はできそうにありませんので、そちらにお任せします。本当に、あなたにお任せすれば何もかも安心ですね」


「それはありがたい言葉だ。あちらのお嬢さんにも功績がある、金は山分けするよ」

「分かりました……そちらのお客様、こちらへお越しください」


 それほど多くもなかった体力が満タンになったところで呼ばれて、私は慌てて起き上がる。薄情なくらい素早く、すすっと元の形に戻るソファーを名残惜しく思いながら、背の高いお姉さんから五万ルトものお金を受け取った。


「どうだい、一万ルト金貨は重いだろう」

「ずいぶん大きいです」


 直径四センチか五センチくらい、手のひらにぴったりくらいだろうか。拳の中に隠すのはたぶん無理だ。


「さぁて、どこに行こうか? おっといかん、職業だったね」


 お金のせいでついつい、と兜をぽりぽりかくエヴェルさんをちょっとにらみつつ、職業を占ってくれるおばあちゃんのところへ行く。


 すると――


「止まりなされ」

「は、はい」


 確かに人間なのに、目が青く光っている。


「ふむ……ふむ、ふむ。魔法を使う子なのだね。月は好きかい?」

「え? はい」


 いきなりメルヘンな質問だなぁと思ったけど、月は冷たそうで好きだ。


「なるほど。夜と月、氷。なら始めは魔法使いになるがよい。進んでいけば、おのずと道は開かれるもの。その日が来れば分かるじゃろうて」


「はい……」

「行こうか。道すがら解説する」


 建物に入ったとはいえ、夜にサングラスをしているのと同じくらい前が見づらそうな兜のままでエヴェルさんはしゃべる。


「基本的にスキルはスキル、職業は職業というふうに習得できる特技は細かく分かれているんだ。君は氷の魔法を取っていたみたいだが、最初からあれはキツい」


「どうしてですか?」


 あのフクロウの強さはぜんぜんだけど、私の撃った魔法はそれなりに効いていて、初心者にしては強かったように思える。


「職業で覚える特技は、どんなときにも使いやすい基本的なものだ。比べてスキルで手に入る特技は特殊で、強力だがコストが大きく、使える場面は限られる」


 職業魔法使いになると全属性の技を覚えるんだよ、ただしとっても厳しい条件付きだと彼はため息をつく。


「すべて中盤のもので止まる。それ以上に伸ばしたければ上位職業に就くしかないが、もっともよく使った魔法や得意な魔法から判断して、それにふさわしい職業が選ばれる。何かを前提にしないと、いきなり上位職業になるのは難しい」


「なれるんですか、いきなり」


 一瞬だけ遅れてびっくりした。


「なれるとも。しかしこれも効率が悪い。ステータス上昇補正は高レベル向けなので高いが、特技のコストも当然ながら高レベル向け。初期のMPやSPだと一瞬で燃料切れを起こすだろうね。前提となる技がなくて扱いが分からない、前の職業の補正に乗っけるはずの補正が意味を為さない……などなど。上位ならいいというわけでもない」


 これはやっぱり、ゲームに詳しい誰かに聞く必要がある。橋川は候補に入れておくとして、女子にもこういうゲームをやってる人はいるんだろうか。


「君がどうなるかは、先ほどのセリフでだいたい察したよ。それではクエストを達成して、魔法使いとしての第一歩を歩み出そうじゃないか」




 魔法スキルを持っていると自動でレベルなしのときから習得される〈マジックトーチ〉と、「氷魔法」スキルの〈アイスブレット〉〈アイシクルブラスト〉、この三つだけからずいぶん増えたな、と特技リストを見てついにやけてしまった。


「照準が上手いね」


 エヴェルさんは笑みのにじんだ声で、素直に祝ってくれる。


「明日もいろいろ案内しようか、ゆっちゃん?」


 でも、続いた言葉にすぐには答えられなかった。


「え、っと。明日からは友達とやってみようかなって……」

「おお、このゲーム内に友達がいたのか。それは失礼」


 申し訳ないくらい、信じてくれている。


「今日はお世話になりました、エヴェルさん」

「はは、これくらいは何でもないさ」


 せいいっぱい虚勢を張るように、エヴェルさんは決めポーズっぽい感じになる。


「困ったことがあったら言いたまえ、このユニークハンターさんが人脈とごり押しと本気ですぐに解決してみせよう。あ、友達にも紹介してくれると嬉しいな……」


 あれだけ強かった人が「おねがいします!」と手を合わせるので、私はつい笑ってしまった。


「いいですよ。それじゃ……」

「またいつか会えるといいね」


 手を振る鎧兜の人に軽く手を振って、私はログアウトした。






 少しまばたきして目を開けると、電気が消えた自分の部屋だった。


「んぁ……う」


 パジャマを着ていたせいなのか、春にしてはそんなに冷えていない。体にはちっとも疲れがなくて、寝られるかどうか分からないくらいだった。


 部屋を出てトイレを済ませ、冷蔵庫から出したお茶をコップにとぽとぽ注ぐ。


「結乃、まだ起きてたのか?」


 二階から降りてきたのは兄だった。


 心配そうな声をしているけど、私が心配なのは不健康な生活をしている兄、彩斗の方だ。兄が持っているコップの中にお茶を入れて、今日の残り物を確認する。適当にいろいろ見繕ってお皿に取り、電子レンジが起動したところで私は返事をした。


「ん、ゲーム終わったとこ。お兄ちゃんも?」

「まーな。友達と一緒にやってたのか」


「いやー、実はさ……」


 クラスにVRゲームをやっていそうな友達を見つけるのは、けっこう難しい。ゲーム機が高いのもあるし、友達のあいだでもそういう話題は少ないからだ。


「だろうな。俺も苦労したよ」


「なんか親切な人がいてね。魔法使いになるのに手伝ってくれたり、街に戻るの案内してくれたりして」


「おいおい、下心あったらどうするんだ。いちおう名前聞いとく」

「黒と銅色混ぜたみたいな鎧兜で、すっごい強い人、名前はエヴェルって」


「エヴェル……!? ユニークハンターか」


 兄は、見たこともないほど真剣な顔をしていた。


「優しかったか?」

「お兄ちゃんくらい」


「あはは……なら、大丈夫か」


 兄は優しい人だ。ちょっとお菓子を分けてくれるとか、たまにご飯を作ってくれたり、私を看病するために学校を休んでくれたりする。兄弟愛って言葉はこの人のためにあるんだとはっきり分かるくらい、すごくいい人だった。


「びっくりしてたけど、何か知ってるの?」


「ユニークハンターと言えば、伝説レベルだぞ。NPCが直接頼ってくるくらいだ。それにすべての武器スキルを持っているとか、うっかり解放された邪神を鎮めたとか……」


 すごい人らしい。強いわけだ。


「ただ、ヤバい。できれば関わらない方がいい。彼の周りには、ものすごい魑魅魍魎が渦巻いてるんだ。変なイメージを持たせたくないから、彼自身に聞ければ聞いてほしいけどな。彼が人間じゃないのは」


「聞いたよ?」


 兄にしては、心配しすぎな気がする。


「彼は人間じゃない。俺が知っている彼は――いや、優しいならいいんだ。もしかしたらすごくいいやつなのかもしれない……そう信じたい」


「そんなに怖い人なの?」


 兄は、うつむいた。


「昔は、あのゲームでもいろいろあった。種族間の戦争やら、たったひとつのアイテムの争奪戦やら。いろいろあったんだよ」


 何を言いたいのかが、ちょっとだけ分かってきた。


「戦争に……?」


「最初はちょっとした小競り合いや間違いのはずだった。だんだんエスカレートしていって、それが戦争になったんだ。鬼とか悪魔とか、そういう表現すべてが無駄になるくらいの恐ろしさだった」


 小さい頃の悪夢を思い出すような顔で、兄は目を閉じる。


「うん、もういいや。お兄ちゃん、私、いつか聞いてみるから」

「ああ。そうだな、それがいい。俺が言うのもなんだけど、早く寝るんだぞ」



 ◇



 かわいいと感じるのは、それが圧倒的に下の存在だからだ。


 屁理屈にしか聞こえない言葉にも、なんとなく納得してしまったエヴェルだった。


「あれほど憎んでいたというのにな……」


 うっかりモンスターと間違えて瞬殺され、アイテムを大量に落としてから謝られたあの日は、「ああいう」ことになるとは思っていなかった。


「今の子、だれ?」

「今日インしたばかりの初心者だ」


 プレイヤーよりもNPCの方に似合いそうなドレスを、この人以外には着せたくないと思わせるほどに着こなした妖艶な女。


「珍しいこともあるものね、エヴェル」

「久しいな、テュロ。この街にはしばらくだろう?」


 女の瞳は、左右で色が違っている。美しい体を存分に見せつけるドレスには、ところどころ不審な点があった。


「テュロ、背中の腰回りがもうちょっとだ」

「あらいけない。この街は厳しいわね、本当に」


 言った瞬間に、不自然に尖っていたドレスが滑らかな生地に変化する。


「いつまでこの街にいるの? こっちへ来ればいいのに……」

「いや、今の子に期待してみたくなった」


 あらあらいつもの気まぐれ、と女は苦笑する。


「『わたしたち』は歓迎される種族ではないわ。なかなかなれない、圧倒的なステータス補正や、パーソナルスキル枠の激増……こんなに進化したのにこの扱い。この街にこだわる理由も、私にはさっぱりね」


「バーのサンドイッチが美味くてね」

「ふふふ。あなたらしい、分かりやすい嘘。あの子が気に入ったのね?」


 君はごまかせないな、とエヴェルは困ったように言った。


「幸い、もう知らない人の方が多いんだよ。知っていればなおさら、あえて手を出しては来ない。ちょっとした楽しみくらいなら……」


「あなたって人は、もう……。私もしばらくこの街にいるわ。『ともだち』も呼んであるし、あなたがあの子に面白いことを教えるなら、私たちだって――ね?」


 まったく敵わないな、と鎧兜の男は降参のポーズをしてみせる。


「私がいないときは、君たちに頼んでもいいかな」

「任されるわ。ちっちゃくて可愛かったから」


「価値判断基準がほんとうに読めないなあ、君は」


 この世界でも、月は夜を照らしていた。

 未成年バーってよく考えたら、アルコール出ないからただの純喫茶だった。


 やっぱ女の子主人公は受けないみたいですね。

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