029 ラゾッコにて
きょうは「付き添いのユニークハンター」じゃなくて「付き添いのディーロ・メルディウス」をお送りいたします(ふざけているわけではない)。
どうぞ。
ゼルと「森王」の夕食会がちょうど終わったころ、ディーロとヴェオリは主に人間の住む街であるラゾッコに到着していた。
「相変わらずだな、ここも」
「あ、そうなんですか? てっきり初めてな場所だと」
誰が初めての場所に勇んでくるかよ、とディーロは笑う。
「ま、いい街だぜここは。気付いても声もかけやしない。近くのデーノンにもそこそこいるにはいるが、ここほど自由じゃねえな」
彼らが最初に降り立ったのもこのあたりの土地だ。昔というには少し新しいが、ここへ来るのはずいぶんと久しぶりだった。
「会話内容からばれたりしません?」
「そりゃあるかもしれんが……それを気にしてわざわざ追い出すようなやつらじゃないな。よほどヤバいことをしなければの話だぜ」
「これからヤバいことする相談でもないですよね?」
「ったくてめーはよ……違うだろ? よーく考えてからもの言え。ここに来たのはなんとか言う、友好的なやつを探すためだろうが」
「ユキカさんでしたっけね」
そうそうそういう名前だったぜ、とディーロは思い出す。テュロからもらった詳細情報には「ユキカ・ルゥス」という名前が書かれていた。魔術師タイプの戦闘職、装備は中級程度と何かのイベントがあったとしか思えない様子だが、ディーロにとってそういう些末な事実はどうでもいい。
「にしてもよ……あんまし高級感はねえが、趣味がいいよな、この造り」
「ですねぇ。白樹石ですかね? わりと質のいいのを使ってますねぇ」
「材質まで分かるのか?」
「まあ、多少はね? あまりマニアックなものだとちょっとダメですが、これのように特徴的なものはねぇ。分からんと職人失格ですし」
そこまでかよ、とディーロは突っ込むがヴェオリは大まじめだった。
「師匠がいつも狩りに行く場所のモンスターを忘れたーとか言ったら、アホ扱いされるじゃないですか? いつも扱うものをそうそう忘れませんて」
「なるほどな。あれは何だか分かるか?」
「おっ、あれは藍色水晶の一本もの! シュールームくんに見せたらよだれが洪水ですねぇ、間違いなく……師匠、彼はここに連れてきちゃダメですよ、全財産なげうっちまう」
そんな会話を続けているうちに、二人はとある場所へと近付いている。
「木材ってな奥が深いものなんだな」
「そうですよ、師匠。最近はぼくだけでも取りに行けるようになったんでいいですが、付き添いに行く人が「この辺のでいいだろ」とか言ったら職人はブチ切れですからねぇ。結婚指輪をモリブデン鋼で作るようなもんですよねぇ」
「……悪かったよ」
ディーロは嫌味を言われているのだと気付く。
「職人系統でも同じく、レベルは上がりやすく逆に困ってしまうんですよねぇ。なにせ、その辺にある素材や低級素材はすぐに使えなくなってしまいますから。まあ、ぼくの場合はあれ、芸術家って肩書きなので関係がないと言えばないのですけども」
「ないのかよ?」
いえいえ実はですねぇ、とヴェオリはうなだれる。
「この世界の実に素晴らしいところとして紹介したいとこなんですけども、芸術品の値段を決める価値基準として「耐久性」があるんですねぇ。正確に言うと「経年劣化の有無・少なさ」ですが。絵画なんかは最低の部類であるわけです」
「おいマジかよ……フィギュアはどうなんだ?」
言葉にはせずとも、現実のそれが非常にデリケートなものであることは了解されている。
「ああ、あれですか。あれは台座に仕掛けがあって、五百万ダメージを無効化しそれ以降は受けたダメージを百倍に反射する呪術が念入りにかけてあるんですねぇ。法術師系統の特級職に就かないとフィギュア作りには参加できません」
「……もうわけがわからねぇよ」
「ちなみに手に取るとボイスが流れる仕掛けのものは、盗難に遭うと光術師系の特級職「神聖白光術師」が放つ〈セレスティアル・ジャッジメント〉が解放される仕掛けで。フィギュア代、付近の損害賠償をぜんぶ犯人に押し付ける仕組みになってるんですよ」
見かけても不用意に触らないようにしよう、と固く誓うディーロだった。
「英魔のフィギュアはお守りとして信奉されており、エヴェルさんのものを除いてはバカ売れしていますねぇ。あ、一番人気はテュロさん、二番はレェムさま」
「さまってなんだ、さまって」
つうかほんとに守り神かよエロ目当てじゃねーだろうな、とディーロは邪推する。しかし最もそれらしい六位の名が挙がらなかったので、たぶん違うのだろうと考えを封殺した。
「実際に警報装置としての機能を組み込んだものも。こっちの方は先述しました魔法入りなので、ちょっと売れ行きが悪いですねぇ」
「俺も〈セレスティアル・ジャッジメント〉くらい撃てるぜ」
「でしょうねぇ。こちらの職人の腕を確認したいので、ちょっと店に入っても?」
しゃーねえな、と言いながら、ディーロはヴェオリに付き添って石材店に入る。
「ってばかやろう素材の店じゃねーか!」
「いやいやいやいや師匠。こういう素材アイテムを作る職人がまずきちんとしてないとそこからできるものもガタガタになるんですよ。街の基盤を見るにはここがいちばん」
「そうなのか?」
「そうなんです。というわけできっちり見ませんとねぇ」
オタクは極まるとこうなるんだなぁ、と心の底でつぶやきながら、ディーロは相手の足取りに合わせたり、ちょっと興味を持ったものの解説を聞きながら店の奥へ入っていく。
「これは白樹石か?」
「そうですねぇ……むっ、これは人工じゃないですか! しかもそれを伺わせぬ時間をかけた結晶化……これは職人技ですねぇ」
「こりゃ宝石なのか?」
「違いますよ、これも石材。ガラス細工に似せて、でも独特の縞模様を付けて、分かる人には分かる特別の細工物を作るんですよ。これがまたお高いんですねぇ」
「ひっでぇ嫌味だな」
趣味の世界というのは共通の話題から始まりますからねぇ、とヴェオリは笑う。眠そうかつ性格の悪そうな顔だと悪辣なものにしか見えないが、いつもの地味な顔ならばごく普通の微笑みであるはずだ。
「コアな趣味は話題になりにくいですから、応接室にちょっといじわるなくらいの「自分の趣味」を置いておくんですねぇ。それが何かってことが分かればオーケー。深い話題に移ることもできますけども」
「なるほどな。俺も怪人好きってのは言いにくいからな」
まあそうでしょうねぇ、と言いつつヴェオリは店を出る。
「なかなかいい店でした。見た目のごまかしもなし、アイテム持ち出し設定も完璧。実にいい。欲を言えば……完成品をひとつでも置いていればインスピレーションを刺激するのでしょうがねぇ」
石材店でも、ふつうは何らかの作品を置いているものだ。その点を指摘した途端、「いやいや、そこは勘弁してやってくれ」と声が飛んだ。
「すまないな、ここまで目が高いお客さんが来ているとは……。ひとつの作品に凝るタイプに頼んじまって、さっきやっとできたところなんだ。おとといオープンしたことを知らない辺り、旅人かい?」
「ああ、そうだったんですか。旅人と言えばまあ、そのようなものです。……この街はいいですねぇ、ところどころ狂気の沙汰としか思えないレベルの職人技がのぞく」
「あっはっは、褒められてるのかねえ、これは。俺はこの街の最大手ギルドのナンバースリー、アヤトってもんだ。俺の名前を出せばだいたい何でも見せてくれるぜ」
これ、何言うとんねんと突っ込みが入った。
「お前な、こないだフィギュア起動さして弁償したとこやないけ。あんなアホみたいなトラブルはもうごめんや、何にでも顔利かしとったらあかん。そちらさん、うちのがすんません。どこから来はったんですか?」
「あ、ぼくはこういうものです。名刺をどうぞ」
「ちょおま」
軽々しく正体を明かしていいのか、という問いを口にする前にヴェオリは名刺を渡してしまう。まさか奪い返すわけにもいかず、ディーロは沙汰を待った。
「ヴェオリ・ルルミウム……直属!? ほんまにか! はあ、こらえらいこっちゃでアヤト! 見てみ!」
「な、なにィ!? そんなにすごい人が来ていたとは……どうぞこちらへ」
おいなんて書いてたんだ、とヴェオリをつつくと、彼は「これです」と同じものをディーロに見せる。
「英魔第一位ディーロ・メルディウス直属、ヴェオリ・ルルミウム……職業「大彫刻家」、戦闘では盾役です、彫刻の素材や色で困ったときはいつでもご連絡を……ばか、正体を書いた名刺を渡してんじゃねえ!」
「いついかなるときも大胆不敵。これが師匠の教えですからね」
「んなこと言ってねーよ……どうする、行くのか?」
「もちろんです。いい職人にはいい話を聞けるものと相場が決まっていますからねぇ」
なかなかにいい笑顔のヴェオリを見てしまうと、行くなとは言えないディーロだった。
付き添い同士、ガザンという関西弁のプレイヤーと話していると、理解もあり、頭の回転が速くなかなかに楽しい時間であった。
「うちにもゼインちゅう子がいるんやけどね、別に正体を隠さんでもええんや。戦いのときくらい見せてくれてもええんとちゃうかな、と。兄さんはどう思わはる?」
「隠す気があるかないかは本人次第だからな。俺もいま、名前を伏せて会話をしてるわけだろ? あれを選ぶ要素のひとつとして、隠したいことがあるんじゃないかって噂が出ただろ。あれも信憑性はあると思ってる」
いやあ兄さんほんまに話せる人やね、とガザンは感嘆している。
「あることないことレベルまで知ってて理性的に話せる人てそうおらんで。モノマニアにももっとこういう人材が欲しいもんやな。どや兄さん、モノマニアに来ぉへんか? 福利厚生のきちんとしたええギルドやで。種族間の格差やらきっついノルマもあらへん。兄さんさえよければ……の話やけどな。どやろう、考えてみいひんか」
「そうだな、俺がもっと人間を信用できていた頃なら……一も二もなくうなずいていただろうが。だが、またいつかこの街に来たいな。そのときにまた、こうやって話をしよう」
ディーロは話しながら、自然と笑顔になっていた。
「さてと、あっちはもう終わったかな」
「あらもうちょっとかかるわ。どうやら売り買いもしとるみたいやしな。あんな交流がいつもあったら、ここまでひどう仲悪いことないやろうにな」
「そう見えているだけだよ。最初からぬるま湯で育った化人族なんていない。ガザンさん、あんたがいいやつであればあるほど、この対立がいかに根深いか知ったときの惨さは増す。こうやって共通の趣味を話している……なんてそんなときだけは、こうやって仲がいいように見えているが、な」
「そんなもんか? 仲ええように見えるけどもなぁ」
まあ、そうかもしれねえな、とたれ目の男は笑う。
「相手が嫌いだから、反応して嫌いになるんだもんな。相手が嫌わなきゃあ、こっちだって嫌いになる理由がねえ。そうさな、ここの街は本当にいいところかもしれん」
「そう思ってもらえて嬉しいわ。ええとこやろ?」
「ああ……ちょっと連れ戻しに行かないか、あいつら」
「そやな。ええ加減あの子らが来てまう時間やで」
その言葉に、ディーロはあることを思い出す。
「そういえば、聞きたいことがあったのを忘れてた。この街にいる、ある女の子を探してるんだが……ユキカ・ルゥスって名前だ。あんたらの情報網では引っかからないか?」
「いや、知り合いやな。探し人とは珍しいもんやけど、あの子は今日はデートやで。お邪魔にならんように、本人かどうか確認してくれるか?」
「ああ。それならしょうがないな」
そこまで野暮ではない、と自分でも思っている。まさかデートの邪魔をするような状況など、どのように考えてもあり得なかった。
「いやあ、買わされてしまいましたねぇ」
ヴェオリは満面の笑みで戻ってくる。あのひどくカスタムされた顔でもそのように見えるというのは、なかなか稀有なことかもしれない。
「その嬉しそうな顔で言うせりふじゃあねえよなあ?」
「まったくその通り。深く反省は絶対にしませんが」
両手に抱えているのは、単にそうしたいだけなのだろう。インベントリの容量がいっぱいになるなど有り得ない……いや、有り得ないのだろうが。彼に限っては、絶対にとは言えないところが恐ろしい。
「こいつを変性させて彫るのが楽しみですねぇ。ところで面白いものがあったので、師匠。買ってきましたよ」
「ん? カメオか」
「おう、そのカメオよう買い取らせてくれたな? 昔うちにいた子の顔やで。その頃はほんまにアイドルやったからね。怪しいクエストに行ったと思ったら失踪してしもてな……」
「そう、か」
その顔は、英魔第三位レェム・ティンヴェルのものだった。
「何があったんかは分からんけど、もうアーグやめとるやろうね。止めればよかった」
「その優しさが、少しでも伝わってるといいな」
人間のギルドにいた時代のことを、決して話そうとはしない。その固い心が「どちら」に根ざしたものなのか、彼らからは計りようがなかった。
ガザンが「ん、来たな」と建物の外を指差す。
「お、あれやで。どうや、探してる人か?」
「あ、ああ……たぶんな。デートの相手は……鎧兜って、バカなのか」
相手の顔くらい知ったうえでデートするわけではないのだろうか。
「なんやったかな、ユニークハンターとかいう人やったかいな」
「ユニークハンター……?」
その名前は、僭称でなければ――
「名前は?」
「分からんな。聞いてへんし」
じっと見たディーロの視界の中で、黒銅色の鎧兜に名前が表示される。
[Evel Zaglux]
「エヴェル・ザグルゥス……!!」
ディーロとヴェオリは、反射的に彼らの前に降り立っていた。
「み、み……見損ないましたよエヴェルさんッ! どうして、どうしてあなたが人間の女とデートしてんだッ!? どういうことなんですか!!」
ヴェオリの激しい怒りをさらに数倍煮詰めたような、赤を超え鮮血を超えたクリムゾンの怒りが、抑えきれずディーロの顔をひび割れさせた。
「だれ……いや、ディーロ!?」
顔が変わっている、という単純な事実にさえ気付かず、ディーロは己の怒りを口から炎のように吐き出した。静かに燃えるマグマのように、重く暗い声だった。
「なるほど、そう関係してたわけか。妙に装備がいい理由、生贄を助けたってのも……そこまで邪推する気はないが、エヴェル。なあ、お前は誰だ……?
英魔第二位、エヴェル・ザグルゥス」
「まさかデートの邪魔をするような状況など、どのように考えてもあり得なかった。」(フラグ)
オタク同士の会話って(合えば)超楽しいですよね。それにしても、仮面をつけてデートしてしまう人ってどうなんでしょう? 私はアリだと思うんですが……。




