028 ある城の会食
今日は化人族だけしか出てきません。王さまが顔みせ……てくれない。
どうぞ。
超都市エルティーネ中心部、「森王」の居城である「城」には九つの貴賓室が存在し、食客を住まわせている。とはいえ現在使われている部屋は七つ、そのうちでもよく使われているのは六つであり、ひとつは一年以上家政婦以外の人間が出入りしていない。逆に毎日寝起きに使っており、城でも最も多く目にすると言われるのはたった一人である。
「ゼル、どうだ」
「調子なら悪くない。お前はどうだ・何やら妙な噂を聞いたが」
「耳が早いな。まあ座れよ」
「ああ・そうしよう」
ディーロの知る限り、プレイヤーで「生活用の服」を持っているのは、この男ゼル・クウィルム・ヘルヴスィルムだけだ。いかにもくつろいだ服装で、食事用のナプキンなどしているところを見ると、これからディナーなのかもしれない。
「人間の中に、化人族を怪物視しないものがいるって聞いてな。ちょっと興味深いんで、見に行こうと思ってたとこだ」
「ほう・それは興味深い。ただし・」
「分かってるさ……そいつが王に対してどういう反応をするかは分からん。それ込みでちょっと見に行こうと思ってるのさ。ダメならダメでやりようはある。おいヴェオリてめえ、いつまで隠れてる」
はっはい、と地味な青年が柱から現れた。顔や印象の地味さに比べて、羽織るマントは揺らめき色、どうやらかなりの実力者だ。全身が鎧だが、部位ごとに付けているパーツの色はグラデーションになっている。音の軽さ、薄さからして、金属鎧ではなさそうである。
「ちょっと変異の修行を」
「ばかやろう実用段階で修行してどうすんだ。さっそく頼むぜ、お前は知られてるか? 知られてなきゃ顔を隠さなくてもいい」
えーっと、えっと、そうですね、うーん、と青年は悩む。
「そうですね、知り合いがちょっといたかもしれません……隠した方がいいですかね」
「したきゃそうしろ、早いとこ俺の顔を加工してくれ」
「あっはい、了解です」
ヴェオリと呼ばれた青年は、ディーロの顔に手をかざし「むんっ!」と気合を入れる。マントに似たような揺らめきが数瞬ディーロの顔を覆い、手をすっと外したときにはまったく別の顔になっていた。ややたれ目の優しそうな青年、普段の印象とは真逆だ。
「それじゃぼくも……へやっ」
まったく地味な青年の顔が、ひどく眠そうで性格の悪そうな顔になる。
「いつも思うんだが……この顔ってどうやって決めてる?」
「それは・俺も聞きたかったことだな」
超高度の擬態であり幻術である「変異」は、オサムシの混じった化人族「ヴェオリ・ルルミウム」のパーソナルスキルだ。オサムシが飛ぶことができず、川を隔てただけで地域の個体差が生まれてしまう現象を模倣しているのだろうが――それとこれとは別。ゲームシステムに組み込まれたそれがどのような基準で何をしているのか、そこには法則性やカギとなる出来事があるはずであった。
「だいたいイメージ通りの顔にしてるだけで……いえ、決して師匠の顔がもうちょっと優しかったらとか思ってるわけではないんですよ。違うんですよ?」
「ああ分かったそうだなそういうことにしとこうぜ……。行くぞ、ヴェオリ。マントはもうちょっと安もんにしとけ、見ない強者には警戒するもんだ」
「はい、師匠」
イメージ操作とは言っているものの、それには多数の顔のイメージを常にアーカイブしておく記憶が必要になる。そして、それを一回で成功させ、人間の顔として違和感がないように仕上げなければならない。
「祝福を・ディーロ」
「だいぶ染まってきたな、ゼル。その言葉、そのまま返すぜ」
「……俺には・祝福など不要」
「そうかい。じゃあ行ってくら」
ディーロは歩き去り、城から出て行ってしまった。目指す場所はどうやら人間の街らしい。化人族流の、旅人に向けるあいさつを口の中で繰り返し、ゼルは立ち上がる。
「もう、ゼルさま!」
「うわっ!? す・すまない……立ち話が長引いてしまったのだ」
いつの間にか、後ろに側仕え用のドレスを着た女性が立っていた。
「王さまにお仕置きしてもらいますよ、もう」
「勘弁してくれ・今すぐに走るから」
オレンジ色の瞳が目に付く女性、シウル・クラットは怒っている。英魔第七位とはいえ、その配下にでも頭が上がらないときはあるのだ。
七英魔は、もともと全員が混成種のプレイヤーだった。そして、大きくレベルが上がる機会に覚醒するという「通常通りの」経過を経て化人族へと成長した。戦争という一大イベントは最強クラスの化人族を十数人も生み出し、超都市に凄まじい力をもたらしたことになる。
英魔の序列を決めるのはごく簡単な数値、「何人の人間を殺したか」である。英魔第一位はこれまでに数千、第二位でも千をゆうに超え、第三位もほぼ同数、四位以下は殺人にはあまり興味がないが、戦争での活躍の結果、そうなっただけだった。ただし序列がそのまま強さにつながると考えるのは大きな間違いであり、英魔として数えられていないものにも凄まじく強いものはいる。
英魔第七位がもっとも「ログイン時間」が長く、「いつ来てもいる」と言われるくせになぜ六位に上がらないのか、そしてまた強力無比なステータスを持つにも関わらず、殺人にはまるで興味のない六位を蹴落とさないのか、ということは長い間議論の種になってきた。
答えとしていくつかの事実が提示されるが、ひとつは「そんなことをしている暇はないから」である。そしてもうひとつは「ほかの英魔が強すぎるから」にほかならない。ゼル以外の英魔たちは、英魔最弱はテュロ・クフィシアだと考えているようだが、そんなことはないのだ。ステータスでは優っていても、六位以上の持つ特殊能力を、七位はいっさい持っていない。七位は単純明快、「強い」、ただそれだけだ。英魔の中でも唯一レベルが千を超え、しかしそれでもなお七位に留まるのは単純にしか強くないからである。
まるであの男と対になるかのように、条件さえ満たせば「無限に強くなる」力もあれば、死んでも死なない力や死ぬことで強くなる力もある。先にその異常な力を見せたヴェオリのように、条件付きでなくともゼルに勝ちうるものはいた。パーソナルスキルがないわけではないにせよ、単純な強さなど化人族の中では大して意味を持たないのだ。
「もう、王さまとの会食を待たせるなんて何考えてるんですかっ」
「すまない・つい話し込んでしまって……」
「デスペナになってから後悔しないでくださいね、もう」
実際には王がちょっと気に入らないからすぐに相手をぶっちめるということはないが、「ディーロの口の聞き方がなっていなかったので、一撃でやられた」という逸話が有名すぎて、広がった噂を回収しきれていないのである。
「遅れて申し訳ない・王よ」
凄まじく大きな部屋を丸ごとひとつ使っている夕食会であった。とはいえ部屋の中にいるのはたったの四人、王とその側仕え、ゼルと側仕えのシウル女史だけである。大変長く待ったぞ、という嫌味を言うこともなく、王はただ座っていた。
「今度からはもっと早く出立すべきだな。よい、前に出よ」
「は」
形式的なのは最初だけである。王は、刀を抜くように鋭い質問を投げかけた。
「七位どのはときどき正体を隠して人間を助けているとか」
「返す言葉もない……しかしながら・助けるのは成長の機会を奪うこと。自分の力で乗り越えるまで待てぬものに成長の機会はないと断じている」
「ふ、ふ。その通りよな」
依頼を出すということは、彼らには解決に足る力がないということだ。ただ、ごく些細なことを行うために依頼を出せば、怠慢を招き、自分の力を減ずることにつながる。
「無論、力を奪うためだけではなかろう、七位どの?」
「当然だ。この世界に生きている以上・世界人と交流を持たなければ生きていけはしない。俺の稼ぎのなかに食べ物が入っているのは・日頃こなす依頼のおかげだ」
「実にありがたきことよ……ときに、七位どの」
影の中にいて、容貌どころか声すら曖昧な王が言う。
「聞いたところによると、そなたら英魔たちの目覚めたきっかけである儀式がもう一度行われたとか。そこには誰も?」
「いや・二位・それに四位と五位がいたとか。止めたのは二位・召喚されたのは四神の王だという話だ。ただ・人間ごときの呼び出したものがまともな力を持つはずもない」
その読みは当たっていた。
「ふ、言うな七位どの。それを言ってはあの愚か者どもがすべて虚仮にされてしまうではないか。異界門の形代とて、同じようなものよ」
「その通りだな。あれは完成品であってもまともに使いこなせるものはいなかっただろう。そもそもファクターがひとつ・欠けている」
好きなだけ――多くの数を。
好きなときに――戦闘時・非戦闘時を選ばず。
好きな強さを――それこそ神獣まで。
「最後に、制御できるだけ、と入れるべきだったのだな」
「そう・好きなだけという言葉とは相反するが・上限を設けるべきだ」
「いや、門のことは良いのだ。二位……エヴェル・ザグルゥスは何処か。ほんの少しばかり我に顔を見せて、部屋にも戻らず去って行ったではないか。あれはまだ民の怒りを買うようなことをしているというのか、隠しもせずに?」
ゼルは、すぐに答えることができなかった。
「王よ・恐らくその予想は当たっている」
「なぜだ……英魔第二位が、よりにもよって人間を守るなど。いいかげんに力を奪う、力を付けるためというのも聞き飽きた。四神の王を消したということは、それも街を守ったということであろう?」
「……王よ。あれは――自分の守りたいものを守っているのだ。それこそ王に幾度首を刎ねられようと・四肢をもがれようと変わらない。心の行き先を変えることは・できない」
無論それにもやりようがある、とは続けず、口の中に飲み込む。
「ただし・英魔第二位は一位にも勝てるほどの力を付けている。それだけは評価に値する点だろう。俺も王に隠し事をしたいわけではないが・いずれ確証が得られればやつの目的を詳らかに説明しよう」
「頼んでおこう。あれの目的は……三位や六位以上に分からぬ」
「三位はともかく・六位は解りやすい方だ。少しストレス発散をしているだけであの地位へ上り詰めるのだから恐ろしい」
三位は「おもしろいことをさがしてるんだよ」と明らかな嘘しか言わない。一方的な人殺しなど退屈極まりないということは、彼女自身がもっともよく知っているはずだった。あの年齢ですでに、世界と接することが難しくなっているのかもしれない。
二位は、結局のところ人間から離れられない性格なのだ。それを「ぬるま湯」と批判することは簡単だが、混成種が道を歩いているのを見てぎょっとすることがあるのはゼルも同じ、慣れの違いとしか言いようがない。
切り捨てる冷酷さがない、そんな世界を夢見ているのは知っている。何度も聞かされて、それがあいつの本音なのだということが焼き付いてしまっているのだ。
――子供向けの作品だと、悪役でも受け入れられてるんだ。ああいうのが理想なんだよ。先週はでっかいロボ操ってさんざん主人公を困らせてたやつが、今週はなんでもなかったような顔してみんなとパンケーキ食ってるみたいな。いいよね、ああいうの。僕らががんばったら、アーグをああいう世界にできるかなって思うんだ。……ゼルは? どう思う、できるかな。
――できっこないよそんなの。だってさ、物語がシリアスになるにつれて、許されるかどうかってのが決まってくるわけでさ? 街をぶっ壊した怪人が、ごめんなさい一言で許されるなんてさぁ……。
――うん、厳しいとは思うけど。怪人だっていいやつと悪いやつがいるわけですし、ちゃんと言っておくから、ほんとごめんなさい、ってさ。これが通用する世界を作らなきゃダメだと思うんだ。ただ怪人ってだけでぶち殺される、今の状況じゃだめだよ絶対。
――経験値目的なわけだしさ。簡単には止まなさそうじゃん。……まあ、俺らがどういう悪いことをしたかって、それはそうだよ、そうなんだけど。エヴェルさんってめっちゃくちゃ甘くない? 人間を許せるの?
――いや、それこそゲームだから。PKにはやらしとけばいい、でも一般人狙いを止めないと人間にも迷惑かかるよね。
――違うよッ! 違うってば! あいつらは、俺たちが混成種だから――
――分かってるよ。まず止めるんだ。止めてからの話だからさ。
「ふ・――」
「どうされた、七位どの」
「二位のことを思い出していた。……あれは・とことん甘い理想主義者だと。だが・そんな蜂蜜味の理想を……どうやってか叶えてやりたいと思っていたころが懐かしい。王よ・俺は鈍ったのだろうか? それとも研ぎ澄まされたのだろうか」
暗闇の奥にいる王は、ほんのわずかに忍び笑いをした。
「――それは七位どの次第。刃が鈍ろうとも心が揺るがないこともあれば、心に錆があれど刃は煌めき支障なく振るわれることもある。どちらであろうとも、七位どのの力にはそうそう大きく影響を及ぼすまい。……それでは七位どの。楽しい時間だった、いずれまたこうして同じ卓を囲もうではないか」
「俺も――楽しみにしている。またいずれ」
それだけは心の底からの言葉だった。
いずれ化人族と英魔の組織図を……いつがいいんだろう、いつか書きます。




