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027 授業

 どうぞ。

 なんか怖くなった橋川は、軌道修正するように「利点だったね」と続ける。


「強いモンスターばかりだからお金や経験値が多い、っていうのは話したけど、それ以上に稼げるのが「名声」だよ」


「有名になるの?」


 そうだけど違う、と橋川は笑う。


「中堅の人がガバッと上に出るには、これが一番いい。討伐報酬を持ってるってことが一種のステータスなんだけど、この襲撃はつねに注目されてるからね。どんなボスが出たかってことはすぐ分かるし、装備の性質や名前を見れば誰が活躍したかが分かる」


「なるほど、竜人の人にも頼られるし、新しいのは手に入るし……いいことばっかだね」

「本当にそうなんだ。まあ、頼られるのが嫌で逃げ出す人も一部いるらしいけど」


 人気には責任が伴うからね、と言われて、ちょっと自分のことを思い出した。


「まあ、活躍が地味な「忘れられた有名人」もいるんだけどね」

「それはいそう」


 というか、縁の下の力持ちって言うべきだと思うけど。


「まあそういう人たちの紹介は別にしておいて。そろそろ戻ろうか」

「あ、うん」


 もう昼休み終わりの予鈴が鳴りそうな時間だった。


「それにしてもさ、樫原さんはこのあいだああいったけど……僕との関係ってどう思ってるのかな? ちょっと正直なところを聞きたい」


「え? あー、……」


 このあいだなんて言ったのか、本当はよく覚えていない。


「先生みたいって言われたような気がするんだ。そんな感じ?」

「うん。教わってるだけだし」


「そっか。それじゃもっとたくさん情報を仕入れておこうかな」

「ふっふっふ、それじゃもっと難しいこと聞こ」


 言い合っているうちに教室に着いて、他人のように席に着いた。


 楽しそうに話している人たちを見てうらやましいなと思ったのはすごく前のことで、少数の友達がいればいいかなと思うようになっている。事あるごとにいじられるのも面倒だし、ああいう仲間内だといじりといじめの区別が小さくなっていくからだ。あっちと仲良しの男子とはノリが合わないのもある。


 中学のころはあっちにいたけど、高校になってからは人付き合いがめんどくさくなってちょっとの友達とだけ仲良くするようにした。ひどい黒歴史とかがあるわけじゃないけど、人間関係とか人のトラブルに首を突っ込んでるとろくなことがない、と実体験したのだ。ああいう男子からは下ネタ系のいじりもあって引くし、バカ笑いだけしていたら終わる毎日――に見えてそうでもない、なんて変にゆがんだのは苦手だった。




「ユミナー、元気?」

「元気だよー」


 めちゃくちゃ適当な話、これくらいがちょうどいい。


「ずっと離れてるけど、どう?」

「そろそろ戻れそうかなぁ。驚かないでね、銃を使ってるんだよ!」


「銃……って、ガン?」


「法銃。マギアブラスター。これが案外強いんだよねー。パスキルにも目覚めたし。もうちょっと使いこなせるようになったら、また三人一緒にやろ」


「よかったじゃん、ユミナ。それでさ、……今度はどんなの連れてるの?」

「んー、……うん、今は秘密。いっしょにやるとき見せるね」


 ある種トラウマだから聞かない方がいいかなと思ったけど、どうやら立ち直っているみたいだった。銃を使うときに一緒に連れて行くモンスターって、いったいどんなものなんだろうか。というか銃といっても、遠くから狙い撃つとか拳銃とか軍隊っぽい銃とか、いろいろあるような気がする。疑問は増えるばかりだ。


 クラスを見渡してみて思うのは、ゆっくりと人間関係が変化しつつあるな、くらいだ。わりと大人数だったグループも、だんだん分裂して少人数グループになりつつある。たぶん、気が合う人と合わない人の区別がはっきりしてきたのだろう。むしろその方がいいと思う。


「仲良し増えたよね」

「うん。人の相性、分かってきたんだと思うよ」


 ユミナがふにゃふにゃしながら言ったのは、その通りだと思った。合わない人に歩み寄るのも大切ではあるんだけど、だからって合わせようとしすぎるとめちゃくちゃ疲れることになる。中学のときはだいたいの人と合うはずと思ってたけど、いま考えると狂気の沙汰だ。だからユミナの言葉は、私にも当てはまる。


「さ、授業始まるし準備しとこ」

「あ、そうだった」


 なんとなく、最近は昼休みの時間が長く感じられる。橋川のあの長いしゃべりを全部詰め込んでいるってこともあるのかもしれないし、なんとなく教室に戻るのがおっくうだな、と思うのもあるのだろう。




「じゃあ授業を始めます」


 標準語のようで、かなり方言のアクセントになった星見先生の言葉で授業が始まる。


「はい、まず漢字テストを始めます……教科書しまって」


 五限は国語で、最近はふつうに作品を読み解くのと併せて、漢字テストもやる予定だ。


「大学だとカンニングしただけで一年留年やからね。高校だからそんなことできないけど、大幅な減点になるの忘れないように」


 このあいだどこかでカンニングがあったらしくて、注意が厳しくなっている。


 わりと一夜漬けの勉強だったけど、問題なく書いて出す。分からない漢字も読めない漢字も、新聞とか茶色くなった本を読んでるとたまにあるかな、くらいだ。がり勉じゃなくても、勉強をちゃんとするって大事だなと思う根拠だった。


「はい、そんじゃ教科書のこの前やったとこ。ちょっとノート見せて……うん、そやな。教科書読みますから順番に当ててきます。順番が来たとき分からんようにならないよう、一緒に読んどいてください」


 「かしはら」だから、順番が回ってくるのは確実だ。


「『禁忌とされることには、必ず意味がある。』っと、『例えば赤子が苦みを感じるものを吐き出す動作は、それが本能的には毒であると判断されるためだ。』……『このように本能的に危険をもたらすと分かっているものには、人は手を出しにくいものである。』」


「はい、交代」


 橋川あたりなら「おもしろい」と言いそうだったけど、私たちからすると例として人肉食が出てくるような「禁忌とは!」という思いっきりな話題は苦手だ。私の番が来て、私は立って教科書を読み上げる。なんとか一度も詰まらなかった。


「『一方で、本能を超えたところにある危機を察知するのは難しい。刃物が危険であるということはその形からも分かるが、ひそかに忍び寄るものの気配を察知することや、空気の成分の変化を察することは困難なのである。臭いにおいは害のある可能性をはらんでいる一方で、無味無臭の毒がある。』」


 なんだか、示唆に富むとでもいうんだろうか、何かを暗示したいような文章だと思ってしまった。私の読み上げたところだけでも、「危険、察知できてる?」みたいな不気味さを持っているし、全体的に不可思議で、読みを間違えているんじゃないかなと思わせる。


「よし、終わりましたね。じゃあ前みたいな感じで、意味段落に分けていきましょうか。好きなようにグループを作っていいけど、隣や下のクラスが迷惑せんように、静かにしてくださいね」


 キューナ……じゃなくてユミナのところに行って、相談する。一部あぶれている人もいるけど大丈夫かな、と思ったら、席が近いところに黒川さんがいた。ちょっと太めで色黒の、すごくおとなしい人だ。ちょっと視線が合って、黒川さんは「入れてくれますか?」とすっごく小さな声で言う。


「いいよ」

「はい……」


 意外なくらい声が小さい。前、入学したときはもっと体形が太かったような気がするんだけど、最近はけっこう細くなってきている。


「ここと、ここだよね」

「ここはどうですか?」


「あ、ここもだ。ありがと」

「いえ」


 最後はけっこう見落としがちだ。グループごとの意見が一致するか、それと異論はないかというのが星見先生のやり方で、不正解だとめちゃくちゃ長く続く。


「……うん。じゃあ第一段落はこれでいいですね?」


 みんなから意見が挙がらないのを確認して「正解です」と言ってから続ける。


「梶木さんのとこ、第二段落はどこまでやと思いますか」

「えっと、次のページの六行目まで……」


「うん。ほかの意見はありますか?」


 特にないらしい。どうやら正解で、先生はそのまま続けた。


 そういえば橋川は誰といっしょにやってるんだろう、と思ってちょっと見渡すと、なぜか一人だけで席に座っている。一人だけでやっているみたいだ。ほかにも二人くらい一人ぼっちの人がいるので、そういうスタイルなんだろう。


「……お、時間やね。内容の復習は別にいいけど、漢字テストの勉強は忘れんようにしてくださいね。今日の授業はここまで」


 なんか、流れで終わってしまった。ちょっと橋川と話しに行くことにする。


「橋川、どうして一人だったの?」

「ん? なんで?」


「先生、誰と組んでもいいって言ってたじゃん。なら友達と組めばいいのに」


「ああ……友達、ほかのクラスにいるからね。樫原さんと組むのもちょっと、なんか変な気がするし。よく話すけど、そこまでオープンじゃないというか」


 自分で言っておいて何なんだろうとは思ったけど、照れているのだと思いたい。または正直すぎて怒られるタイプだ。


「ほかのクラス?」

「うん。アーグ一緒にやってたこともある人」


「へえ……」


 私以上に仲がいいってことだ。そう聞くと、なんとなく気になった。


「男?」

「そこ気にするの……男だよ、女友達って言葉は限りなく嘘っぽいから使わない」


 橋川にも下心はあるんだ、と今さらながら思う。いや、気付いてはいるんだけど。


「まあ、ゲーム内で会うことはほぼないと思うよ。アーグの内部も広いし、国もいっぱいあるからね」


「あ、そっか……。国って、いくつあるの」


 まあその話は追い追いね、と橋川は笑う。


「ここだとあんまり自由に話せる気がしないんだ。図書館っていい場所だよね」

「確かにそうかも……」


 不意に「二人だけの時間」という言葉が浮かんで、喉の奥から変な声が出た。


「ん?」

「るぁい丈夫、大丈夫。ちょっと思い出し笑い」




 その日はユミナと一緒に帰ったけど、とくに話すこともなかった。と思っていると、ユミナが何か迷っているような声で言う。


「ねえ、あのさ」

「どしたの、ユミナ」


 あ、なんでもないとユミナは慌てて取り消す。


「別になんでもいいよ?」

「カナリアのこと……覚えてる?」


 ちょっとだけ震えた声だった。


「忘れないよ」

「……うん」


 あの体験を忘れることなんてないだろうし、それと一緒に死んでいったカナリアを忘れることだって、ありえない。


「どうしてあんなことができたのかな……」

「わかんないし……分かりたくないよ」


 考えて分からないことは誰かに聞くべきだと思うけど、さすがに橋川にも、答えられないような惨い質問をするつもりはなかった。


 ――VRのモンスターの命って、


 亡くなったら無くなるの? ……なんて。



 ◇



 VRMMORPG「アーグ・オンライン」にはインスタントな命が存在する。それは正確に言えばグラフィックやモーション、特定の名前、それに紐付けされたプログラムの塊である。とはいえ、現実にも「意識が存在しない」生き物ならば、同じようなものなのかもしれぬ。


 では意識が存在する人間について、それがプログラムの塊であるのかないのか、という疑問は当初から長らく議論され続けてきた。当然、ゲームの中に本物の人間がいるわけなかろうという意見もあるが、これはゲームではないというトンデモ説まで飛び出している以上、どちらかをぱっと決めてしまうのは早計である。


 そもそもそんな疑問が出てきたのは、「NPCがリアルすぎる」というクレームが少なくとも百を数えたためだ。前に立つとどいてほしがる、刃物を振りかざすと怖がる、挙句プログラムされているはずの知識を「専門と違うので」と言って知らないという。街の門番が交代するとき巧妙にサボるに至って、プレイヤーの疑問は爆発した。運営の回答は非常に簡潔なものであり意味不明だったので、ここに載せておこう。



 ――アーグ・オンラインに出現するノンプレイヤー・キャラクター(以下、NPCとする)は一度きりの命を持つ人間を限りなく模倣して作られたものです。ある意味では人間よりも人間らしいと言えるでしょう。以下、注意点を述べておきます。

・NPCは命を失うと復活できません。

・NPCに迷惑行為を働くと、犯罪スコアがカウントされていきます。

・人間関係も人間と同じですので、復讐に現れるものもいます。



 要するに「人間である」と言われたようなもので、プレイヤーたちはますます煙に巻かれたような、混乱を助長されたような気分になった。とはいえ、分かったことがひとつある。意識さえ存在すれば、それは人間と同じで会話でき、意思疎通できて関係を築くことさえ可能である、ということだ。


 ――といっても、当人に会話する気があるかどうかは別だが。


『……霞を食うってこんな気分かしら』


 意味を理解できるものが聞いていれば、こんなふうに聞こえたであろう音声が、無意味に拡散して薄れ、消えていく。夕焼け空であることは理解できているものの、その夕焼けはひどく霞んで、すでに夜のように暗い。深い淵の底から見ているような、心許ない光だけがわずかに差し込んでいる。


 広範囲からわずかずつ魔力を吸収するだけで、「彼女」の命は繋がれている。いや、繋がれているという言い方は、彼女の健康状態を考えれば正確ではない。健康どころか日々それのみで成長しているようなありさま、滋養という言葉すら飛び越えてエネルギッシュであるとかみなぎりほとばしる活力と言わねばならぬ。


 ただしそれには、果てしない憂鬱が必要だ。光も音も通りにくく、ただそこにいるだけで心以外のすべてが満たされる空間。


『ああ、でも――昨日は楽しかったわね』


 レベルでは遥かに劣るくせに、自分には決して敵わないと分かっているくせに立ち向かって、めでたく引き裂かれ食われた愚か者。


『ふふふ。あの〈妖星滅流〉を耐えるなんて……世の中には面白い子もいるものね。あの子たちが言ってた人間っていうのは――美味しいのかしら』


 今はまだそのときではない。心の奥、生まれ故郷とつながっている場所がそう告げている。あまりにも下にあって、小さくて暗くて見えない街が「人間」なる生き物の住処らしいということは分かっていた。


『目に見えないなんて、ずいぶん小さいみたいだけど。……まあ、美味しくて食べでがあるなら何でもいいわよね。片手に納まる大きさならなんでもいいし』


 昨日の獲物は大きすぎて、口から吸収できた分が少なすぎた。満足感はあれど、生物としての本能を満たすには少しばかり足りない。小さかった頃のように、思う存分に食べたいのだ。


『あんまりお行儀が悪いのもイヤだけど……。やっぱりお腹に入れてこそよね』


 夕焼けは宵に変わり、真の闇へと移り変わっていく。彼女、「オーゼルク」はまだ見ぬものを夢見て、暗黒の中で眠りについた。

 露骨にヒント出しすぎたから「オーゼルク」の正体にはもう気付けるようになってます。登場予定はかなり遅いですが、もう正体どころかスキルの全貌までわかるようになってる……はず。

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