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026 ラゾッコ行

 どうぞ。

「あら、お邪魔だったかしら」

「テュロか。いくらなんでもそりゃねえだろ」


 正体を知らぬものが夜道でそれを見れば、殺してでも思いを遂げたくなるような豊満な体。体を包むドレスは上品な漆黒で、右の瞳はこげ茶色、左の瞳は海色だ。見紛うこともない英魔第五位、テュロ・クフィシアだった。


「俺がロリコンだとでも?」

「あいはあるとおもう」


「そうよね。優しいものね、ナイトさん?」

「うっせぇ黙れテュロ……なんか用があるんじゃねーのかよ」


 わずかながら赤くなっているのは、黒歴史を掘り返されたからである。



 ――大丈夫っすよ。騎士の俺がきみのナイトになりますから、ね? 安心してくださいっす。ぜったいここから逃げられるように、なんとかするっす。



 自分で言ったことながら、「きみのナイトになる云々」はさすがにひどかった。取り消したいと思っているのだが、英魔は一人を除いて全員知っているセリフだ。


「ここまでせいじつなだんせいはなかなかみない。ゆうりょうぶっけんだし、ねんれいさえあえばもっとアピールする」


「そうよね、そうなのよ。レェムちゃんが戦わなくっていいように、ずうっと前に出て戦ってくれているものね。ところで私は好みから外れているみたいだけど――」


「要件を言えテュロ・クフィシア」


 激怒しているわけではない。少しばかり死闘しようとしているだけだ。


「まあ怖い。このあいだの儀式があったでしょう? 生贄の子たちがどうなっているかの経過観察をしてたのよ。幸い混成種と化人族は一人もいなかったわ」


「いたらギルドごと粉々にしてたが……。で」

「いい子を見つけたのよ」


「ふざけてるのか? この俺の前で」


 ディーロ・メルディウスは人間種族が嫌いだ。それは根本的なものであり、変えようがない。かつてあれほど大事に思っていたという事実も、彼の頭からは抜け落ちている。現実にまで波及することはないが、ゲームの中ではひどいものである。


「分け隔てをしないのよね、私たちを見ても。受け入れる心が整っているみたい」

「――正体を明かした? 最弱のお前が」


「ええ、最弱の姿を。災害を避けるにはそれしかしようがなかったから」

「……そうか。それで雷にやられてああなったか」


 味方に対しては優しいディーロでも、こと「正体を見せる」となると厳しい。


「俺にエヴェル、ユイザ、お前まで……あの街には英魔が四人もいたか」


「そう怖い顔をしないで、ディーロ。あなたの本当の夢へ、少しだけ近付く足がかりができるの。その成長を見守るのが、しばらくの計画よ」


 ディーロの表情は、異形のときのそれよりもさらに恐ろしいものになっていた。怒りと迷いが混じり合い、殺意が見え隠れする。


「人間を守るか……人間を。一度、正体を隠してそいつに会ってみよう」

「え、――正気?」


 空気が固まる。


「あ、ごめん」

「こっちこそごめんね、レェム」


 あと数瞬おなじ状態が続いていれば、テュロの手足は折れちぎれていたかもしれない。そのくらいの緊張が、場に満ちていた。


「……ディーロ、ほんとうににんげんをみにいくの?」


「俺たちが捨て去ったものを、まだ人間が持っていやがるかどうかだ。持ってなきゃあどうでもいいし、持っていたならテュロがどういう報告をしようと喜んで聞くぜ。そうだな、顔を隠せるやつ……ヴェオリを連れてくか」


 どうやら本気らしいと理解した二人は、顔を見合わせる。


「言っとくが、こいつは例外ってだけだ。遊び半分に怪人狩りしようってやつは、当然容赦なく殺すぜ。もしもまともなら……」


 篝火に照らされる顔が、内面の揺らぎを映している。


「どこにいる?」

「ラゾッコ。わりと近くね」


「……いったん国に戻って、そっから向かうか。幸いエルティーネは閉鎖してないし、俺らは絶対にフリーパスだからな」


 人間以外なら問題なく通れる門なので、そもそも心配する必要はない。


「んじゃ俺はこれで。もし人間が来たら頼むぜ」

「え、まさかあなた「最弱」に任せるんじゃないでしょうね」


「馬鹿野郎レェムとテュロ、二人でだ」


 そんじゃなー、と手を振って、ディーロは帰っていく。


「ふたりはオーバーパワーじゃないかな? テュロもべつによわくないし」


「他に比べて特殊能力が弱いから最弱なのであって、ステータスが低いとか弱点を攻めたらすぐ終わるなんて誰も言ってないわよ」


 早口で言うだけあって気にしているようだが、本当のところそれを気にする必要はまったくない。


「というか、ほかのえいまがつよすぎるだけ。「ちょうえつきゅうしょく」なんてえらばれたひとびとがななにんもあつまってたら、こわいよ。……「だいかいぼ」と「スターアーチャー」と、なんだっけ?」


「ええ、〈大海母〉〈天星射手(スターアーチャー)〉それに〈妖刀の使い手〉。あと少しで〈霊刀の使い手〉になれるわ」


「ぶきごとついてくるしょくぎょうの、あぶないバージョン?」


「そうよ。とはいっても装備の呪い軽減なんてものもあるし、強力な刀は基本的に何かしらデメリットがあるものだから。造れば関係ないけど」


 さらりと口にされた事実だが、これこそ化人族最大の特徴である。最初の姿のひどさ、人間の街には入りづらいこと、PKにも経験値目的で狙われること、それらを圧して根強く混成種・化人族のプレイヤーが増え続けているのは、「武器を自分の体から作れること」という強力なアドバンテージがあるからにほかならない。


「エヴェルはぜんぜん使わないみたいだけど……どうしてなのかしら」


「にんげんになじみたいから、つくるところをみせないようにしてるんじゃない? じぶんのしょうたいがどんないろか、すぐわかっちゃうし」


 そうびほせいもないよね、とレェムは身もふたもないことを言う。


「ユニークハンターとかいってかつやくできるのは、そうびほせいのおかげでしょ? こないだもムカデたおしたらしいけど、カマキリに「こんちゅうしゅぞくとっこう」がついてるわけないし。まほうもってないから、ぞくせいこうげきもほせいにたよってるよね」


「そうよね……。レェム、今日はよくしゃべるのね。何かあった?」

「ディーロがもとにもどろうとしてるから。ひこうにんのかのじょとして、うれしい」


「……そう」


 その日は、夜中になっても人間は現れることはなかった。



 ◇



 橋川があんまり眠そうなので、いつものように昼休みに図書室にとは言いにくかった。それでもどこかに行った橋川を追いかけると、やっぱり図書館にいる。


「……眠くないの、橋川?」

「昨日はちょっと無理してね。夜明け前にやっとログアウトできたんだ」


 親は何やってるんだろうと思ったけど、強制ログアウトがどれだけひどいものか、というのがどこかに書かれていた。私たちの親もVRを体験している世代なので、知っている人はやらないんだろう。


「なにやってたの? また便利屋の仕事?」


「ちょっとボスしかいないダンジョンに潜ってた。めちゃくちゃ危なかったし、入ってる最中はログアウトできないしで大変だったよ」


 いつも通りみたいだった。


「そういえば聞き忘れてたんだけど。成長ボスってどこに出てくるの?」


 まだ眠そうな目がすごく大きく開いて、こっちもびっくりした。


「ああ、うん……そうだなぁ、いちばん正解に近い答えとして『どこにでも』って答えとこうかな。平原で生まれたウサギがたまたま、洞窟の中で傷を癒しに来たトカゲが、ってふうにいつでも、どこでも生まれるから。下水道で死んだスライムが、っていうのもあったような気がするね……装備になって、臭くないのかな」


「じゃあ、『街の中で』は?」


 うん、と言った橋川はしばらく指を動かしたり空中を見たり、机に指で何か書いたりしている。ちょっと経ってから「できるね」とあっさり言った。


「人造モンスターにも、そっち方面に転がるのがいる。ただ成育環境が整ってないとダメなミネラル系とか、成長が遅くて討伐が間に合う植物系はダメかな。精製魔力を吸収できる精霊のたぐいやら、街の素材……レンガとか木材を素材にしたゴーレムがいれば、街に被害を与えつつ成長するボスになる、かも」


「かも? というか被害与える前提なの?」


 私は街をぶっ壊したいなんて言ってない。


「成長ボスは制御不能、テイム不能だよ。人間が作ったとは一度も聞いてない。つまり人間には作れないし、もしできてもその場で暴れ出して「成長」を始めることになるよ。現実でいう電気みたいな精製魔力だけど、自然魔力、雷みたいな電気には程遠い。体内で魔力変換できる怪物がいたら、確かに成長ボス級だけどね」


 電気を吸う、というのはいろんな本で使われていると思うけど、都市停電を起こすようなすっごいのは聞いたことがなかった。わりといろいろな本を読む橋川なら知っているんだろうか。


「人間を食うモンスターでも、プレイヤーは栄養にできない。すぐ消えちゃうから。だから街中で成長ボスが出てくるのは、いろんな理由で無理かなぁ……。街の地下やら上空ならいけると思うけどね」


 言ってから「あ、そうそう」と橋川は追加する。


「竜人の街には襲撃イベントがあるって言ってたよね。あそこで毎回ユニーク、成長ボスが出現するんだ。初心者向けとは言えないけど、弱い方だよ。虫が苦手じゃなかったら、三か月ごとに起きるし、やってみたらどうかな」


「虫はそんな苦手じゃないけど、ほんとに出るの?」

「出るよ。どれがボスかは見たら分かる。すっごい大きいから」


 じゃあ襲撃イベント詳しく教えて、と注文してみる。オーダーに答えた橋川マスターは「うん、まず最初に背景事情を説明しとくね」とてきぱき説明を始めた。


「奈落の巣穴って場所があるんだけどね……いつからあるのか、どういうものなのかは詳しくわからない。ひとつ分かってるのは、あれが「竜人を滅ぼす」って目的のために作られた、もしくは産まれたものだってことだ」


 奈落って地獄だっけ、というと「うん、それと深い穴」と付け加える。


「いちばん奥には、モンスターが無限に出てくる……文字通り、「奈落」につながる何かがあるらしい。一説には泉だとか、いっさい光を放たない魔法陣だとかいろいろ考察されてるけどね。ここから出てくるモンスターに共通点はひとつだけ。「竜・龍種族特攻」。ほんとに竜を滅ぼしにかかってるんだ」


 竜ってそんなに悪いことをしたんだろうかと考えていると、珍しく的を外して「竜は両方だからね」とつぶやく。


「神聖なものの象徴、神そのものとされている一方で……神格がないと人には太刀打ちできないバケモノの象徴、英雄に倒されるべきものなんだ。もっとも神格のあるなしじゃなく害のあるなしで判断されるわけだけど」


 どうやら遠回しに「竜人は昔何かやらかしたみたいだよ」と言っているみたいだ。


「成長ボスにしても、本当にヤバいのは龍だからね。哺乳類、鳥類、爬虫類、両生類、魚類、それに節足動物や貝類、植物、架空生物……いろいろいるけど、龍だけは一撃で街を滅ぼす特技を持ってるから。まあ成長すればどの種族にもできるけどね」


 街もいくつもあって、滅んだものは多いらしい。基本的に成長ボスが誕生することはイコールで街や国が滅びることで、それを止められるのが数少ないプレイヤーや超越級の人々なのだそうだ。


「プレイヤーだけが強いわけじゃなくて、あっちの世界の人、NPCでも強い人は強い。竜人の街にいる戦士ザルグ・バ・レクドだけど、毎度のように襲撃イベントの防衛最前線に立っているから……レベル二千はありそうだね。剣技もすごいし」


「レベルってそんなに上がるんだ……」


 上がるよ、と橋川は当然のように言う。


「レクド師の年齢って確か五十八くらい、あれでもずいぶんな若造らしいから。三十年以上街の防衛をやってるって言うから傷だらけでボロボロに聞こえるんだけど、決してそんなことはないんだよね。このあいだ防衛戦に参加させてもらったとき……ムカデと戦ったときには、ボスクラスの雑魚敵を百体は倒してた」


 ゲームシステムが複雑すぎるので、私はすべて理解することを諦めている。


「じゃあここで襲撃イベントのお得ポイントをいくつか。まず、かなりの雑魚を倒してもボスモンスターを倒したことになる……ジョブクエスト、「○○って職業になりたければ、××って条件をクリアしろ」っていうものがあるけど、戦闘系だと「ボスを独力で倒せ」がけっこうあるんだ。めちゃくちゃ簡単にクリアできるよ」


「おお、お得じゃん!」


「あと、ラスボス以外いっさいアイテムを落とさないから、限界まで用意したアイテムを積んでいけるね。経験値とお金がめちゃくちゃ多いから、中堅の育成用に使いたいところだね。あそこに関しての研究資料がいちおうあったんだけど、マユツバだったから最後まで読んでない」


 プレイヤーも紙の文書を残せば「資料」として図書館に保存してもらえるらしい。


「ちなみになんて?」


「――『奈落のモンスターは、プレイヤーが倒したモンスターの怨念がこごり固まって生まれたものである。警告する、強力な昆虫種族モンスターを倒し続ければ、確実に手に負えないモンスターが奈落から這い出てくるだろう』――。その資料は書いた人物の知識を前提として書かれていて、典拠や引用資料がないんだ。学問をやりたかった人物がかっこつけて書いたんだろうけど、きちんとした研究資料じゃないよ」


 橋川にしては冷たい、むごい言い方だった。


「怒ってる?」


「ちょっとだけね。もっときちんとした資料を作る人だったら、……いや、ごく短いものだったから読むのは簡単だし、信じるのもいいだろうけど。肝心の「自分の意見を補強する」ってところが弱いんだよね……」


 高校生の範囲を超えてるような気がするんだけど、ちょっと怖くて聞けなかった。

 ユニークハンターさんがぜんぜんユニークハンターしてないな……と思ったけど、あとでちゃんと書きます。


 とっとと奈落を書きたいなぁ。

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