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025 ルカの挑戦

 時間がなくてタイトルを考えられない……。


 どうぞ。

 魔法を千回、または百時間以上使うと「大魔法使い」になれるらしい。大変だなぁと思って聞いていたけど、よく考えるとすごく簡単な条件だ。


「マジックトーチ点けてるもんね」

「ええ。でも、転職が簡単な職業はぜんぜん強くありませんよ」


 デーノンから出てそろそろ一週間くらい、二日に一回くらい戻ってクエストを受けるけど、インするのは毎日夜だ。明かりは魔法に頼りっきりなので〈マジックトーチ〉を点けっぱなしだった。消費するMPもそんなに多くないので気にしていないけど、時間でいえば二時間かける二週間くらいで、とっくに二十時間以上使い続けている。ひと月も過ぎれば転職の条件を満たせることになるので、めちゃくちゃ簡単だ。


「ラゾッコの周りは安全だしレベルもそこそこ上がるし、クエストもいい感じだし。みんな喜んでくれてるから、嬉しいよね」


「そうですね。人助けが好きなのはいいことだと思います」


 クエストはメアが選んでくれているので、ほんとはメアがいい人なんだと思う。とはいえ喜んでくれる顔が嬉しいのも本当のことだ。


「時間が余ったので、狩りに行きましょうか」

「うん。妖術の方も使いたい」


 どうせ明日になったら回復しているので、今日残ってぜんぜん使っていないMPを大放出セールしちゃってもいいはずだと思った。メアは苦笑しながら「強いですからね」と歩きだして、私もそれについていく。どことなくエヴェルさんの影が見えたような気がしたけど、二人に共通するところがちょっとあるだけだろう。


 ラゾッコの街にいくつかある門のうち、比較的安全な東門から出て、そこにいるモンスターをばしばし倒す。デーノン周辺にいたコウモリとかいもむしよりは強いけど、それでも野犬や大ネズミくらいしかいない。


「〈烈火〉」


 妖術は日本語の名前が多い。どうしてかは分からないけど、強い分コストが大きいので使いどころが難しい魔法たちだ。ネズミが「ぎぃっ」と言って倒れ、光の粒に変わる。


「あ、達成だ」


「害獣退治も大事みたいですけど……こんなのが作物を荒らすなんて、大変な世界ですよね。草食で良かったです」


「あ、それ以上言わないでこわい」


 人間がなんたら、なんて言われたら失神してしまう。


 ともかく、クエスト「ネズミ退治:〈ビッグラット〉」は終わった。街へ戻ってクエストを達成すると経験値がそれなりにもらえて、お金もちょっとだけ入る。


「職業増やしたはいいけど、ぜんぶ中途半端なんだよね……」


「私もですよ。いちおう〈光術師〉取りましたけど、攻撃する機会そのものがあんまり。ユキカさんのサポートが主なので」


「いや、攻撃していいと思うよ?」


 二人で攻撃したほうが早い。


「……というか、私がいないときもけっこうインしてるんだよね? その時間に鍛えたらいいのに」


「いえ、そうなんですけど……一人だと微妙に火力が足りないんですよね。でも自分に回復かけるほどMでもないので」


「うん、それはね」


 火力が微妙どうし、私が殴ってメアがとどめを刺せばいい、という話になった。杖の特技は何種類かあるし、そもそも使わない前提なのでクールタイムの設定なんかはかなり適当になっている。攻撃力は低いので杖殴り最強説なんかは出てきていないけど、うっかり攻撃力が高い杖が出てきたら試す人はいそうだ。


「じゃ、この辺でログアウトする?」

「そうですね、そうしましょう」


 私はログアウトして、寝ることにした。



 ◇



 ルカ・ジャニスは本気を出すらしい。


 篝火が焚かれた森の中、わざわざ開けた場所でディーロは焚き火をしていた。


「今日は魅せる戦いをするつもりはない。幸いレベルもかなり高いからクエストは受けられたよ、装備も気力も充実している」


 相手の言う「魅せる戦い」というやつでもかなり強かった相手なので、ディーロはかなり警戒している。すぐさま擬態を解いたディーロだが、慎重に相手の装備や、以前のファイトスタイルを思い出す。


「そうか。オレも本気で相手していいってわけか?」


「もちろんそうだ、職業は〈天獄騎士〉? 天星騎士と獄魔騎士のハイブリッドか、天星騎士のなりそこないってところかな……」


 相手の読みが正確に過ぎて、ディーロはつい舌打ちする。同時に、あの事件のときに死んだ、先代の王国将軍補佐官のことを思い出した。


「ちっ、胸糞悪い」

「すまない、何か気を悪くすることを言ったかな」


「なんでもねぇよ、てめーの読みは当たってるさ。そっちは〈頂点闘者〉……戦士系統を極めに極めて、決闘で勝った回数も百回千回ってとこか」


「よく読むね、君も廃人なのかい」


 ディーロは「おんなじ扱いすんな馬鹿」と言ってから、「いや、そうかもな」と訂正する。プレイ時間はともかく、聞いたことがない職業でも断片情報からなんとなく推測できるあたり、知識量だけで言えば廃人に相当する。もっとも、それが正しいとも間違っているとも言っていないので、ディーロだけが情報を抜き取られたことになるのだが。


「今日は変態みてーな装備じゃないんだな」

「このあいだは素早さばかり重視しすぎたんだ」


 孫悟空のようなサークレットに片耳だけの緑のイヤリング、上半身には筋肉がプリントされたTシャツに怨念のような顔をした襟巻。後ろに向かって刀のようなものがいくつも突き出したフレアパンツに、先が二つに割れた悪役感マシマシのエナメル靴。籠手も悪魔系モンスターからドロップしたと思しき、(イタ)かっこいいブレード付きのものだ。


 見た目には統一性がないかと思いきや、これらの装備はほとんどが攻撃力アップの効果付きだと考えられる。


「そして、こないだより強い武器を使う」

「見た目だけだったからな。正直壊してすまんかった」


 性能は低めなのに修理代はかさむというアホみたいな剣だった。ではなく、今回カバンから出てきたのは質実剛健な(それでも宝石ははまっている)片手剣が、二本。


「……おい」

「そちらのスタイルに合わせる。決闘じゃよくあるシチュエーションだよ」


「まあ使い慣れてるってなら何でもいいが。バカにされてるみたいでな」

「ディーロ氏、きみ、見た目に反して付き合いやすい人間をしているね」


 黙れとひとことで塞ごうとしたが、意味が分からないので黙っておく。


「さて。報酬金額一千万ルト、アイテムは君の落とす所持品すべて、そして何か。クエストを始めようじゃないか」


「付き合ってるこっちが馬鹿らしくなるな」


 襲いかかる攻撃は、決して遅くはない。ディーロに通用するスピードを保てている時点で、人間種族としては五指に入る強さだろう。しかし。


 右からの右手切り払い、首を狙った左手突き、それをフェイントにしての右手肩欠損狙い。胴体を狙った危険な攻撃は弾くが、正直なところ大した危険を感じてはいない。膝蹴りは後退して避け、額割りを狙った攻撃は角で受け止め、横へ流す。小口のダメージから欠損ダメージ・継続ダメージを狙う、真剣というよりは殺意に満ちた攻撃だ。どこでこんなものを覚えたのか聞きたいほどに、真面目にも程がある「命のやりとり」だった。


「決闘のやり方じゃねえな」

「まさか。演武が見たい客ばかりじゃないよ」


 普通のプレイヤーなら、肩肉を削る一撃で欠損を喰らい、額割りをかすめでも受けていることは間違いない。流れる斬撃が一瞬でも途絶えることはなく、見切りに失敗すれば即座にダメージが入ることだろう。


 だが、あえてディーロは避けるべきところへ突っ込む。


 喉元を浅く裂くのが目的の斬撃に突進し、肩口で留めさせた。そして大振り大上段の振り下ろしを敢行する。決闘なら、どれほどの鎧を着ていても極まった愚行だったことだろう。


「……すべて回避していたのは布石だったのか」


 パキン、とダメージが弾かれる。ダメージ許容圏内、つまり一撃のダメージが装甲を貫くに足りなかったのである。重さが乗っていない、速さにしても途中で止めようとした斬撃にダメージを期待するほうが間違いだった。


「だな。口と手を同時に動かすってなぁまた、器用なこった」


 ルカのそれよりも早く、布の糸一本の隙間を裂くような剣が凄まじい威力で通る。〈頂点闘者〉は経験で培われた先読みと反射神経で、それらすべてを回避した。


「やるな、ルカ・ジャニス」

「そちらこそ。今の攻撃はぜったい当たったと思ったよ」


 しかし、〈天獄騎士〉は言葉を切った瞬間に剣を止める。そして、ぼそりと何かをつぶやいた。天性の才能か、それとも第六感か、ルカは飛び退いてその場を抉る魔法を回避する。


「そうか、騎士は……」


 騎士見習いは「騎士」になり、「聖騎士」へと成長する。その段階へ成長すると、職能として光魔法を習得するのだ。当然「黒騎士」も「暗黒騎士」へ成長するとき闇魔法を習得することになる。


 光がなかったからには闇魔法だと思うべきだが、しかし――。


「大変だな、どっちもか」

「そう、どっちもだ」


 神聖系、暗黒系、両方の魔法を持っているのが「天獄騎士」なのだろう。今の魔法で本気だったなどとはふざけても言えないが、邪竜さえ一撃で葬る威力の魔法が、たった今までセーブされていたことになる。


 ディーロが振るう剣を、ルカはぎりぎりで回避し続ける。その合間にも攻撃を入れられるのは天才的と言うほかないが、一度も当たってはいない。奇跡的にできた隙へ、ルカは一撃のコンボ開始特技を選択する。


「〈ダブルスラスト〉」


 回避もされないことを不気味に思い、呪文の詠唱状態へ入ろうとしているディーロを見て、ルカはそのまま二本の剣を進ませる。その軌道はまったく鈍らず、未来の目に映るようにすうっと脇腹へ吸い込まれ――


 どずん、と刺さった。


「遅い」


 上から、光の球が炸裂した。〈オーロラスフィアー〉だ。ルカは遅まきながら、どうして篝火などが焚かれていたのかを悟る。そんな無駄なアイテムを作るくらいならレベルでも上げた方が良かったのに、という考えもあながち間違いではない。だが、いくつかの事項を組み合わせて考えると、決して無駄ではないどころか極めて有効な策であると知ることができる。


 まず、ディーロの黄金の甲殻はまばゆい光を放ち、非常にまぶしい。そのため、角度によっては篝火がひどく反射し、まともに見えない状態にもなる。考えようによってはひどくばかばかしい方法だが、光魔法を撃つ布石にもなるだろう。そして、真の手がどちらなのか分からなくなる効果も含まれていた。


 闇魔法は言わずもがな見えない。光魔法は篝火のせいで感知しにくい。決め手が「どちらか」ということは知れているが、そのどちらでも分かりにくいうえ強力、回避も難しくなっている。


 剣がするりと抜け、ルカはどぼっと血を吐く。


「一秒も止まるなんてらしくねえな」

「そう言うなよ」


 当然、二発は入れさせない。相手の攻撃の性質は、恐るべきものなのだ。


 一発目は、当然一回のダメージを受ける。


 二発目は二回のダメージ、三発目は四回のダメージ。四発目は七回、五発目は十一回。計算式は(足し合わせた数)+(現在の回数)-1。足していかなければ答えは出ないという欠点こそあるが、攻撃回数を予測することはできる。


 そして、剣は二本ある。連続攻撃を許してしまえば、瞬く間に無限増殖する攻撃に変貌することだろう。その前には、武装の耐久度も体力も存在しないに等しい。


「避けられる早いやつとは相性悪いんだよな……」

「体力を奪えなきゃ勝ちにならないけどね」


 軽口を叩いているようだが、その隙間には秒間数発から十にも及ぶ攻防がある。ルカは今度こそ惑うことなく、剣に宿ったわずかな紅い光が消えるのを確認する。あの光が強くなればなるほど攻撃の回数は増える。光が消えた、すなわち初期状態へ戻ったということだ。


 攻撃を当てさせてはならない。しかし、攻撃もしなければ勝てない。つまりあちらの攻撃を完全回避しながら、しっかりと一万以上の威力を乗せた斬撃を繰り出し、何十万あるかも分からない相手の体力を削り切らなければならないのだ。


 ステータスに差がある、回避するのがギリギリの速度、それくらいならまだ救いようがある。闘技場に現れる猛者たちに、その程度の試練を課すものならばいくらでもいた。それでもこれ以上に強い、そして恐るべきパーソナルスキルを持ったものはいない。


「ディーロ」


 ほんの幼い、少女の声がささやきかける。思わず体勢を崩しそうになったが、大きく後ろに跳んで声の方向を見る。


「てつだおうか?」


 空中に少女が座っている。少女というより幼女、童女といった年齢だろうか。


「るっせぇ、いいんだよ。お前にやらせたらトラウマ残るだろうが」

「でもかくじつだよ。ぜったいにまけない」


 空中に椅子でもあるかのような、じつにくつろいだ座り方だ。


「……そこに椅子があるのか?」

「ないよ。わたしひとりがすわれるばしょをつくってるだけ」


 神秘的ですらある光景に心を奪われたルカは、凄まじい踏み込みとともに突撃したディーロの剣を二刀交差防御(クロス・ブロック)で受ける。


「しまっ――」


 1、2。


 一発の攻撃も受けてはならないという禁が破られる。


「終わりだ――〈ディザスター・デッドリィデュアル〉!!!」


 化人族がそれぞれ持つ、「災禍」の名を冠する最強奥義が放たれた。


 4、7、11、16、そして22撃。累計で60撃もの特技(・・)を受けたルカは、言葉を発する間もなく、何も残さずに消滅する。失敗を経てなお頂点闘者が重ね続けた攻防はほんの一瞬で崩れ、天獄騎士の勝利に終わった。


「レェム……今のはないだろ」


「りようしておいてそれをいうひきょうものはだれ?」

「すまん」


 ルカにも勝ちの目はあったのだ。ディーロの体力を半分まで削り、決闘をしている間に身についたパーソナルスキルで決着を早めれば、もしかすると倒せていたのかもしれない。


「ったくこんなに金落としやがって、いらねぇよこんなもん。レベル上げる時間くれよ」

「かみさまにでもおねがいしないと、ながれがちがうじかんなんてむりだよ」


 分かってるつーの、とディーロは毒づきながら、ルカのドロップしたものを拾い集め、インベントリに入ったものも袋に詰めて放り投げる。衛兵がきちんと仕事をしていれば、セーブポイントで復活した彼にそれを手渡してくれるはずだ。


「いくら攻略しようが無理だっつってんのに、アホかあいつら」


「かねにめがくらんでるのか、おうこくのおたからがほしいのかな。しょせん、たにんにわたせる「ひほう」だよ? とうばつほうしゅうよりランクはおちるよね?」


「さぁ、な……ただし、条件付きで他人に譲渡できる討伐報酬やら継承される装備ってのはあるな。欲ボケどもにその資格があるようには思えねーけど」


 そもそも国家を左右する力を持つ「遊生人」、彼らにそれ以上の力を与えるような愚行を政治家とて行えるわけがない。


 親密な二人の会話は、とても弾んでいた。

 アウルム更新しなきゃ……

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