021 「対人戦闘入門Ⅰ1」1回目
新年あけましておめでとうございます。読者様方への落とし玉はアウルムにしようと思ってたんですが……。書けているほうを出すことにします。
どうぞ。
ユーミア国・超都市エルティーネ国境森林地帯。
季節は初夏、薬草がもっとも繁茂する時期である。森にも多くの薬草摘みが訪れ、魔物や精霊を怖がって近付かない村人たちも、昼ならば積極的にここへ訪れる。がさがさと踏み込む足音に、「おいそこーぉ、踏み込み過ぎるなよぉ!」という注意が飛ぶ。
「国境だぞ、越えたらどうなるか」
主に人間種族が住まう国「ユーミア国」と、化人族と混成種の超都市「エルティーネ」は、不幸なことにという言葉を付け加えるべきか、隣接している。国境線はあいまいで、そのときの判断にもよるが、緊張状態のときには近寄らぬが吉、そもそも森に立ち入らない方がいいのではないかとすらされている。
大きな戦争があって二年、互いの傷が癒えぬため再開しないとささやかれる争いである。よもやここに近寄ろうという愚か者が現れようはずもなかったが、さまざまに不幸な偶然が積み重なり、彼らはここにいた。
凄まじい手傷を負って極度に興奮した暴れ竜が村を襲い、村人を捕食した。ところがそこへ訪れた一団が竜を討伐することに成功する。彼らは村で大きな信頼を寄せることになり、村に居付いてたくさんの依頼をこなした。暇人の酔狂ではあれ、大いに助かった村人は、ついにある悩みを打ち明けるに至る。
――街の薬売りはあまり来ませんので、薬は自給自足で作っておりました。ところが森には化人族や混成種が出るという噂がありまして……怖がって、昼間にも行かぬようになってしまったのです。どうか、あなた様方の腕を信用して、薬草摘みを護衛していただきたいのです。報酬は弾みますとも、ぜひ、ぜひ――
彼らも化人族の最強集団「エイマ」という名前を耳にしたことはあるが、混成種や化人族と言われても「わざわざ狩られるためにキャラを作ったバカ」くらいにしか考えていなかった。モンスターが混じっているため、PKすると経験値になるのだ。アイテムを落とすだけではない、お得なPKだった。たった一体だけ倒した経験があるため、彼らはそれを軽く考えていた。
「こらっ、越境するなと言ってるだろ!」
「だって、あっちにいい薬草が……」
その道には詳しい農夫が怒声を発するが、しっとりしたベージュの革鎧を着た優男は「まあまあ、大丈夫ですよ」となだめる。
「こうして護衛を頼まれているからには、問題はありません。我々が死ぬような事態になっても、あなた方だけでも送り届けてみせますとも。約束します」
「ハルトさん……。しかしこの村から戦争の火種になる罪人を出すわけにも――」
ぴん、という小さな音が鋭く響く。この類の音は、警報機のうちでも最も凶悪な部類に入る「糸」だろう。以前聞いた響きに、十人いる護衛の半数が身構えた。
「スットさん、みなさん、伏せて! 総員、警戒態勢!!」
ざんっ、ざんっ、ざんと枝と枝の間を跳躍する足音が聞こえ――
それが着地する。
「越境者か。農夫はともかく、お前ら……」
黄金の鎧は分厚いうえに無駄な装飾が多く、見た目通りなら百キログラム近いはずだ。そんなものを着て木々の間を跳躍している時点で尋常ではないが、そんなものはどうでもよかった。茶色から金色へ移り変わる髪、そしてクリムゾンの瞳。ある種美しい顔立ちであり、色さえそれらしければ猥雑な街頭を平気で歩けることだろう。いや、それもどうでもいい。そんなものを見てしまう時点で、現実から逃避しているのだ。
その迫力が、すべてを止めている。迫力の正体を知ってそれを口にした瞬間、その存在は跡形もなくここから消滅するだろう。根拠のない確信が十人を停止している。
「引き返せ。ふたつにひとつ、優しい方を言ってやったぜ……『引き返せ』。理解したな? さっさとしろ」
面倒臭そうに、鎧の男は手をしっしっと振る。鼻持ちならないものを感じたハルトは、「お前はいったい何者だ」と尋ねた。
「名乗るときは殺すときだ。黙ってとっとと引き返せ」
「何の目的でこんなことをしている! ちょっとした越境なら許されるべきだ」
「どっちに先に答えりゃいいのかねぇ……。あ、ひとつか。我らが「森王」は度重なる人間の侵入を、もうとっくに腹に据えかねてる。何の目的で、には『依頼者が人間を通すなと言ってるから』。ちょっとした云々は『もう許されない』で」
ハルトは鞘をかちゃりと鳴らす。
「……やる気か?」
「黄金の鎧を着て跳躍する身体能力はすごい。しかし、それくらいならば俺たちのパーティーでもできる。威圧感はともかく……展開ッ」
剣を、刀を、鎚を握ったアタッカー。杖を手に手に持った妖術師、回復術師、召喚術師。盾と頑丈な剣を握る盾役に、すでに展開して彼を殺すチャンスをうかがっている暗殺者と忍者。そして盾と剣を使いこなすハルト。たった一人に対しては、充分すぎる戦力だ。
「しょうがない、お前らにも分かる速さで殺してやるよ。オレは逃げないから、お前らも逃げんなよな。約束だぞ?」
「やれっ!!」
男の言葉を断ち切るように、盾役のタンコブが突撃する。しかし。
「分かったよレェム、手は抜かない」
「誰と話してる?」
ハルトの疑問に、男は「テレパシーの呪文くらい知ってんだろ」とあくまで常識的に諭す。ハルトは、バカにしているようにしか思えない通話中の男へ突撃しようとした。
「あ、ちょっと待て」
「まだ待てと言うの、か……!?」
男の鎧が、ほんの二秒ほどで尋常ならざるものへと変わっていく。
肩の突起は鋭く剣のように伸び、鋸にも似た歯が付く。籠手に覆われてさっぱり見えなかった腕は細く鋭くなり、前に向かって尖った刃が左右ひとつずつ取り付けられている。腰の横と後ろからは短剣のような凄まじいものが飛び出ていて、ご丁寧なことに、足にも同じようなものが付いていた。
そして、顔からは一切の表情が消え失せている。というより、怒りを冷静に処理しようとする鬼のような顔のまま、男の顔面は鎧のように硬く凍り付いていた。こめかみから伸びる二本の角には、肩の角とも似た歯がある。クリムゾンの目が、血のようにぬらりと光った。
「くわがた、むし?」
「英魔第一位……ディーロ・メルディウス、いざ参る」
途端に虚空から剣が現れ、タンコブの盾にガリンッと音を立てて無惨な傷が残る。そして単調に同じ攻撃が三度繰り返され、盾はバガッと砕け散った。
「な、な」
鎧を斬ったのではなく水を散らしたような、ざばぁ、という音だけが大きく聞こえる。そして後ろから迫った暗殺者が、一撃で切り伏せられ、地面に落ちて光に還った。無謀に突撃したもう一人も、同じ方法で死亡する。
「いまさらだが、引き返す気は……」
「仲間を殺されてッ、引き下がれるものか!!」
へいへい暑いねアンタと流す男に、ハルトは怒っている。どれだけの差があろうと、確実に埋めることができるパーソナルスキル。『あれ』の発動条件は大したものではない。たったひとつだけ、相手から攻撃を受ければよいだけの話だ。
しかし、今はまだ不可能だった。
硬さだけに特化した召喚獣が二発の攻撃で敗れる。サモナーが倒れ、ウィザードが倒れてヒーラーも倒れ、ぎりぎりで攻撃を受け止めたアタッカー部隊も瀕死だ。
こんなに攻撃力が高い意味がさっぱり分からない。刀が粉砕され、剣が粉々になって弾け飛び、メイスが一撃で使い物にならなくなる。そして一撃ずつで彼らは仕留められ、ついに最終目標であるハルトへと「ディーロ」と名乗った男は迫った。
「〈ヘヴィー・スラッ〉……」
突進しながら重い一撃を繰り出す、ほとんど必殺の特技である。しかし攻撃が剣で防がれた瞬間に、もっとも信頼していた鏡のように光る相棒、頑丈さだけはパーティーでも一番だったはずの剣がめちゃくちゃに傷付き、恐ろしいまでに曇る。
「なに、が」
「数えろよ」
傷跡は、数え切れないほどの剣による傷だ。硬さや切れ味レベルが違いすぎる剣によって斬られるとこのような傷ができる、と知ってはいる。しかし感情が納得してくれない。
「1、2、4、7、11、16、22、29、37、46、56、67、79、92、106。あー、すげえ、よく生きてたな。剣のおかげか? これで121だ」
「こ、攻撃回数で――」
「そう」
ハルトは数字の意味を悟り、そして死んだ。
「プレイヤーしか殺さない主義なんだよオレは。村に帰れ」
「ひぃいいいっ」
事実、ハルトの剣は優秀だった。というより、人知の及ぶ範囲にないと言っても過言ではない。いくらプレイヤーの持っている魔剣といえど、このような仕打ちを受けてまだ折れずにいたことは、奇跡に等しいのだ。
『彼』の作り出した剣からの、合計575回もの攻撃を受けて折れずにいる――。
本当に、祝福されたかのごとき奇跡だった。
「しかし頭いいなあコイツ。こんなに早く暗算できるなんて」
黄金の怪人は、人間の姿へと戻りながらつぶやく。
「……ディーロがあたまわるいだけ。あんざんくらい、ちゅうがくせいでもできるよ」
「ありゃ、そうか? そういうのはだいたいユイザに任せるからなぁ……」
ねえ、と舞い降りた白い少女は言う。
「がらにもなく、やさしいね」
「ちげーよ馬鹿、王の考えを察しろってんだ。国境付近に化人族、しかも鬼のように強いと来た……やつらの次の動きは?」
「ギルドにいらいをだす?」
小さく首をかしげる少女に「そーだよ」と男はぶっきらぼうに答える。
「普通はギルドに依頼を出しゃどうにかなると思っていやがるよな。そこでこの俺が徹底的に叩き潰す。すると可能性はふたつ。誰も近寄らなくなる、または戦争になる」
「ディーロは、さんすうがにがてなだけ?」
「言うなって……おう、たぶんそうなんだろうな」
言い負かしたよ、ふふんと言わんばかりに得意げに笑いつつも、少女は真剣な声音に戻って「ねえ」と聞いた。
「わたしがでるまくはある? ……『あれ』がきたとき?」
「デカい方ならな。クソッたれの方ならオレがやる」
「うん、それじゃあわたしはてをださない。かてる?」
「ずばり聞くな……五分五分だ。ずいぶん長いこと知らないとこで成長してっから、どういうステになってんのか想像も付かねぇ。鬼神の方は……行方をくらましてるから、どこかで修行してるか「死んだ」か、だろうよ」
プレイヤーがこちらの世界で死ぬことはない。比喩としての「死」だ。
「たのしみだけをおいもとめるばかが「しぬ」なんてありえない。きっとおもしろいものをさがしてるとちゅうだよ。いつかまたもどってくる。そのときに「ころす」。あびきょうかんのじごくえずにしてやる」
「ほんとにな……。誰がこいつをこんなにしちまったんだって責任を取らせるには、あいつを直接叩くしかねえからな」
「ディーロも、ずいぶんこわいかおになった。くちょうがらんぼうになったし、にんげんはぜったいまもらない。しんでもおかまいなしになった。てんごくきしになるのも、わかる」
「ばっきゃろ、あの職業はよ……」
そこまで言って、そこから先を言うことができない。
善を為すことが存在意義である「騎士」系統の職業は、悪を行った時点で「黒騎士」に変じ、烙印と化す。しかしながら彼の為した、贖うこともできぬ罪と同時に在る、神に届かんとする聖の行いは、消えぬ罪を負いつつも正義を行うことを赦されるものへと彼を変えた。
「とにかくだ、ここまで積んだ職業の補正と種族補正、レベル……名声を得るくらいに上げまくってるスキルを考えなきゃ、ステータスでは勝ってるんだぜ」
エヴェル・ザグルゥスが「ユニークハンター」と呼ばれる理由は、種族や場所を問わず例外的存在「ユニークモンスター」を狩り続けているからである。
ユニークモンスターには、初めから存在しているものと、その場で作られたものの二種類が存在する。初めから存在するものは、正確に言えばレアモンスターであり、厳密に言えば観測例が非常に少ないため勘違いされた、ということになる。ではその場で作られたものについてはどうかというと、これは文字通りユニーク、二度と出現しない可能性もある突然変異的生物を指す。ユニークという言葉は正確でなく、むしろミュータントとでも呼ぶべきだろう。
その場限りの突然変異は、形質として残らない可能性を宿している。生殖機能を持たない代わりに絶大な戦闘能力を手に入れるなどということは日常茶飯事、ひとつのステータスをほとんど持たないまでに尖った性能のモンスターさえ存在する。
絶大な戦闘能力のモンスターと戦い続ける意味は、はっきり言って、ない。戦闘のコストが異常にかさみ戦利品の価値が相対的に下がってしまう。ボスクラスのユニークモンスターであれば返り討ちにされる可能性も高く、損の方が多い。
「まあ、あれも復讐をきっちり考えてるってならいいんだよ、別にな。拡大解釈すりゃ、あれも人間の力を削いでることになる。王の方針に沿ってるっちゃ沿ってるんだ」
どれほど弱くとも、ユニークモンスターは獲得経験値が多く設定されている。特にスキル経験値は通常の倍以上、強ささえ考えなければ効率は最大と言っていい。
「エヴェルもディーロとはたたかいたくないとおもうよ。たとえじゅんびばんたんにしてても、ひとをころすのにがてだし。とくぎでさくっとおわらせようとする。でも……」
その先の言葉を言うほど、少女も愚かではなかった。
ディーロの力は「ハイパームテキ」をイメージしています。まあ、ダメージ一切無効ではないですけども。そんなのクソゲーですからね。アーグなら条件付きで一定までダメージ無効はできそうではありますが、それって盾を持ってるのと何が違うの、っていう。




