002 「戦闘入門Ⅰ-Ⅰ」1回目
少女マンガと少年マンガを混ぜたような感じにしたい……んですが、少年成分のほうが多そう。
どうぞ。
私は、痛覚をもう10パーセント抑えとけばよかった、と今さらな後悔をした。運動部にでも入っていればもっと運動神経がよかったのかなと思うけど、ぎりぎり体力がゼロにならないでいることだけはラッキーだ。
痛い、そのうえ相手が意味不明すぎて、怖がるひまもなかった。
(相手がなにか、ぜんぜん分からない……!)
夜が敵になったみたいに、ほんの少しの明かりで見える「なにか」が襲いかかってくる。生き物やおばけの形にも見えなくて、体の一部分だけが襲ってきているように思えた。そもそも暗すぎて、何が何だかちっとも分からないけど。
何発か撃った魔法はぜんぶ外れたみたいで、木に当たって砕けた氷のかけらが落ちてきたり、相手の怒った様子なんかも感じられなかった。ざざざっと近寄ってくる音が、真っ赤になった体力とあわせて、私に観念しろとささやいているようだ。
「あーあ……VRゲーム、ダメなのかな」
黒と青と紫が複雑に入り混じって、ひとつの大きな形になる。
「ちょっと待つんだ魔術師くん」
私の言葉に応えるように、何かもう一つのシルエットが闇の中にいた。迫りくる何かを、腰から抜いた剣のような棒でかち上げる。
「魔法の使い方にはセンスがあると思ったが」
「くんじゃないです、女です」
「どっちでも構わないがね。名前を聞こう」
低い、優しそうな声だった。この人なら大丈夫、と普段は頼りない勘が言っている。今はその勘も、すがりつくしかない希望だ。
「ユキカです」
「ほう。いちおう聞くが、救われたいかね?」
「お願いします!」
「了解だ。ちょっと見ていたまえ」
助けて欲しくない人がいるんだろうか。そう思いながら、私はその男の人を見た。
闇に紛れそうな色なのに、なぜか確かな存在感がある黒銅色の鎧兜。全身の隙間という隙間からぼろぼろの布がはみ出ていて、「リアル」というよりは「生々しい」という言葉の方がピンとくる。同じデザインではないのに、全身が同じような色、雰囲気の防具だ。素材そのものが違うものもあるのに、なにか気が付かないようなところで共通性があるように思える。手に持っているのは、ほのかに赤く光る剣のようなものだった。
暗闇の中で、青黒い影がゆらゆらと揺れ、ぞっとするような鳴き声を上げる。魔法のような妙に美しい輝きを帯びて、絹のカーテンみたいなものが実体化した。
「さて……初心者へのチュートリアル代わりに、ごく基本的な戦い方を見てもらうことにしよう。しっかり見ているといい、ゆっちゃん」
「え、いきなりあだ名?」
黒いものが襲いかかるのを、男の人は木の間を飛んだり跳ねたりして逃げ回る。かと思ったら急に近付いて、赤い棒でぼくっと叩く。
そして敵は業を煮やしたのか、私の方に狙いを定めたらしかった。ところが男の人はその前に立ちふさがり、ようやく棒を腰に戻す。
「さて……」
するりと鞘から解き放たれた剣は、鼓動みたいにリズムよく、薄赤く明滅している。
「それではこのユニークハンターさんから君へ、特個体狩猟者への道を伝授しよう」
ざざざっ、ともやもやの怪物が突進するが、男の人は重そうな鎧に似合わない速度で横へするっと逃げる。怪物はこちらに迫り、焦る間もなく私の体は宙に浮く。
「その1だ。まずはすべて回避、相手の攻撃の癖を把握すること」
脇に抱えられ、恥ずかしがる暇もなく引き回されて目を回しそうだ。それでも、相手がこちらを生かして帰らせてくれようとしているのは分かった。
男の人に引き回されているうちに、ゆっくりと全体像が見えてくる。
さっきから聞こえているざざ、ざざという大きな音は、左右に広がる大きな翼が立てている音だ。あんなに大きいなら、木の葉が飛び散り小枝が吹き飛ぶのも仕方がない。そして何度も体をかすめて痛かったのは、体の下の方にある足だった。全体的に丸っこくて、頭にはきらりと光る大きなものが付いている。
たぶん、フクロウだ。
「ね、フクロウですよね?」
「そうだね。名前は〈ナイト・ファントム〉」
ぜんぜん鳥っぽくない名前だ。
「さて、このへんでいいかな。その2、案外普通の攻撃も通じる」
瞬間移動でもしたような素早さで、フクロウの足にさくりと傷ができる。
「ユニークというと何か恐ろしく、とてつもなく強力でこちらからは何もできないように感じるものだ。しかし、交配や突然変異により現れたという設定のモンスターである以上、プレイヤーへの敵対者という大枠から外れることはできない」
はらはらと羽が散る中、男の人は剣を振り切った姿勢で固まっていた。桜吹雪の中で人を殺した侍を思い出して、いや、人じゃないよねとセルフつっこみする。
「そしてその3。意外な攻撃が通じることもある。――何かやってみるといい」
「えっと、じゃあ〈マジックトーチ〉!」
「意外すぎる! が……効いているね」
攻撃の魔法じゃなくて、灯りの魔法だ。男の人は「だがいい読みだ」と少しだけ褒めてくれた。夜に現れるモンスターで、すごく目がいいフクロウだ。闇でもきらりと光るほど見開かれた眼に、今までまったくなかった光が急に入ったら。
「ギャアアアアッ!?」
目つぶしはすごく効いたらしくて、かわいそうなくらいじたばたしている。
「最後に。とどめは確実に刺すこと…… 持っている中で一番強い魔法を撃つんだ」
私は、持っている中ではいちばん強いはずの〈アイシクルブラスト〉を放った。かすりもしなかった魔法が、ずぶっと生々しい音を立ててフクロウに突き刺さる。
「また私の戦績になってしまうなぁ。失敬、〈ボーン・スマッシュ〉」
ぐしゃんっ、と骨が砕ける。フクロウがばたばた必死に足掻いていた。
「さようなら」
技名を言うこともなく高速移動とたくさんの攻撃が重なり、バラバラになったフクロウがふわりと光に解け消える。
「さてゆっちゃん、行こうか。特別個体を倒した功績を、きっちり分配しないと」
「馴れ馴れしいです」
初対面なのにあだ名を付けてきた人なんて、クラスの明るい人くらいしかいない。ふふふ、と楽しそうに笑っている(はず)の男の人は、鎧を鳴らすこともなく歩き出した。
「あの」
「何かな、ゆっちゃん」
面白がるような声に、くぐもった感じが加わっている。鎧越しの会話ってめんどくさいだろうな、と思いながら、私はひとつ質問をした。
「どうして助けてくれたんですか?」
「んん? 言っている意味がよく分からないのだが」
「さっきのモンスター、強かったじゃないですか。足手まといが倒れるのを待って、自分だけでやった方が早かったんじゃ――」
兜の奥で、目がぎらりと光る。
「あーあ、助けて損したなー。そーゆーこと言う人間は、自分の利益のために他人を見捨てちゃうんだろうなぁー。同じ人間として恥ずかしいなー、あーあー」
「むっ」
兜越しでもはっきりわかる、思いっきりバカにした声だった。
「ゲームの中でくらい、現実じゃとてもできないくらいにたくさん他人を助けてはいけないのかね? 確かに懸賞金は高額、貴重なものが手に入る可能性も高いがね……ただ単なる人助けというのは、君の頭の中にはないのかな」
言いつつ、まあ懸賞金は山分けしよう、と買収しようとしている。
「お金はあって困らないからね。将来有望な魔法使いさんへの投資さ」
「将来有望、って……ただ困ってただけなのに」
言う間に、森の先に門が見えてきた。
「あれは無効回避スキルを持っていたんだ。そうでなければ全弾当たっていた」
「外してたんじゃなくて……」
「そう、当たる直前に体を霧みたいにしていた」
「ずるい……」
ああは言ったが、ユニークとはそんなものだよと男の人はつぶやく。心底嫌そうでもあるけど、親しみを込めたものにも聞こえる。
「あ、そういえば。あなたの名前、聞いてませんよ」
「私か。私はエヴェル、別名は「ユニークハンター」「バケモノ」「扉を閉じたもの」などなど多数。バケモノと言わないなら、どれでもいい」
化け物って、いったいどうやったらそんな別名が付くんだろう。ちょっと首が傾いたのを察したのか、エヴェルさんは低く、重々しい声でぼそりと言った。
「人ではない、からさ」
「え、……亜人なんですか?」
種族を選ぶとき、いろいろ人間以外のものがあった気がする。本が好きでもそちら側の教養がなかったので、さっぱり分からなかった。
「そうだな、人気のある種族……エルフや竜人、鬼ではない。それらとは違う、人に近いことは近いが、まったく違うものが存在するんだよ。混乱するといけないので、いつかまたきっちり説明しよう」
鬼になりたがる人が大勢いるのが不思議だ。
考える時間もすぐ終わって、森が途切れたところがすぐ街になっていた。
「さて着いた。この街にはいろいろ機能があるが、主なものとしては総合ギルドがある。ステータスに補正がかかる「職業」システム、そしてアイテムや金銭を安定的に手に入れられる「クエスト」システムの根幹と言える」
「なるほど、お金をもらいに行くんですね」
懸賞金は高いと言っていた。そのうちちょっとをくれるらしい。いったいどれくらいになるんだろう、と期待してしまう。
「それもそうだが、君はいろいろ行動したので何か職業に就けるはずだ。占いのおばあちゃんに見てもらって、ずばり言い当ててもらおう」
ファンタジーの世界観じゃなかったら怒ってるところだ。
「心配ない、あの占いはしっかり当たるよ。君の蓄積データをサーバーが分析して、その結果を言う役目があのおばあちゃんなんだ。おばあちゃんが占いをしてるわけじゃない」
「なんですか、その裏事情……」
逆に言ってほしくなかった。
街の北の方ではなくて、東の方にものすごく大きな建物がある。宮殿みたいに豪華なものじゃなくて、質実剛健と言えばいいんだろうか、しっかりしたものを作るためにお金をかけたような感じだ。これに飾りを付け加えたら、いくらでもお高くなりそうに思える。
「どうしたね」
「高そうだなって」
「国を挙げて作ったそうだから、日本円で数百億円、下手すると一兆円ほど使っているかもしれないな。地下構造もあるから、見た目だけの値段ではないよ」
想像以上にすごそうだ。
「それで、いつもお世話になるところってどこですか」
「そうだな……プレイヤーもNPCも、依頼が持ち込まれるクエストカウンターをもっともよく利用するのではないかな。その道で有名なプレイヤーがいると直接依頼しに来ることもあるが、あまりないね」
ちなみに入り口は三つあって、正面玄関からまっすぐがクエストカウンターだ、とエヴェルさんは建物を指差し、「右は仮の宿、左は職業を決めるところだよ」と説明する。
「ちなみに、街の中にいるのは基本的にプレイヤーかNPCだから、多少変な見た目だからって驚いたりしないようにすることだ。いいね?」
「はい。そんなに注意することですか?」
「亜人種は見た目をよりそれに近付けることができる。どう見たって人間じゃないのが街中をうろついていても、基本的には人間に友好的な種族なんだ」
種族なんて言うから、さっき言ったようなものしかいないと思っていたけど――私は、暗闇の中にいる人を見て、つい悲鳴を上げそうになった。
ツタと化石がごちゃまぜになって、葉っぱと花が生えてきたところに水晶がにょきっと何本も生えているみたいな、人間に似た形だ。オブジェのように見えたのに、それは人待ちのようにあたりを見ます。
「あ……」
「しっ、慣れるんだ。さっき説明しなかった種族がいる……エルフ、鬼、竜人、それ以外にも「混成種」というのがいる。プレイヤーのお好みで人間にプラスして生物種をいろいろ混ぜることができる、オリジナルカスタム種族だ」
あれは植物を混ぜた上に融合型の鎧を着ているんだよ、と説明してくれた。こっちが見ているのに気付いたのか、「よっ☆」という感じで手をちゃきっと上げてくれる。ひらひら手を振ると、手を振り返して、振り向いてどこかへ消えた。
「あれ以上にすごいのもいる。レベルが上がるごとに特定の種族を吸収したり、デザインがものすごい防具を着込んだりで、武器を持っていなければプレイヤーにはとうてい見えないのもいるさ。植物でももっと綺麗なのがいるから、心配しなくていい」
「いえ、そっちの心配じゃなくて……」
あんなのがたくさんいると思うと、ちょっと怖い。勧誘合戦の中にいなかったのが納得できるようなすごさだ。
「さて……あのフクロウ〈ナイト・ファントム〉は、被害状況の確認がきちんとできていないので懸賞金は低い。あんまり額面が高くないから、二等分することにしよう」
「はいっ」
案内されるまま、私は総合ギルドに足を踏み入れた。
「ユニークハンターさんの討伐記録」
001:〈ナイト・ファントム〉
種族……鳥類・霊魂
懸賞金……五万ルト
備考……被害者の状況は心臓麻痺や乳児突然死と似ているため、正確な数は不明。懸賞金の計算にも大幅な狂いが出ているとみられる。
大型のフクロウ型モンスター〈ファントムオウル〉の異常進化形態。羽を飛ばす遠距離攻撃を失った代わりに、攻撃が当たる瞬間その部位を幻影とすり替えるスキルを手に入れた。フクロウ型にしては珍しく派手な羽音を立てて飛ぶが、これは木々が密すぎるため、また明確な弱点を与えるためと思われる。
羽音がうるさいため聴覚ではなく視覚が異常に発達していたが、暗闇でも見える目に魔法の明かりをぶつけられてひどく混乱、その後圧倒的にレベルが違う攻撃を受けて即殺。初心者に毛が生えたようなプレイヤーでも、対策さえきちんとできていれば(レベルに見合わない装備のため持っているはずはないが)倒せるようだ。