019 「職業選択講座」3回目
すいません、パソコンを使える機会が減っているもので。
どうぞ。
「ねえ。しばらく、一人でやってみない?」
「え? キューナも私もメアも、防御薄いし」
ダイブ・インした私を迎えた二人は、突然こんな言葉を切り出した。
「えっと、ね。一人ずつの戦いがきっちりできなきゃダメかなって思ったんだ。私はぜんぜん戦えてなくて……それがまともになったら、今度こそちゃんとできるかなって」
「止めはしませんけど、あの……本当に大丈夫ですか?」
そんなに寒くない季節のはずというか、これから暑くなっていく季節なのに、キューナの言葉は不思議なくらい寒い。
「いい、けど。キューナ、なんか思いつめてない?」
「ごめん、できるだけほっといて……。強くならなきゃ、報いられないもん」
かなり思いつめているみたいだった。誰に報いるのかとか、どっちの方で報いるのかとか、とても気になることがたくさんある。でも、もう放っておくしかないのかもしれない。キューナの目には、そう思ってしまうくらい固い決意が見えた。
「メアはどうする?」
「ヒーラーのソロは無理ですから……。ユキカさんに付いて行きますよ」
「ありがと、メア。じゃあキューナ、しばらくお別れだね」
「うん」
よく見ると、キューナの装備は全体的に変化している。どこがどうかとうまくは言えないけど、ファンタジーっぽくない服だ。肌にぴったりしていて、逆に不必要なくらい実用的に見える。
「行ってくるね」
「……うん。がんばってね、キューナ」
去って行く背中を見るのは二度目だった。
「……ユキカさん、寂しいですか?」
「うん、寂しいけど。……キューナの方がずっと寂しかったんだよね」
強くなりたいのも、たぶんそのせいだ。誰かに助けてもらうまで待っているなんて、私にだってできないし、キューナにはもっと、できないに違いない。
「エヴェルさんもいつまでもいるわけじゃないし、お兄ちゃんもタイミング合わない限り助けに入ってくれないと思うし……。やっぱ、あの子の考えって正しいはずだよね」
一人で何でもできるようになりたいわけじゃないけど、何もできない人でいたいなんて思うわけがない。
「……とりあえず、クエスト受けてみましょう」
「うん」
すぐ目の前にある総合ギルドに入ると、思ったより多くの人がいた。
「煉瓦の発注はどうなってる!?」「こちらボランティアクエスト、無報酬で経験値のみ取得可能な――」「街中からマジックアイテムかき集めても足りないぞ」「お金はこれだけ用意できますんで、どうかお願いします」「お、このクエ美味いぞ」
ものすごいカオスだ。
「受付に行くのは、カウンターを見てからにしましょうか。内容とか、こっちのスタイルに合っているかどうか見ないといけませんし」
「うん。氷が苦手なの、いるといいね」
「というか、接近戦をやらなくていい相手ならなんでも、ですね」
ぜいたくを言ってられる状況じゃないから、とりあえずできそうなクエストなら何でもこなさなくちゃいけない。クエストカウンターは大量の紙が貼られた掲示板の形を取っているけど、データ目録の形でも見られるみたいだ。
「ぜったい目録で見た方が早いですね。ただし取り残しは多いかもしれません。属性とレベルで検索してみるので、ユキカさんは好きなやり方でやってみてください」
属性は魔法・氷でレベルは十前後だ。それ以外の条件を何かつけるとしたら、いったい何がいいんだろう。検索項目には「種族」や「難易度」まで書かれている。難易度順に見ていくと、ただ「○○を持ってきて」とか「買い物を代わりに頼まれてほしい」みたいな、本当の「おつかいクエスト」がいちばん低いランクになっている。
逆に一番高い難易度はどうだろうと思って見てみたら、めったに取れないものを百個だとか、懸賞金が高くなりすぎて誰にも太刀打ちできなくなったモンスターの殺害なんかが入っている。もちろん『推奨ランクを三以上も上回っているため、請け負うことができません』というアナウンスが出てきた。
メアもかなり頭を悩ませているみたいだ。
「うーん。困りましたね……ほんとに全部ボランティアですよ」
「え、ほんとに?」
見せてもらうと、確かに「報酬金:ゼロ」や「報酬アイテム:なし」ばかりだ。普通の最低ラインとしては二十ルトかポーションひとビンくらいは付けてもらえるみたいだけど、ボランティアにはそれもない。みんなの笑顔が報酬です、とでも言いたげな、本当のボランティアだった。
「……これ、いいんじゃない? 確かメアの持ってるのと噛み合うよね」
「ええ、そういえばそうですけど。できますね」
とりあえず依頼した人のもとに向かって、依頼した人の持ち物を見せてもらう。
「これだよ、これ。ハコはできたんだが、魔法を閉じ込めた宝石なんぞ作れないもんでね。冷蔵庫に使う宝石、ぜひ頼むよ」
「だいじょうぶ、任せてください」
クエストの名前は『冷蔵庫の修理』だ。依頼内容はというと、
――このあいだの災害で家具がほとんど壊れた。食べ物の保存に使っている冷蔵庫を分解してつくりを真似たはいいが、魔法式の冷蔵庫だったもので専用の宝石が要る。残念ながら魔法なんぞ使えないし、宝石はいくつか持ってるが、専門の術師に頼むと馬鹿高い金を取られる。家の修理で財布がすっからかんの身、人助けだと思って魔法を込めてくれ。
と、こんな感じだった。
「メアは保存用の魔法ね。私が冷たくする魔法」
「分かりました。〈プリザーヴ・アイテム〉」
水色の宝石に、白い魔法がすうっと吸い込まれて行った。
「これじゃ冷たくならんぜ?」
「大丈夫ですよ。〈コールド・ボックス〉」
きらきら輝く氷の風が同じように吸い込まれて、宝石が完成する。
「……冷蔵宝石Lv4、できました!」
「お、おお。レベル2もありゃよかったんだが……すまねえな」
どの魔法にも、こういう普段使いのごく小さいものがある。火の魔法なら〈リトル・キャンドル〉とか、風なら〈ドライヤー・ブローイング〉なんかの、小規模というか役に立たなさそうなものだ。
「いやあ悪いな。思えばあんたら〈遊生者〉には世話になりっぱなしだ……いつものあいつはどこへ行ったのかねぇ。あんたらはこっちへ来て短そうだが、黒銅色の鎧兜の男、知らねえか」
エヴェルさんはいろんな人助けをしていたみたいだ、ということがやっとわかった。
「え? 知ってますけど、いまはどこかに行ってますよ」
「そうか……。ま、今のこの状態じゃ店を立て直すので精いっぱいだしなぁ。客も来ないし食材も揃わん、あいつにサンドイッチは出してやれないだろうな……」
とても寂しそうな顔だ。
「すぐ戻ってきますよ。いつかまた会おうって約束しましたから」
「はっは……そりゃ別れのあいさつだろう、普通は」
「え、じゃあ……」
「あ、いや……そうだな、そうかもしれん。上客だってだけじゃない、また来てほしいんだ」
マスターとだけ呼ばれている人は、慌てて言葉を上書きした。
「そうですよね。私も、エヴェルさんにまた会いたいです」
「ああ。楽しそうな顔や、今日は何を狩ってきただのいう話がまた、楽しかったねぇ。ちょっと珍しいモンの仕入れはお願いしたり、へんてこな食材を押し付けられたりしてね……」
やっぱりいい人だ。気を付けろとか関わらない方がいいと言われても、私はあの人のことを嫌いになれないし、嫌いになりたくもなかった。
「本当に好きなんですね」
「うん、そうだよね……」
メアに言われなくても気付いている、というか知っていることだけど、改めて言われると本当にその通りだった。ほのかなサインとかそれとない仕草なんかじゃなくて、はっきりと分かるくらい、私はエヴェルさんのことが好きだ。
「経験値は入りましたけど、まだまだ次のレベルには程遠いみたいですね。それはそうとユキカさん、二つ目の職業、なに取りました?」
「ん、え? あれからギルド行ってないよ。なんか成長したみたいだけど、習得してる魔法とかぜんぜん成長してないみたいだし」
自分のステータスを確認すると、職業は二つに増えていた。
「〈魔術師〉と、〈氷術師〉が増えてる。別に取ってないけど、メアは取ったの?」
「それは自然成長だと思いますよ。というか、基礎知識はある、みたいに言ってたように思いましたけど、もしかして」
「……こういうゲーム全体の、だよ」
妙に知識が偏っていたのはそのせいだったんですね、とメアは苦笑いした。
「職業の成長システムはどれもまちまちで、アーグはとくに面倒な、条件達成で成長していくタイプなんです。なりたい職業があるなら、探してみて条件を目指すといいんじゃないでしょうか」
「それもそうだよね。でも、調べる段階でちょっとね……」
すごく微妙そうな顔は、たぶん私も同じだっただろう。
「やっぱり、多すぎますか?」
「攻略サイトでさ、職業に書いてある項目が何千だったか未だに分からないんだ……。もしかしたらケタがひとつ多かったかも」
「……ちゃんと否定できないので、私も同じ状態ですけど」
魔法職でも系統が三つくらいあったし、属性ごとの派生とか融合を繰り返していて複雑怪奇で、もうわけが分からない。こればかりは橋川に聞いても説明する時間のために一日くらいかかりそうだし、それぞれの特色をまとめたものを書いてきてもらっても辞書になってしまいそうだ。
「上級職とか特殊職とか、最上級の「特級職」を目指すといいとは書いてあったんですけどね……。一人用のRPGじゃないですから、ひとつ極めるにもけっこう時間がかかるんですよね。強いてユキカさんにおすすめするなら、条件がゆるくて簡単に強くなれる〈妖術師〉がいいと思います」
「デメリットない?」
「ありますよ。ギルドがぜんぶ怪しげなことと、極めすぎると半分魔物になっちゃうことです。人間には強さの限界があるので、人間やめてもいいやって思う人にはいいんですけど。魔法職三系統のうち〈法術師〉はいちばん魔法してますけど、魔法以外の補正がすごく弱いらしいんですよ。砲台になりたくないときは〈妖術師〉がおすすめです」
砲台になる、というのは後衛の魔法職としてばりばり活躍することだ。いちおう「法銃」という武器はあるけど、あれを使うのと「砲台になる」のはニュアンスが違う。
「ギルド開いてるけど、職業受付って開いてるかな」
「ぜんぶの機能がきちんとしていないと困りますけど……。行ってみましょう」
さっきよりも増した込み具合を申し訳なく思いつつ、転職カウンターへと向かった。ここはいつもより暇なので、ほかのところを助けに走っている人が多いらしく、二人の職員さんが暇そうに待っている。来る人は私たち以外にいなかったみたいで、ようこそおいでくださいました、という声も少し眠たげだ。
「転職をご希望でしょうか」
「はい」
魔術師になったときと同じの、優しい笑顔だ。
「インデックスをごらんになりますか? それとももうお決まりですか?」
「えっと、〈妖術師〉になりたいです」
……あれ、笑顔がちょっと引きつってる。
「……かしこまりました、手続きはこちらに名前を入力していただくのみです」
「簡単ですね!」
笑顔はさらに引きつったけど、手続きはすぐに済み、私は二つ目の職業に就くことができた。試験がないのが不思議だったけど、成功だ。
外へ出て、町の外で狩りをする時間がないからおしゃべりすることにした。
「なんか、怪訝な顔だったね」
「まあ、妖術は変な魔法とか邪法ですから。おまけに、これまでまともな職業だった人がこっちにも手を出すとなると、大丈夫かな、と思うものでしょう」
「あー、サラリーマンがパチンコ始めるみたいな感じかな?」
「むしろ妙なアルバイトを始めて異様に羽振りが良くなったとかですね」
特技一覧を見て「new」マークが付いているのを見ると、どれもコストが妙に高い。今までは効率がいい魔法ばかりだったのに、威力とコストどちらも高い、ハイリスクなものばかりになっている。
「〈妖術師〉の術がいちばんコストが高いんです。〈魔術師〉が次、一番コストが少なくて済むのは〈法術師〉ですね。ただし消費するMPが少ないだけで、アイテムを作るのに込めるMPや手間はまた別になるんですけど」
コストをゼロにするのはゲームのルール違反だから仕方ない。
「エヴェルさん、もうこの街には来ないのかな……。あの人ならいろいろ教えてくれるかなって思ったんだけど」
「いつまでも受け身じゃダメですよ、ユキカさん。自分から学び取りに行かないと。材料は転がっているんですから、それを活かすかどうかはユキカさん次第です」
耳の痛い言葉だったけど、私にはたぶん必要な言葉だった。
「でも、エヴェルさんに会いたいのは分かりますよ。きちんとお礼も言いたいですし……私はこれでログアウトしますけど、会ったらきっと伝えてくださいね」
メアはそう言って、すぐログアウトしてしまう。リアルの用事があるのか、お母さんが怖いとかあるのかもしれない。
ログアウトしなくちゃいけない時間まで、あと十分はある。街行く人でも見ていようかな、なんて暇つぶしにしか思えない考えが浮かんだとき、その中に黒銅色の鎧兜が混じっているのを見た。思わず走り寄って、声をかける。
「エヴェルさん!」
「うん? おお、ゆっちゃんじゃないか」
もう一度会えたことが嬉しくて、私は笑うことができた。
なぜか現れるエヴェルさん。たぶん「マスター、心配してるかな……」とかそういう理由でしょう。
そういえば討伐記録に黄龍が入ってませんでしたね。ユニークじゃないしボスだし、そもそも災害現象生物カテゴリだし……うん、今書いてしまおう。
「ユニークハンターさんの討伐記録」
004:〈黄龍〉
種族:龍王・四神
懸賞金:(本来ならば)数億ルト
備考:きわめて強大な力が集まる場所で大きな悪が行われたとき、その場所を滅亡させるために現れる「災害モンスター」。討伐不可能ではないが、レベル1000ほどの特級職プレイヤーを百人程度集めなければまず勝てないので、事実上世界の頂点にいる。
災害モンスターが召喚されたことでその力を大幅に減じ、使役されるに至ったもの。召喚用の供物があまりにもショボかったのでこうなったらしい。それでも十分に強力であり、レベル500以下のプレイヤーくらいなら即死させられる。
雷・風・氷・水属性を操るため属性耐性や魔法攻撃がほとんど意味をなさない。とは言っても彼は常に飛行しており降りてくることがないため、物理攻撃を当てるには「魔法を避けつつ物理攻撃」という弾幕ゲーみたいなクソゲーを楽しまなければならない。
英魔第一位による地上からの遠距離斬撃と、ユニークハンターさんの浮遊しながらのありとあらゆる物理攻撃でめたくそのボロボロにぶっちめられ、英魔第二位の必殺技で葬られた。
被害が大きかったため国庫は「東地区デーノン」の復旧を優先し、懸賞金をいっさい支払っていない。討伐者が誰か分からず自然消滅したことになっているので当然の反応である。




