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016 「グループ研修」1回目

 

 話は最終的に私の将来の展望へと向かっている。


「氷魔法を極めてみるのもいいし、ほかの魔法に手を出すのもいいね。氷魔法以外にもスキルを埋めてみるといいんじゃないかな。……っと、そろそろ昼休み終わりだ」


「あ、もうそんな時間?」


 ついつい時間を忘れてしまう。


「またいつか、一緒にアーグできるといいね」

「……そうだね」


 便利屋としてはためにならない仕事だから、会いに来てくれないのかもしれない。なんとなく気が重いような橋川の声で、私はそんなことを思った。


 先に教室に戻ると、ぐにゃんと倒れ込んだユミナが見えたので、近付いて声をかける。


「ユミナ、落ち込みすぎ」

「うー……」


 ログインして勧誘されて、そこから先はぜんぶ悪者の陰謀の手伝いでした、なんて誰も信じたがらない。メアはいちおう前向きだったみたいだけど、リアルの方ではどうなのか、会っていないというか、リアルの顔を知らなかった。


 キューナの現実の姿、ユミナこと梶木弓鳴はめちゃくちゃ落ち込んでいる。私がギルド抜けというアイデアを出したからぎりぎり最後まで行ってはいないものの、レギアにかなり入れ込んでいたみたいで、あんな裏切り方をされた衝撃は大きかったらしい。ひざから下を持っていかれたうえ、動けない状態に乗じてパンツを見られるなんて、屈辱もいいとこだ。でも怒っているというよりは落ち込んでいる。


「簡単に信じすぎたよぉ……。みんな悪い人ばっかりだったのに」


「同じ失敗繰り返さなかったらだいじょぶだよ、ユミナ。三人だけでやるのはどう? みんなそこそこできるようになってきたし、まず鍛えようよ」


「ユノやさしい……あぅう」


 ユミナは半泣きで、机の上に潰れている。


「街にお店構えてる人たちからいっぱい依頼出るから、いつもより早くレベルアップできるらしいよ。メアが言ってたんだけど、お金もらえない代わりに経験値多めになるって」


「そっかぁ……そうだね。カナリアもういないから、次の子探さなきゃ」

「あ、……そっか、いないんだ」


 不思議に、人がいなくなるより悲しい気がした。


「いい子だったのにね」

「うん……。野生のをテイムしたら、もっと強いかな?」


 ちょっとずれたコメントに思えたけど、必死な顔を見たら、なんとなくそのずれを補正することができた。今のキューナは失敗するわ、かわいい召喚獣はいなくなるわ、さんざんだ。せめてほんの少しだけでも安心できるように、失う危険が少ない、強い召喚獣が欲しい。そういうことだろう。


「……三人仲間だしさ。いっしょにがんばろ」

「ありがと」


 不安そうな声は、そのままだった。






「ひっでぇな、……というか、俺の言った通りになったような」

「うん、だいたいそんな感じ」


 兄は「街の周りにテイムモンスターが異様にたくさんいる」という事実を掴んでいて、それが何者かの企みだと気付いていたらしい。


「テイムの成功率を上げるには、好物をあげる、好きな匂いを体につける、あとは空きがあることをアピールする……って方法がある。それとは別に、これまでテイムの回数が多ければ多いほど成功率が高いっていうシステム的要因もあるからな」


「弱いのをいっぱい仲間にして、成功率を上げてたってこと?」


「そうだな。街の周り全体にいたなら、千や二千じゃきかない量だぜ。というか、テイムされたモンスターはカーソル出ないのに、気付かなかったか?」


 そういえばその通りだった。攻撃したら体力ゲージが出てきたけど、それは「いま敵になった」ということで、それまでは敵じゃなかったことになる。


「いや、ぜんぜん聞いてなくて。初戦闘がテイム済みのやつだったし」


「最悪だな、そりゃ……。基本的にはただ魔力の塊のはずの災害モンスターのテイムは無理なんだが、アイテムで調整してナマモノ成分を増やしたらしい。クソみたいな技術だ。ただしおかげでかなり弱まって、総合ギルドホールだけは生き残ったみたいだな」


「弱くなるんだ」


「なる、なる。上陸した台風みたいなもんだ、テイムした時点で本来のスペックじゃなくなるからな。そこで大幅に下がって、さらにナマモノ成分がアップしてあらゆる攻撃に弱くなった。テイムしようってアイデア自体はまあナイスだが、もとが災害モンスターだとクッソ弱くなるってとこだけは失念してたらしい」


 ユイザさんは「ばーかで」と言っていた。あれは本当だったことになる。


「で、聞きたいんだが。エヴェルさんがあの〈黄龍〉を倒した?」

「うん。見てた」


「一人で?」

「……途中で気絶したからわかんないけど、たぶん」


 兄は「うわぁ……」と目を覆う。


「やっぱしユニークハンターだけあるな。いや、でも災害モンスターの単独討伐はさすがにありえんだろ……「ほかの」でも来たのかな」


「私がパーソナルスキル覚醒して、助けたから。倒せたと思う」

「お、え、もう……? 平均でひと月だと思うんだが」


 やっぱり早いみたいだ。


「私のは、「応援」。手で触った人のステータスを上げられるよ」


「なるほどな……。パスキルは「ヤバいとき」に目覚めるって相場が決まってるからな。デッドヒートの中で目覚めて、戸惑いながらも使いこなす! って感じだ。うん、しかし。まあそのあれだ……そろそろ兄貴の出番だな」


 兄は、胸をどんと叩く。


「結乃、俺たちのギルドに来ないか? ギルド「一意専心(モノマニア)」。何かの目標のためにまっすぐ進むやつを応援するところだ。種族、レベル関係なし。一番大きなアピールポイントとしては、過去一度も不祥事がないところがある」


「すごい……の?」


 後ろ暗いギルドばっかりなんだろうか。


「二年間活動してた「R.K」リバース・コウリュウは二人を除きギルド全員を召喚の供物にした。これが最新。昔だと召喚術研究のためにプレイヤーを供物にして延々と研究を続けてやがったクソッたれども「拝謁のサクリファイス」。ギルド抜けできない、リアルを詮索する、いろいろあるんだぜ」


「最悪じゃん……」


 というか、リバース・コウリュウって「黄龍再誕」みたいな意味か。意外とそのままだ。


「まあ、厳しいルールを嫌がるやつもいるが……それも不要なトラブルを防ぐためや、過去の過ちから作られたものだからな。見学と研修くらい、受けてみないか」


 それはいいけど、気になることがある。


「モノマニア? は、成果の報告とかするの?」


「したいやつはする。プレゼンの練習とか、どうしても見せたいやつはやるよ。だがほとんどしないだろうな。やる意味がない。その時間分を研究につぎ込んだ方がいい、なんてやつの方が多い――まさか、ノルマがあるなんて思ってないだろうな」


「ごめん思ってた」


「ばっかだなぁ、好きでやることに成績を求めてどうするんだよ。クレッフェル学園でもテストはやらないのに。ガチオタの集まりだからちょっとキツいかもしれんが、まあ一度来てみるといい。何か欲しいものがあれば、快くくれるものだってあるはずだ」


 それはいいかもしれない。


「じゃあ、最初の街の花時計あたりにいるよ」

「ちょっと遠いな……ワープゲートは壊れてないだろうけど」


 人間の街にもたくさんあって、人間種族が最初に来る「デーノン」は総合ギルドがある以外には人が来る機会はあんまりないらしい。


「デーノンは職業を決めるとき以外そんなに用はないな。職業の派生自体は位が上がるときその場で起こることだし、そこまで固執する街でもない……。まああの建物がなくなっちまったら初心者が困るから、災害でも出たら助けに行くけどな」


「お兄ちゃんがいる街ってどこ? 遠いの?」


「まあ遠いっちゃ遠いが、それでも十キロ圏内だからな。昼ならしっかり見えるぞ。明日は土曜だし、昼からインしてみるか?」


「あ、それは別にいい」

「おう、そうか」


 昼からって、それはさすがにやりすぎだ。


「そっか、今までぜんぶ一週間の出来事だったんだ」

「そうだな……そういやまだ五日しか経ってないのか」


 一週間というけど、七日も経っていない。


「一日でパスキルに目覚めたやつもいれば、三日でボスを倒したやつもいるが……。密度が濃いというか、いろんな意味ですごいな。エヴェルさんに気に入られ、供物にされ、将来性は抜群で……さすが俺の妹」


 というからには、兄もすごい人なのだろうか。


「ゲームの中で、お兄ちゃんってどんな感じ?」


「収集家だ。ひたすらアイテムの目録を作り続けてる。新しいダンジョンができたりアップデートのたびに大わらわ、ギルドの職人たちも俺のとこにあれこれ持ち込むから休めるときはほとんどない」


 だから廃人なのだろうか。そう思って「それだけ?」と聞くと「そんなわけないだろ」と笑われてしまう。


「最新目録を作るために、アイテムをひとつひとつと頼むわけにはいかない。自分で取りに行くことの方が多い。だがまあ、これがレアばっかしなんだよなぁ……。取るのに時間ばかりかかってさっぱり稼げないのもザラ。アイテムは部屋に貯まる地獄だ」


 それなりに分かったような気もする。大変なんだろう。


「じゃあ、俺は晩ご飯を食べたらさっそくダイブ・インしてるから、待っててくれ。お仲間がいるなら連れてきてくれていいぞ」




 それからいつもの感じでインすると、セーブポイントにしている花時計のあたりはかなり様変わりしていた。


「うわぁ、ひっど……」


 鐘の設置された塔が半分のところで折れて、さすがに先っぽは撤去されているけど、まだ作り直されてはいなかった。商店街もお店がめちゃくちゃで、商品はぜんぶ回収されたものの売り物にならないから捨てた、というような感じだ。噴水の人魚像も根元からちぎれてなくなっていて、修理費はいくらかかるんだろう、と思うようなありさまだった。


「……もしもし。あんた、やたらいい装備着てるな」

「あ、お兄ちゃん? ユニークモンスターの懸賞金で買ったんだ」


「えっと……? ユキカ・ルゥスさんね。アヤト・ルゥスだ」

「あ、苗字おんなじだ」


 わざわざ合わせて作ったのか、それとも一緒だったのか、どっちなんだろう。


「さいとじゃなくてあやとなんだ?」

「こら、リアルネーム言うんじゃない。警戒心強めの二人がお仲間か?」


 きょろきょろと辺りを見回すと、物陰に隠れて「なにやってるんですか!」みたいな顔をしたメアと「信用できるのその人、だれなの」みたいなくらーい目のキューナがいた。


「……うん」


「この子の兄貴だ、よろしく。妹にうちのギルドを見学させようと思うんだが、どうかな、一緒に来るかい」


 おお、兄が女の子相手にこんなに話してるすごい! と思ったのを見抜かれたらしく、兄はじとっとした目で私の方を見た。でもそれも一瞬のことで、すぐに「行きます」と答えた二人の前で、兄は馬車を呼び出す。


「……え、馬車? なにこれ、どういうこと」


「これがいちばん早いんだよ。スタミナや魔力を使って移動するのもいいが、レベルが違うと速度も移動可能距離も違うからな。簡単なレクチャーをしつつ移動するには、馬車がいちばんだ」


「うん、とりあえず乗る」


 いろいろ予想外だ。




「おう、妹は三人もおったんか。三つ子にしちゃ似てへんけど」

「いや、似てないなら違うと思ってくれよガザン」


 関西弁の人は「ガザン」という名前らしい。樽や箱が並んだ端っこに縮こまって座っているけど、スキンヘッドの巨漢だった。革鎧みたいなものを身に付けているわりには、その上からマントを羽織っている。


「ほお、確かにええ装備しとるわ……そのマント、いくらで買ったんや?」

「五万ルトで全身分見てもらいましたよ?」


 うわそらないわありえへんで、とガザンさんはのけぞる。


「え、〈鋼鉄飛竜〉の翼膜、そんで〈昇天聖蝶〉の蛹の糸な……あと〈騎竜玻璃虫(ドラグーンフライ)〉の臓膜やろ? 二十万はカタいで。ジーナの姐さん、どういう計算やねん」


 そんなに難しいものなんですかと聞くと「あほ、初心者に手が出るもんちゃうで」と大阪っぽい口調で言われる。兄が言うには大阪人じゃないらしいけど、外のものからすると違いはぜんぜんだ。


「虫系でもドラグーンフライは死ぬほど強いねん。竜の巣に寄生して育つ虫やから、生まれながらにして竜の上に立っとるんやな。ドラグサフィーアとかエメロドラグーンやないだけマシやけど、ドラゴン倒しに行くんと同じメンツが要るで」


「宝石っぽい名前ですね」


 すると「よう気付いたやん、ヒーラーちゃんやるな」とガザンさんはにこにこする。メアの鋭さはやっぱりすごい。


「虫装備の中でも、色がいちばんきれいに出るんがこれ系統や。武器と、あとマントみたいな雑な布製品しか作れへんけど、まーあええで、ほんまに。ただしアーグでは、見た目装備はそんな簡単には作れん。きれいな装備着とる人がおったら、相当の実力者やな」


 馬車にしては揺れが少ない車内が、がったんと大きく揺れた。


「おっと、と。ただしそれぞれとんでもないバケモンでな……ただの虫ちゃうで。エメロドラグーンはものすごい数がたかって来よるから、分断して倒さな虫に囲まれて、生きたまま食われて死ぬことになる。ホラーどころの騒ぎやないな。まあ大きさは三メートルくらいやからいちばん小さいけどな」


 びくっとした私をさらに怖がらせるように、ランプを下から顔に近付けて「ドラグサフィーアは、ドラゴンを喰いよるんや」とひくぅーい声で言う。


「蒼玉の龍喰い虫、って書くだけあってえげつない強い。でかい淡水湖があるんやけど、あそこには龍の子供の「ミズチ」とドラグサフィーアのヤゴが両方おる。ドラグーンフライは卵やら無防備なヒナを食うけども、ドラグサフィーアはさすが、幼少期から違うで……。人間くらいのミズチがばっしぃ、捕まってばりばり食われるとこはもう戦慄モンや」


「ガザン、あんまり怖がらせるな。トンボばっかし説明しすぎだぞ」


「おう、忘れとったわ。……鋼鉄飛竜の翼膜やけど、これがまたひどぅくせもんでな。倒すときに攻撃が集中しとった部位は、破損して使いにくいアイテムしか取れんようになるんやなぁ……。翼を片方叩き折るんが定石やけど、素材切り出しのことを考えるとな」


 取りにくいアイテムばっかりみたいだ。


「あとあの蝶やろ。あれなぁ、取れる時期と取れへん時期があってなぁ……。取れへん時期には「糸食い虫」っちゅうつまらん、金はゼロ、経験値もろくに取れんボケナスがいっぱい付いとるんや。ほんまにアレ、絶滅して欲しなるで」


「……着いたぞ」


 本当なのかなと思うような速度で、私たちは「モノマニア」の本拠地に到着した。

 ちなみにレギアの計画はけっこう大変です。


1「イケメンになる」(無理)

2「ギルメン集める」(人手確保・供物にするため)


3「大量のモンスターをテイムする」

4「魔法陣書き始め、テイムモンスターを倒させる」(キャパシティ空ける)

5「アイテム集め」


6「人員配置、召喚実行」

7「ヒャッハー!! どかーんどーんぐっしゃーん!」


 ヒャッハーの次でエヴェルさんが来てしまったのがちょっとだけ哀れ。でもこのままだと百人単位で死なせていたわけだし、ディーロが「うっせーんだよボケ!」とか言って殺してたかも。どっちにせよ叶わない夢だったんでしょうね。

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