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015 「職業選択講座」2回目

 どうぞ。

 橋川の「大変だったね」という言葉は、今さらながら、本当に大変だったんだという実感を呼び起こした。


「下手したら初期の死亡事故の再来だよ。ヤバかったんだよ、樫原さん」

「それで運営続けられるんだね……」


 橋川は苦笑しながら「国が出資してるみたいでさ」と恐ろしいことを言う。


「いろいろ欲しい成果があるんだろうね……。そういう話は後にしてさ、もう一度、詳しく聞かせてくれないかな」


「あ、うん。まず最初は――」


 友達のキューナと出会ったのが、私にとっての始まりだった。レギアさんの計画はそこでもう最終段階で、むしろ私やキューナはいらない人材だったのだ。それでも有効活用するために、ひとまずレベルを上げさせて、供物を集めさせていた。


「さん、は付けなくていいんじゃないかな」

「橋川、なんか怖いんだけど」


 レギアさ、……レギアは現実でどういう人間だったのか、それは知らない。それに、永久BANされて二度と会うこともない。こればかりは知らぬが仏だろうと思う。


「で、あの魔法陣に足を持ってかれた」

「うん。こうりゅうって言うのが暴れまくって大変だったよ、ほんと」


「まあ、そこは知ってるけどね」


 西洋、和、中華問わずファンタジーには詳しくなくて、黄龍は虹の龍だと思っていた。ゲームだとだいたいは虹か金が最高ランクだから、そういうものだろうと思い込んでいたのだ。ちなみに四神がそれぞれどの方角を守っているのかも、あんまり分かっていない。


「どこの人かって詳細は分かってないんだけど、欠損がログアウト不能っていう仕様のもとになった人がいてね。体の一部がない、その時間が長すぎると現実にも影響が出て、脳が「手足はなくなった」って思ったまま……だったみたいなんだ。運営じゃなくて欠損させて再生を邪魔したプレイヤーに実刑が下ったみたいだけど」


 あの違和感がなじんでいたら、もしかしたら。


「こわ……そうならなくてよかった」


「あと、痛みの推奨パーセンテージが大幅に下げられたのもあのころだったかな。現実と齟齬がありすぎちゃいけないっていうから五十パーセントくらいだったけど、たまたま百パーセントにしてた人が死んで、推奨が三十パーセントくらいになった」


 死ぬこともあるゲームって、もはやゲームじゃない気がする。


「どこの誰が亡くなったのか、分からないんだよね……。僕の知り合いのはずだったのに、お見舞いに行けなくて」


 心底悲しそうで、今にも泣き出しそうな顔をしている。


 その顔を見て、私は思い出したことがあった。


「ねえ、橋川。橋川って確か、中学のとき私に抱き付いて泣いたことあるよね」

「え、う、えっと……いつのことかな」


 忘れたふりをしているけど、この反応だと絶対に覚えている。


「こんなふうに、図書室でさ。泣き声が聞こえるからなんだろって思って近寄ってみたら、すごい泣いてて。あれ確か夏くらいだったっけ」


「ごめん、あのときはさ……。あのときが、ちょうど戦争のときだったんだ」


 懐かしむというより、傷む傷跡を必死にこらえるような顔だ。


「どうしても立ち直れない傷があったんだ。でもむりやり立たされる。もうゲームやめようかって思って、デバイス叩き壊す勢いだった。でも、それだと負けたままだって気付いたんだよ……。それとなく樫原さんが言ってくれたから」


「ん……なんかそういうこと言ったっけ」

「あはは、覚えてないか。思い出したら言って。でも、思い出す前にも、ありがとう」


 負けたまま、というのはなんとなく覚えがある気もする。


「私、ひどいこと言ってない、かな? 逃げたら負けたまんまだよとか」


「言ったよ。でもさ、ひどくなかった……少なくとも、あのときの僕には。負けて逃げるのはいいけど、いつかは勝たないと負けたままだ。負けを認めれば認めるほど、どんどん弱くなっていく。本当にそうだったから」


 橋川は、今度こそ笑顔だった。


「甘えていいときはもう終わってたんだ。充分じゃないとか、もう少しの時間があればなんて言っちゃダメだった。手を伸ばすなら、腕の骨が折れるまで」


「ね、強がってない?」


「そんなことしないよ。事実として言ってるんだ……勝つまでは負け続けてもいい。でもいつか絶対に勝ってみせる。守るものが増えても、目標は変えない」


 橋川はどんどん顔を変えていく。知らない顔から知っている顔になったと思ったら、知りたくなかったような怖い顔に変わっている。


「……なにが目標なの?」

「今は言えないかな。でも、樫原さんにも分かることだと思うよ」


 不自然なほど明るい声で、橋川は言う。


「いつかすべてを知る日が来る。そのときには賛同してもらえるかもしれない。でも、止められたとしても目標は変えない。絶対に……でも、小さい目標から達成していくよ。樫原さんも何かしたいことがあったらさ、やり方を聞いてくれたらいいから」


 橋川は、とても不安定だった。


「じゃあさ、聞きたいんだけど」

「いつもの質問タイムだね、いいよいいよ」


 前もって準備してきているんじゃないかと思うような、笑顔での講義だった。




「スキルってなんだかよく分からないんだよね……全体的に教えて」

「あ、うん……漠然としてるね、やっぱり」


 もうちょっと絞った質問をしたほうがいいんだろうか。


「スキルっていうのは、あることができる能力って意味。たとえば本が早く読めるとか女の子を口説くのがうまいとか、そういうのは現実的に役に立つ。ゲームのスキルは、ある行動を可能にする能力。魔法スキルを持ってると魔法が使えるようになるし、槍スキルを持ってると槍が使える……基本はこんな感じかな」


「氷魔法持ってるから、〈アイスブレット〉撃てるんだ」


「アーグ・オンラインのスキルには種類があって、ひとつは習得スキル、もうひとつがパーソナルスキル、それと職業についてくる特技や職能」


 いったん区切って息を吸い、橋川の説明はいっきに続く。


「職業「魔術師」の職能として「魔法が使える」があって、明かりの魔法や道しるべの魔法なんかと混じってたくさんの攻撃魔法があるんだ。その中に〈アイスブレット〉も混じっていたってことになるね。で、最初から撃ててたってことは習得スキルだったことになる」


「あ、うん。選んだ」


「いくつかかぶって習得すると、その瞬間に熟練度がひとつ上がる。けっこうありがたいシステムだよ。普通なら何にも起こらずに消えちゃうわけだし、そうでもなきゃ全部のスキルを取らないと全部習得できない仕組みだったりする」


 ゲームってすごくあくどい仕組みを使っているんじゃないだろうか、と一瞬思ったけど、さっとひと消しして聞くほうに戻る。


「職能は、職業につくことで何らかのスキルを強制的にもらえることだね。現実だと逆なんだけど、パソコンのエンジニア? とかやるときにはパソコンに強い人を採用するよね。そういうふうに、職業に必要なスキルや特技をもらえる。魔術師になることで全属性の中位まではもらえるっていうのもそれ」


「じゃあ、すべての魔法が使える職業があったら……」

「あ、いや……」


 橋川は「その場合はたぶん逆になる」と眉をしかめて言った。


「いや、読みとしては正解なんだ。でもそんなものは絶対ない、あらゆるものを使いこなすことは不可能だから。前提となる条件をクリアすることでさらなる段階へ至る、っていう日本らしいゲーム的法則が当てはまるとしたら、ありとあらゆる魔法スキルを極めることで最強の魔術師になることができる……かもしれない」


「できるかな?」


「た、単純に言うね……。廃人が二キャラめを育成するときでもスキルマひとつにひと月はかかるっていうのに。……そうだな、ありとあらゆる知識を総動員すればなんとかできるかもしれないけど、そうなるともう完全に実験になっちゃうね。ちなみに魔法スキルをほぼ全部持ってる人はすでにいるけど、特定の選ばれた職業には就けてないよ」


 先生というより教授みたいな、分かりにくい話し方だ。と思ったのを察したのか、橋川はちょっと分かりやすくなるように頑張っている。


「あ、えっと。例えばギルドで紹介を受けて訓練をクリア、魔術師になるよね。そのうえでとある悪魔もしくは精霊と契約して、火属性の魔法を極める。〈火魔法〉をスキルレベルマックスまで上げて、火属性で何百体の敵を倒して……みたいな条件をクリアした人が、さらに火に関する条件をいくつも満たすと「火に愛されしもの」みたいな職業に進化する可能性がある……あるだけだけどね」


 氷の魔法を極めて冬将軍と契約して、冷たい泉で全身から氷柱が滴るまでみそぎをしたら「氷の女」にでもなれるんだろうか。


「こういう進化こそがアーグの面白い所なんだよね。混成種は化人族に進化することがあるけど、その条件は明らかになってない。ある職業に就くことができる人もいれば、同じことをずっと続けているのに同じになれない人がいる」


 私の顔を見て、橋川は慌てずに追加する。


「不公平だって意見もあるらしいけど、それは違う。公平なら公平で、すべてぶち壊しにしてしまうんだ。アーグは、現実以上に「努力がきちんと報われる」世界だと思う。ただ誰かの真似をする、誰かのあとを追うだけじゃ決してたどり着けない場所に、アーグならば行くことができる。そのための力を育てることができる。最初のひと月でやめなかった人がその後ずっと続けるってデータがある……みんな、気付いてるんだ」


 ――現実じゃなれないものになれるって。


 そう言った橋川の顔は、がっちりと表情が固定されていて、絶対にそこから先を悟らせないものだった。そのあと普通の顔に戻って、驚いている私に言い訳するように手をあたふた動かす。


「あ、もちろん普通の下級・中級・上級職業は別だよ。魔術師、それより上の属性に対応した職業、さらに特化するか宗教と絡んだり魔法以外に手を出し始める職業。そういえばあの人はエレメンタルに片足突っ込んでたっけ……」


「あの人って?」


「化人族の中でも最上位、エイマの三位。戦うときは空中にずっと浮いてるんだ。鳥が混じってるのと風魔法をかなり使ってたみたいで、何だったかな……確か「刃と風の精」みたいな職業だった気がする」


「なにそれこわ」


 風の精だったら分かるけど、刃が混じってる風なんて想像したくないくらい怖い。


「あ、彼女は刃ってほどには物理使わないよ。あの爪が使われる機会……考えるだけでぞっとするね。どれだけ詳細に教えても、絶対にアレからは逃げられない」


「や、そういう怖いのはいいから……。始めた次の日にさ、未来がだいたい読めたって言ったでしょ。あれの正体、教えてくれたりする?」


「ああ、うん。あれね」


 氷と月と夜、とか言っていた。


「前に同じ診断結果を受けた人は、いまの職業「雪女」。人間種族じゃなれないと思うから、別の結果になるんだろうけどね」


 相手を凍らせる、月夜に出る妖怪……って、私は人間だし、雪女は月夜限定じゃない。むしろ吹雪とか、何も見えないときじゃないだろうか。


「ならないと思うよ、さすがに」

「うん、氷の女王とかかな」


「いや、それも人間じゃないような……?」


 民話か童話か、雪の女王はあった気がする。でもあれってあっちの妖怪のはずだ。


「っていうかすっかり忘れてた、パーソナルスキルってなに」


「なんか僕の口調がうつってるような……。「パーソナル」は「個人の」、って訳すことができるんだけど、要するにほかのだれもが持っているスキルの組み合わせによって成り立つ個人じゃなくて、ほかにないスキルひとつだけが個人と結びつくってことだよ」


「ごめん、もっといい言い方ない?」


 哲学書みたいだ。読んだことないけど。


「えーっと。例えば職業は騎士、持っているスキルは「片手剣」「盾」「防御術」なんかがあるとして……名前は「きしナイト」さん、とするよね。ただしこれは簡単に真似することができる。名前の前半を同じにして、全身のパーツや色彩調整を同じにすると、見た目としては分からなくなる。スキルも同じものを取れるね」


「うんうん」


「こういうかぶりを防ぐためなのか、それとも別の意図があってのことなのか、ある程度生活を続けていると「パーソナルスキル」が目覚めるんだ。「きしナイト・うんたら」さんは守りが固い人だから盾から出てくるバリア、「きしナイト・かんたら」さんは馬に乗って槍で突撃するから武器が曲がって自在な攻撃ができるようになる……とか。できることをさらに伸ばすとか、致命的な弱点をちょっとだけ補うとかかな」


「へー……ちなみに私のは「応援」だったけど」

「……強い人を頼れれば、最強だね。そうじゃなければ」


「うん、分かってるんだけど……。エヴェルさんのためだったのかなー」


 自分にも強化は付けられそうだけど、他人まかせの印象がすごい。


「誰かのため……は、パーティー向けなのか、それともタッグ向けなのかで変わってくるね。エヴェルさんってどっかに行くんだよね、次の誰かを見つけないとちょっとまずいんじゃないかな。友達がいるから大丈夫そうだけど……」


「あ、大丈夫。クラスの友達いっしょだし」


 純粋に心配してくれているんだろうとは思う。でも、助けてあげるよと言われてほいほい付いて行ってしまったら、それこそエヴェルさんに顔向けできない気がする。


「続けようか。パーソナルスキルは、ていのいい超能力なんだ」


 話題をそのまま続けた橋川の言葉に、私はちょっと固まった。


「どうしたの」

「あ、いや。超能力って……」


「亜人種に多いのが、主に使う攻撃の特殊強化かな。例えばカードを投げると、その効果によって鉄の鎧をも貫く……なんてのがパスキル。パーエスとかパースキとか訳されてるけど、僕はパスキル派」


 ぱーえすって言われたら笑ってしまいそうだ。


「化人族だと、ほんとに超能力だよ。ずっと空に浮いてるとか、殴っただけで相手が死ぬとか、とにかくすごい。人間種族以外だとパスキルは増えやすいし」


 話はまだまだ終わりそうになかった。

 伏線がひどいくらい張ってある……。情報漏洩で逮捕したいくらいダダ漏れな橋川くん。まあ、いずれ出せば笑って思い出せる過去になるでしょうし。

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