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014 「召喚術研究」8回目・会議

 これでだいたい終わり…… ではないですが。


 どうぞ。

 通りすぎた斬撃の正体を知ってはいたが、エヴェルはそれでも戦慄せずにはいられなかった。あれがここにあるということ自体、とてつもない災厄の始まりのようなものだ。ましてやほとんど見ることもないあの特技が放たれたということは、レギアの行いが「死双々双剣」の怒りを買ったことになる。


 ともあれ、四神の王〈黄龍〉へのダメージは甚大だった。長大な体の二割以上が欠損し、単純なダメージと部位欠損ダメージが重なって、それまでちまちま削って四割まで持ち込んだ三本目のゲージが消し飛んでいる。


「いくらアレとはいえ、英魔の力がこれか……」


 知名度が高い「ユニークハンター」はこの街では最強クラスかもしれないが、英魔では二位であり、さらにその上には王がいる。


「いや、これはチャンスだ」


 考えてもしようがないことだ。


 それより、彼には三重の支援効果がかかっていた。ひとつは所属する団体や個人として敵とみなす人物との戦いに際して全ステータスが上がる「敵対」、もうひとつは誰か助けるべき人物がいる場合に全ステータスが上がる「救助」、最後のひとつはユキカのパーソナルスキル「応援」である。ちまちまではあるが削れており、倒せる可能性はある。そして時間がかかるはずだった場所を英魔第一位が削り、ラストスパートにさしかかった。


 王を弑する右手、龍を屠る左手、大地を砕く脚、すべてを強化する棘と鎌。このままラッシュで押し切るのが定石だが――


「おっと……やはりまだ諦めていないな」


 現実には存在しないものであれ、生き物にはすべて生存本能がある。自らに宿る力をすべて使い切ってでも相手を倒し生き残る、と決意しているのだ。


「しかしその出血に欠損、もう長くはない」


 エネルギー体でも、大きく欠損すればその修復のため欠損部位に魔力が回され、全体的に薄くなり、どんどんと弱体化していく。生物ならばなおさらのこと、出血が止まるまでダメージは続き、最大HPが低下さえする。


「〈剛烈拳〉」


 突きの三連打に、どごんっ、とテーブルほどもある鱗がひしゃげる。


「〈手刀連〉」


 双剣の特技のように腕を振り回すだけだが、めり込む腕と飛ぶ斬撃は容赦なく龍の体力を奪っていく。すさまじいまでの悲鳴が轟き、龍は全身をうねらせて目の前にいる生物から逃れようとした。こんなにもちっぽけなのに、先ほどから幾度も致死の攻撃を受けているのに、なお自分と同等の力で自分を打ち据える怪物から、逃れようとしていた。


 龍はとぐろを巻き、今までとはまるで違う速度で空を翔ける。


「まずい……!」


 生み出された黒い雲に、膨大なエネルギーが集中する。激光と爆音が尖塔のような竜巻の中に弾け、風、雷、氷の三属性を混ぜ合わせた必殺の一撃がチャージされていた。


「街が……」


 現実ならば、歴史に残る大災害になること間違いなしの暴風だ。屋根瓦は紙屑、看板は木の葉のように宙を舞っている。龍は、それすら威力にしようとしているのだ。遠くへ逃げても同じことになり、加速が付いて威力がさらに上がることは分かっていた。


 受けるしかない。彼の結論は、考える前から決まっている。


「来い――私は『死なない』ぞ」


 竜巻が高い建物をすべて巻き込み破砕し、円形の傷跡を街そのものに刻みながら迫る。ありとあらゆるものが入り混じり、暴風と轟雷と氷塊、そして木材や石材や金属板が必殺の威力を持って飛翔する。風属性を操る災害モンスター専用特技〈ヘイルストーム〉より上位の、必殺特技〈ヘイルストーム・ジャッジメント〉だった。これまでの観測例はほぼゼロ、正面から受ければ生き残るものはいないとされているが――


 エヴェルは、それを正面から受けた。


 あっけなく両足が磨滅、複眼が両方破損し、肩の突起も折れて消滅する。「安心を提供する宿屋 りすの家」と書かれた看板が腕を肩ごと外し、木材は腰の肉を少しばかり削り取っていった。十ほども続けてぶち当たったレンガが肋骨を文字通り粉砕、氷塊が内臓に深刻な損傷をもたらす。含まれていたかまいたちがでたらめな傷跡をいくつも創り、とどめとして轟雷が全身を炭化させた。


「言ッタだろう、私ハ死なナいと……」


 裂けて焦げた喉から、異常な音が漏れる。


「ぎミが本物ノ災害モンスターだッたら、街のはないでベベルが上がっダだろう…… がが、じょう喚モンスターだドそれも抑えらレているらしい」


 MPを一割ほども注ぎ込んだ反動で動けない龍は、それを恐れている。


「〈リゅウ斬・破グんの法〉」


 残った右手から放たれた〈龍斬・破軍の法〉が、龍の頭部にぎしりとめり込む。すると、エヴェルの傷が急速に回復していた。


「ま、ひとりごとだから言えなくてもいいのだが……。技名を言わなくても特技は使えるし。理解していてもこちらに伝える手段がなかろうが聞け、ある龍よ。パーソナルスキルというのは決してひとつではない……目覚めるのに手間がかかるだけで、いくつでも持てる。とくに人間以外の種族ならば、増えやすい」


 素手で使うものではない〈スラッシュ〉が飛び、また龍に傷が増え、エヴェルの傷が治っていった。加えて〈スラスト〉が飛び、〈スマッシュ〉が飛ぶ。


「時間経過で自動回復……嘘ではないが、それならばもっと攻撃を避けるのにやっきになっていいはずだ、一撃で五分が無駄になるのだから。あのボンクラはともかく、戦っている当の本人、いや本龍が気付かぬ道理もない」


 傷が増えない。それは、回避し続けているのだから当然だ。しかし削りダメージもあり、範囲攻撃や避け得ない攻撃、ちょっとした事故はなくならない。遅い回復だけに任せているのなら、ゆっくりと傷は増え、いずれ間に合わなくなるはずだった。


「生き汚いと言わば言え、生存系スキルはほとんど全部積んでいるのだ。時間経過による自動回復、致死ダメージを一回限り戦闘可能ぎりぎりで踏みとどまる、そしてHP吸収。わざわざ防具を外したから防御力は下がっているが、動きは良くなった」


 パーソナルスキルにより、どれほど『損傷』しても一度だけなら死ぬことはない。これこそが「化人族だから」に続く、彼が化け物と言われる第二の理由だった。


「災害モンスターは生まれてすぐ、エネルギーを放散して死ぬ。地球の台風と同じに。命を糧にして生まれ、命を守ろうとするのはいい……だが、いろいろと都合が悪かった」


 言葉の間にも、攻撃は止まない。


「天へ帰るがいい、四神の王よ。――無論、返すべきものを返してのことだが」


 技名コールなしに発動された特技が、一方的な殺戮にも思えるほどの残酷さで龍を傷付けていく。


「ディーロは怒りから使った、しかし私は王への敬意を以てこれを使う」


 すでに復元された全身に、エヴェルは紫の閃光を纏っていた。


 すっ、と前に移動し――


 後ろから現れる。




「約束は、果たされた」


 紫の閃光と、黄金の大爆発が重なった。〈黄龍〉の血肉は黄金の粒子へと還元し、雨雲を作る。そして金色の雨が降り出した。


「ありがとう、ゆっちゃん……」


 見下ろす街に、雨粒は形を成していく。あるものは倒れ、あるものは立っていたが、それは供物になった人間たちだった。


「戻るとああいうふうになるのか、知らなかったな」


 昔を思い出して、彼は胸に手を当てる。それは地獄と怪物の記憶であり、覚醒に至るトラウマの思い出である。


 それでも、人々が命を取り戻していく光景は、崇高だった。


「……見つけた」


 エヴェルはユキカの元へと駆けて行った。



 ◇



「これで目覚めねぇんなら、寝てるだけだと思うがね」

「ならいいが……」


 目が覚めたとき、全身の嫌な違和感は消えていた。目の前にいるユイザさんとエヴェルさんの二人組が、「お目覚めかい嬢ちゃん」「おはよう、ゆっちゃん」と笑顔で言ってくれる。その言葉だけで、私も笑顔になれた。


「おはようございます……え、朝ですか?」


「ボケも過ぎるとかわいくねぇぞ、嬢ちゃん。空見ろ、空……まだこんばんはの時間だぜ」


 空は真っ暗だった。メニューの時計は十一時半を指していて、召喚が始まった時間から一日も経っていない。いや、経っていたら大事件だけど。


「やったんですね……」

「ああ、終わった。人は元通りだ」


 起き上がって、地面に直接座る。左足はいつも通り、そこにあった。建物の端っこに立ったメアは遠くを見ていて、横に座り込んだキューナはぼうぜんとしている。


「まあそう落ち込むなよ、サモナーの嬢ちゃん。ログインしてから一週間ってものがまるごと無駄になっちまったのは悲しいがね……恨む誰かがいるってのは、それだけでありがたいこったぜ」


「ユイザ、さんは……。そんなにつらいことがあったんですか」


 ユイザさんは、こめかみをとんとんと叩く。


「同じ目に遭ったが、そりゃあもうひどかった。誰でも入れてくれる巨大ギルドだと思ったのさ、正体はコレだ……放り出されるときに言われた言葉が、今でも忘れられないねぇ。ありゃ一生残る傷跡だ」


 ふざけたような声が、ひどく濁る。


「バケモノが人に混じってどうするの、だと。バケモノの国があるんだから、そこで暮らしなさいよ、とさ……。化人族の国はほんとにあった。だから余計に悲しかったんだよ、俺なんぞはね。疑いなく仲良くなれるもんだと思っていたからさ」


 目元を押さえながら、ユイザさんは毒をこぼす。


「自分のバカさ加減に気付くってなぁ本当にツラい。嬢ちゃんは幸せだぜ、永久にいなくなる誰かを恨めばいいだけなんだからよ」


 しんみりしてしまったところで、メアが「明日から大変ですね」とぼやく。


無報酬(ボランティア)クエストが大量に発行されそうです。この災害の中で財産を持って逃げられた人なんてそうそういないでしょうから」


 ちょっと見回すと、私たちがいるところも屋根と壁がきれいに吹き飛んだ家らしい。いていいのかどうかは考えないことにして、これを直すためにもすごいお金がかかるだろう。


「初心者のレベル上げと、アイテムがどこにあるか頭に叩き込むにぁちょうどいい。嬢ちゃんたち三人は独立すんだろ? 自分たちの力だけで頑張ってみな」


「エヴェルさんとユイザさんは……?」


 ユイザさんはものすごく凶悪な顔で笑って、「おいおい甘えん坊だな」とにやつく。


「自分で手に入れねえと価値が分からんものがある。こいつの「ユニークハンター」だって一年かそこらでようやっと手に入れた名前だ、現実に一年分の価値があるんだぜ。そこのヒーラーの嬢ちゃんなら分かるだろ、賢そうだしな」


 メアは「はい」とそれだけ言った。


「ではしばしのお別れだ、ゆっちゃん。もう一度この街で会おう」

「行っちゃうんですか」


 いつもの黒銅色の鎧兜に戻ったエヴェルさんは、「ああ、戻らなくてはならないんだ」と残念そうな声で言う。


「……もうちょっとだけ、いろいろ教えてほしかったです」


「先生が教えてくれることより、自分で考えたことの方がよく覚えているものだ。私は君が自分でさまざまなことを学び、強くなると信じているよ」


 ためらいがちに頭を撫でてくれたエヴェルさんは、どこか寂しげだった。何か話さなくちゃと思っているのに、話題が浮かんでこない。


「あ、あの」

「何だい」


 奇跡的に思いついた話題を、そのまま口にする。


「剣、いくつ持ってるんですか?」

「ん……? そんなに見せたかな」


「最初の赤いのと、今日の二本で三本じゃないですか。もっと持ってるかなって」

「ふふふ……」


 話題が良くなかったのか、エヴェルさんはきちんと答えてくれない。


「状況に応じて使い分けるんだ。そして、身軽さというのは装備の重さだけしか関係せず、インベントリに入れているアイテムはSTRの分だけ、動きを遅くせず持てる……。まあ、たくさんと言っておこう」


「むう……」


 ユイザさんに「こら嬢ちゃん、生命線を聞いてんじゃねえぜ」と叱られた。


「ったくしょうがねえな、ウィザードの嬢ちゃんは」


「いいんだ、ユイザ……ゆっちゃん、私はあらゆる武器を使うことができる。魔法をまったく使うことができない代わりにね。もしかしたら君がその逆になるかもしれない」


「おいエヴェル、お前正気か?」

「正気だとも、ユイザ。時間と呪いの積み重ねを、簡単に崩すことはできないのだ」


 機械でも使ったように思えるくらい、低くて恐ろしい声だった。


「お前もそうだろう、ユイザ。……さてゆっちゃん、私はもう行かねばならない。いつかまた君が強くなったとき、この街に用事があるとき、そんなときには会えるかもしれないね。君の名前を、改めてはっきり聞いておこう」


 私は、すごくどきっとした。呼び合う名前だけじゃなくて、本当の名前を知る機会なんてほとんどない。それを教えてくれようとしていると分かって、照れそうになるのを抑えながら、私は言った。


「私の名前は……ユキカ・ルゥスです。エヴェルさんは?」

「私はエヴェル・ザグルゥス。たまたま、近い名前だったね」


 顔が熱い。火が出そう、なんて言葉もよく分かる。


「また、会いましょうね」

「ああ。その日を楽しみにしているよ」


 エヴェルさんとユイザさんは、ばしゅんっ、とジャンプして消えていった。






「……おおぅ、皆さんお揃いで……すげぇな、こりゃ」


 いつもなら不気味なざわめきが止まない北の森も、今夜は静まり返っていた。気配察知スキルを持たない生物にも、大きすぎる気配は察せられる。いくつもの大きすぎる力が集まっているという未曽有の事態に、生き物がみな逃げ出してしまったのだ。


「七英魔が全員揃ってるじゃあねえか」

「森王の招集とあらば・集まらない方が不思議だが?」


 青灰色のコートの男がぼやく。


「くそったれらしく遅れてきたな、エヴェル」

「ずいぶんなご挨拶だな、ディーロ」


 黄金の鎧を纏う男は、地面に唾を吐いた。


「汚いわよディーロ」

「そうそう、きたない」


 桃灰色の髪を結い上げ、同じように端を結んだ短いドレスの女、純白のワンピースを着た銀髪の少女が同調する。淫らに見えるほど華やかな女と、対照的に気持ちが悪いほど清潔すぎる少女の言葉に、さすがの金色の男も「いや、すまん」と言ってばつが悪そうな顔をした。


「大変ね、ほんと」


 黒いイヴニングドレスの女は、苦笑する。


「まぁったく、いつも通り過ぎるぜお前ら」


 赤い革スーツの男は、肩をすくめて凶悪に笑う。


「王からのお達しだ・聞け。国の境界線に侵入したゴミどもを残らず殺せというものだ。誰か・手を上げるものは」


「それっておもしろい?」


 白すぎる少女が無邪気に聞く。


「人に・よる。プレイヤー以外の殺傷は・当然ながら禁止だ」

「じゃあやらない」


 少女はそっぽを向いてしゃがみ、地面の草をいじり始める。


「強さとしちゃどれくらいが来るんだ、そりゃ? 鬼神が来るだとか言うじゃねえだろうな。英魔を七人も……」


 白い少女が、ユイザに触れていた。


「じょうだん、よくない」


 ユイザは素直に手を上げる。


「悪い悪い、冗談だぜ……配下で間に合うような仕事なら、レベル上げがてら対人戦の練習にもならあな。レェム嬢ちゃんに言うようなことかよ」


 コートの男は、「少なくとも・一人は欲しい」と冷徹に告げる。


「先ほどの冗談は別として・クエストカウンターに貼られれば賞金目当てのゴミが殺到する。すべて捌き切れる自信がなければ・やらないのが得策だ・どうだ」


「私は辞退したいのだが」

「てめえのようなくそったれは最初から数に入ってないんだよ、黙ってろ」


「理解している・いないならば俺が引き受けるが」

「オレはやる気満々だぜ、ゼル」


 黄金の鎧を纏う男は、目を輝かせている。ゼルと呼ばれたコートの男は、「他には・」と見回すが、イヴニングドレスの女も、短いドレスの女も、うなずく気配はない。ユイザは最初からやる気がなさそうなので、相手にされていなかった。


「では・ディーロ。王のご下命を達成しろ」

「へっへ、分かってら。楽しみだな……」


 鎧の男の目は、暗い赤に輝いている。森は絶対的に静まり返っていた。


「どんなのが来るんだろうなあ」

 出てきた、「英魔」。英魔を全員紹介するまでがんばって書きたいですね……。

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