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013 「召喚術研究」7回目(復讐編)

 どうぞ。

 結果から言えば、攻撃は大失敗に終わった。これまで起きたことを見て、頭の中でその答えを出すことができなかったのだろう。


「なぜ、なぜ……!?」


「これまで全部かわされていたのに、今回ばかりは絶対に当てると思っていたんじゃあるまいな? 少し大きくなったからと当たる私ではないぞ」


 当たったということそれのみを成功とするなら、これは大成功である。ただ一点、当たって大きなダメージを受けたのが龍でなければの話だ。エヴェルがわずか半身を焦がしたのみであるのに対して、二層の二重螺旋、つごう四本ある〈黄龍〉の体力ゲージは一本目が砕け散り、残り七十五パーセントとなった。


「くそっ、こんなことが!」


 鱗が多少はがれた程度の傷ではなく、背骨が露出するほどのすさまじい火傷だった。ゆっくりと修復されつつあるが、攻撃を受けて修復して、の動作を繰り返せばすぐにでも倒れることは明らかである。


「しかし、ダメージ自体がなかったわけじゃない。さすがの私も、これは痛手だ」


 その言葉があまりにも平然と放たれたために、レギアは戸惑う。


「ではなぜ、そんなに……?」

「ソロの回復なしでやっていくのに、必須のスキルがあるとは思わないか」


 諭すような口調に、術師は目を見開く。


「あ、あれは机上の空論……事実上は存在しないはずだっ」


「自動回復が机上の空論だって? 誰がそんなことを決めた、きちんと試す材料が整っていないだけのことだろう。それに、誰も自動回復だけとは言っていないぞ……相手の手の内が分からないのに、分かった気になっていたのか」


 静かな怒りが籠った、穏やかで低い声だ。


「貴様らにどんな目に遭わされたと思っている? その復讐のために、どれだけの時間と苦労を費やし、何を鍛えたと思っている。人間種族ですら二年を経てこれだけ成長しているのだから――私たち化人族がそれに倍する成長を遂げることに、疑問はあるまい?」


 右腕は手首から、左腕は肘から大きな刃が伸びている。


「無論数倍すると言っても人間に比べてのこと、同族に比べれば攻撃力は低い方さ。だから本来持つ必要などない武器を持って補っている。そして、装備さえしていれば手に持っていなくても補正は活きる」


 規模が大きすぎて何が起きているのか分からないほどの斬撃が放たれ、それが命中してからようやく、レギアはそれが先ほどと同じ特技であることを悟る。


「地を這わせてやるぞ、化け物が!」


「あまり面白いことを言わないでくれ、レギア。「ひと」だった化け物たちを本当の怪物に変えたのは、他ならぬお前たちなんだ。怪物の所業が私たちを穢して……二度と戻れない暗闇へと押し込めた。復讐だ、微塵に刻まれても恨むな」


 足が空中を踏めるよう付けられた支援効果がゆっくりと消えていくのを見て、エヴェルは腰から背中へ折りたたまれた翅脈を開く。


「そ、そんな、メチャクチャな……」

「生贄にするためにギルドを作るのは、めちゃくちゃではないのか」


 斬撃をコントロールして、末端を吹き飛ばす。


「う、ぐ、うぁお、ぐうっ」

「……その程度でもう戦えないのか。さて――」


 命令がないと待機していることしかできないのが召喚獣の定めだ。コントロールできたとしても、激痛に苛まれながらまともな命令など出せまい。


 背に着地するように重量を押し込み、両足が肉にめり込み骨を砕く感触をはっきりと感じる。反射的に形成された雷球を避けて、うねる体が少しの段差を作ったときに抜き手をざくりと突き立てた。


 通常ならモンスター、それも特殊ボスのAIはこれほど馬鹿ではない。あまりに最適化された行動をとるので、もしや中に人がいるのではと疑われるほどだ。事実、先日彼が倒した巨大なムカデが異常進化を遂げたユニークボス〈メルティピード〉は、最初に防御力を下げてから全体攻撃を繰り出し、一撃で多くの死者を出した。ボスとは持てる力全てを出し尽くし、死の瞬間、ことによると死んで数秒さえ暴れまわる化け物どもなのである。


 それを完全に制御できるとすれば、大幅な弱体化は避け得ない。少なくとも同じような種族を扱い慣れ、なおかつある程度の自由度を持たせねばどのように強力なモンスターでもただの的と化すことだろう。ユイザをして「レギアは愚か者」と言わしめたのは、同種のモンスターを操った経験がないにも関わらず完全コントロール状態におき、その長所を全くの無駄にしてしまったことであった。


 舞い踊るように特技を繰り出し、金鱗がばらばらと散る。〈龍斬・破軍の法〉が鱗を超えて皮さえ裂き、骨に当たって傷をつけた。そして〈武演・竜鱗斬〉が龍の喉元をざくりざくりと大きく切り裂き、妖しい赤の閃光を迸らせた。


「むっ、いかん」


 金雷が大樹のごとく空を奔り、龍はその目をきらりと煌めかせる。


「せ、制御が……っ」


 次の瞬間、レギアは通過した雷により黒焦げになって、地上へと墜落していった。回避行動をとることもできないこの高さからの墜落、死亡することは間違いない。


「――逆鱗に触れてしまったか」


 竜やドラゴンなら関係はないが、「龍」カテゴリのモンスターはそのときによって決まる特定の部位を攻撃してはならない、という取り決めがある。理由は簡単、そこを攻撃した後は戦闘終了まで龍が怒り狂い、能力が大幅に強化されたままになるからだ。


 体力は残り半分、しかし戦闘能力は下がるどころか大幅に上がってしまっている。


「これは、いよいよまずいな……」


 エヴェルは、めったに言わない一言を口にしていた。



 ◇



 私にできることは何もないのかな、と思っていた。


「あの……テュロさんとユイザさんは、助けに行かないんですか?」


「私はけっこう心配してるんだけど……この男はそういう心配、全然してないのよ。信頼してるんだか放置してるんだかさっぱり」


 ユイザさんは「バカ、信頼してるに決まってるだろうが」と苦い顔をする。


「ああなった以上、もう戦いを止められるものはいねえ。あいつはあれでも「英魔」だ、その存在が世界を変え得るものの一人なんだぜ。あんな目に遭ってもまだ濁らねえでああやって頑張ってる……俺たちの希望なのさ。信じなくてどうするよ?」


 テュロさんは「そうね」とつぶやく。


「彼は強くて、ディーロの方がまだしも安定して見えるくらい、危うい……。ねえユキカ、エヴェルを応援してあげて。たったひとことだけでも、力になるものよ」


「テュロさんも、私と一緒に応援してください」


 真剣に、力を込めて言ったことが効いたようで、テュロさんはうなずいてくれた。


「エヴェルはね、あなたが大きく成長すると思っているの。力もそう、心も……そんなに期待されている人は、これまでに一人もいなかった」


 女の人とは思えないほどの力でぐっと持ち上げられて、ひょいと背中に乗った。


「あ、すいません」

「いいのよ。さあ、行きましょう」


 目が回りそうなジャンプで、いっきにどこかの屋根に乗る。


「さあ、呼びましょう」


 すうっ、と息を吸い込んで――。


「エヴェルさーん! がんばって――っ!」

「エヴェル――っ! がんばれ――!!」


 テュロさんが飛び跳ねて舌をかみそうになったとき、ついさっきまでいた場所が雹で爆発するように消し飛んだ。


「テュロさん、そのボウガンは届きませんか?」

「残念ね。射撃武器でもとくに、ボウガンは上向きが最悪に使いづらいの」


 「いちおう持ってきたけど、背負いながらじゃ難しいわね」とひとりごとのように小さく言う。


「……魔法なら届きますか?」

「難しいけれど……」


 テュロさんは「この手はどうしたの」と驚いている。


「手、って」

「手が光ってるわ……支援効果がかかってる」


 そのとき、私の目の前にウィンドウが開いた。



[パーソナルスキル:『応援』を取得しました]



「応援スキル……? 応援?」


「あらあら、もう。こんなに早くパーソナルスキルに目覚めたの? しかもそんなに優しいものだなんて」


 テュロさんはすごく優しい声をしている。


「ユキカちゃん、誰を応援するか、分かってるでしょう?」

「あっ……!」


 テュロさんを「応援」しているのは、自分では動けないから、簡単に言えば自分のためだ。でもそれ以外の目的があるとすれば。


「ぎりぎりまで近付けますか」

「分かってるわ、やってる」


 風を切る音が、台風の音より鋭く響く。


「来るんじゃない! ここは危険だ、すぐにひなん……」


 カマキリみたいな怪人になったエヴェルさんがいた。いつもの鎧と同じように威圧的なのに、いつものような怖さは感じない。というよりも、どこか弱さみたいなものさえ感じられる。


「すぐ避難します、でもほんの一瞬だけっ」

「はい、どうぞ」


「テュロ、受け止めろと言うのかっ」


 放り投げられた私を、エヴェルさんは全身で受け止める。ものすごく攻撃的なデザインなのに、前の方には傷付けるものがぜんぜんない。


「みんなを助けてください。全力で、せいいっぱい応援しますから」

「私と君との約束だ、絶対に守るさ……この街を救ってみせる」


 魔法の明かりのような、ほのかなオレンジの光が一瞬だけエヴェルさんの全身を包む。この応援は、きっと心だけの応援ではないはずだ。


「なんという……!! ありがとう、絶対に――」


 振り下ろされた龍の尾を、エヴェルさんは受け止めた。


「絶対に君たちを、この街を救う」


 めき、めき、と全身の甲殻が悲鳴を上げているのに、エヴェルさんは尻尾を持ち上げて弾き返す。もはや美しい赤紫色の液体がどっとあふれ出し、あの人がものすごいダメージを受けていることがこれ以上ないほどよく分かる。それでもエヴェルさんはうめき声ひとつ立てず、空を滑るように龍へ向かって行った。


「これで、いいんでしょうか……」

「やれるだけのことは――ッ」


 突然投げ出されて、ひどい、と思ったけれど、直後に恐ろしい轟音が響き渡ってすぐに意味を悟る。大木より太い稲妻、部屋ひとつほどのありそうな雹が同時に振ってきて、どうしても避けられなかったらしかった。


「テュロさんっ……」


 半壊した建物の中に投げ出されて、明らかに骨折したと分かるような衝撃が全身に走る。あまりの痛みに、私はそのまま気絶してしまった。






「助かった、かしら……」


 ユキカを投げ出したテュロは、雷と氷塊が直撃し、体力の八割ほどのダメージを受けていた。彼女にも「自動回復」スキルは備わっているが、休憩時や睡眠時の回復に毛が生えたようなものであって、エヴェルほどの性能はない。辛うじて手が動くかどうかという損傷はあまりに大きく、魔法のひとつすら使えそうになかった。


 道の端に転がった彼女の体は、凄まじい火傷と裂傷に覆い尽くされ、どこを見てもめちゃくちゃである。もともと魚を混ぜたことで火属性・雷属性には弱く、防御がやや薄いこともあって攻撃を受けてしまったときのダメージは大きいが、普段ならその敏捷性でどうにかできる。あの「人間」をかばうため、などという名目を口にすれば、英魔たちは大笑いするに違いなかった。


(どうやら積みね……)


 英魔第三位以下はもちろん来ない。人間も亜人種も、こんな大嵐と雷と氷塊を突っ切って助けに来る物好きを含んではいまい。もっとも努力している第二位はかの〈黄龍〉にかかりっきりだが、ほとんど同じ力を持つ第一位は、決して人間ごときを助けにこの街には来ないだろう。当然のように英魔への仲間意識もない彼に、そんな芸当ができようとも思わない。このまま寝ていれば、いずれ雹か雷に当たって死ぬのは明白だ。


「ずいぶんだな、第五位どの」

「幻聴かしら……ディーロ?」


 かつかつと固い足音を響かせながら、めったに見ない、その実恐ろしい「功績」を積み重ね続けている男が歩いてきた。


「河岸を変えようと来てみれば、なんだ、祭りじゃないか。ふっ、……困った、まともに会話もできやしない。ぜやッ、……あれがエヴェルか? ユイザはどこだ」


「大正解……ユイザは供物を守ってるわ。戦争のときと同じことをやらかしたバカがいるのよ。運営はどうせまた対応が遅いでしょうから、彼ががんばってるの」


 男は「そりゃなんとも胸糞悪い話だ」と、普段の自分の行為をまったく棚に上げて批判する。


「戦争時代の生き残りか。しかたない、一発ぶち込んでおこう」

「ちょ、ちょっと……!?」


 男はどこかエヴェルに似た姿へと変化し、両手に持った長剣に真紅のエネルギーを纏わせて大きく下段の構えを取る。かちん、かちんと五回ほども剣を打ち合わせて鳴らし、異常に増幅された力が空間を歪ませていた。


「〈ディザスター・死双々双剣(デッドリィデュアル)〉ッ!!!」


 それのみが街ひとつを崩壊させかねない怒声とともに、下から上へと双剣が解き放たれる。軌道にあったすべてが瞬時に蒸発し、通りすぎた空気すら熱で大爆発を起こす。


 黄金の鱗が風に吹かれたほこりのように弾け飛び、吹き飛び、血も肉も骨もいっしょくたに粉砕して斬撃は止まった。かの龍の尾、というより腰から先は、もう存在しない。


「ふー、すっきりした。もともと人間はムカつくから、こうやって台無しにしてやるのが何より楽しいんだ。さて何の話だっけ……ああそう、そうだ」


 きらびやかな黄金の鎧を纏ったものに戻り、男は「オレはしばらくこのあたりで活動することが決まった」ととんでもないセリフを口にする。


「あ、あなたがここで……」


「いつもとやることは変わらん。それを言いに来ただけだ。くれぐれも邪魔をしてくれるなとヤツには釘を刺しておけ、頼んだぞテュロ。そら、ポーションだ」


「いちおう気遣ってくれてるのかしら」


「同じ英魔だろう、成績が下でもな。正直どうでもいいが、見捨てて王にお説教されるのはもうこりごりだ」


 テュロは震える指先でどうにかフラスコの栓を抜き、人間の姿に戻って口元にそれを流し込む。大半はこぼれていくが、なんとか口に入ったものをごくりと飲み込むと、回復が始まる。


「じゃあな。今日はもうログアウトする」

「……おつかれさま」


 それ以外の言葉を言おうとも思わなかった。

 遠距離斬撃ってけっこう多いですよね。「彼ら」にはデフォルト装備にしてあります。

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