012 「召喚術研究」6回目(始末編)
よかった、だんだん伸びてますね。
どうぞ。
森の中を走っている男の存在に気付き、山賊団を自称する男たちは「おいおい!」と声をかけた。
「ちょっと待てやお兄さん! ここは通行止めだぜ」
「この先に用事があってね。通してくれないか」
「あー、通行料がいるなあ。金は持ってるのか」
「ざっとこれくらいかね」
どす、じゃりりんと金袋が地面にあたって音を立てる。
「ぼ、ボス、これ百万は入ってますぜ」
「ばっかやろういくら受け取ったと思ってる。百万くらいでビビんな」
ボスといわれた男は、重ねて「あー、これじゃ足りないねえ」と面白がるように言う。
「悪いがさ、ここを通ろうとするやつぁ殺すように言われてんだ」
「……ころす?」
「おい日本語も分からねえのかよ! 命を奪うってこったぜ」
「ああ、すまない。君たちが日本語をしゃべっているとは思わなくてね」
「どういう意味だコラぁ!」
つい怒鳴った部下を制し、ボスは「一つしかねえ公用語を忘れるたぁ大したタマだ」と笑って見せる。
「殺すって言葉の意味は分かったな? あと俺たちが日本語をしゃべっていて、あんたにはこれが通じてると思っているぜ……返事はどうだ」
「ここを通らせてもらおう」
「うん、うんOK。つまりあんたは俺たちに殺されるわけだ」
「……『人間ごとき』が……私を殺すだと? できるものならばやってみるがいい」
ボスがす、と手を上げると、十人ほどの集団の中からとくに素早いものがぬらりと飛び出た。悪夢のようにすうっと迫り、そして黒銅色をした鎧兜の男へとメイスを叩き付ける。男もただで受けたりはせず、盾を使ってメイスをがっしりと受け止めた。
「ほう。一般市民には通じそうな攻撃だ」
「お貴族さまだろうと一撃で仕留めるんだがな。こいつは強い……おうお前ら、ごくシンプルにやるぞ!」
山賊団の場合、「シンプルに」というのは他に言いようがないほどシンプルに、という意味である。つまりは「ぶっ殺せ」ということだった。
「む……」
男が受け止めていたメイスを手で掴み、素早さが売りの、灰色の装束を着た男ごとそれを振り回した。めぎゅ、という異音を立てて、鎧をへこませる威力を持つ武器がぐにゃりとねじれる。
もはやそれくらいではひるまなくなった男たちは、順繰りに突撃する。盾を持ったものは体ごとぶつかり、剣を持ったものは上段から叩き付け、あるいは隙がないようにと鋭い突きを繰り出した。
しかし、蹴りの一発で盾が割れたところで、攻撃は止まる。
「い、いま何が起きた?」
「見た通りさ」
そして剣が順に破砕、粉砕、銀光と散る。
「……まさか」
「そのまさかだ。降伏するかね」
「いいや」
飛びかかろうとした瞬間に、ボスは木に縫い止められ、死亡していた。首に大きな穴が開き、木全体に凄まじい量の血液が飛散している。すぐに光になって消えたが、高さ十メートルはあろうかという木は、充分な推測の材料すら与えてくれない。
「な、な」
「ステータスが違いすぎる。諦めた方が身のためだ」
「何をしたんだっ、教えろっ」
「首を掴んで、後ろの木に叩き付けた。予想より深く親指が食い込んで、死んでしまったんだ。何も特別なことはしていないよ」
武器など何も使っていないのだと気付き、山賊たちは蒼ざめていく。
「う、うわ……」
「デスペナが怖いのか、それともPKのくせに死が怖いのか」
兜の奥に、四つの目が光っている。
「あ、ああ、ぁああ」
「うわ、うわぁ」
がさり、がさりと歩み寄る男から必死に後ずさって逃げようとするが、それはまったくの無駄だと意識が理解している。
――と、飛来した矢が山賊たちの額を射抜き、一撃で死亡させた。
「もう、こんな馬鹿なことに時間使ってる余裕ないわよ、エヴェル」
「すまないな、テュロ。……急ごう」
ここで急いでいれば間に合ったのか、などとは思っていない。どのみち倒さねばならない相手であり、真面目に相手をすればもう少し時間がかかっただろう。
「タイミングはばっちりだったな、この剣」
ユニークボス〈メルティピード〉から作られた〈喰龍剣〉は、ドラゴンや龍に対してダメージが大幅にアップする優れものだ。元は民話で、大ムカデが龍を喰らい、耐えかねた龍が人間の英雄にムカデ退治を依頼した、というものらしい。逆に言えば、人間さえいなければ龍はずっと食い物だったのだ。
「そしてもうひとつ……」
抜き出した剣は、先細りの大根のような形だった。
「〈王を弑し奉る不遜の剣〉……こんなもの使わないと思っていたが」
これは現実の伝承とは関係ないが、ゲーム内の伝説で、あらゆる種族の王という王に対してのみ力を発揮する、血塗られた反逆の剣だという。しかし王とされるものの正体が分かることは少なく、単に物理性能の優れた剣としてしか使われることがない。
しかし、四方を守る四神に対応して中央を守る王、それこそが〈黄龍〉だ。龍であり王であるこのモンスターは、いま現在のエヴェルが持っている武器に対してあまりにも相性が良すぎた。
「……さすがにただで済むとは思っていないが」
いくら相性が良かろうと、一人で伝説のボスモンスターを倒せるなどとは思っていない。しかし挑まない手はないのだ。
「このユニークハンター、約束は違えない」
魔法をも操るテュロからの援護で、エヴェルは跳躍した勢いからそのまま飛翔した。地上から三百メートルほど上空に浮かぶ黄金の龍は、こちらを振り向きもしない。
「〈武演・竜鱗斬〉」
遠距離からでも届く連続斬撃特技を、最大の気合で叩き込む。二層に分かれた二重螺旋のHPゲージは、目に見えるほど減少しても全体からすればごくごくわずかだ。それでも弾け飛んだ数十枚の鱗の分だけ、龍の怒りは向けられる。
それだけで地割れが起こるほどの咆哮と、それに伴う大木とも見紛う放雷、透き通る青の隕石とも思える、もはや雹とは言えぬ氷塊。足元を横にずらすようにイメージして、全力で横へ避ける。それでも自動車事故に匹敵する衝撃とともに雹は激突し、彼の装備する鎧を縦に押し潰す。
「ぐ、は……っ」
気合だけで浮かんではいるが、次の攻撃を簡単に避けることは不可能だ。
「装備解除、解除……」
全身の装備が次々に光を放って、インベントリに格納されていく。靴が消え、グリーヴ、鎧、兜と順に消滅した後は、壮健な体を包む服と奇妙なボロ布だけが残る。
「……仕方がない。冗談は通用しない敵だ」
自分に言い聞かせるように、エヴェルは人間のものである顔の、ふたつの目を輝かせる。ボロ布の隙間からのぞく日に焼けた小麦色の肌が、白く硬く、ある種の甲殻のような質感を持って固まっていく。全身が淡い紫の甲殻に変わったところで服は消滅し、ボロ布は全身の突起へと変化していった。
足の布は美しく並んだトゲと足に付いた二本の爪に、腕の布は巻き付いたものがそのまま伸びて異形の鎌に、腰には小さな装飾が数十も垂れ下がり、肩からは見ただけで死にそうなほど鋭い、鋸歯の付いた鎌が長く伸びている。四つの目は深いすみれ色に光り、それすら刃物に見える触覚と、間違ってナイフを取り付けたような大あごが印象的だ。
その奇跡のような変化を見ているものは、誰もなかった。
「久しぶりだな、この姿は……」
握るだけでかちりと音を立てる指は、それさえ凶器だ。
グラデーションの刺繍がほどこされた美しいローブが、空中で停止する。
「……お前は!? この計画を止めようと言うのか!」
「私だ、気付かなかったのか……?」
遅れて飛んできたレギアは、この姿を知っている。
「無為に死んだ使い走りが、よくもこう悪い方向へ成長したものだ」
「言うがいい、化け物め。私は決してお前に負けない力を手に入れた!」
手をかざすと、雹の軍団がエヴェルをめがけて襲いかかる。擬態時のステータスダウンを克服した肉体は、あっという間に龍に接近し、鱗に覆われた胴体へ突きを叩き込む。
「〈黄龍〉っ、お前の力はそんなものじゃないはずだぞっ! 嵐を呼び地をめくり、国ひとつ滅ぼすはずだっ!!」
「……レギア、君は間違いを犯しているんだ」
「うるさい、うるさいっ」と言いながら、命令された龍の雹が飛び、水流が虚空を貫き、轟雷が幾度も迸る。約五十パーセント下がっていたエヴェルの身体能力は、完全に解放されている。もうそのような攻撃など当たるはずもなかった。
「――制御された災害など、あるはずがない。天然自然の力を手にする? あと五倍は供物を積むんだな。個人が自由にできるほど、世界の法則は優しくない」
「うるさい、化け物がぁッ!!」
特技〈龍斬・破軍の法〉を発動したエヴェルは、龍の指を一本切り落とし、胸元にわずかな傷跡を刻んだ。主人にシンクロして激怒した〈黄龍〉は、人が飛び込めば瞬時に粉砕される吹雪、湖をも蒸発する爆雷、街を海に変える龍瀑を混ぜ合わせる。
「うわああああああ!!」
もはや意味を成さない叫びがこだまして、エヴェルですら無事で回避できないような凄まじい球体が発射された。
「……原理が分かったから災害が制御できたとして、だ。自分を潰すようなことなど、災害は決してするまいよ。いつか消滅する理を、なぜ早める」
低いつぶやきは、誰にも届かなかった。
◇
エヴェルさんって空を飛べるんだ、と思いながらほけっと見ていると、テュロさんと名乗った女の人が人間の姿に戻って「大丈夫だった?」と聞いてくれた。
「あ、はい……なんとか。私は大丈夫です」
「お友達は、運が悪かったわね……」
部位欠損を残したままではログアウトできない。私が説明を読んで、とても恐ろしいと思った場所だ。でも、現実に誰かの腕が飛んでいったり足がなくなったのを見たことがなくて、現実感はなかった。
「自然発生の龍でも、災害を最小限に抑えようとすれば倒すしかない。でも、今回はほんとうに倒さなくちゃならないの。供物を取り戻さなければ、あなたたちどころか……全身が消えたギルドのみんなが、永遠にゲームに取り残されたままになってしまう」
はっと思い立ったことを口にしようとして、私は少しためらう。でも、言うべきだと思ってきちんと口に出してみる。
「運営は、これを止めないんですか?」
「影響がないと思った期間はまず止めないわ。三日は経たないと」
「どうしてそんな……!?」
「善意の運営者が、迫害される種族なんて作るかしら?」
テュロさんの言葉は、私をざくりと貫いた。
「大丈夫、VRへダイブ・インしている間は普段よりも落ち着いた状態だから、栄養の消費も少ないのよ。そもそも命に影響が出るほどの時間が経つにはまだ早すぎる」
「で、でも! いまあの人たちはどうなってるんですか?」
テュロさんは、首を振った。
「どこを目指していたか最初からよく分からないまま、たどり着く力だけはある人がいる。あなたたちはそういう、迷走してしまう人に着いていった。悪意があって利用している人も群がるし、何も知らない人たちの集まりは、悪意を増幅したでしょう」
きれいで静かな声なのに、言っていることはとても恐ろしかった。
「おいおいそのへんにしとけよ、テュロ」
「ユイザ、これが何とかなるって言うの?」
「なるさ。なるとも、信用しろよ」
笑う人たちは、イヴニングドレスだったりワインレッドのスーツだったり、ちっともいい人には見えなかった。
「あの」
「どうした? 助けに行きたいのかい」
手を広げて「そいつぁちと無理な相談だがな」とユイザさんは苦笑する。
「……どうして助けてくれるんですか?」
「エヴェルから聞かなかったか、単なる人助けがあっていいだとかなんとか」
「あ、はい。聞きました、純粋な人助けがあっていいだろうって」
ユイザさんは頬をつり上げて、すごく怖い笑い方をする。でも、出てきた言葉はとても優しかった。
「ゲームだから簡単に悪意が増幅される。そうだろうな、俺だって被害者さ。だがお嬢ちゃん、逆が成り立たないか」
「逆、って」
「ゲームだから簡単に人を助けちゃいかんのか、ということさ。利益だの先行投資だの、自分の好みだから、そういうのを全部さっ引いて……その力があるから使う、それじゃいけないのかね? まったく無駄な損をして他人を助けちゃいけないか」
「いえ……助けるべき、です」
ユイザさんは大笑いして、「ここでダメだって言ったら腐らせてブチ殺してたぜ」とものすごいことを言った。
「俺たち化人族は常人の数倍のステータスを持つ。同じレベル帯に比べてって意味だ。だがしかし、見た目が恐ろしいので避けられるさだめにある。昔の戦争も相まって、完全に魔物扱いだからな」
「怖くないですよ?」
「いやいや……そういって避けないのはごくごく一部だぜ。昔の評判を知ってるやつはまずこっちに関わろうとしない。ま、いろいろあるがね。ちょっと人助けしてぬぐえるような怖さじゃあないってこった」
空を飛ぶ人の形が変わった。
「おーお、こいつは驚いたな。まさか人間の街で変化しやしないと思っていたが……ま、上空だからまともに見えてるほうが少ないだろう。そもそも見てないだろうがな」
壊れた花時計の近く、折れた尖塔の陰に避難していた。尖塔がとても大きいのとすごく頑丈なので、簡単には壊れない。風に吹かれた小枝やレンガがひやひやするような距離を飛んでいくけれど、本当に危ないものは二人が弾いてくれる。
「あの、エヴェルさんも……」
「そう、化人族だ。別に悪いことしようってんで隠してるわけじゃあないさ、人間の街で円滑なコミュニケーションを取るには必要なことだからな」
「そうですよね……」
最初からテュロさんみたいな姿だったら、思わず攻撃していたかもしれない。
「俺たちは無駄だからやめろと止めているんだがね、やつはやめようとしないのさ。ユニークハンターなんぞ噴飯ものさ、人間を助ける理由なぞひとつとしてない」
「でも、あんなに信頼されてますよ」
「だからこそやめろと言うのさ、俺なんかはな。ほら見ろ、竜の指なんざ切り落として。あの力がこっちに向いたら、と思う人間だって少なくはない。ユニークハンターだからさぞいいもの持ってるだろう、と思ったやつが返り討ちになったりしてな。ただの善意ほど勘違いされるものもないぜ……」
そのとき、まばゆい光が生まれた。
「ばーかで。焼きが回ってやがんな、レギアのやつ」
「そ、そんなこと言ってないで助けなきゃ……!」
赤い瞳のユイザさんは、その目をいっそう恐ろしく輝かせながら、にやりと笑う。
「見てな、エヴェルがどれだけ強いかを」
エヴェルさんがんばれー(棒
解説欄がはかどるぜ! あ、次回に回しますね。




