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010 人間関係補修・「生態学」Ⅰ

 どうぞ。

 翌朝は私も眠くてユミナも眠そうで、いつも通り橋川も眠たそうだった。あくびしたくらいで怒る先生はいないから大丈夫だったけど、けっこう真面目で通っている私が大あくびをしてしまったのはさすがにまずかったみたいだ。


「夜更かしダイエットでもやってるのか?」

「あ、いえ違います」


「夜更かししていいことは何もないから、気を付けるんだぞ」

「はい」


 笑う人もいないしつついてくる人もいないけど、ちょっとまずい。というかダイエットする必要は特にないと思う。先生は失礼だ。


「ユノが大あくびするとか珍しいね……んぁふ。昨日やりすぎた」

「うん、ほんと……」


 きちんと寝られるタイムリミットでもあるのか、昨日は目が冴えてあんまり眠れなかった。結局、夜中の二時くらいまで起きていたような気がする。


「樫原さん。俺に言ったそばからは、まずいよ」

「え、あ、うん。そうだよね」


 橋川が教室で話しかけてくるなんて、どうしたんだろう。


「まあ、その。ちゃんと寝たほうがいいと思う。えっと……さ。成長止まるよ」

「忠告ありがと、がんばる」


「めっちゃ真剣だね、ユノ」


 身長はあとちょっとでいいけど、もうちょっと成長したい。


「このうえさらに成長したいとかゼイタクですなー」

「まだ背とかちっこいじゃん……」


「平均あるのはちっこいって言いませんぞぉ」

「うう」


 ユミナが言うことはともかく、橋川の言葉があんなにガツンと響くのは初めてだ。


「橋川、今日も図書室行こ。聞きたいことあるし」

「うん、いいよ。あとで」


 もう昼休憩に入っていたので、できるだけ早くお弁当を食べる。それでも橋川にはちっとも敵わなくて、橋川はさっさと図書室に行ってしまった。


「ねえ樫原、樫原って橋川のこと好きなの?」

「なに、順川さん」


 こういう質問をしてくる人は、相手と「男」がしゃべってることが気に入らない人だ。


「いや、だから。樫原って橋川のこと好きなの?」

「べつに」


 順川(よりかわ)はすごく面倒だ。将来クレーマーになるんじゃないかなと思っている。


「じゃあなんであんなに仲いいの?」

「嫌なの?」


「あ、……別に」

「じゃあ別にいいよね」


 アプローチしてすらいない恋愛なら、邪魔が入るイコール自分をはじいた二人の成立だ。ならすればいいじゃんと言いたいんだけど、妙なところでシャイらしい。


「黙ってても寄ってくる美人なんて絶対いないから。口で言ったら?」

「なにそれ、ムカつく……」


「アドバイスしてるんだけど」

「ふん、うざ」


 クレーマー気質には珍しく、順川は一人ぼっちだ。男勝りの口調もそうだし何かにつけて絡むし、友達っていうものがさっぱり作れない性格らしかった。ある意味でかわいそうだ。それである程度かわいいなら取り巻きもできそうだけど、そっちもさっぱりだろう。


 イラ立つのを抑えながら、図書室に飛び込むように入った。奥の方で待っていた橋川の横に、できるだけ静かに座る。


「何かあったの」


 逆にばれた。


「ちょっとね。それよりボスのことが聞きたいんだけど」


「分かった。まず基本的なところから……ボスモンスターは中ボスとボスに分かれてて、それぞれカーソルに特徴がある。前者には銀色の冠、後者には金色の冠マークが付いてるのと体力ゲージが一本じゃなかったり、螺旋状になってる。今まで見たので一番すごかったのは、負けイベで二重螺旋が外、中、中心と三つ重なってたときかな」


 いったいどれだけあるんだろう。負けイベントなら仕方なさそうだ。


「中ボスはダンジョンのあるポイントを塞いだり、ちょっとした試練が役目だからそこまで強くないよ。逆にボスは習熟しないとクリア不能な試練とか、これを倒したら終わりのことが多いから、死ぬほど強い。理論上倒せるけど絶対無理だろっていうのもかなりたくさんいる。こないだの大ムカデも、見ただけで気絶しそうだったからね」


 ……男でも関係ないんだ。


「強さのぶん熟練度ブーストだったり財宝が手に入ることが多い。倒してもアイテムがダメだったときは、巣とかを漁るといいよ。死体がそのまま残ってアイテムをものすごい数で採取できるボスもいるけど、もちろん最強クラス」


「だよね……。昨日ダンジョンに潜ってさ、なんだっけ……〈マギアグラムなんたら〉っていうのを聞いたんだけど」


「挑んでないよね?」


 かなり真剣なトーンで、しかもこっちの目をしっかり見ている。


「ボス帰りの人たちと会ったよ。すごい強そうだった」


 ふう、と落ち着いたように息をついて、橋川は「よかったね」と言った。


「レベル五十あっても一瞬で黒焦げになるから……。レベル七十が縛りプレイ、レベル百ならなんとか、レベル百五十で安定クリアときどき失敗、くらいかな」


「強すぎじゃない?」


 とりあえずカンストはレベル九十九とか百じゃないらしい。


「初心者には引き際が分からなくちゃいけないから。夢中になって奥に入り込むのはいいけど、まるでレベルの違う相手からは逃げることも必要。そうと分からせるためにあそこにあれ、〈マギアグラム・アルター〉が配置してあるんだ。最近は一日一回狩られまくって、そういう意味合いもなくなってきてるけどね」


「部屋はなんにも残ってなかったよ」

「ああ……惜しいね。ぜったい何かあったはずだよ、すみずみまで探した?」


「ううん」


「敷いてある砂の中にいくつか宝石が混じってるんだ」


 体育館の倍以上ありそうなあの部屋の中で「いくつか」と言われても困る。


「……いくつかって、どのくらい探したら見つかる?」


「鑑定スキルの「アイテムピックアップ」使ったら一瞬だけど、そうだな、真面目にやったら二時間くらいかかるね」


「ぜっったい無理」


 ゲームできる時間が九時からギリギリで十二時くらいだから、まず無理だ。


「ボスの強さは上限がないんだよ……。そこがいちばんつらい」


 橋川にしては珍しく愚痴のような言い方だ。


「ただでさえ強いのに成長したり進化するボスもいるから、ほんとやってられないよ。種族特攻とか祝福とか時間制限付きの強化を積んだりしてるけど、だいたいは削り切れなくてラストスパート、えげつない強さで暴走してるボスに素の状態で立ち向かうことになるんだ。HP残りぎりぎりになるのがいつものことで――」


 あれ、と思った私は間違ってないはずだ。


「ねえ、エヴェルさんって仲間いないよね?」

「パーティーの常連ならいないね」


「体力の回復、どうしてるの?」


「あ、あーえっと、うん……スキルシステムにもけっこう複雑なのがあってね。吸収合併とか融合もあるんだけど、その中に「自動回復」っていうのがあるんだ。たぶんそれだと思うというか、それ以外ない」


 やっぱり、橋川はエヴェルさんについてすごく詳しい。


「パーティーの常連いないのに、橋川はなんでそんなに詳しいの?」

「え、っと、俺もあの人にいろいろ教わったから……」


 露骨に目をそらしている。まあいいか。


「自動回復ってそんなに便利なの?」


「いや、ぜんぜん。初めて見ると強そうだけど、熟練度が高くならないとまともに使えない。ただ体力がちょっとでも減ると自動で発動してるから、成長は遅くないね。魔法で回復したほうが百倍くらい早いと思うけど」


 橋川も持っているみたいだ。


「そういやさ、さっきのことなんだけど。順川(よりかわ)さんが私たちの関係疑ってた」

「めんどくさいね、適当にごまかしといて」


 橋川は順川に何も思ってないみたいだ。


「順川ってどう? 思うところない?」


「ない。聞いてたらめんどくさいのが分かるし、補うほど綺麗でもないよね。話したことないけど、べつだん話しかけたくもない……」


 橋川は「あ」と言って慌てだす。


「ごめん、女子には言わないでくれるかな? 伝わるとヤバそうだし……」

「へーき、平気。順川さん友達いないし、もっと弱かったらいじめられてるよ」


「怖いね」


「ん、そういうことじゃなくて。順川さん面倒でしょ、すぐ突っかかるし。いじめられてるとか分かった瞬間に警察巻き込んだりしそうじゃない? みんな分かってるから、ぜったいやらない。嫌な子だけど、関わるだけこっちが損するだけだし」


 やっぱり怖い、といぶかしげな顔をされた。


「男子だって不良には関わらないでしょ? ああいう感じだから」

「納得できた、……かな」


 どうしてこんなに必死に弁解しているんだろう。


「俺って、どうなのかな。軟派に見える」


 ひどく自信なさげで、傷付いたような声だった。


「見えない見えない。というか硬派、孤高の代表だし。隙ないから」


「ふう……なら、いいんだけどさ。樫原さんが大嫌いとか、ゲームがなきゃ逃げ出してるって言うんじゃないんだけど、利用して近付いてるなんて言われるのは心外で。友達少なくておとなしめだから狙い目、って噂だからさ。こっちもいろいろある」


 それこそ心外だ。というか。


「逆だよ、逆」

「え」


「橋川が私に近付いてるんじゃなくて、私が橋川にアピールしてるみたいな言われ方だから。嫌いじゃないけど、別に違うからね」


 橋川が微妙に赤くなった気がした。


「もしかしてさ……順川さんが俺のこと意識してるの」

「じゃない?」


「あの人と話す?」

「ぜんぜん」


「……めんどくさいな」

「ゼロだね……」


 今までのと、この反応を見る限り、順川(よりかわ)の勝手な思いがうまく行くことはなさそうだ。なぜかほっとしているのは、順川が彼氏を作って調子に乗る可能性がなくなった、ってことで考えておこう。


「にしても、樫原さんが俺を利用してるだけじゃないって分かると、ちょっと安心かな」


「……そう?」


 橋川は微妙な笑顔だった。


「もうちょっと質問していい?」

「いいよ」




 教室に戻ると、ユミナが撃沈している。


「ユミナ、起きてる?」

「うん起きてる。でも眠い」


「そんなんで儀式大丈夫なの?」

「夜は起きるから……。今日からノルマ減らしてもらうんだー」


 新人がそんなことを言って、聞いてもらえるんだろうか。


「だいたい毎日ノルマ決まってるっておかしくない?」

「そうだよね……ブラックギルドだよね?」


「ギルドまで黒くなる時代なの、いま……」


「だってさ、装備も支給されないしパーティー組んでの戦いの基本も教えてくれないし、買い物のしかたとかスキルとか職業のことも聞いてないでしょ?」


 さっき「教育ギルドでは何を教えてもらえるの?」という質問に、橋川は「基本事項すべてを実演したり実体験したりを交えながら教えてくれる。ちょっとだけ強い装備の配給もアリ」という答えを返してくれた。新人が入ってきたら、その一割でもするべきだと思う。キューナはぜんぜんされてないように思ったんだけど、間違ってはいないみたいで、さらに不信感がつのってくる。


「私もちょっとは付き合うからさ、早くレベル上げてあのギルド抜けようよ。いくらギルマスがイケメンでも、ついてけないよ」


「うーん、そうだけど……。せめてギルマスにいいかっこ見せたいんだ」

「もう、ユミナってば。というか、今日って儀式あるじゃん、買いに行けないよね」


「あうっ、そうだった……」


 もうぜんぜん大丈夫な気がしない。


 あのレギアという人がまずいことをしようとしている、なんてところまで疑っているわけじゃないけど、運営方法が全然優しくない。リアルで会って食い散らかされるなんて嫌なエンディングも実際にあるから、ユミナがそんな目に遭う前にギルド抜けさせた方がいい。これは私の中で決めたことだった。


「ね? もっといい人、絶対いるから」

「うん、分かったってば。ちょっとよくない感じはしてたけどさ……」


「それにさ、あのギルド女の人ばっかりでしょ。ライバルすんごいたくさんいそう」

「それもそっか……うん、ユノ。私あの人諦める!」


 もう少し時間が経っていたら、私じゃ解決できないくらい洗脳されていたのかもしれない。そうなったら終わりだったのかと思うと、すごく怖かった。


「夜の……九時くらい?」


「うん、そのくらい。みんな配置違うから覚えるの大変だけど、マップに対応させてあるはずだし大丈夫だよ。けっこう街に近かったと思う」


 ギルドを抜けるのは早い方がいいだろうけど、最後の記念に普通なら参加できないようなイベントを見ておくのも悪くない。


「楽しみだね。すぐ抜けちゃうけど、すごいものが見られるもん」

「それに協力してるんだもんね。率はちょっと少ないけど」


 初めて選挙に行ったみたいな心境だ。年齢的にまだ無理だけど、すごく大きなことにちょっとだけ参加したっていう気持ちは、きっとこんな感じだろう。




 学校が終わってから急いで帰って、すぐ宿題を済ませる。そして晩ご飯もお風呂も手早く終えて、私は時間通りダイブ・インした。

 毎日連続はやっぱりきついし面倒ですね。一部の終わりまでは連続で行きたいです。

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