001 オリエンテーション
コンテストに投稿してみたらどうなるのかな、と思いつつ新作を作ってみました。各話タイトルは大学風、なんだけど……。
お楽しみください。
絵の具のようにべったりと青黒い夜、墨流しのような森の中。
さて、と黒銅色の鎧兜で全身を固めた男は剣を抜き放つ。
「それではこのユニークハンターさんから君へ、特個体狩猟者への道を伝授しよう」
ざざざっ、と姿すら曖昧な怪物が突進するが、黒銅色の鎧兜は金属鎧とは思えないほどの速度で横へ滑る。回避したと気付いたときには、怪物はこちらに迫っていた。
「その1だ。まずはすべて回避、相手の攻撃の癖を把握すること」
脇に抱えられ、恥ずかしがる暇もなく男に引き回されてユキカは目を回しそうになる。それでも、相手がこちらを生かして帰らせてくれようとしているのは分かった。
男に引き回されているうちに、ユキカには相手の全体像が分かってきた。
さっきから聞こえているざざ、ざざという大きな音は、左右に広がる大きな翼が立てている音だ。木の葉が舞い散り小枝が吹き飛ぶのも仕方がない。そして何度も体をかすめて彼女を傷付けたのは、体の下の方にある足だった。比較的丸く、頭部にはきらりと光る大きなものが付いている。
フクロウだ。
「ね、フクロウですよね?」
「そうだね。名前は〈ナイト・ファントム〉」
その名は「夜の幻」、夜のみ闇に融けて現れ、夢に入り込み人を魂まですべて喰らい尽くすという魔鳥である。
「さて、このへんでいいかな。その2、案外普通の攻撃も通じる」
掻き消えた男は、フクロウの足をさくりと切り裂いていた。
「ユニークというと何か恐ろしく、とてつもなく強力でこちらからは何もできないように感じるものだ。しかし、交配や突然変異により現れたという設定のモンスターである以上、プレイヤーへの敵対者という大枠から外れることはできない」
はらはらと羽が散る中、男は禍々しくも見える。少し前に見た桜吹雪のようだ。
「そしてその3。意外な攻撃が通じることもある。――何かやってみるといい」
「えっと、じゃあ〈マジックトーチ〉!」
「意外すぎる! が……効いているね」
攻撃用の魔法ではなく、名前の通り暗闇で灯りをともすための魔法だ。だがいい読みだ、と男は笑う。暗闇でのみ活動できる、そして暗闇にもまったく動じないで襲ってくることから、相手の感覚は非常に鋭いことが推測できる。闇でもきらりと光るほど見開かれた眼に、今までまったくなかった光が急に入ったらどうなってしまうのか。
「ギャアアアアッ!?」
地面に落ち、無為にはばたく鳥が転がっていた。鋭ければ鋭いほど、感覚の鈍麻は致命的なものになる。
「最後に。とどめは確実に刺すこと」
最大の攻撃魔法を撃つように指示されたユキカは、持っている中ではいちばん強いはずの〈アイシクルブラスト〉を放った。かすりもしなかった魔法が、生々しい音を立ててフクロウに突き刺さる。
「また私の戦績になってしまうなぁ。失敬、〈ボーン・スマッシュ〉」
ぐしゃんっ、と骨が砕ける。フクロウがばたばた必死に足掻いていた。
「さようなら」
技名を言うこともなく高速移動と致命の剣が重なり、パーツごとに分かれたフクロウがふわりと光に解け消える。
「さてゆっちゃん、行こうか。特別個体を倒した功績を、きっちり分配しないと」
「馴れ馴れしいです」
にこにこと笑っている(はず)の男は、鎧を鳴らすこともなく歩き出した。
◇
かわいくしようとしたのに、髪の毛をちょっと青くして伸ばしただけで「すごい! これすごい!」なんて満足してしまった私は、街に立っていた。まっすぐな杖を持ち、魔女っぽいとんがり帽子をかぶって、青紫の長いワンピースの上に茄子色のマントを羽織っている。初期装備の中にいいものがなくて、ほぼ強制的にこれを選ぶことになったけれど、ガラス窓に映して見てみると、なかなかサマになっているように思える。
「早まったかな……」
意識だけがゲーム空間に転送される、というVRゲームは初めてだ。でも、寝ている間にゲームができるなんて言われてしまうと、休んでいることにはならないのにやりたくなってしまう。大人にはナイショなのも魅力的だった。
学校の友達を誘うとか、詳しそうな連中に聞くとかするべきだったのに、私はいまここにたった一人、行くべき方向も分からずいる。
(明日とか、聞いてみようかな?)
ゲームに詳しそうな連中のなかでも、ノートを見せてくれたり班活動で助けてくれる男子、橋川なら安心して相談できそうだ。まあ、ずっと一緒にゲームをするとなるとちょっとキツいかもしれないけど。
「おっ? きみ、もしかして初心者?」
「……え」
そういえばここは初心者がいちばんに来る位置の近くだった。うまいこと鏡なんかあって、自分がどう見えるかすぐ確認したい人はここにいそうだ……と、この人も思ったみたいだ。要所を守った鎧の、若い男の人だった。
「けっこうかわいいねえ。どう、うちに来ない?」
「え、えっと」
よく分からないけど、目が怖い。
「ちょっとちょっと? そちらさん、勧誘熱心すぎるよ」
「スクールギルドならうち、「クレッフェル学園」がいちばん!」
筋肉むきむきの男の人や、メガネをかけた塾の講師みたいな女の人までやってくる。そのうち海パンだけの人までやってきた。
「うちさぁ、訓練場あんだけど……鍛えてかない?」
「え、えっとっ」
実質一人ぼっちなのと、部活の勧誘の倍以上怖い感じの人たちに囲まれたのとで、私は自分でも思いもかけない行動に出てしまった。
「し、失礼しますっ!」
たたたっと走って、人垣ともいえないくらいの人たちから逃げる。そのうち街の門からも出てしまって、帰り道が分からなくなった辺りで、ようやく我に返る。
(あれ、ここどこ)
あとで聞いた話だと、街の門は四つあって、初心者は初期位置に近い北の門から出てはいけないそうだ。なぜかというと、本当にいじわるなことに、出てすぐのところが入り組んだ森になっているからだ。門から出て行くときには歩きやすいけど、帰る道は分からなくなりやすいらしい。ゲームなのと、そういうモンスターや人がいるのとで、どこかの樹海みたいにロープを張ってもすぐに切れたり切られたりしてしまう。
ふと、がさりと音がした。慌てつつ、チュートリアルで言われたとおりマップを出して、どこかに敵がいないかどうか見ると……
(一体いる! 近い?)
けっこう近くに、モンスターがいるみたいだ。
「どうしよ、やばいよ……」
初日、しかも一時間もしないうちに詰んだかもしれない。視線を走らせて敵を探しながら、私はものすごく後悔していた。
◇
ゲームの世界は、レーティングに応じた施設がある。例えば料金次第で美人を侍らせて飲食できるお店は大人以外入れないし、宿屋にも未成年が利用できないような場所はある。制限が多い未成年者への気遣いを少しばかり示してもいるのがこのゲームの特徴で、雰囲気だけは完全に再現していると言える「未成年バー」なぞはその代表だった。
「ふーぅ……」
「麦茶なんぞで喜んでもらえて恐縮だよ、ハンター」
「色だけはお酒に近いからな。ハーブティーは美味さが分からん、コーヒーは苦手とくればこれくらいしか選択肢がない悲しささ」
けっこう客が入っているあたり、雰囲気に憧れる青少年は多いということだろう。店員の一人から「ハンター」と呼ばれた鎧兜の男も、例外ではない――のかもしれない。あまりに重装備すぎて中身が見えず、ちらほら見える本物の大人と見分けがつかないのだ。
「どうだ、クエストカウンターには旨いのは?」
「今日はダメだな。日替わりもスキル作業系、出てるボスもギルド用。いくら強くなろうがキリングマシンのソロには向いてない」
鎧兜の男は、自嘲するように「殺戮者呼ばわりだからな、組もうってやつもいないよ」と虚しげに笑って見せる。下りたバイザーの向こうにどんな顔があるのか、店員は察している様子だ。
「せめて作業がある飲み物が注文できればいいんだがな……時間のせいかな。小腹が空いた、サンドイッチ頼めるか?」
「承りました、と…… いつもの?」
「ツナと日替わり。いつものだ」
追加でコンソメスープ、コップで頼む、といった鎧兜の男に店員は苦笑する。ストックされていた「サンドイッチ(ツナ)」と「サンドイッチ(白身魚・ケチャップ)」を取り出し、奥の厨房へいったん引っ込んでから、皿とコップを出す。
「はいよ」
「どうも…… 料金はアレでいいか」
男がすぐそばの鍋へ顔を向けると「ああ」と店員はうなずく。
「いつも活きのいいのをもらってるからな」
「まあ、食材をうまく……美味く処理するにはここしかない」
男はバイザーを上げて、サンドイッチにかぶりつく。もぐもぐと食べ、スープで流し込んでから「ふぅ」と息をついた。
「この歳でゲーム機取り上げって古典的な罰が怖くなるのは、こいつのせいだな」
「ほめてんだか、けなしてんだかな……お粗末様です」
しばし、聞こえるか聞こえないかの咀嚼音のみが静かな音楽の中に紛れる。ようやくすべてを食べ終わって、液体だけが入ったコンソメスープをくいっと飲もうとしたところで、未成年バーの扉がバンッ、と叩き付けるように開かれた。
「は、ハンター! ハンターはいるか!?」
鎧兜の男は、振り返りもせず「ここだ」と低く言う。
「どうした。スープを飲み終わるまで待ってくれ」
「そんな場合じゃない! 未確認だったユニークが……!」
男はぴくりと反応し、すぐさまコップを乾すとバイザーを下ろし店員に軽く手を上げてから、入ってきた簡素な服の男に質問をする。
「どの未確認だ」
「〈ナイト・ファントム〉だ! 北の森に、ついさっき魔力検知で引っかかった。あんな魔力量のモンスター、この街の近くにいちゃいかん。それに……!」
もったいぶるな、と男は苛立った口調で詰問した。
「要点だけ言え」
「今日インしたばかりらしい子が、北の森へ行ったらしいんだ!」
「ちっ、勧誘合戦のせいか。ナイト・ファントム……「鳥類/ソウル」だったな」
「ああ、早く頼む。もともとあそこの森は危険だが、それでも……!」
分かっている、と男は鷹揚に答える。
「この私に任せておけ。大口は叩かない、頼まれれば何でも倒すさ」
「ありがたい……報酬は総取りしてくれて構わない、早く」
「この『ユニークハンター』、約束は違えない」
暴風のような勢いで、男は駆けていく。
名誉が欲しいわけでもない、莫大な報奨金に目がくらんでいるわけでもない、殺戮に酔っているでもない。目的を達成することを楽しんでいたら、いつの間にかここまで強くなってしまったのだ。彼の抱えるいくつかの秘密すべてが絡み合っているためにうかつに口に出せはしないが、彼はただ目的を設定し続けているだけである。
時計塔があり、円形の花畑と最大の商店街を擁する街の中心を過ぎ、北側の門を一瞬で通りすぎた。勧誘組はいくつか見かけるが、あの中で頼りになるのはなんとか学園くらいだ。汗臭い男どもに囲まれるやら、ひたすらに戦い続けるやらは彼の「いつでも気分のままに」というポリシーには反している。
職業訓練所のような「クレッフェル学園」は、初心者に教えるだけのことを教えたら放り出してしまう。のちのちのサポートもあるにはあるが、基本的にはそれだけだ。その気軽さがかなり受けているため、メンバーの入れ替わりこそ激しいものの高い人気を誇る「教育ギルド」だった。ギルドという言葉が「同業者組合」であるなら、まさしく教育者の集まりそのものだ。
ひたすら戦い続けるギルドは、それ以外の目的を見失ったときつまらないと感じてしまいやすい。ちょっぴり生産もやってみようかな、だとかおっと可愛い女の子が、だとかいう言葉は「真剣にやってない」と規制されがちだ。ついでに言えば「小腹が空いたんで何か食べに行きません?」なんて口が裂けても言えない。
汗臭いギルドは、言わずもがな嫌だ。
彼女がいたらいいなあとか考えたり、バイザーの奥で「お、あの子胸大きい」なんてムッツリなことをしていたりする彼にとっては、男だらけというのはそれだけで苦痛である。いわゆるホモソーシャル、同性の友人数人と気楽に過ごすようなことは嫌いではないが、だからといって全員男の中でうんぬんはキツい。
(サーチには引っかからないか)
まだ遠いようだ。敵を探すスキルや視界に補正がかかるスキルも、熟練度が上がったからといって実用的でない範囲までサーチすることはできない。マップを呼び出してみても、ユニークモンスターと思しきアイコンは見えなかった。
(ファントムか、嫌な予感がする)
ただでさえソウル種のモンスターはサーチに引っかかりにくい。名前に「幻影」やら「不可視の」という意味の単語が付いていると、さらに探しにくくなる。
(そうなるとプレイヤーサーチの方が有用だな)
マップを200メートル四方まで拡大し、プレイヤーを探す。すると、どうやらそれらしいものがたった一人いた。
「これか」
その方向から、氷魔法のものらしき音が響く。
「不注意な……」
夜の森は危険だが、北の森は初心者には絶対におすすめできない。
入り組んでいて帰り道が分かりにくくなるが、これに関しては地図が読めること、あとは少々の勘があれば問題ない。問題なのはもうひとつ、静かなときには戦闘音に引き寄せられてモンスターが集まる可能性があることだ。
(魔法の狙いからして、センスはあるか)
ゆっくりと近付きながら、モンスターがほぼ近付いてきていないことを確認する。初心者と聞いていたが、なかなか魔法の扱いは上手だった。
「……馬鹿め」
攻撃の扱いは上手いが、コストの管理ができていない。対する〈ナイト・ファントム〉は魔法を発射しているが、ほとんどが運よく外れたり周りの木に当たっている。ジリ貧になって削り殺されるのがオチだ。
「さて、傾向はつかめたか。武器は――」
黒銅色の鎧兜が、星明かりに輝く。
「これ、だな」
ほのかに赤く発光する鞘が、その剣の異常さを物語っている。
(……さて、相手は誰であろうと関係ない)
ただ、ユニークモンスターを倒す。新たな目標は、〈ナイト・ファントム〉だ。彼の思考には、それ以外の事実は刻まれていなかった。
十五話くらい連続でいけそうです。十万文字間に合うだろうか……。
他の作品も頑張ろうと思います。