第7話 魔術
私、イーサン=ペンバートンは、主に汎用魔術理論を専門とする魔術論理学の研究者であり、またここ王立第一学院の魔術論理学講師でもあります。
普段は高等科で魔術論理学を教えている私ですが、現在は王宮よりとある少年の講師役を言いつけられています。
少年の名はウル。
特別な事情からこの学院に中途入学することになった少年で、今は初等科の第一学年に属する生徒です。
先日、異例の中途入学を果たしたこの少年は、スラムの出身であるという事情もあわせて大幅な学習の遅れが懸念されていました。
確かに、入学当初のウルにはいささかの遅れがあったことは事実です。
しかし、ウルの優秀さには目を見張るものがあります。
こちらが一を教えるだけで、十も二十も吸収してしまう。
私が彼の講師役を務めて二週間も経った頃には、レオの学習速度は入学当初の遅れを補って余りあるまでになっていたのです。
そんなウルですが、先日は魔術について教えてくれと頼み込んできました。
魔術については、もちろん学院の正規の授業でも扱いますが、それは初等科第五学年以降です。
ウルはそれまで待てないから、ということでした。
魔術を第五学年まで扱わないなんてずいぶんゆっくりしてるな、と思った方もいるんじゃないですか?
しかし、当然これには理由があります。
それは魔力制御と魔術理論の難しさです。
まず第一に、魔力制御の難しさについて説明しましょう。
魔力制御とは、読んで字のごとく魔力を制御することです。
魔力は魔術を扱ううえでとても重要です。
魔術の才を持つ者と持たざる者との違いは、魔力の量によるものなのですから。
この魔力の量という意味では、レオは素晴らしい才能に恵まれたといえます。
さて、その魔力ですが普段は無意識のうちに拡散させてしまっています。
つまり垂れ流しになってしまっているわけです。
これでは魔術は使えません。
そこで魔力制御の技術が必要になってくるのですが、これが難しい。
まずは魔力が拡散しないように体の周囲にとどめられるようにして。
それが出来たら、次は魔力の放出量を調節できるようにして。
そして、さらに細かい調節ができるようにする。
結構、時間がかかります。
そのため学院も、第五・六学年の丸二年をかけてこの魔力制御を教えるわけです。
そして第二は、魔術理論です。
魔術理論とは魔術の発動原理のことを言います。
これを理解していなければ魔術を発動させることは出来ません。
魔術師としての才をもたない人の多くは魔術を理屈の通じない超自然的な力だと考えがちですが、それは半分正解で半分間違いです。
魔術はその性質上「汎用魔術」と「特殊魔術」の二つに分けられるのですが、この二つの発動原理は少々異なります。
汎用魔術の発動原理、すなわち汎用魔術理論は、「非物理的物質である幻子の干渉によって、事象における状態の定義を変化させることで生じる作用の結果」です。
幻子というのは魔力中に含まれる粒子のことですね。
これでは難しいので、ざっくりと言ってしまえば「魔力を使って物事の状態を変えている」のです。
つまり、汎用魔術では結果だけを引き起こすことは出来ません。
例えば、葉っぱの状態を変えて燃やすことはできても、何もない状態から炎という結果だけを発生させることは出来ないということです。
よって、汎用魔術は決して自然法則と無関係ではないと分かりますよね。
ですが、特殊魔術となると話は変わってきます。
現在、特殊魔術理論は「非物理的物質である幻子の異常運動――ポップルウェル振動による超常現象」と考えられています。
ひらたく言ってしまえば「よく分からない不思議な力」です。
ですので、特殊魔術は自然法則と全く無関係の力ということになります。
まあ小難しいですよね。
汎用魔術理論も、特殊魔術理論も。
ようするに私は何が言いたいかというと、魔術を扱うには魔術師としての才能はもちろん、最低限の自然現象に対する理解、すなわち基礎物理学・化学の知識が不可欠だということです。
学院が初等科第五学年以降でしか魔術を扱わないのもこのためです。
第五学年までに基礎物理学・化学を修めてからでないと、魔術理論なんてちんぷんかんぷんですからね。
ですから、ウルにはまだ魔術は早いでしょう。
そう言ったのですが、ウルが珍しく引きません。
結局、私の方が折れました。
まあ別に教えちゃダメなんてこともありませんからね。
「魔力制御ですが、まずは魔力を認識する必要があります」
魔力を認識するカギは三つ。
呼吸・集中・イメージです。
「目を閉じて、静かに深く呼吸して下さい。その呼吸がレオが魔力を扱ううえで最も適した呼吸です。自分の呼吸を見つけたら、体の周りの魔力をイメージしながらその呼吸に集中して下さい」
ウルは私の指示通り、呼吸に集中しています。
「何かに体を覆われているような感覚を覚えれば成功、それが魔力です。まずはこれを三十分、一日三セット行います。早ければ二週間から三週間ほどで……」
「感じました」
「んっ?」
「魔力を感じました。次はどうすれば?」
「……ウル。いくら急ぎたいからといって……」
嘘はいけません。
早く魔術を習得したいのは分かりますが、魔力の習得に焦りは禁物です。集中が乱れますから。
「いやいや、本当ですって!ほら!」
そういってウルは信じられないことをしだしました。
自分の魔力を右手や左手など、部分的に集中させてみせたのです。
「ほら、出来てるでしょ?」
(なっ……)
魔力の認識だけじゃなく、魔力制御まで。
それもたったの一回で……。
(なんという……)
ウルは、この子は――
天才だ