第6話 入学
王立第一学院とはトリアス帝国に二つしかない国営教育機関のうちの一つである。
建前上、学院の門戸は全ての国民に対して開かれているということになってはいるが、原則として貴族の子弟にしか学院への入学は許されないというのがその実態である。
そんな王立第一学院であるが、そこに通う生徒は大きく二つに分けられる。
魔術の才を持つものと、持たないものだ。
両者の学院における立ち位置は、少々異なる。
第一に、入学の仕方が違う。
一般的な貴族の子弟の学院への入学には試験が課され、またその入学は任意であるのに対し、魔術の才を持つ貴族の子弟は無試験で、かつ強制的に入学させられる。
そして第二は、学院での教育課程の違いである。
王立第一学院は初等科と高等科とに分かれている。
初等科は八学年、高等科は四学年からなり、また、初等科は七歳以上、高等科は十五歳以上からその受験資格を得られる。
初等科では、貴族の職分にふさわしい文筆や王宮でのしきたりなどを学び、高等科では、いわゆる自由七科――文法・論理学・修辞学・数学・幾何学・音楽・天文学を学ぶ。
これが、一般的な生徒の学院における教育課程である。
それに対して魔術の才を持つ生徒の教育課程は、初等科では一般的な生徒のそれに加え、低学年時では基礎物理学・化学が、高学年時では魔用物理学・化学、そして騎士としてのしきたりや武芸が課せられ、高等科では魔術三科――魔術論理学・魔工学・医療魔術学から二科目、そして自由七科と軍事学から五科目、計七科目を選択して学ぶことになる。
この日、レオはそんな王立第一学院に入学する。
★ ★ ★
レオが学院へ入学したこの日。
レオは学級活動の時間を利用して、自己紹介をすることとなった。
「今日よりこの学院で学ばせていただくこととなりました。レオと申します。どうぞ、よろしくお願いします」
と、レオは淀みなく、淡々として挨拶を済ませた。
「あれが噂の……」
「リアーナ王女殿下を助けたという……」
「魔術を扱えるらしいな……」
「陛下が推薦なさったとか……」
「しかし、平民、それもスラムの出身という身でこの栄えある第一学院に入学するとは、なんという恥知らずな……」
拍手の一つも起こらない。
代わりに品定めをするような会話が随所で行われ、似たような視線がレオに集められた。
随分と小憎たらしいが、それは七歳にして貴族社会に染まっている姿だった。
貴族の子弟である彼らは、既にレオについて知っているようだ。
彼らはスラムの出身であるレオに珍妙な生き物でも見るような視線を送っていた。
レオにとっては、完全に予想通りの展開である。
冷静な表情を崩すことなく、レオは視線だけ動かしてクラスを一瞥した。
平民と貴族の間には身分の差という明確な壁が存在し、貴族の中でも家格という壁が存在するが、学院では身分の差を持ち出さないということになっている。
だが、クラスの雰囲気からするに、それは形骸化しているようである。
(まぁ学院で関係なくとも卒業したら関係が大有りだからな。ん……?)
ふと、リオは一人だけ見知った顔を見つけた。
リアーナである。
彼女の周囲にはいかにも家柄の高そうな人物達が座っており、レオのことを見下したように見つめていた。
レオと視線が合うと、リアーナは不機嫌そうにそっぽを向く。
ずいぶん嫌われているようだと、レオは内心で皮肉げに笑った。
レオとしてもリアーナとは関わるつもりは毛頭ない。
あちらがレオに嫌悪感を抱いているというのならば、むしろ好都合であった。
「自己紹介ご苦労、レオ。それではどこか空いている席に着席したまえ」
「分かりました」
レオは講師に席に座るように促され、空いている席へと移動する。
こうしてレオの学院生活が始まった。
★ ★ ★
レオが学院に入学した、その日の放課後。
レオはとある研究室を目指し、学院の講義棟の廊下を歩いていた。
特殊な事情で学院に入学することになり、中途入学を余儀なくされたレオであるが、ここで一つの問題が浮上した。
すなわち、学習速度の遅れ、である。
王宮はこの問題に一つの解決策を示した。
それは、レオに個人教師をつけることである。
そうして学院の正規の授業時間外でも特別に授業時間を充てることによって、レオと他の同級生との歩幅を合わせようと図ったのだ。
そうして目的の研究室――魔術論理学第三研究室――についたレオは、その扉をノックする。
「どちら様?」
と、部屋の中から返事が返ってきた。
「初等科第一学年のレオと申します。イーサン=ペンバートン講師はいらっしゃいますか?」
すると扉が開き、中から一人の男性が姿を見せる。
歳は二十代後半といったところだろうか。
理知的な印象の人物である。
「君がレオか。補修を受けにきたんだね?」
「はい」
「私がそのイーサン=ペンバートンです。まあ入りなさい」
どうやらこの男性が自分の講師らしい。
レオはイーサンに促され、研究室の中へと入る。
そうして研究室へと入ったレオは、侍女姿をした妙齢の女性が立っているのに気が付いた。
おそらくイーサンに仕える侍女なのだろう。
「それじゃあ改めて、イーサン=ペンバートンといいます。すでに聞いてはいると思うけど、今日からしばらくの間、君の補修を受けもつことになります。ちなみに、専門は魔術論理学」
「レオと申します。よろしくお願いいたします」
「ああ、よろしく。まあ掛けなさい」
こうしてお互いに簡単な自己紹介を済ませると、イーサンはレオに椅子に座るよう促した。
レオは言われたとおりに椅子に掛ける。
「さて、これからの講義は君の学習速度の遅れを取り戻すためのものですが、そのためにもまず君の学力を確認させてもらいます」
そう言ってイーサンはレオにいくつかの質問を投げかける。
文字の読み書きはできるか、四則演算はできるか、といったことから、トリアス帝国の有力貴族についてや、魔術への理解など。
それらひとしきりの質問が終わると、侍女と思わしき女性がお茶を淹れてくれた。
「うん、だいたい分かりました。」
すると、イーサンは紙とペン、そして一冊の本を取り出した。
「では、今日は文字の読み書きについてやりましょう」
「お願いします」
レオはこの日から、こうしてイーサンの授業を受けることとなった。