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ドラゴンイーター  作者: 東陸
序章 
4/7

第4話 尋問

現在、少年は王宮の牢屋の中にいた。

リアーナ、ロゼリアと呼ばれた少女たちは発見されると迅速に保護された。

しかし、どういうわけか、あれよあれよという間に、少年だけは拘束され牢屋にぶち込まれることになる。

そこで少年はリアーナとロゼリアがこの国の姫だということを知った。


それから既に三日が経った。

最低限の睡眠と食事、そしてそれ以外の時間は全て取調べに充てられる。

ここに来てからというもの、少年の一日はこの牢屋で完結していた。


「貴様は何者だ。誰に雇われた。」


一体、この質問を聴くのは何度目だろうか?

三日間にわたって行われた取り調べであるが、とどのつまり、彼らが自分から聞き出したいことは上記の質問に集約されているようである。


「自分はただの子供で、誰に雇われたわけでもありません。リアーナ様とロゼリア様が誘拐されかかっているところを偶然に目撃して、助けようとした。それだけです。」


辟易して答える。

この返答も、もう何度繰り返しただろうか。


(だいたい、誘拐の実行犯と無関係な俺がなぜここまで疑われないといけない)


と、少年は内心で愚痴を零した。

今回の誘拐の件で尋問を受けたのは少年だけではない。

当然、実行犯の生き残りも尋問を受けている。


彼らはやはり何も聞かされずに動いていたようで、誘拐の首謀者について彼らから有益な情報を得ることは出来なかった。

しかし、彼らは自分たちと少年との間になんら関係性が存在しないことを明言し、これによって少年にかけられた疑いは晴れるかに思われた。が――


「ほう、ただの子供がゴロツキ紛いとはいえ武装した大人たちを相手に大立ち回りができるのか。」


ありえない、と言わんばかりに、取調官の男は首を横に振る。

実行犯とは無関係であるとされた少年だが、彼はその子供としては不自然な戦闘能力を理由に、依然として疑われ続けていた。


「貴様が(たお)したゴロツキ二人のうち、一人は右肩から袈裟に深く斬られていた。もう一人は首の脈を斬られて失血死だ。リアーナ王女殿下の話によれば、貴様は無手で男を投げ飛ばし、そうして奪った短剣で二人を斬り殺したそうではないか。とても訓練を受けていない、ただの子供の仕業ではないな。」


取調官の男はそう言って、いかに自分が怪しいかを語ってくる。


(俺は無実だが、……それに関しては同感だな。)


そうだ。

自分はあいつらを投げ飛ばし、斬り殺したのだ。

それも、非力な子供の身体で。


ありえない・・・・・。


あの時自分は、自分の身体はまるで熟練の柔道家のように、あるいは練達の剣道家のように動き、自分の精神は日常的に人の死に接してきたが如く、自身の殺人行為を受容していた。


(そもそも、なぜ俺はあんな柔道だか剣道だかのことを知ってたんだ?いや、知ってて当たり前だ……俺は柔道家で……いや、俺は剣道家だった……いや、……)


思考が纏まらない。

自分は一体何者なのか。


(それに、俺の身体能力も説明がつかない。)


そう、上手く技が入ったとはいえ非力な子供の身で大の大人を投げ飛ばし、決して軽くはない短剣を軽々と扱って見せた。

これもやはり不可解である。


ただしこちらに関しては、こちらの人々が自然に纏っている不思議な光や、リアーナと言うらしいお姫様がみせた不思議な力に関連しているのではないかと当たりをつけてはいるが。


(……分からないな、情報が少なすぎる。)


「おい、聴いているのか!」


取調官の男は苛立たし気な声をあげた。

どうやら少し思索に耽りすぎたようだ。


「……ですから、何故あいつらを斃せたかは自分でも分かりませんが、王女殿下を助けたことには何も含むところはありませんし、誰に雇われたわけでもありません。」


この不毛な尋問はまだしばらく続きそうだ。

弁明を繰り返しながら、少年はそう思った。



   ★ ★ ★



リアーナ・ロゼリア両王女殿下の誘拐という、王宮中を騒がせた事件から数日後。

ここ王宮の謁見の間において、トリアス帝国国王ヘルムート八世は、自国の宰相であるエドワード=ランカスターとの会見を行っていた。


会見の内容は、件の誘拐事件において両王女殿下を救出したが、様々な疑いをかけられ現在も王宮の牢屋に監禁されている少年の処遇についてである。


「それでは陛下、あの少年を王立第一学院に通わせるというのですか?」


「そうじゃ。ただ、今は入学の時期からはいささかずれておるからの。特待生として中途入学させることになるか。学費も免除せねばならんな。」


ヘルムート八世は事も無げに言って見せる。

しかし、王立第一学院とは通例、貴族の(・・・)子息・令嬢のみが通うことを許される教育機関である。

決してスラムの子供が通えるものではないのだが――


「……しかし陛下。恐れながら諫言いたしますに、あの少年に関しましては、多くの不安要素に塗れております。彼を学院に入学させるのは些か危険に過ぎるかと思いますが……」


当然、エドワードは苦言を呈する。

将来の貴族ばかりが集う学院に、得体の知れない少年を入学させて万が一があってはならないのだ。


「ほっほ、お主の言いたいことは分かっておるよ、エドワード。確かにあの少年は怪しい。本来、学もない、技術もないはずのスラムの子供のような出で立ちでありながら、卓越した戦闘技術を有し、さらには魔術師(・・・)ときた。おまけに自分の名前も覚えてないという。確かに怪しいな。」


「でしたら……」


「しかしな、エドワード。魔術師、それも特殊魔術(・・・・)を扱えるものは貴重だ。」


特殊魔術。

この特殊魔術こそが、今回の少年の処遇を左右することとなった最大の要因である。


「お主の部下であるアルフレッドが確認したらしいではないか。あやつも驚いておったぞ。あの、我が帝国でも上位の術師であるアルフレッドがじゃ」


近衛騎士団副団長、アルフレッド=ホークショー。

彼は誘拐された王女殿下の救出に真っ先に駆け付けた近衛騎士団のうちの一人であった。


王女殿下を助け出した少年であったが、救出に駆け付けた近衛騎士団に誘拐への関与を疑われて強制的な拘束を受けることになったのだ。

その際、身の危険を自覚したからだろうか、少年がおそらく無意識的に発動させたのであろう『それ』を、その場に居合わせたアルフレッドは見た。


曰く、「凄まじく高貴で、苛烈に美しい」という『それ』を。


「……。」


「あの少年がそれほどの特殊魔術を扱える以上、少年を殺すわけにも手放すわけにもいかんからの。それならば、いっそのこと手元に置いてしまったほうが扱いやすいであろう」


「……ですがなにも第一学院に入学させる必要はないのでは?私としましては、第二学院への入学が適切かと思いますが……」


王立第二学院は、第一学院と同じく国の教育機関である。

しかし、第二学院は第一学院と異なり、魔術師としての才を持つ平民(・・)の育成を担う機関であるのだ。


「ならぬな。あの少年にはこれといった手綱(・・)もないのじゃ。それこそ、第二学院に入学させて万が一が起きてはならん」


だが、ヘルムート八世はそう言ってエドワードの意見を一蹴した。


第二学院に通う平民出身の魔術師たち。

彼らは平民の出であり、かつ、魔術師として国を選ばず生きていけることから、個人主義的な思想が目立つ。


そのため、国は彼らに手綱をつける。

親族と金だ。


平民は総じて貧しい暮らしを送っているが、国に魔術の才を見出された者とその親族はその限りでない。

第二学院への入学者には潤沢な生活費が国から支給され、その親族もまた国に保護され、贅沢な暮らしを送れるだけの金を支給されるのだ。


金銭的な余裕は思想の過激化を妨げ、国が彼らの家族を把握し、保護することで国への忠誠を育てる。

ひらたく言ってしまえば、贅沢をさせて不満を減らし、家族を人質にとることで国への反逆を防いでいるのだ。

こうした手段によって、国は彼らを制御してきた。


しかし、少年の親族と思われる人物はいまだ見つかっていない。

つまり、手綱が不十分なのだ。

金はどうとでもなるが、それだけでは(いささ)か弱い。


「あれほどの才能を手放すわけにはいかんからの。それならばいっそのこと、より儂らの目が届く第一学院へと入学させて、その在学中に新たな手綱をつける方がよかろうて。」


(たしかに、陛下の御考えも理解できるが……)


ただ、少年の第一学院入学には、まだ問題が残っている。


「しかし、少年が他国の間者であるという可能性も否定できません。もしそうであれば、第一学院への入学は裏目となってしまいます。」


そう。

少年が他国の間者である可能性がある。

その場合、学院に通う将来の貴族たちに接触する機会を、間者である少年にみすみす与えてしまうことになるのだ。


「そうじゃな。少年には在学中、常に監視をつけることとしようか。それならば問題はなかろう。」


「そう、ですな。それならば、まぁ……」


「ならばよし。少年を学院に入学させるように動いてくれ」


「はっ、かしこまりました」



   ★ ★ ★



牢屋に拘束されての尋問は、四日目にして急な終わりをむかえた。

現在、少年は自分のために用意された部屋へと案内されている途中であった。


なぜか今から自分には豪華な部屋が用意されるという。

どんな気の変わりようだとも思い、気味悪くも思うが――


(もとより、俺に拒否権なんてあるはずもないしな)


あの牢屋で尋問をされるよりか、はるかにマシだ。

少年が心中でそんなことを考えていると、どうやら部屋に着いたらしい。


案内された部屋に入ると、そこには一人の少女がいた。

歳は十代前半といったところだろうか。

その出で立ちをみるに、おそらく侍女なのだろう。


「はじめまして。私はアリア=アラバスターと申します。王宮に女官見習いとして勤めておりますが、この度は貴方様のお世話役の任を仰せ付けられました。どうぞよろしくお願い致します。」


少女は美しい声音で、一切の淀みなくそう言った。


「王宮にいる間は私が貴方様のお側に仕えさせていただきます。御用命の際はなんなりと御命じください。」


彼女の能面のような表情からは、その感情を読み取ることは出来ない。

女官見習いといったが、おそらく彼女は優秀なのだろう。


「それなら、一つ質問が。自分の処遇はどうなるんですか?」


「申し訳ありません。その点につきましては私の方では存じあげておりません。ただ、国王陛下との謁見が十日後に予定されております。その際に貴方様の処遇についても言い渡されるかと」


アリアは、さらに続けて言う。


「貴方様には、謁見に先立って身だしなみを整えていただくこととなります。また、国王陛下との謁見の日までに私の方から謁見の際の作法を教えさせていただきます」


(国王陛下との謁見……ね。)


とりあえず、今の自分の扱いからしても罪人にされることはなさそうだ。

しかし、謁見の内容によってはさらなる面倒ごとに巻き込まれるかもしれない。


「(まぁ、なるようにしかならないか……)分かりました、ありがとうございます」


「いえ、それが私の役目でございますから。他に御質問がないようでしたら御食事をお持ちいたしますが、どういたしますか?」


(そういえば、ここ数日碌なものを食べてなかったな。)


今更ながら、そう自覚した少年は王宮の食事が食べられるらしいと聞き、内心で歓喜した。


「是非お願いします」


尽くせる人事はないのだ。

慰謝料代わりに、せいぜい贅沢をさせてもらおう。

そう考え、少年は運ばれてくるだろう宮廷料理に思いを馳せた。




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