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    暖かい場所(2)

 着替えを終えて両親の寝室へ行くと、ダブルベッドで並んで眠るパパとママの姿が見えた。遮光カーテンの閉まった窓から、まぶしいほどの朝の光が漏れている。

 物音をさせないように、二人のベッドへ近づいた。そしてそっとママの隣にもぐりこむ。

「ん…かづ?」

 ママが眠そうに目を少しだけ開けた。かまわずに、今度はママの腕の中に、ずいっと収まった。その物音に、パパも少し反応した。

「え、かづ?…どうした?」

 パパはそう言いったまま、また眠りに落ちていった。きっと、パパは昨日も遅くまで残業し、明け方帰ってきて、大好きなママの寝顔にキスをして、こてっ、と電池切れのように寝たんだね。

 私は、そっとママの顔をのぞくと、パパの寝顔を眺めるママの優しい瞳が眩しかった。


 綺麗だなと思った。

 ママは本当にパパが好きなんだろうなと思った。

 二人のような夫婦になりたい、と思うのはいつもこんな時だった。



 私は自分の両親が好きだった。

 いつも二人は一緒だった。

 よく喧嘩もする。でも同じくらい、デートに出かけていく。

 小学生の頃などは、颯と二人で手をつないで家に帰ってくると、テーブルの上にパパのお手製のクッキーと置手紙『パパとらぶらぶデートしてくるね。夕飯はパパが作ってくれたよ。冷蔵庫にあるからね。いってきま〜す!』に出迎えられたことが何度かあった。

 ついこないだも、明日は急に休暇になったから、温泉にいこう!と明け方に帰ってきたパパが、眠そうなママの分の荷造りをいそいそとして、朝一番の新幹線で温泉に出かけていった。


 なんだか、二人はとっても楽しそうだな、といつも思う。

 パパは忙しいから私もなかなか同じ家にいても会うことが少ない。

 ママの仕事は家で作業できることみたいで、たいてい自分の部屋で忙しくしている。

 そんなパパとママは、きっと一緒の家にいなかったら、1年に数回しか会えないんじゃないかなと思う。一緒に住んでたって、朝早くに出かけるママと忙しくて明け方に帰ってくるパパは、いつ話をするんだろう、と颯と話たこともあった。

 それでも、二人は私や颯のことをよく知っていたし、久しぶりにあったパパに、「高校生活はどうだ?か、か、か、かっこいい男がクラスに居るらしいけど、男は顔じゃないんだぞ、早まるなよ!」などと、的外れなことを言われたりした。たぶん、ママや颯から情報がダダ漏れしてるんだろう。でもママとパパが1時間も楽しそうに話し込んでるのなんて、一週間に2回がいいとこだろうから、不思議だ。


 それでも、二人のような夫婦になりたい。


 いつか、私も好きな人が出来るのかな。

 好きな人と毎日こうやって一緒にいれる日がくるのかな。

 好きな人の寝顔をママみたいな顔で眺める日が、私にも来るのかな。

 来ると、いいな…。



 ママに見とれながら、私はそんなことを考えていた。

 すると、すっと、ママと目があう。ママは、私に可愛く微笑んで、人差し指を口元にあてて、しーっと言った。

「パパは寝かせておこう」

 私はこくんと頷いてみせてから、そっとベッドから抜け出した。そして、部屋を出た。

 振り返って、ドアの隙間から見える両親の寝室を覗くと、パパにそっとキスをするママの姿が目に入った。私はかーっと頭に血が上るのがわかった。

 ママのキスに気がついたパパが、そのまま起き上がらずにママを抱き寄せた。パパとママの影が重なる。何か話し声が聞こえて、さらにクスクスと笑うママの声が耳に届いてきた時、見てはいけないものを見た気がした。

 私は恥ずかしくなって、急いで台所へ向かった。




 台所では、すでにエプロン姿の颯が朝ごはんを作っていた。ほとんど毎日、明け方まで帰ってこないパパが、休日の日は趣味の料理をする以外、家事全般は颯がやっている。

 そういえば、いつから、ママはほとんど台所に立たなくなったのだろう。

 颯のエプロン姿を見ながら、私はそんなことを考えはじめた。


 私たちが小さい頃は、基本的に、パパの方が料理の腕がママよりもずっと上手いので、パパが朝も昼も夜も作っていた。朝は、仕事に出かけるママのために、明け方帰ってきたにもかかわらず、朝ごはんを作って家族と一緒に食べる。そして夕飯の時間には、一度仕事から帰ってきて夕飯をささっと作って、再び仕事に出かけて行った。今は、パパの職場が遠くなってしまったのでできなくなったみたいだけど、昔は職場が家からすぐだったから、そんなことも可能だったらしい。パパが風邪を引いたり、出張でかえってこなかったり、どうしても忙しかったりなどという非常事態以外はパパが台所に立っていた。

 だから、私も颯も、世の中の父親というものは、料理が上手いもので、奥さんを「おいしい!」と喜ばせるように出来ている生き物なのだとずっと信じて疑わなかった。それで、颯が小学生の頃に、ママのために料理をするようになったもの、ごく自然のことで。それを見たパパに、「…おまえも大変だな」と颯の肩を叩いたと言っていた。二人で、なんでだろう?と思ったのを覚えてる。


 それからパパは、私ではなく、一切の食事を颯に教え始めた。パパは今も休日になると、楽しそうに颯と二人でプロ並みな料理を作ってくれる。

 私はそんなパパたちをみてて、ずるいと思った。二人ばっかり楽しそうで。

 でも、きっと料理とは男の人がするもんなんだ、と思っていたから「ママは料理しないの?」とママに聞いてみたこともあった。すると、ママが答えるよりも早く、台所からパパの声が返ってきた。

「華月は、ママと一緒にお皿並べて。割らないようにママを見張っててね」と。


 確かに、人よりおっちょこちょいでよく色々なところで転んだりしたりして生傷の絶えないママが、その時口を尖がらして、小さく「割らないもん」と言ってたのは、私の記憶違いでも聞き間違えでもなかったと、今はそう思う。




 そんなことを考えていたら、私の気配に気がついた颯と目が合った。

 私は、トマトを切る颯の足元に、背中を向けひざを抱えて座り込んだ。

「かづ。邪魔」

 すぐに、頭上から低い声が降ってくる。たぶん颯はさっきの私の捨て台詞を根に持ってるんだ。

「…トマトやだ」

「…食べなさい」

「…ママも食べないじゃん」

「だから、いつも父さんに叱られてるだろうが、母さんは」

「…颯の頑固オヤジ」

「……かづのサンドイッチだけパセリも入れてやる」

「やだ!」

「…………かづ、どうかしたのか?」

 絶妙なタイミングで、背中合わせなはずの颯からさっきまでとは違った優しい声が降ってきた。


 いつだって、颯には全部お見通し。

 いつだって、自分はこの家で一番子供だ。


「あたし、颯よりお姉さんなのに…」

 少しだけ間があって、颯が言った。

「数分だろう、双子なんだから」


 15年ずっと、この数分間差の弟にはかなわない。きっとこれからもずっと、それは変わらないのかもしれない。

 私はお姉さんなのに…。

 しっかりしなきゃいけないのに…。

 もっとオトナにならないといけないのに…。


 でも、オトナって何。

 恋って何。


 私もいつか、あんな風にキスをするの?



 なんだか顔が熱い気がした。だから、私は膝の上に顔を伏せて見えないように隠した。


「かづ?」

「なんでもない…」

「熱でもあるの?顔赤いよ」 

 颯が、華月のおでこに自分の手を当てたとき、ますます、自分の顔が赤くなる気がした。

 それで、思わずその手を振り払ってしまった。

「なんでもないったら…」

「……感じ悪い」

 むっとした顔になって颯はまた料理に戻った。


 ごめん。

 なんか、すごいひどいことをしたのはわかっている。


 でも、素直に謝ることが出来なかった。

 やっぱり私は、まだまだ子供だ…。



 その日の朝食のサンドイッチは、トマトがみじん切りになっていて、いつものように摘んでトマトだけを弾くことも出来ず、付け合せのオニオンスープのパセリもみじん切りで、ふんだんに使用されていた。

 それを見たパパとママは、「珍しく喧嘩でもしたの?」と不思議そうな顔をしていたが、私も颯も答えなかった。


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