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    暖かい場所(1)

 ぱちっと目が開いた。

 恐ろしく目覚めのいい朝だった。


 私の目に飛び込んできたのは部屋の天井のクリーム色。

 目覚まし時計がなる前に目が開くなんて、私にはありえないことなのに。

 不思議なこともあるもんだ。


 不思議なことといえば…。

 颯は、ただの猫だって言うけど、ただの猫はしゃべったりしない。

 私は、すやすやとまだ私の隣で寝息を立てている颯がを見た。

 颯の短い髪が枕からシーツにさらさらと零れ落ちている。朝の光に透けて、綺麗なこげ茶色に見えた。


 3日前、あの猫を見た日から私は、颯の部屋で寝てる。

 理由なんてないけど。ただ、なんとなく。

 颯と一緒にいるのは、心地がいい。


 昨日も颯は、私が自分の枕をもってドアを開けると、一瞬の間をおいて、しょうがないな、って笑ってベッドを半分開けてくれた。

 小学校を卒業して、私と颯が別々の部屋になってから、こうしてたまに一緒に寝ることはあったけど、なんとなく自然に、いつのまに別々に寝るのが普通になっていた。

 一緒に寝るのが嫌になったわけじゃない。むしろ、私は颯とそうやって一緒にいるのが自然だと思っていたし、きっと颯もそう思っていると思う。だから、私にとって、別々に寝ることのほうが、なんか不自然な気がする。 



 私は、そっと颯に体を寄せた。

 暖かい。

 なんとなく、嬉しくなった。

 すると、その身動きで、颯が目を覚ましたみたいだった。

 あわてて、私は寝たふりをする。

 まだ、こうして二人で布団の中でぬくぬくしていたかったから。

 私は颯の胸に顔を寄せて、聞こえてくる颯の心臓の音に耳を澄ませた。


 とくん。

 とくん。

 一定のリズムを刻んでる。

 私の心臓と、まったく同じ時間だけ動いてきた颯の心臓。

 

 私は不思議な気持ちになった。

 ママのお腹の中に、二人でいたときも、こうやってたのかな。

 二人で小さく丸まって。

 身を寄せ合って。

 聞こえてくるママの心臓の音を聞きながら。

 お互いの心臓の音を聞きながら。

 ぜんぜん覚えてないけど、きっとこんな感じだったんだろうな。

 私は、急にそんな懐かしい気持ちがした。

 

 

「かづ。起きてるでしょう」


 不意に、目の前から、しょうがないなあ、という笑いを含んだ声が私の耳に心地よく届いた。

 いつだって、颯は私のことは、全部お見通しだ。

 こっそり、私は布団の中で舌を巻く。

 まだ、こうやって一緒にいたい。

 だから、目を瞑ったまま、ばればれな嘘をついてみる。

「寝てるよ」

「ふ〜ん、寝てるんだ……相変わらず、はっきりした寝言だなぁ」

 くすくす、と颯が笑いながら頭をなでてくれた。

 その仕草は、颯の癖であり、ママの癖でもあった。

 颯はいつから、こんなママの真似をするようなったんだろう。

 物心がついた頃には、颯はもう私よりずっと先を進んでいるように思える。


 そんなことを考えながら、私はさらに身を寄せて颯の腕の中に収まった。

 私が颯の中にすっぽり隠れてしまう。

 いつの間にか、颯の体は私より一回り大きくなっていた。


 颯って、やっぱり男の子なんだな。


 小さい時は、私より、ずっと背が低かったのに、いつの間にか私の背をはるかに追い越して、腕や胸も引き締まっている。明らかに私とは違う構造の生き物だ。

 まったく同じ日の、同じ時間に生を受けて、同じママのお腹から出てきたというのに、どうしてこうも違うのだろう。


 いつからだったのだろう。

 急に颯の声が低くなったのは。

 ヒゲが生え始めたのは。


 どうして自分は女で、颯は男なんだろう。



 私は、原因不明のモヤモヤが胸の中を支配していく気がして、颯の腕の中で体をぎゅっと丸く縮めた。



「今日は甘えんぼだな、かづは」

 そういって颯は、やさしく抱きしめてくれた。

 ほっとした。

 嬉しかった。

 でも、子ども扱いは嫌だったから、私は寝たふりを続けながら言った。

「かわいい華月は寝ています」

 すると、耳に吐息がかかった。颯が、ふっ、と優しく笑ったみたいだった。

「はいはい。じゃあ、今のうちに今日の朝食にはかづの嫌いなトマトを…」

 そこまで、颯が言ったとき、がばっと私は反射的に起き上がる。

「トマトはいやだ〜!」

「あ、起きた」

 私があわてるのを見て笑みをこぼしながら、ゆっくりと颯は体を起こす。

 それで、颯の策にはまったことがようやくわかった。

 トマトは嫌い。

 あのぐちゅっとした感じが嫌い。

 でも、もう少し、颯とこうしてベッドでゴロゴロしてたかったのに。

 思わず、口を尖がらせて、ベッドから立ち上がる颯を目で追った。

「ほら、手伝って。母さん起こしてきてよ」

「は〜い」

 しぶしぶ、自分も颯のベッドから降りた。

 でも、私が颯の部屋から出ようとドアノブに手をやった時、「華月」と、颯が低く唸った。

 颯が“かづ”ではなく“華月”と呼ぶときは、小言が待っている。条件反射で身をびくっと勝手に反応してしまう。

 私は後ろを振り返らないで、颯の言葉を待った。

 ここは逆らうと小言が倍になって、さらに長くなるからだ。

「ちゃんと、自分の部屋もどって着替えてからだぞ。風邪ひく」

 颯の低い鋭い小言が飛んできた。

 パジャマ代わりのキャミソールと短パン姿でパパとママの寝室へ行こうとしてたのが、すっかりお見通しだったみたい。

 なんでわかるんだろう……。

 私はこっそり舌を巻いた。

 しかも、言葉につまって体が素直に反応して一時停止したことで、すべてが颯にばれてしまう。

 こういうときの颯は容赦ない。

 正直、我が家では一番颯が怖い。パパやママよりよっぽど。

「今、そのままのかっこで、寒い廊下を降りて二人のとこへ行こうとしたよね、華月」

 固まったそのまま、大きく首を横に振った。

 正直に、『はいそうです。ごめんなさい』とは言えなかった。でも、そんなところまで、きっと颯にはお見通しなんだと思う。


 前に、なんで颯には私の考えてることがわかるの?と聞いた事があった。そしたら、颯は平然となんでそんなこと聞くのかわからないという顔でこう言った。


『華月、嘘つくの下手だし。わからない人なんていないんじゃない?むしろバレテナイと思ってる方が俺は不思議だけど?』


 本当に失礼しちゃう。

 人を単細胞扱いしないでほしい。

 女の子は色々複雑なんだから。

 言い返してやりたがったが、颯を言い負かせることが出来ないことは、よくわかってるのでその時は抵抗するのを諦めた。



 今回も颯に容赦はない。

「華月は、すぐ風邪引くよね。だから、昨日の夜もちゃんとパジャマ着ろって言ったよね。この部屋は暖房効いてるから、大目に見たけど…」

 何も言い返せないのは自分が悪いのはわかっているのだけれども、何か言い返してやりたくて、言葉を捜した。

 背中を、颯の刺すような視線が追い討ちを掛ける。


 何か。

 必殺技はないのか。 


 私は頭をフル稼働させた。

 とはいっても、フル稼働させたって、中身がもともと少ないんだから、颯には到底かなわない。

 でも悔しいんだから、しょうがない。

「かづ?」

 返事をしないまま部屋のドアの前で固まっている私に、颯は少し心配そうな声で呼びかけた。

 でも、私は苦肉の策の一言を言い逃げして、颯の部屋を飛び出す。

「…なんか最近、颯、パパに似てきたよね」

「…はい!? あ、こら華月!」

 背中から、そんな颯の声が追いかけてきた。


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