卵爆弾事件(3)
再び目覚ましがなった。
俺はむくっと起き上がって、隣ですぴすぴと寝息を立てる華月を眺めた。
華月の腰まである長い髪が、布団に広がっている。
どうやら今度こそ朝になったみたいだ。
なんだか夜中の夢と映像がかぶった気がした。
まあ、よく見る光景だからだろう。
俺はなかなか起きない華月を叩き起こして、朝食の支度を始めた。
朝食が出来上がった頃には、一同が食卓を囲む手はずになっているが、俺以外、やっぱり半分寝てる。
ここまでは、俺はいつものことだから、まったく気にも留めなかった。
「華月。昨日、危なく引かれそうだったそうじゃないか」
父さんが、しっかりとした口調で華月に話しかけた。
「え、なんだっけ?」
ぼーっとしたまま華月が答える。
ん?
俺は、漠然と何か引っかかって、首をかしげながら目の前のやり取りを見守った。
「いいか、華月。いくら横断歩道を渡るときとは言え、信号が変わったらすぐに飛び出したら危ないと、何度も言っているだろう?華月は運転したことがないから、まだわからないかもしれないけれど、信号が変わっても、右折してくる車があわてて、アクセル踏んでぶ〜〜んと、走ってくるかもしれないだろう?」
父が話している間に、華月はこっくりこっくりと、船をこぎ始めていた。
おれは、再び、あれ?と思いながらも、父に声をかける。
「父さん」
「なんだ、颯」
「華月寝てる」
「……この〜!華月っ!起きろ!ていうか、君も寝てないで、朝飯を食べなさい!遅刻するぞ、ほら!今日は仕事が忙しいって言っていたじゃないか!“ちゃんと食べないと、もたないぞ。って、華月も寝るな!」
おれは絶句した。
この会話…。
夢の中の会話とまったく同じ…?
偶然なのか?
でもそんなことあるのだろうか。
「颯?おまえまで寝てるのか?」
「…え?」
呆然としていた俺に、父が声を掛けてきた。
「颯が寝ぼけてるなんて、珍しいな」
「…ああ…なんか疲れてるみたいだ……」
「大丈夫か?」
「大丈夫だよ。きっと気のせいだし」
「何が?」
父に突っ込まれて、俺はつい口を滑らしたことに心の中で舌打ちした。
「いや、昨日の卵爆弾事件で、玄関の掃除した時に使った雑巾ちゃんと洗ったっけかな…と」
俺はとっさに、よくわからない話のそらし方をしたが、うまいこと父はそれに乗った。
「卵爆弾事件?!」
父上の眉が釣りあがるのと、母さんが一瞬で目を覚ますのが一緒だった。
「颯の裏切り者!ちくったわね〜」
母さんが非難の目をこちらに向ける。
裏切り者って…。
「美桜希さん、一体全体、卵爆弾事件とは何のことか、俺にわかるように丁寧に説明してくれないかな?」
「えっと〜…あのですね〜…」
「なんですか〜?」
父さんの目は据わっている。父さんが母さんを『さん』付けで呼ぶ時のは、お咎めを免れない時だと母さんも承知しているので、この調子だと「夜間婦女子外出禁止」地雷を踏んだことも、あっという間に明るみにでるだろう。
「はっ!新くん、遅刻しちゃうから、帰ってきてからお叱りは受けるという方向で!」
母さんはどうやら、逃げることにしたらしい。逃げ切れるわけないのに…。
「ほう!叱られるようなことなわけですね」
ほらね。
と、我が家のにぎやかな今朝の食卓は、本当に遅刻しそうな時間が迫ってきたので、まだ半分眠っている華月の腕をつかんで俺が立ち上がり
「遅刻するから、俺ら行くわ」という一言で、お開きになった。もちろん、母さんもすかさず
「わ、私も!」と便乗したのは言うまでもない。
断っておくが、これは、日常だ。
だから、一瞬、狐につままれたようなことも、その日常にすぐに埋もれてしまったが、数日後、今日のことを俺は思い出すことになるのだった。