卵爆弾事件(2)
次の日の朝、俺はなかなか起きない華月を叩き起こして、朝食の支度を始めた。
我が家の朝の食卓は、俺以外、半分寝てる。
仕事で夜中に帰ってきたばっかりの父さんは仕方ないとしても。
というか、父は今日は平日だが仕事が休みなのでわざわざ起きてこなくてもいいと思うのだが、「俺が休みの日くらいは朝食は家族でとる!」と言いながら頑張って起きる父は、確かに根性があるなと思う。
まあ、普段ほとんど仕事を理由に我が家の滞在時間が短い父である。そうでもしないと我が家の姫たちに、父の存在をあっという間に忘れ去られそうだという強迫観念もあるのだろうが。
華月がまだ小さい時に、「パパまた遊びに来てね」と「あ、パパ居たの?」言われたのが相当ショックだったらしい。
さらに言えば、「かづは大きくなったら、颯のお嫁さんになるの」と面と向かって言われ、「パパじゃ駄目なの?」と聞けば、「駄目!」と即答されたことも、まだ響いていると母さんが言っていた。
不憫。
頑張れ父よ。
そんな父の涙ぐましい努力は、果たして意味をなしているのかと、よく思う。
華月は半分以上寝たまま朝ごはんを食べているし、母さんだって似たようなものだ。
「華月。昨日、危なく引かれそうだったそうじゃないか」
が、父は娘の身の危険となると、そこは睡魔に勝つらしい。しっかりとした口調で華月に話しかけた。
「え、なんだっけ?」
ぼーっとしたまま華月が答える。
なんだっけ、って……おい。
どうやら、俺と同じく、父さんの導火線にもこの一言が火をつけたらしい。
「いいか、華月。いくら横断歩道を渡るときとは言え、信号が変わったらすぐに飛び出したら危ないと、何度も言っているだろう?華月は運転したことがないから、まだわからないかもしれないけれど、信号が変わっても、右折してくる車があわてて、アクセル踏んでぶ〜〜んと、走ってくるかもしれないだろう?」
「父さん」
「なんだ、颯」
「華月寝てる」
「……この〜!華月っ!起きろ!ていうか、君も寝てないで、朝飯を食べなさい!遅刻するぞ、ほら!今日は仕事が忙しいって言っていたじゃないか!“ちゃんと食べないと、もたないぞ。って、華月も寝るな!」
……不憫だ。
俺も、いづれ所帯をもったらこうなるんだろうか。
絶対に、ごく普通でいいから、ほかに何も望まないから、我が家の女性人のようなタイプの妻だけはやめよう、と心に固く誓った。とはいっても、二人で充分だ。三人もいて堪るか。大体、俺の奥さんが母さんや華月タイプだったら、俺は母さんと華月と奥さんと三人も相手にすることになり、そして、その奥さんが、同タイプの娘でも産んでみろ…。
そんな、量産いらない!
無理!絶対無理!
俺タイプも量産しないと、絶対無理!
と、そこまで考えて、はたと俺は気がつく。
ああ、だから父さんは俺をこうやって育てたんだな、と……。
俺が恨めしげに、自分の奥さんと娘に翻弄される父の様子を眺めていた時だった。
「いてっ!」
激痛と、騒音と、自分の叫び声と共に、俺は目を覚ました。
え?
目を覚ました?
俺は、暗がりの中、強打した自分の尻を擦りながら、あたりを見回した。
そこは俺の部屋だった。
ベッドを見ると、完全に華月に占拠されている。
どうやら、華月にベッドから蹴り落とされたらしい。
ということは、今のは夢か?
実にリアルな夢を見たものだ。そもそも、俺は夢をあまり見ない。眠りが深いのだろう。見たとしても、こんなにはっきり覚えていることなんて、初めてかもしれない。
その時突然華月が、叫んだ。
「それ私の苺!」
び、びっくりした。
おもわずビクっと体が反応してしまったじゃないか。
昔から、華月は実に見事な寝言を言う。今までの寝言大賞ベスト3は、3位から順番に…。
3位。「この砂糖しょっぱい!」───それはおそらく塩だ。
2位。「私トマトにだけはなれない」───誰もなれない。むしろ、トマト以外にはなれるのか、おまえは。
堂々の1位。「そしてスタートへ戻る」───どんな夢だ! スゴロクか!?
一度、華月の頭の中を、割ってみて見たい…。
まだ、むにゃむにゃと、何か言っている華月を起こさないように少し動かして、自分の寝れるスペースを確保し、再び眠りについた。