表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
46/49

    猫の標(2)

 ばちっと目が開いた。

 目の前に、泣きながら覗き込む華月の顔。

 ほっとした。

 何がなんだか分からないが、ただただ、ほっとした。

 夢だったのかな。

 全部、夢だったのかもしれないな。

 そう思って、微笑みながら華月の頭を撫でようと腕を上げる。すると、突然に、激痛が俺を襲った。苦痛に悲鳴が漏れる。

「颯!?」

 ……夢じゃなかった……。

 事故にあって……俺たちは帰ってきたんだ。

 全身の痛みがその真実を告げている。

「今、ママが救急車呼んでるから! もう大丈夫だからね!」

 俺を安心させようとしているのだろう。華月が涙で真っ赤になった目で、必死に訴えた。

「華月は怪我はないのか?」

「うん、かすり傷」

 華月が泣き笑いになりながら、腕の包帯を見せた。

「そうか、よかった」

 こうして、“家”があるということは、母さんは無事にあの事故の中、命を拾うことが出来たのだろう。

 俺は、まっすぐに華月の目を見た。

「優希さんは?」

 華月は押し黙る。

 それがすべて答えだった。

「今何時だ?」

「ダメだよ、動いちゃ!」

「まだ、日にち変わってないんだろう? もう一度飛ぼう。今度こそ、車が出発する前に飛んで……」

「何いってんの! 無理に決まってるでしょ!」

「無理でも、いいっ!!」

 俺は初めて華月に向かって怒鳴った。華月もびくっとなって、言葉をなくしている。

 だが、今行かないと、優希さんを救うチャンスを永遠に失うんだ。

 今なら、まだ助けられる可能性があるんだ。

 今しかないんだ!

「……無理でも。行かせてくれ。華月、お願いだ」

 一言一言に懇親の思いを込めた。華月の目がおどおどと揺れ動く。

 どうしたらいいのか迷っている。

「颯……優希さんが……好きなの?」

 思いもよらぬ言葉に今度は俺が言葉を失くす。

 誰が誰を好きだって?

 そんなの考えたこともない。

 第一、あの人は叔母だろう。

「そんなはずないだろう。ただ、あんなに楽しそうに夢を語る優希さんの顔が、忘れられないんだ。華月だってそう思うだろう? だから、助けにいったんじゃないのか?」

 俺は華月にというより、まるで自分に言い聞かせているようだなと思った。

 そんな感情じゃない。

 これは違う。

 ただ、ただ、彼女の思い描く夢が、現実になったところが見たいんだ。

 もし、その途中で手の届かないものとなったとしても、彼女なら努力したことを誇りに思って、楽しく生きていっている、そう信じていたんだ。

 そんな彼女に会いたいだけなんだ。

「もう、飛べないかもしれないよ」

「やばくなったら、華月の判断で飛べばいい」

「でも怪我は……」

「たぶん、骨折かなんかじゃないか? 動かなきゃ平気だ」

「動けない颯が何しに行くのよ! やっぱりだめだよ!」

「……なんかやれることがあるかもしれないだろう!」

 再び大きくなる俺の声に、華月が泣き叫ぶように言った。

「ちょっとは自分のことも考えてよ! 今、颯の足は血だらけなんだよ! 颯が死んじゃうよ!!」

「それでもだ!!」

 短い時間、俺と華月は無言で見つめあった。その視線はどちらも譲らない気持ちで満たされている。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ