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    また会えるよね(4)

 颯の手首の脈を感じながら、数秒。

 その脈が突然止まった。

 ……止まった……? 

 死んだわけじゃないよね、時間が止まったんだよね。

 答えが返ってくるわけもなく、でも、とにかく、颯の出血が一時的でも止まってくれればいい、そう願った。

 さらに私は、体を再び動かし車内中央部へ異動し、必死で体をよじって運転席を覗き込む。

 そして──。

 ママは、ハンドルの上に飛び出たエアーバックの上に上半身を預けて、ぐったりとしていた。その額からは鮮血が流れ出て、ママの白いワンピースを染めている。再びママの頬を伝った真っ赤な雫が、スローモーションで落下し、ぽたっと大きな音を立てたように感じた。

 私ははっと我に返る。慌てて腕をいっぱいに伸ばし、ママの腕をなんとか掴む。

「ママ!!」

 やっぱり、ママは反応しない。でも、手首は颯と同じように力強く脈打っていた。ほっとするのもつかの間、さっきと同じ要領でママの時間をとめる。すると、数秒後、ママの頬から、新たに落ちようとしていた赤い雫がそのまま動きを止めた。同時に手首の脈も動きを止める。

「……止まってる」

 このまま救急車が到着するまで、持ってくれれば。

 そう祈りながら、私が助手席の方に体をよじらせようとした時、また、ぽたっという音が耳に届く。振り向くと、ママの頬を伝う血液が、また流れ出しているのが分かった。

 まさか……手を触れていないと時間は止まってくれないの?

 じゃあ、颯の時間もまた──!?

 私はあせる気持ちを抑え、再びママの腕を掴む。そして時間をとめる。

 そのまま、颯の腕を掴もうとした。でも届かない。

 どうしよう、優希ちゃんは……?

 首だけを助手席に向けた時だった。

 

 

 ────うそ……。

 

 

 声も出なかった。

 そこに見えたのは。

 どう見ても──電信柱……。

「そん……な……」

 これじゃ……誰がどう見ても……。

 その衝撃的状況に頭が真っ白だった。

 優希ちゃんの体があるはずの場所は、完全に電信柱に押しつぶされて存在していない。優希ちゃんの右半身がかすかに見えた気がした。

「おい、大丈夫か」

 呆然としている私に、突然、窓の外から声がかけられた。声の方を見ると、運転席側の窓から、おじさんが携帯を耳に当てながら、車内を覗きこんでいた。

「救急車、呼んだからな。すぐ来るから、頑張るんだぞ!」

 おじさんは、私の返事も聴かず、あわてた様子で窓の外に消えた。ぼーっとする頭でその光景を見送っていると、颯のうめき声が聞こえてきた。やっぱり、颯の時間も再び動き出してしまったのを察知し、慌ててママの腕を掴みながら颯の腕をつかめる位置まで体を移動させる。そして颯の時間をとめた。

 

 救急車が来るまで。

 来るまでこのまま──。

 でも、私にももう限界が近づいてきているのは分かっていた。

 急に体が重くなった気がする。

 このままじゃ帰れなくなる。

 この時代に私や颯が存在しちゃいけないんだ。

 どこにも私たちの居場所はないんだ。

 だから、ママとパパがいる、私たちの家に帰ろう。

 帰りたい……。

 

「颯……」

 私はうつ伏せになったままの颯を眺めた。

 颯、ごめんね。

 優希ちゃん、助けられなかった。

 ママも、血がいっぱい出てるし、助かるかわからないよ。

 もし、これでママが死んじゃったら、私や颯は21年後には存在しないことになっちゃうんだよね。それって、21年後に帰った途端に、私たちは消えちゃうってことなのかな。

 だって、私たち、生まれてこなかったことになるんだよ。

 ごめん、颯。

 ごめん、ママ。

 ごめん、パパ……パパからママを奪っちゃうかもしれない……私が。

 パパに会いたいよ。

 ママや颯と一緒にいたいよ。

 ちゃんと生まれて来たいよ。

 ────まだまだ、生きていたいよ。

 

 一気に私の視界がぼやけ、あっという間にこらえられなくなった涙が、いっきに溢れた。両手をふさがれて、ぬぐうことも出来ず。

 ただただ、はらはらと涙がこぼれた。

 まもなく、だんだんと薄れ行く意識の中、救急車のサイレンが聞こえてきた気がした。

 もう限界。

 人が集まってきたら、帰れなくなる。

 そう決意した私は、ママの方に顔を向けて、心の中で強く、祈るように、囁いた。

 

 ママ、また会えるよね。

 生きて生きて、生き抜いて。そして私たちを生んでね。

 待ってるよ。

 絶対、ママとパパの子で生まれてくるから。

 颯と双子で絶対生まれてくるから。

 だから、生きて──。

 

 私はそっとママの腕を放した。そして、優希ちゃんの方を振り向き、目を閉じる。その惨劇の変わりに、ふんわりと笑う優希ちゃんの姿が脳裏に浮かぶ。

 

 ごめんね。

 優希ちゃんの笑顔を守れなかったよ。

 

 そして、車の外にあわただしい人の気配を感じた瞬間、私と颯は車の中から──時を飛んだ。

 


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