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    きっかけはドーナツ(1)

 カーテンの隙間から、朝日が床に零れ落ちる。

 ぼんやりとした頭をゆっくりと起動させると、俺の部屋の天井が見えた。

「……ん……」

 今日もいい天気だ、シーツでも洗おうかな。

 そんなことを考えて、はっと我にかえり、勢いよく体を起こす。膝の上にかぶさるようして眠りこける華月の姿が目に入った。

 今気がついた。

 どうやら、俺たちは部屋の床で折り重なるようにして寝ていたらしい。しかも華月ときたら、荷物を背負い、俺の腕をしっかりと掴んだまま寝ている。

 ようやくそこで俺は、昨夜タイムスリップしたことを思い出した。

 母さんに会えたまではいいが、その後の記憶はまったくない。むしろ、また夢を見たのではないだろうかと錯覚してしまう。だが、こうして洋服を着たままリュックを背負って爆睡する華月を見る限り、現実に起きたことなのだろう。

 さらに、この状況から想像するに、華月は何とかして俺を連れて過去から現在に帰ってくることに成功し、現在にたどり着いたとたんに、安心したのか、または、力尽きたのか、倒れるように正体をなくしたのだろう。

 何にせよ、華月のおかげで無事に帰ってこれたのは間違いない。

「ありがとう、ご苦労様」

 俺は華月の頭をそっと撫でた。

 きっと必死だったんだろうな。その華月の姿を想像するのは容易なことだ。でも、華月のことだから、そんな中でも、楽しんで来たに違いない。その器のでかさにいつも俺は感服する。俺には到底まねできないことだ。そんなことを考えながら華月を眺めていると、思わず頬が緩む。

「今何時だろう」

 部屋の時計を見やると、起床するにはまだ1時間ほど早い時間だということがわかる。遅刻させるわけにはいかないが、もう少し寝かせてやりたい。

 俺の腕を掴む華月の手をそっと解き、華月の背中の荷物を降ろす。すると、大抵というか、めったにというか、絶対に普段なら目を覚ますことのない華月がまるで何かに取り付かれたかのように、ばちっと目を開けた。

「華月?」

 声をかけるも、華月はじっと俺の顔を見つめるだけで身じろぎ一つしない。

「もう少し寝てていいよ」

 俺は華月をゆっくり抱き上げ、俺のベッドまで運んだ。その短い間に、華月は安心したように再びその大きな瞳を閉じる。いつのまにか、華月の手がまた俺の腕を掴んでいた。

 そんな華月の様子から、俺が目を覚ますか心配だったんだろうな、と俺は感じ取った。

 不安でいっぱいだったはずだ。

 帰って来れるかどうか。

 俺が目を覚ますかどうか。

 俺はもう一度華月の頭を優しく撫でた。

「おやすみ。朝食は華月の好きなホットサンドにしてやるよ」

 華月の寝顔にそう囁きかけると、華月はそれが聞こえたのだろうか、それはもう嬉しそうに微笑んだので俺は噴出しそうになるのを必死で押し殺した。

 

 

 ◇◆◇◆◇

 

 

「ゆきって名前みたい」

 華月は夕飯の酢豚を乗せる皿を俺に渡しながら、そう言った。

「つまり……母さんは三姉妹だったってこと?」

 今日も例外なく、華月を遅刻すれすれに登校させ、学校でも少しは話を聞いたりもしたがゆっくり時間を取ることがかなわず、家に帰ってきてからの作戦会議兼反省会となったのだ。

「みたいだよ。ママと千明希叔母さんの間に。そんな人のこと聞いたことある?」

「写真でも見たことがないよな」

「うん」

 どういうことなんだろう。

 そもそも、祖父母のこともよく知らないのだが、それにしても、血縁である叔母の存在を母親が自分の子供たちに隠したりするだろうか。

「喧嘩でもしてるのかな」

 俺は華月から茶碗を受け取り、ご飯を盛りながら、まるで独り言のようにつぶやく。

「喧嘩〜? ありえないと思うけどな」

 俺から再び茶碗を受け取ると華月は続ける。

「すごく仲が良さそうだったもの。喧嘩別れとか、骨肉の争いとか、遺産相続決別とか、男の取り合いとか、ありえない感じだったけど?」

「…………昼ドラの見すぎ」

「とにかくね〜、ママに聞いてみようよ。あ〜お腹すいた」

 箸をテーブルに並べ終えた華月は、もうすでに目の前の夕飯に興味を取られたようだった。俺もエプロンをはずし、席に着く。

「二人が帰ってきたら、の方が良さそうだけどな。家族会議ものじゃないか、話題的に?」

 父さんはこのことを知っているのだろうか。

 知らないとすると、波紋を呼びそうなきもするし……下手に話題にしないほうがいいのではないだろうか。

「気にしすぎじゃない〜? いただきます!」

 華月は手を胸の前でぱちんと合わせ食べ始めたので、俺もそれに倣う。

 ただの杞憂ならいい。

 考えるだけ考えて、取り越し苦労なら、そんなのいくらだって請け負う。

 小さな慢心で、大きな幸せを失うのが怖いだけなのかもしれない。

 ────この間の母さんのように。

「それより」

 華月は酢豚を頬張りながら、悪戯を思いついた時に見せる顔をした。嫌な悪寒が俺を襲う。

「今日も行くでしょ?」

「……味を占めたな」

「違うよ〜向こうが来いって言ったの。颯と話したいって」

「本当かよ……大体どうやって信じさせたんだ? 簡単に信じてもらえることでもないだろう」

 華月は不適な笑みを浮かべ、胸をそらした。

「へへん。華月様に任せておけばこんなもんよ」

「…………何したんだ」

 思わず俺の、華月を見つめる目が細くなる。

「アレを使ったの、アレを」

「アレ?」

「そう、アレ!」

 もったいぶる言い方に、苛立ちを覚えながらも、華月に分かって自分に分からないなんてことはありえないことなので、瞬時に大脳をフル稼働させる。

「ふふふふ」

「ちょっと待て考えてる」

「降参かえ〜? そちも、たわいがないの〜」

「黙れ! たわけ!」

「ほっほっほっほっ」

 華月があの時考えそうなこと……?

 その時、俺の頭でピンと何かがひらめいた音が聞こえた気がした。

「はは〜ん。お代官様、わかりやしたぜ」

「ほう、申してみよ」

「オルゴールですな」

 そもそも華月は、オルゴールを21年まえの母さんに届けるためにタイムスリップしたと思ってるんだ。答えを導き出すのは簡単だった。

「ちっ」

「ちっ、じゃない。あのオルゴールなんだったの?」

「さ〜?」

 華月は、ご馳走様でした、と再び手を合わせて食器を片付けに台所へ向かう。

「さ〜って……」

 興味がなかったから、聞かなかったな。

 まあ、とりあえず、追い返されたとか、警察に突き出されそうなところを逃げてきたというわけではなさそうだし、もう一度俺の目でその謎の叔母を確かめてからでも遅くないのではないだろうか。

「よし。今日も行くことにするか」

「やった〜! そうこなくっちゃ!」

 華月の陽気な声が台所から聞こえた。

「ただし、今日の宿題が終わったら、だけどね。数学の宿題終わったのか?」

「…………ただいまの発言は華月さんには聞こえてません。電波障害みたいです」

「……お代官様、がんばってくださいね、宿題」

「越後屋! 夕飯の片付けは私にまかせろ、そちは宿題を!」

「却下」


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