だから言うなって(1)
6月1日、午後10時。
俺と華月は、時報で秒針をびったり合わせた腕時計を互いに身につけ、母さんの言葉を頼りにタイムスリップを試みた。
オルゴールを片手に華月に状況を説明したら、案の定というか、当然というか、ものすごい勢いで華月が食らいついて来たのだ。「行くしかないでしょっ!」の一点張りで、相変わらず何を言っても引き下がらないから、途中から諦めたのは言うまでもない。抵抗した10分間がもったいなくすら感じるほどに。
そしてタイムスリップは決行された。
俺たちが目を開けると、あたり一帯は暗く、雲の影からのぼんやりとした月明かりで照らされた見覚えのある風景が広がっていた。
ひんやりとした風が頬を撫でてゆく。
「川原?」
華月が頭上を見上げる。
つられて見上げると、大きな木が横に腕を広げるように枝を伸ばしているのが目に入る。
どうやら、ここは例の川原のようだ。
タイムスリップは成功したのだろうか。
カレンダーも時計も見あたらないので、確認するすべがない。
「何年前かな、ここ」
桜の幹に寄りかかりながら、華月も不安げに呟いた。
「何年前に飛んだかどうかはわからないけど」
俺は再び桜の木に目をやる。俺の口からこぼれた白い息が、裸の枝先をそっと包む。
「どこかに飛んだのは間違いないな」
視線の先には、大きく膨らんだ桜の蕾が開くその時を待っている姿。
この肌寒さといい、蕾といい、6月ではないのは確かだ。
俺は持ってきた荷物から、上着を取り出し華月に渡した。
「確かめるためにも、もたもたしている時間はないぞ」
「どうするの?」
俺も自分の上着を着込みながら、華月に上着を着るように促す。
「とりあえず」
ポケットにしまってあったメモを取り出しながら、続けた。
「母さんになんとかしてもらおうか」
そのメモは、母さんから受け取った、当時の住所が書かれている。
「オッケー! ママに会いに行くんだ、22才の!」
「会えるといいけどね」
俺は荷物を背負い直し、華月と共に歩き出した。
月だけが川原沿いの道を、そっと照らしていた。