蒼い瞳と白い雪(2)
突然の私の登場で、朝食の支度をしていたパパが鍋とオタマを持つ手を止めて唖然としている。
サラダ担当のため、レタスをちぎっていたママもきょとんとしてこちらを見た。
「ど、どうしたんだ、華月」
「ママっ!」
パパを無視するつもりはなかったけど、タイミング的にそうなった。視界の端っこでがっかり肩をうなだれるパパが見えた気がしたけど、気のせいかな。
「これ見て!」
私はテーブルの上にアルバムを音を立てて置き、例の写真を指差す。ママはエプロンで手を拭きながら、テーブルに近寄って写真を覗き込んだ。
「うわ、懐かしい写真を持ってきたわね〜」
「どれどれ?」
パパまでついでに覗き込む。
「いやん、颯もかづもかわいい〜」
ママ!
見るところがちがう!
このままだと、思い出話に火が付きそうだったので、私は慌てて口を挟む。
「そうだけど、そうじゃなくて! この猫見て」
「え、猫?」
ママの視線が、例の写真に戻ったのが見て取れた。
「あ、雪ちゃんじゃない。ねえ?」
ママはパパに同意を求めるように写真を見せた。
「ああ、ほんとだ。雪の写真、残ってたんだな」
「そうだよね。3年ぐらい一緒にいたのに、写真なんてとらなかったからね〜」
「猫飼ってたことがあったの? 全然記憶にないんだけど」
私は写真を奪い返し、まじまじとその猫を見つめる。
どう見ても、私にはあの猫とこの写真の猫が同じ猫に思えてしょうがない。確かに颯の言うとおり、猫なんてみんな似ていて区別できないけど。
でも、私のカンが同じ猫だって言ってる。
「雪ちゃんはね、不思議な猫なのよ」
ママを見上げると、優しい色の瞳とぶつかった。
「雪ちゃんは、ママとパパが結婚する前に、パパが飼ってた猫だったんだけど、突然いなくなっちゃったんだって。でも、ママたちが結婚したあとに、また家に帰ってきたのよ」
「でも、お前たちが生まれて2年くらいだったかな、また居なくなったんだ」
ママの言葉をパパが繋ぐ。
「それで俺らは記憶がないのか。2歳じゃね」
いつの間にか、降りてきていた颯がテーブルの椅子に座った。
「そうね、ふらっと数日居なくなったと思ったら、最後は颯に抱かれて死んでたんだよ。たしか、今ぐらいの時期の、雨の降ってる日だったなぁ」
「え?」
思わぬところに颯の名前がでてきて、颯ばかりか私まで目を白黒させてしまった。パパは口の端を緩ませてさらに続けた。
「庭で、颯がわんわん泣いてるって華月が俺を呼びに来て、行ってみたら颯が雪を抱きかかえながら泣いてたんだよ。引き離すのが大変だった。雨はザーザー降ってるし、颯はずぶぬれのまま家の中に入ろうとしないし」
「お墓に入れてあげようね、って説得するまで、かなり時間かかったのよね」
ママまでにやにやしながら言うので、颯はいよいよ、ばつの悪そうな顔をした。
「雪は俺たちにとっても、大事な猫だったからなぁ」
不意にパパはママに柔らかな笑顔を向けた。ママもそれに答えるように微笑む。
「はい、そこの中年バカップル、子供の前でいちゃつかない。昼飯、何作ってるの?」
颯が釘を刺すように一喝してキッチンへ移動する。パパもガスコンロに戻った。
「うらやましかろう。俺の嫁だからな、やらんぞ、愚息」
「いらん」
「娘もやらんぞ。まだやらん! いや、誰にもやらん!」
「あほかっ!」
パパの足を、颯が軽く蹴ったのが見えた。ママと私は顔を見合わせ、同時に噴出した。