二章 蒼い瞳と白い雪(1)
目が覚めるなり、私はパジャマのまま本棚を漁り始めた。
とは言え、もう昼近いだろう。日曜日くらい朝寝坊は許されてもいいと思う。
「えっとえっと……」
背の高い背表紙の前を指が彷徨い、古ぼけた一冊のアルバムを探し当てた。
これだ、きっと。
そのアルバムを本棚から引っ張り出すと、ぱらぱらとページをめくる。
もう、変質して色あせてしまった写真たちの中には、若かりしころのパパとママ、赤ん坊の颯や私の姿。
ママを真ん中に挟んで、ママの両頬に颯と私がキスをしている写真。
パパの寝顔に私と颯が落書きをしている写真。
私と颯がオムツ姿のセミヌードで水遊びしてる写真。
ざっと10〜15年以上前の写真ばかりだ。
不思議だなぁ。
写真ていうのは、そのときの風景や人物をそのままの姿で残す映像、というだけではないんだね。
カメラを向けた人の感情とか、写っている人の楽しさや嬉しさまで、しっかり閉じ込めておくことができるものなんだ。
そこには、パパとママの作った“家族の幸せ”が形になっているんだろうなと思った。
「何を始めたんだ?」
声のする方を見ると、開けっ放しの私の部屋のドアの内側をコンコンとノックする颯の姿が目に入った。
思わず、写真の中のかわいいかわいい颯と見比べて、ため息をついてしまう。
「……なんだよ」
「このかわいい颯くん、どこいっちゃったんだろう、とか思ってないよ全然」
「…………その写真のかわい〜かづちゃんは、相も変わらずかわいいことで」
もちろん、そんな嫌味ったらしい発言は聞き流すに限る。
「あ、ママかわいい〜。このワンピまだ持ってたら、貸してもらおう」
わざとらしく言うと、ドアのほうから悔しそうな声が聞こえた。
「そんなことより、寝てなくていいの?」
「大丈夫だよ、もう」
颯が桜の木の下で突然倒れた時は、本当にどうなるのかと思った。1、2分で意識を取り戻したから良かったものの、あのままだったら病院にも行けないし、帰れないし。
考えただけでもぞっとする。
でも、颯の話によると、意識を取り戻したあとも、すぐに強烈な眠気に襲われたそうだ。だから、やばいと思って必死に耐えたらしい。
だから、やばいと思って必死に耐えたらしい。私は訳分からず、颯の言うままに、慌てて“帰って”きたけど、帰ってくるなり颯は電池が切れたようにその場に崩れて眠りだした。けれど、私が度肝を抜かれて悲鳴を上げるより先に、私も私で、急に体が重くなった。あれ?と思っている間に、次気がついたら朝だった。なんとかベッドまでたどり着いたところまでは記憶があるけど、そのあとは覚えてない。
その後の数日、何度かタイムスリップを試してみた。
今日が日曜日ということもあって、昨日の夜はかなり無茶に何度も何度もタイムスリップを繰り返した。
万が一、二人のどちらかが気絶して帰って来れないことになっても大丈夫なように、颯の部屋から私の部屋へ30分間から2時間くらい戻るということを計画的に繰り返した。三回目のタイムスリップした直後に、颯が先にダウンしたために、結局最後のフライトは戻ってこれなかった。
分かったことは、夜しか出来ないということ。
そして、未来には行けないということ。
さらに、大事なことが分かったと颯が言っていた。
それは、タイムスリップには限界があるということだ。
颯の推測だと、タイムスリップを繰りかえすとすごく眠くなるということから、何度も飛ぶのはむりだろうということ。
特に、“遠く”に飛べは飛ぶほど、体力的負担は大きいのではないか。
タイムスリップした途端に、意識を失ってしまうのも危険だろうから、悪戯に歴史見学などしてる場合ではない、というのが颯先生のお達しだった。
ちなみに、体力的な負担は、颯の方が大きいみたいだ。
颯の考えだと、実は颯は予知夢を見ている時、本当は一人でタイムスリップしていたんじゃないかと言うこと。颯自身は夢と認識していたけど。
ただ、颯が自身ではその力をコントロールできない。逆に私は、以前、時間を止めてしまった事があった。
これらを総合すると、颯のタイムスリップの力を、私がコントロールしている。それで過去へ飛べるのではないだろうか。
以上が、二人の結論だった。……ほとんど、颯のだけど。
でも、二人でないとタイムスリップできないのだから、私がいくら、「水戸黄門に会いたい! 大岡越前に会いたい! 暴れん坊将軍に会いたい! 悪代官と越後屋に会いたい〜〜!」と叫んだところで、「却下! そもそも、悪代官と越後屋はフィクションだ!」と即座に言われ実現するはずもなく、「本場の『お代官様、お許しを〜。あ〜れ〜』が見たかったのに……」という私の長年の夢は、露と消えたわけだ。
二人じゃなくて、一人で飛べたら、絶対行ってたのになぁ。残念。
その時、私の視線が一枚の写真に釘付けになる。
「あった!」
私の叫び声に、颯がびくっと体を反応させた。
「な、なんだよ」
「ほら! これっ!」
私はアルバムを引っつかみ、ドアに寄りかかる颯に詰め寄った。
颯はその写真を見るや否や、険しい表情になる。
「まさか……」
「この猫、あの猫じゃないの? ねえ、違う?」
その写真には、白い猫を抱きかかえる幼い私の姿。その猫の目は、まるでビー玉のように透き通ったコバルトブルー。
「白い猫ならいくらでもいるだろう? 考えすぎじゃない?」
そう口にするも、颯は本心でそう言ってないと、私の15年のカンが全身で訴えていた。
私はアルバムを颯から奪い取り、1階へと階段を駆け下りた。