ぬくもり
「颯!」
華月かな?
誰かが俺を呼んでる。
確かめたいのに、体が重い。
目が開かない。
口も動かない。
どうなってるんだ。
「颯、目をあけて!」
泣いてるのかな。
華月の声は嗚咽混じりだ。
「颯!」
泣くなよ、華月。
どうしたんだよ。
俺はいつものように、華月の頭を撫でようとした。
でも、腕が鉛でできているかのように動かない。
あれ? どうしたんだ、俺。
「颯!死んじゃ嫌ぁ〜!」
え?
死ぬ?
俺が?
おいおい、待てよ。いくら何でも、華月、俺を殺すなよ。
つい、苦笑した時だった。
――ハヤク イケ
この声。
聞き覚えがある。
この老人のような声は、あの猫だ!
俺に何をした!なんで華月が泣いているんだ!
そう言ってやりたいのに、まるで自分のものではないかのように体が動かない。
――タスケテ
その言葉に、俺は思考を停止せざるを得なかった。
助ける?誰を?
――助けて
突然、聞いたことのない女性の声がした。
もう訳が分からない。
何がどうなっているんだ。
どうして、俺の体は動かなくて。
どうして、華月が泣いていて。
どうして、俺が死にそうで。
猫の声がしたかと思えば、女性の声が聞こえてきて。
しかも、助けを求めてる……?
俺が未だかつて無いくらい混乱してショートしそうになっていたその時、俺の腕に何かが触れた。
暖かい――手?
そう思った瞬間、俺の頭の中に大量の映像が流れ込んできた。
それはまるで大量の写真をいっきにめくるように。
「うああーっ!!」
「颯!」
肩で息をしながら、俺は飛び起きた。
顔を上げると、青ざめた顔で覗き込む華月の潤んだ瞳とぶつかった。
「颯……よかった」
あたりを見回すと、川原の桜の木の根と、草の臭いと、冷たい土の感触がいっきに俺の感覚神経を伝わって脳に到達したようだった。
「俺は……?」
「颯は、急に倒れたんだよ。呼んでも目を開けないし、びっくりしたよ、もう」
華月はそう言いながら、俺の胸の中に飛び込んできた。
倒れた?気を失っていたということか?
じゃあ、さっきのは夢だったのか……?
「もう大丈夫だよ、華月」
腕の中で涙する華月の背中を撫でながら、俺は呟いた。
「大丈夫だ……俺は死んだりしない」