テイクオフ(1)
俺たちがあの日、母さんを助けて“帰って”きた後、華月はしばらく母さんから離れずにワンワン泣いて泣いて泣き疲れて眠ってしまった。
両親は訳分からず終始困惑顔で華月をあやし続けていた。
眠りこけた華月を抱き上げ、華月の部屋へ運び、俺も寝ようとベッドに潜り込む。
「はぁ〜」
無意識にため息が飛び出した。
あぁ…よかった。
嘘じゃないんだ。
母さんは生きてる。
華月みたいに素直には表にだせないけれど…明らかに安堵している俺がいる。
無意識にずっと力が入りっぱなしだったのだろう、肩がガチガチに凝り固まっている気がする。
「まったく……世話のやける母と娘だ……」
毒ついて笑みを浮かべてみた。
久しぶりに一人で横になるベッドは広くて。
久しぶりに一人ですごす夜の自室は静かすぎて。
そんな言い訳を自分にしながら。
自分の顔を両手で覆った。
あとからあとから溢れる涙を止めることはできない。
一度にたくさんの気持ちが、抑えていた気持ちが、涙と一緒に決壊したみたいだった。胸が苦しくて息が出来ない。
人は悲しくても、嬉しくても、同じように涙がでるから不思議だ。
でも……。
……まさかこれが夢で、また華月にベッドから蹴り落とされて目が覚めるなんてことは…ないよなぁ…。
そんな不安が頭をよぎった時だった。
「颯っ!」
バンっ!という騒音と伴に部屋のドアが開いた。生きた災害、またの名を松本華月はまるで弾丸のように一直線に俺の方へ飛んできた。
「うっ!」
当然のように俺の腹の上に飛び乗った華月。
声にならない悲痛な俺の叫びは、これまた当然のようにスルーされる。
「ねぇ、さっきのってどうやるんだろうね」
既に目を爛々とさせた華月が俺の腹の上に馬乗りになって聞いてきた。
どうやる、とか言う前に、重い……。
「わ、わかったから、降りろ……」
華月は面倒くさそうに、俺から降りた。
「ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇっ!」
「はいはいはいはい?」
もう4時近いというのに、何だってそんなに元気なんだお前は……。そんなため息を付きながら適当に答えた。しかし華月はそれを気にとめる訳もなく。
「もう一回やってみない?」
「やってみない」
俺は即答した。
「えーっ! 何でよ!」
「いいか〜華月。今何時だ? ん? 時計読めるか〜?」
「4時12分?」
華月は真顔で答えた。
「そんなことを聞いてるんじゃないんだよ。俺は、もういい加減に寝ろといってるんだ。明日学校あるんだぞ?そもそも何だって起きたんだよ、さっきまで爆睡してたくせに」
一気に俺がまくし立てたが、華月は動じない。
「じゃあ分かった! 学校から帰って来たら実験ね」
「……はいはい。早く寝ろ」
「絶対約束だからね」
まぁ、俺もホントにタイムスリップが出来るようになったのかどうか、気になるところだ。有り得ないことではあるが、俺と華月が昨日に一時的にタイムスリップし、母さんの運命を変えて来れたのは確かな事実のようだった。
物語やドラマの世界じゃあるまいし、そんなことが何度もあってたまるか、と思う気持ちもある。
……やめやめ。
こんなこと考え始めたら寝れなくなる。華月の思うつぼだ。
と、そこで華月を見ると、すでに俺のベッドスペースを半分占領して寝息をたてていた。
早っ!
ていうか……今日も俺の部屋で寝るのかよ……。
別にいいけどさ──蹴り落とされなければね。
俺は小さくため息をついて、華月に布団をかけなおし、自分も眠りについた。