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   あの猫だね(1)

 何が起こったのかわからなかった。

 気がつくと、私と颯は制服姿で駅の階段の下にいた。

 泣き顔で抱き合う私たちを、怪訝そうな顔でたくさんの人が避けて通る。

 どういうこと?

 さっきまで、颯の真っ暗な部屋にいたのに。

 颯の顔を見ると、颯もわけがわからないといった表情であたりを見回している。

 不意に、颯が信じられない物を見たような顔をした。

「かづ、あれ見ろ」

 颯が指差す方向を見ると、駅の壁に埋め込まれた液晶テレビの中のお姉さんがニュースを読んでいるのが目に入った。

 何が言いたいんだろう?

 わけがわからず、颯の顔をもう一度見ると、颯の顔が青ざめていた。

「日付見てみろ」

 日付?

 もう一度その液晶に目をやって、私は目を疑った。

「…え?」

 それは昨日の日付、5月27日。

 時刻は7時34分。

 つまり、どういうこと?

 何がどうなってるの?

「これ、今朝の7時半ってことだよな」

 颯も半信半疑という顔でそう言った。

「どういうこと?」

「わかんない」

「……タイムスリップ?」

「そうかもしんないよ」

 その颯の返事は、意外だった。

 絶対、ありえない、って馬鹿にされると思った。

 でも、颯の顔は真顔で、どこか確信してるみたいだった。

 颯は不意に何か思いついた顔をして、ごそごそと自分の制服のポケットを漁った。取り出したのは携帯電話。

「…かづ…正解だ」

 颯が私に差し出した携帯を見ると、5月28日午前2時37分。

「何で…?」

「…わかんない。でも…一つだけわかることは、最近、俺たちの周りでおかしなことが、何度も起こってるってるってことだ」

「おかしなこと?」

 こないだの変な男が突然動かなくなったことが、私の頭の中に、ぱっと浮かんだ。

「俺の夢も。こないだの男のことも、そして、今のこれも」

 そう言われてみれば…颯が、夢で見たことが実際に起こるって言ってたことを思い出した。

 何で突然?

 そこで私は、はっとして颯を見上げた。

「かづもそう思う?」

「…うん」


「あの猫だね」


 二人の声が重なった。

 そういえば、あの猫がなんか変なことを言ってた。

 あれが原因なのかな…?

 なんて言ってたか正確には思い出せないけど…。

「もう一つ」

 颯の声が、少し、力を帯びていた。

「母さんを助けられるかもしれない」

「えっ?」

「ほら…」

 急いで、颯の指差す方を見る。

 すると、慌てた様子で駅に走ってくるママが見えた!


「ママっ!」


 ママだっ!

 ママがいるっ!

 ママが生きてるっ!


「華月っ!」

 ママに駆け寄ろうとした私の腕を、颯が掴んだ。

「かづ、待って。今行って、階段気を付けてって言ったところで、聞くような母さんじゃないから…」

 颯は苦笑いしていた。

 確かにそうだけど…。

 じゃあどうしたらいいのよ。

「ちょっと見てよう」

 私たちは柱の影に身を隠して、ママが通り過ぎるのを待った。

 ママは私たちの背中側を通って、階段を駆け上がり始める。

 …足でも踏み外して、階段から転げ落ちたのかな…ママ…。

 私も颯も、じっとママの背中を目で追った。

「行くよ!」

「うん!」

 私たちはママのすぐ後ろから階段を駆け上がった。

 まさにその時!

 階段を下ってくる太めのおじさんと、ママの肩が勢いよくぶつかった。

 ママがバランスを崩す。

 



「ママっ!」

 


 


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