暖かい場所(4)
その晩、私は颯のベッドで横になっていた。
でも、さっきの出来事が頭から離れなくて、なかなか寝付けない。
「寝れないの?」
颯が、私の頭をなでた。
返事をするかわりに、私は颯の胸に顔を埋めた。
「ちょっと、話でもしようか」
顔を上げると、その声と同じくらい優しい颯の顔があった。
「俺さ、なんか変だなって最近思うんだよ」
「変?」
颯は、ベッドから起き上がって窓側の机の椅子に座った。
「昨日の夜、変な夢見たんだ」
「夢?」
「そう。しかも、これが初めてじゃない」
颯が何を言いたいのかわからなくて、私は首を傾げる。
「夢の中で見た、同じことが起こるんだ」
颯は、何かを思い出すように、ゆっくりゆっくり話をし始めた。
心なしか、颯の顔が強張っている気がした。
「今日だって、かづが真帆ちゃんの家に行くことになるのは、夢で見たんだ。だから、学校から帰るときに、俺、かづに『今日はまっすぐ帰れよ』って言ったんだ。」
たしかに、放課後颯は部長と話があるからって、今日は颯と一緒に帰る気分じゃなかった私が先に帰ることになったけど。真帆ちゃんの家に遊びに行くことになったのは偶然だ。真帆ちゃんは塾やらピアノやらで普段忙しいからなかなか放課後遊ぶ時間がないのに、今日はたまたま留守番を頼まれて家にいなきゃいけないからって言ってたから、じゃあ遊びに行く!ってことになったんだ。
私はますます颯の話がよくわからなくて、じっと颯の顔を伺った。
颯はさらに、難しい顔をしたまた、続けた。
「それで、かづが帰りが遅くなることも……あの公園の道を通ることも……こんなことになることも……夢で見たんだ」
「え……?」
「そんなことはある分けないって、思って。でも、かづは帰ってこないし、連絡も付かないし。それで、やっぱり真帆ちゃんの家にいるし……」
だんだんと、その颯の声は弱々しくなり、ついに震えだした。
「まさかとは思ったんだけど…そろそろ連絡あってもいいのに、なかなか連絡ないから…迎えにいこうと思って、ふと夢を思い出して…公園の方へ行ったんだ…そしたら……心臓が止まるかと思った」
颯は俯いたまま口を閉ざした。
颯の頬を涙が伝うのが見えた気がした。
そんな颯の姿に、胸が締め付けられる思いだった。
ごめんなさい。
こんなに心配かけてるなんて思わなかった。
そして、ありがとう。
私は心から素直にそう思った。
「……颯……ごめん……」
私は、颯の頭を抱きしめた。
「ごめんなさい……もうしない……」
「無事でよかったよ……だから泣くな」
颯は、引きつった顔で私の涙を拭ってくれた。
いつもみたいに叱られるよりも、ずっとずっと胸が痛かった。
「はぁ……ほんとよかった……」
しばらくの間、颯は私の頭をやさしくなでていてくれた。
「でもさ、あれなんだったんだろう」
私は、やっと落ち着いてきて、そう切り出した。
「あれか……」
颯も、腑に落ちない顔をしている。
「止まってたよね」
「止まってたね」
そう、あの男は、私の腕をつかんで殴ろうとして手を振り上げた瞬間、まるで再生映像を一時停止するみたいに、ぴたっと止まった。
私も颯もちゃんと動いてたから、あの人だけが止まってたってことだ。
しかも、私が颯のところに駆け寄って、間もなく、男はまた動き出して、「え?」と呟くと、私たちを呆然と見つめて、やっと状況がのみこめたらしく、あわてて走って逃げていった。
「なんだったんだろうな…俺も止まった瞬間見たよ。かづが殴られると思った」
「……とりあえず」
「そうだな、結果オーラーかな…?でも、父さんや母さんには、ちゃんと自分で言えよ」
「……はい」
素直に私が返事をしたら、颯は、ふっと笑って、私のおでこをぺちっと叩いた。これは、パパが許してくれる時の癖。
「さ、寝よう」
「うん!」
「……かづ……ベッドの真ん中に寝るな。俺が落ちる……」