第9話 思い出したもの
「秀!!」
和葉が呼び掛けると、秀はこちらを振り向いた。目線を下に向けると、秀は再びバラを眺める。和葉は歩いて、秀の横に行った。
「バラ、眺めてたんだ、キレイだね……」
「……ああ」
秀は素直に答える。冷たい感じは、どこか薄れていた。
「……その、ごめんな、和葉」
「え?」
いきなりの秀の言葉に、和葉は少し驚く。
「昨日、僕が放っておいてくれないかって言っただろ?あの後和葉、泣いたって橋本から聞いたんだ。泣かせるつもりはなかったんだ。本当に、ごめん」
「え……橋本って……加奈から?ううん、いいよ、気にしてないから」
秀がまともに話してくれて嬉しかったのか、和葉は笑顔になって言った。
和葉の頬が、ほんのりと赤く染まる。
「ねぇ、秀、昔バラ園に行ったこと、覚えてる?」
秀のキレイな横顔を見ながら、和葉は言う。
「ああ、覚えてるよ。それをちょうど思い出して、バラ、見てたんだ」
「そっか……」
和葉の心が、じんわりと温かくなる。何だろう?この幸福感は。
「そのバラ園でね、二人で約束したこと、覚えてる?」
「約束?」
「うん、私、今それを思い出したの」
秀は首をかしげる。
《私達は大切な友達。何かあったら、どんなことでも秘密無しに話すこと》
「……!」
秀も何かを思い出したようだ。
「でね、これは私の一方的な約束」
秀は薄茶色の瞳を大きく見開いた。
「よくそんな昔のこと、覚えてたな」
秀の顔が、少しほころんだ。
「秀は覚えてないの?」
「いや、うっすらと覚えているよ」
秀はクスリと笑う。まだ元気はないが、元の秀に戻った気がして、和葉はすごく嬉しかった。