第5話 涙
それでも精一杯の愛嬌で「おはよう」と返していた。無理してるな、と和葉は思う。秀が席に座ると、和葉は立ち上がり、秀の方へ向かう。
「秀、おはよ!」
和葉が元気よく笑顔で挨拶すると、秀は視線を和葉の方へ向けた。少しだけ見つめると秀は、
「ああ、おはよう」
とさっきの女子達とは違う感じで返した。和葉は、少しだけ嬉しかった。
「ねぇ、昨日LINEしたんだけど……見てくれたのよね?」
秀の視線は真正面を向いている。何も答えてくれない。
「……秀?」
和葉は秀の顔を覗きこむ。秀は、少し不機嫌そうに答えた。
「……いいから、僕の事は放っておいてくれないか」
「え……」
和葉の目の前が、真っ暗になった。どうしてそんなに突き放した言い方をするんだろう?和葉はそう思った。今まで何でも話してきたのに。幼い頃からずっと遊んできたのに。あんなに仲良しだったのに。
「何で?秀、どうして……?」
和葉は泣きそうになる。秀は和葉の顔を一瞬見ると、スッと立ち上がってどこかへ行ってしまった。
(そんな……放っておいてくれなんて……何で?何でよ?秀……)
和葉は秀の姿を教室から出るまで、ずっと見つめていた。あまりのショックにポカンと立ち尽くす。親友の加奈が、心配そうに寄ってくる。
「和葉、大丈夫?」
両手で顔を隠す和葉の肩を、加奈はゆっくりと揺らす。
「……うん、大丈夫。……大丈夫だよ」
そう言うと、和葉はポロポロと涙を流した。
加奈は和葉の肩を優しく擦ると、ハンカチを差し出した。ハンカチでも拭いきれないほどの大粒の涙をこぼした。朝の教室で、和葉は加奈以外の人に悟られないように、泣いた。泣きすぎて嗚咽が出た。
とにかく胸が苦しかった。和葉はなんで自分でもこんなに苦しいのかわからなかった。こんなに涙が出るなんてビックリだ。涙を止めたかったが、あふれでてくる熱い雫は一向に止まらない。その日一日、和葉は大泣きした後の腫れたままの目で過ごした。秀とも目を合わせることもなかった。苦しい一日だった。