第一話
働かざる者食うべからずとは、誰が言った言葉だったろうか。
言葉のままに受け取ると、仕事をしようとしない者は食事をするべきではないと捉えられる。
そう。逆にいえば、仕事をしようと考えていれば、食事は与えられるべきなのである。
結果として仕事ができていなかったとしても、しようという気持ちがあれば、セーフなのである。
そう、その気持ちが大事なのだ。
魔石調律工房の来客室。
お昼時。客一人いないそこで、黒髪の少年少女……トウタとライラはテーブルで向かい合っていた。
メイド姿の少女の前にはバスケットが置かれている。その中には色とりどりのサンドイッチが並び、トウタの食欲を刺激してくる。
「――そう、その気持ちが大事なんだ」
仕事のあり方を力説するトウタに、メイド姿のライラは、にこーっと正面から微笑んだ。
「そうです。大事なのは、その気持ちですよね」
「そうそう。俺だって働こうという気持ちがないわけじゃない。仕事が来ないから、しょうがなく暇をしているだけなんだ」
この工房をエーデルカのお嬢様から譲り受けて、二週間。
税金という重い枷から解き放たれたトウタは、もう焦る必要もなく、のんびりと過ごしていた。
ちょっと寂しくもあるが、仕事が来ないのだからしょうがない。
だが、そうしていると一つの問題が上がってくる。
「だからさ、ライラ。そのサンドイッチを一個でもいいから分けてくれないか?」
「イヤです」
表情も変えずにライラが断り、サンドイッチを頬張る。トウタはその様子に生唾を飲み込みながら、なおも食らいつく。
「頼む、俺は昼を抜かないと今月食費が間に合いそうにないんだ」
別に来月になったところで、どうなることもないのだが。
こくんっとサンドイッチを飲み込んだ彼女は、不思議そうに首をかしげる。艶やかな黒髪がそれに合わせて揺れた。
「それなら、私のサンドイッチもいらないんじゃないですか?」
「いやいや、俺は食費を出せないからお前の……、ライラさんのサンドイッチを分けて頂きたいなと」
空腹感が、トウタのプライドをぎしぎしと踏み潰す。
同い年の少女に昼食をねだるというのは、それなりに勇気と精神力を削られる行為であった。
彼女は少し考え込み、やはり首を横に振る。
「一度あげてしまうとそれが習慣になってしまうってよく聞きますし」
「俺は野良猫かよ」
「でも、ここのところ毎日同じことを言われていますし、これから先も変わらないんですよね?」
「うっ……」
先のことを言われるとキツイ。確かに、魔石調律の依頼はお嬢様のものを最後に途絶えている。
遅かれ早かれ、何かしらの手段を打たねばならないだろう。
「……来月。来月になったら心機一転、ギルドで仕事を漁ってみるからさ」
「? なんで来月なんです?」
「うっ……」
再び言葉を詰まらせる。なぜ、と言われると辛い。
王都の暮らしに比べ、このまったり感が心地よくて中々抜け出す気になれないのだ。いわば、寒い朝にベッドから抜け出したくない気分と同じだ。
抜け出すには、それなりのきっかけがいる。それを、とりあえず月の変わり目に設定したのだった。
明日からでもいいじゃないですか、と言われると如何ともし難いので話題を反らす。
「だ、大体、なんでいつも俺の前で昼飯を食べるんだよっ」
「だって、一人で食べるのって味気ないじゃないですか」
「俺は、その味気なさすら感じらねえけどな」
「私はとても美味しいです」
「……そうかい」
幸せそうに笑みをこぼすライラに、トウタは何も言えなくなって目線をずらす。
一緒に食べるとご飯が美味しいと言われて、まあ、悪い気はしなかった。
これでトウタも腹が膨れていれば、何も言うことはないのだが。
パクパクとサンドイッチを平らげていくライラを横目に、夕飯まで寝て空腹感を紛らわそうかと考えていると、
「そういえばトウタ様、午後は暇ですか?」
ライラが唐突に聞いてきた。
「ああ、暇……だけど」
少し甘い期待をして、トウタがそう返す。
彼女はよかったですと笑って、一枚の紙を取り出した。
「これ、トウタ様にちょうどいいんじゃないかと思うんです」
「え?」
少し、嫌な予感がした。差し出されたその紙に目を通し、それは的中する。
「お前これ……、ギルドからの依頼書じゃないか」
「はい、朝早く行って取ってきました」
偉いでしょうと、誇らしげに無い胸を張るライラ。
依頼内容に目を通し、トウタは手を震わせた。
「……俺の勘違いじゃなければ、納期今日だよな?」
「はい。仕込みがあるので今日中に欲しいって」
「お前、ジンウルフの肉のジンウルフってなんだかわかるか?」
「はい、依頼主のコックさんに聞きました。ここから西の森に棲んでいる魔物だそうです」
よく調べてある。
そう、悪気は。悪気はないのだ。
彼女はきっと、仕事がなくて困っている自分に何かいい仕事はないかと、善意で探してきてくれたのだろう。
朝早くギルドに行って、トウタのためを思って。
「あの、もしかして、迷惑でした……?」
ライラが不安そうに見つめてくる。
覚悟を決めて、トウタは柔和に微笑んだ。
「いや、助かったよ。これだけの報酬があれば今月の食費も安泰だ。
ありがとう」
「本当ですか? お役に立ててよかったですっ」
一転して明るい表情を浮かべるライラに、トウタは苦笑を浮かべる。
取ってきてしまったものはしょうがない。
断って困るのはそのコックで、批難されるのは彼女なのだ。
まあ、これはこれでいいきっかけだろう。
そうして、トウタは外出に向けての算段を脳内で始めると、ぐーっとお腹が鳴る。
とりあえず、どこかで昼食を取ってから出かけることにした。