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魔石調律のお値段は?  作者: クルースニク
第一章 光風の魔術師
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第七話

 後日談。

 医者に診てもらったところ、トウタの傷はそこまで大したものではなかった。

 頭も数針縫うだけで済み、肩も脱臼していただけで、その場で入れてもらうことができた。


 医者に行く前に鍛冶屋に頼んでおいた台座の修復は、その時にはもう終わっていた。

 修復と言っても、金属の破片を一度溶かして、再び形作ってもらっただけ。

 彫刻された文字は消えてしまったが、状態を確認したときに頭に入れておいてある。

 穴食いだった場所も、前後の文字から予想ができていた。

 なので、


「お待たせ致しました」


 日が沈んで数時間後の工房。

 泣き腫れていた目もだいぶ治まってきたフィアナに、トウタは修復した魔装具を差し出した。

 それはソラという少女の調律と同じ物。違うのは、それを彼の技術を持って行ったというだけ。


「……ありがとう、ございます」


 受け取ってもらえるか不安だったが、彼女は素直に受け取ってくれた。

 彼女の傷は比較的浅かったため、魔術を用いた治療で綺麗さっぱり消えている。


「…………、」


「…………、」


 沈黙が工房を支配する。

 受け取ってすぐに帰るものだと思っていたが、彼女はなぜか席を立とうとはしなかった。

 そこでトウタは間を繋ぐために魔装具の説明を始める。


「その魔装具の台座、壊れた破片から作り直したものにしてあるから。刻んである文字も前と同じにしてある」


「わざわざ、ありがとうございます」


「…………、」


「…………、」


 再び沈黙。

 迷った末、トウタはもう少し彼女が落ち着いたら話そうと思っていたことを口にする。


「……その魔装具に刻まれていた古代文字なんだけどさ。ソラって子は、本当に君のことをよく見てたんだろうな」


「え?」


 唐突に出た親友の名に、彼女は目を丸くする。


「“光風”。そう刻まれていたよ。春の晴れた日に吹く風のことらしい」


「春の風……? 私、そんな柄じゃないです」


 否定するフィアナに、トウタは柔らかく笑った。


「そうかい? 俺が君に初めて会ったときに感じた魔術の風は、本当に身を包むように優しくて暖かった。“光風”は君にピッタリの言葉だと思うよ」


 だからこそ、彼女を主席まで至らせるほどの力を出せたのだろう。

 彼女はトウタの顔をしばし見つめたあと、穏やかに微笑んだ。


「――そうですか」


 それは、あの日あの時に見たものとは違う――寂しさを感じさせない、爽やかな微笑だった。

 見つめ合っているのが恥ずかしくなって、トウタの方から目を反らす。


「さ、さて。それじゃあ、そろそろ店じまいの準備でもするかな。君も、もう遅いから早く帰った方がいいよ」


「あの、魔石調律のお値段は?」


 フィアナの言葉に少し悩んだ後、トウタは首を横に振った。


「いや、いらないよ」


「……え?」


 ぽかんと、可愛い表情をして首をかしげる彼女に、トウタは頬を掻きながら答える。


「工房を閉じようと思ってたんだ。ほら、君も言ってた通り客の入りも寂しいしさ。

 税金の取り立ても厳しいし、他の街に行こうかなって。

それは閉店記念ってことで、タダでいい」


 嘘も混じっていたが、それは少し前に考えていたことだった。

 今回の代金をもらったとしても、結局このままでは綱渡りを繰り返していくだけだ。

 ちょっと心残りではあるが、ここらでキッパリ閉じてしまう方がいいだろう。


 トウタの言葉を聞いたフィアナは、少し考えたあとに頷いた。


「……そう、ですか。では遠慮なく頂いていきますね」


 そうして彼女は席を立つ。


「ああ、そうしてくれると助かる。最後に良い魔装具に出会えてよかったよ」


「私も。あなたに出会えてよかったです」


 そう穏やかに微笑んで、フィアナは玄関へと向かっていく。

 今度こそ、トウタはすっきりした気持ちでその背を見送ることができた。



 翌日。

 トウタは怖い人たちの到来に向け、工房を出ていく準備をしていた。

工房自体が結構良い値段だったので、仕事道具は取られずに済みそうだ。

 そんなことをしていると、玄関の戸が叩かれた。


「は~い、今行きます」


 トウタはいっそ清々しい気持ちで、彼らを受け入れようと扉を開く。

 しかし、そこに居たのは。


「あの、どうも」


 なぜかメイド服を着たライラだった。

 上目遣いでこちらへはにかんで見せた。


「今日から、お世話になりますね」


「は?」


 全く意味が分からずに固まるトウタへ、彼女は二枚の紙を取り出す。


「これ、お嬢様からです」


 渡されたそれに、トウタは目を通す。

 一枚はこの工房の土地の買収書だった。その主はフィアナ・エーデルカ。

 そしてもう一枚は、魔石調律の報酬として、その土地をトウタへ譲渡するというものだった。

 その意味を理解して、トウタは思わず笑った。


「……やってくれるな、あのお嬢さん」


 エーデルカということは、やはり町長の娘だったか。ならば、土地を不動産屋から買い取るほどの財力はある。しかし、普通にそれを譲渡するなら今と変わらない。

 だが、魔石調律の報酬とするのならば、話は別だ。なぜなら、魔石調律の報酬には、一切の税は掛からない。

 流石に悪い気もするが、ここまで進めてあっては貰わないわけにはいかなかった。


「それで、君はわざわざこれを届けに来てくれたのか?」


 ライラは首を横に振る。


「色々迷惑を掛けたからって、お嬢様がクビを考え直してくれて、トウタ様の専属メイドにして下さったんです」


「へえ~……は?」


 途中から話が理解できず、間の抜けた声を漏らしてしまう。


(……屋敷には置いておけないけど、屋敷の外だったら構わないと。つまりは厄介払いしたのか……?)


「アシスタントのように考えてくだされば結構です」


 そうにっこりと微笑む少女を拒めるほど、トウタは非情にはなれなかった。


「わかった、よろしく頼む。それで、そのお嬢様はどうした?」


 色々と言わせてもらおうと、その居場所を聞き出そうとする。

 ライラは頭を左右に振り、エプロンのポケットから袋を取り出した。


「お嬢様は今朝一番に馬車で王都の方へ戻られました。

 あと、これは個人的なプレゼントだそうですよ」


 そう渡された袋を開き、トウタはギョッとした。

 中に入っていたのは、緑の真珠に銀の装飾が施されたブローチ。主席を示す勲章だった。


(アイツ、なんてものを渡しやがる……!)


 なくて困るものではないらしいが、それでも親友の魔装具と共に勝ち取った大事なものだろうに。しかし、その本人はすでに遠い彼方。

 今は返すのを諦め、ブローチに視線を戻す。そこに光り輝く文字を見た。


(見たことのない古代言語。まさか、ブレスレットと同じ……)


「どうしたんですか、トウタ様?」


 不思議そうに手元のブローチをのぞき込むライラ。どうやら、この文字は自分にしか見えていないようだった。


「……というか、そのトウタ様っていうのはやめないか? なんかむずっかゆい」


「ご主人様のほうがよろしいですか?」


 心にクリティカルヒットするが、常識人としてトウタは首を横に振った。


「……最初のでいい」


「はい。では、よろしくお願いいたしますね、トウタ様」


 満面の笑みを浮かべるライラに、トウタも思わず頬を綻ばせる。

 そうしてまた、新しくも騒がしい日常が始まっていくのだった。


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