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魔石調律のお値段は?  作者: クルースニク
第一章 光風の魔術師
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第二話

 中央公園での出来事から数時間後、トウタは、自らの工房で目を覚ました。

 顔を上げるとそこは来客室で、窓の外へ視線を移すとすっかり日が昇っていた。

 どうやら、工房に帰ったあと寝室には行かず、テーブルに顔を伏せて眠ってしまったようだった。

 あの寒空の下を一時間も掛けて帰って来たのだ、力尽きるのも無理はない。


(あれは夢……じゃないよな?)


 長い睡眠を取ったせいか、深夜の出来事がひどく昔のことに感じられる。夢と考えると、そうだった気がしてくる。

 しかし、自らがコートを着ていることに気付き、トウタはその仮説を否定する。暖炉の熱で温まった部屋で、コートを着る必要はない。今の自分のように汗が滲むことになるからだ。

 そこでふと、考える。


(あれ、もうとっくに暖炉が消えてもおかしくない時間のはずなのに……)


 上半身を起こす。変な姿勢で長時間居たため、背中が痛い。座ったままトウタが背伸びをすると、軽い物が後ろに落ちる音がした。不思議に思い、背後を振り返ると床の上に毛布が広がっていた。

 汗をかくはずだ、コートの上にあんなものを掛けられていたのだから。

 そこで疑問が生まれる。


(誰が、掛けた……?)


 この工房にはトウタしか住んでいない。となれば、必然的に彼が自分で羽織ったとしか考えられないが、毛布は自室にしかない。そこまで取りに行ったのなら、普通そのままベッドにダイブするだろう。

 では、一体誰が?


「あ、お目覚めになられましたか」


 工房の奥。台所の方から、見知らぬ人物がトレイを手に姿を現す。

 可愛い顔立ちをした少女だった。肩のあたりで切りそろえられた艶やかな黒髪を揺らし、人懐っこい笑みをこちらへ向けている。

 細められたネコ科を思わせる黄色の瞳が印象的だが、それ以上に目を引くのはその恰好だった。

 濃紺の質素なワンピースに、白いフリルのついたエプロンを合わせ、頭にも同じく白いフリル素材のヘッドドレスを身につけている。いわゆる、メイド服姿だった。

 しばしの間その姿を堪能したあと、トウタは再びテーブルに顔を伏せた。


(まだ夢か……)


 きっとそうだ。そうでなければ、雇ってもいないメイドが工房をうろついているはずがない。

 一人で店番をしている寂しさと、思春期の少年の妄想が入り混じってこんな夢を見せているのだ。それにしては制服を押し上げる少女の胸のふくらみは頼りなく、長いスカートがふとももを隠してしまっているのが残念だった。


 それはそれとして、とにかく早く目を覚まさなければ。貴重な一日を眠って過ごしてしまった、なんてこともあり得る。


「すみません。今朝、お嬢様の魔石調律の依頼に来たのですが、鍵が開いていたので入ってしまいました」


 依頼という言葉に顔を上げそうになる。しかし、すぐにそういう設定の夢なのだとトウタは自分に言い聞かせる。

 店の中に入るまでは良いとしても、台所までお邪魔するようなメイドが居るはずない。


「あ、毛布、暑かったですか? 暖炉の火も消えて寒そうに震えてらしたので、寝室にお邪魔させて頂いてお掛けしたのですが」


 夢にしては設定が細かい気もしたが、そんな図々しいメイドはいないだろう。

 プライバシーなんてあったものではないし、トウタが雇い主ならばちょっとクビを考える。

 少女が、切実さを滲ませた声で続けた。


「あの、すみません、お願いですから話を聞いて頂けませんか? 私、このままだとお屋敷をクビになってしまうんです」


 もしかしたら、現実かもしれない。

 そこでようやく、トウタは少女の話を聞くことにしたのだった。



 来客用のテーブルにメイド……ライラ・スルートという名の少女を座らせ、トウタは依頼の内容を確認していた。

 彼女が淹れてくれたコーヒーを頂き、もう完全に目は覚めている。


「……それで、今のお屋敷をクビになったら、失業十回目なんです。次クビになったら紹介人にもフォローしきれないって」


 コーヒーのカップを両手で包み。しょんぼりとライラが顔を俯ける。


「それは大変ですね」


 依頼を確認しているはずなのだが、未だに魔石調律の魔の字も出ていない。

 彼女の失敗話を相槌をつきながら聞いている様は、まるでカウンセラーでもしているようだ。

 しかし、この土壇場での依頼の持ち込みを逃すわけにもいかず、気長に待っていると、ようやく彼女は本題に入った。


「それで今回魔石調律をお願いしたいのには、その失敗が関わっていまして」


「と、言いますと?」


「お屋敷にはお嬢様が一人いらっしゃられるんですが、今まで学業の関係で王都の方で暮らされていたんです。

 ですが、昨日突然帰られるということで、気を利かせたつもりでお部屋の掃除をしておいたんです」


「それがお嬢様の逆鱗に触れたと?」


 トウタの予想に、しかしライラは首を横に振る。


「いえ、そのことはお褒めに頂いたんです。すごい綺麗になっていて、助かりますって」


 結構、懐の深いお嬢様だ。本来ならばそれだけでクビにされても文句は言えないだろう。とすれば、それ以上のことを彼女はしたことになる。

 ただ、と顔に影を落としてライラは続けた。


「それで嬉しくなってしまって、お嬢様とお話をしたくなってしまったんです。

 でも話題が見つからなくて、つい写真のことを訊ねたら、機嫌を損ねてしまって……」


「写真?」


 唐突に出てきた単語を、トウタが繰り返す。


「ええ。タンスの奥の方にしまってあったんです。

 幼い頃のお嬢様と女の子が仲睦まじく写っていて、思わず笑顔がこぼれてしまうような写真でした」


 サラッ、と。なんでもないように少女は続ける。


「それで、あの写真の子はお友達なんですかって訊ねたら怖い顔で、

 なぜそれを知っているの、あなたには関係ないでしょって言われて、部屋を追い出されてしまったんです」


 何がいけなかったんでしょう、と彼女は黒髪を揺らして首を傾げる。

 とても愛らしい。だが、トウタは少し薄寒いものを感じていた。何かが、この少女には欠けているのではないかと

 彼女が自らのバッグからあるモノを取り出したのを見て、それは確信に変わった。


「今日はそのお詫びとして、お嬢様の代わりに魔石の調律を依頼しに来たんです。

 なぜか、十年近く前から調律を行っていないって、他の使用人の方々から聞いたので。きっと面倒くさかったんでしょうね」


 いっそ眩しい程の笑顔で彼女がテーブルに置いたのは、古びてはいるが大事に使われてきたことがわかる、魔装具だった。


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