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魔石調律のお値段は?  作者: クルースニク
第一章 光風の魔術師
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第一話

 最初は、ちょっとした気まぐれだったのだろう。

 まだ物心ついて間もない時に、考古学者の父が一冊の本を渡してきた。

 それは大昔に失われた古代言語と、その翻訳が書かれた図鑑だった。


 もらった本にじーっと目を通していると、父は我に返ったように苦笑した。


『お前にはまだ難しすぎたよな』


 目をキラキラと輝かせて、首を横に振った。


『ううん、すっごい面白いよ』


 あの時の父の表情は、今でも忘れない。

 ぽかーんと間の抜けた顔をした父がとてもおかしくて、笑ってしまった。


 それが十年前の話。

 現代語よりも古代言語の方がスラスラと理解でき、見ているだけで心が躍るように楽しかった。


『こいつは、将来立派な考古学者になるぞっ!』


 その才能に気付いた考古学者の父は、もろ手を挙げて喜んだ。


『いいえ、この子は魔石調律師として育てるべきです』


 その才能に気付いた魔石調律師の母は、自分の跡を継がせようとした。

 しかし、対立はなかった。父は母に弱かったからだ。


 そうして、魔石調律師の道を歩まされることになる。

 魔術を使用する上で必要不可欠な魔石。

 その加工と、古代言語を用いての調整を行う魔石調律師の需要は高く、将来性の明るい職業だったというのも理由の一つだろう。


 その道を歩むに当たって、古代言語を理解できているというのは強みだった。

 古代言語の習得が、魔石調律師になる上でもっとも高い壁だったからだ。


 そうして、あれよあれよという間に名門の王立魔術学園の魔石調律科の初等部へ入れられ、飛び級に次ぐ飛び級。

 十歳には高等部を卒業、同時に魔石調律師の資格を習得した。


 史上最年少の天才魔石調律師なんてもてはやされ、引く手は数多。

 王都の有名な工房から王都を守る師団の特務部隊にまで所属したことがある。


 しかし、その多忙さに嫌気が差して王都を逃亡。

 稼いだ財力で戸籍を偽装(犯罪)、髪形、服装を変えて……現在。


 大陸南部に位置する、花舞う都と謡われる観光都市。エーデルカ。

 その一等地へ、自らの工房を立ち上げていた。



 人々が寝静まった夜。

 魔石調律工房、そう看板の掛けられた建物には未だ明かりが灯っている。

 暖炉の薪がパチパチと音を鳴らす中、


「はあ……」


 短い黒髪の少年、トウタ・エレッジは来客用のテーブルでくしゃりと潰して頭を抱えていた。

 その視線の先には、金や銀で装飾された悪趣味な手紙が一通。

 税務局からの催促状だった。書面には、並の貴族なら卒倒するような金額が書かれている。

 あと三日以内に納めなければ、笑顔の彼らが怖い人たちを連れてやってくることだろう。


(くそ、王都だったら一晩でこんな金、稼ぎきって見せるのに)


 国が最重要養成項目とした魔石の加工と調整技術。それを有する魔石調律師にはある程度の優遇措置がある。

 有名なのは、魔石調律の報酬を各々が自由に設定でき、その報酬に関してはすべて非課税となることだ。


 だから、魔石調律の仕事を受け、税金分のお金を稼げば済むことだった……のだが。

 工房奥でピッカピカに輝く作業台を、トウタは憎々しげに睨みつける。


(まさか、一件も仕事が来ないなんて。何が花の都、笑顔の咲き誇る町だ。大笑いしてるのは、税務局じゃねえか)


 エーデルカのキャッチコピーに悪態をつく。それは八つ当たりでもあった。

 そうとわかっていて、ここに工房を開いたのだから。


 こんなバカ高い税金を払えるの大貴族だけで、そんな彼らにはお抱えの魔石調律師がいるのだから、わざわざこの工房まで足を運ぶような者はいない。

 そして観光名所がずらりと揃えられたこの町で、わざわざ魔石調律に時間を割くような物好きもきっといない。


 だから、毎日のんびりと過ごせると考え、その思惑は見事に成功したのだ。

 想定外だったのは、三ヶ月経って一件も仕事が入らなかったこと。


 最初は夢のような暮らしだと喜んでいたのだが、毎月貯金をガリガリと削られ、焦り始めたのが一か月前。過去の栄光が嘘のように依頼のくる気配はない。

 かといって、今さら正体をバラすのもバツが悪かった。

 

(……ちょっと、気分転換に外を歩いてくるか)


 ふとよぎった考えだが、我ながら良い案だとトウタは思った。

 こうしていても気が滅入るだけだ。少しでも体を動かせば何か解決策が見つかるかもしれない。

 彼は早速立ち上がると、壁に掛けられたお気に入りの青のコートに袖を通す。

 帰って来た時に凍えないよう、暖炉へ新たな薪をくべ、トウタは工房をあとにした。


           ◆


 トウタが歩く真夜中の道は、静寂に満ちていた。

 暖炉の熱で火照っているおかげか、本来は凍えるような空気が今は気持ちいい。


 観光都市でありながら、トウタの他に外に出ている者は見えない。

 治安維持のため、町が深夜の観光客の外出を禁止しているからだ。ただし、住人に関しては禁止されていない。

 だが、こんな時間に出歩くような変わり者は、トウタ一人のようだった。


(へえ、夜は夜でまたちょっと趣が変わるな)


 昼とはまた違う風情と、深夜のテンションで気分が高揚した彼は、どんどん歩を進めていく。

 我に返った時には、中央公園近くまで来ていた。彼の工房から徒歩で一時間は掛かる距離だ。


(しまった、この寒いのにこんな場所まで……)


 右手のブレスレットもすっかり冷え切り、帰りのことを考えてトウタの気を滅入らせる。そうして、重い足取りで来た道を戻ろうとした時、風を感じた。


 この季節に感じるはずのない、暖かく柔らかな風だった。春の陽気を感じさせる温もりに、寒さに強張った体が優しく解されていく。


(この先からか……)


 気流は、どうやら広場の方から来ているようだ。その風へ誘われるように、トウタは奥へ歩を進めていった。



 エーデルカの中央へ位置するこの公園には、街もかなりの力を入れている。

 有名なのは噴水だ。著名な彫刻家が手掛けたもので、水の花を咲かせるその様は、エーデルカ随一の名所だと観光ガイドに紹介されている。

 

 その前で、彼女は踊っていた。

 月光が生み出した舞台の上、ベージュのカーディガンにチェック柄のスカートを身につけた長い白銀の髪の少女が、虚空へ向かって剣を捌いている。

 ゆったりと、柔らかな動きだった。それがトウタには踊っているように見えた。


 翡翠の輝きが、その動きに合わせて宙に軌跡を描く。目を凝らすと、彼女の右手に魔石を嵌めた手甲、魔装具が見て取れた。


(……魔術だったのか)


 脳裏にそんな単語が浮かぶが、すぐに溶けて消えた。

 彼女の剣舞に、いつしかトウタは見入っていた。 


 そこには必死さも張り詰めた空気も感じない。

 それどころか彼女の表情は穏やかで、口元には微笑さえ浮かべている。どこか、憂いを含んだ笑みを。


 そうわかるほど、トウタは近くに来ていた。

 それからどれぐらい時間が流れただろうか。彼女は唐突に剣を鞘に収めた。それと同時に魔石の輝きが消え、広場へ再び冬が訪れる。

 

「何か、ご用でしょうか?」


 想像していたのとは違う、凛とした声を掛けられ、トウタの心臓が跳ねる。

 彼女の顔からは先までの穏やかさが消え、氷を感じさせる切れ長の蒼い瞳がトウタを捉え、射すくめる。

 剣の柄には軽く手が置かれ、いつでも抜刀できるようにしていた。

 幸か不幸か、こういう状況には慣れていた。


「剣舞があまりにも見事だったから、見惚れていたんだ」


 両手を挙げ、敵意がないことを示すと彼女は柄から手を離した。警戒は解いてはいなかったが。


「……剣舞というほどのものではありません」


「だったら、俺は今ここに残って居ないよ」


 それは真意だった。

 彼女の慧眼はそれを見抜いたようで、ようやく警戒を解いた。


「……すみません、こんな夜更けに人と会うとは思わず、身構えてしまいました」


「俺も、こんな夜更けに人と会うとは思わなかったよ」


 張り詰めた空気が解け、トウタも安堵する。


 そうしてあらためて彼女を見ると、可愛いというよりは綺麗の部類に属する少女だった。

 歳の程は恐らくトウタと同じか、少し上。同年代の中では背の高い方に見え、年相応の身体つきをしている。

 服装は、私服ではなく学園の制服のようで、胸のふくらみの上に見覚えのある校章が刺繍されていた。


(あの校章は……)


「久々に故郷に帰って来たので眠れなくなってしまって、ちょっと体を動かしに来たんです」


「……俺も似たようなものだよ」


 その微笑ましい理由の後に、税金うんぬんについては語れない。

 話題が膨らむ前にすり替えようと、先ほど仕舞い込んだ問いかけを口にする。


「君は、王立魔術学園の生徒なんだな」


「…………、」


 少女は答えなかった。こちらを見たまま、茫然と固まっていた。

 隈に気付かれたかと考えたが、視線はもっと下を見ている。それを追って、魔石調律師を証明する胸章に行きつく。


「ああ、実は俺……」


「すみません。私、もう帰りますね」


 その名を告げるよりも早く、彼女は軽く頭を下げて踵を返し、そのまま立ち去っていく。


「え? あっ……」


 突然の事態にどう対応していいかわからず、トウタはただ彼女が闇の中へ消えていくのを眺めることしかできなかった。

 ぽつりと取り残された彼は、思い出したように突き刺さる冷気に身を震わせた。


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