続・異世界で猫に好かれてます
天蓋付きのベッドに座る俺は今、ライオン耳と尻尾を生やしたおっさんの頭を撫でている。
望まない状況に、現実逃避に思う。
どうして、こうなった?!
事の始まりは、一ヶ月前――この世界に来てから一ヶ月後――、獅子人のお客さんが来た事である。
「貴方が異世界の人ですか。この世界の人と比べて知的に見えますね」
中性的な青年は、そう言って近付いて来た。
「そうですか? ありがとうございます……?」
この世界の人を見た事が無いので、お世辞なのか・心底そう思っているのか判らない。
そう言えば、全員奴隷なんだっけ? なら、勉強なんてさせて貰えないだろうし、頭悪い人が多いのかもしれない。
でも、勉強させて貰えない人と比べて褒められてもなー……。
「色々と異世界の話を聞きたいのですが、撫でる事しかして貰えないのでしょうか?」
「そんな事は無いです。これまでも色々要求に応えて来ましたよ」
「言っておくけど、私、異世界人を見に来ただけだから!」
部屋に入って直ぐそう宣言したのは、何だか見覚えがある猫人の女性だった。
「そうですか」
「後、気安く話しかけんじゃないわよ! 人の癖に!」
「はあ」
「後、其処退きなさい! 私が座るんだから!」
言う通りにベッドから退いて壁際に立ってやると、その女性は満足そうに俺から一番遠い所に座った。
そして、チラチラとこっちを見て来る。……これが猫だったらなぁ。
「こーんにーちわー!」
突然バンッと扉を開けて、常連の少女が入って来た。
「なっ!? あんた、何しに来たのよ!?」
「お姉ちゃん、どうせ、見てるだけなんでしょう? だからー、その間私を撫でて貰おうと思って!」
なるほど、この子の姉だったのか。道理で見覚えがある気がした訳だ。
「駄目に決まってんでしょう! 自分で予約して来なさいよ!」
まあ、確かに。
因みに、一人三十分で日本円にして五千円だ。これは、三十分撫で続ける金額として安いのだろうか? 高いのだろうか?
一人終わる毎に三十分位休憩するけどね。
「えー! お姉ちゃんが見ている間に私が撫でて貰えば、その分、他の人が予約出来るんだよ~?」
「良いから、帰りなさい!」
妹を押し出すと、女性は溜息を吐いた。
「はー。……あれは?」
隅っこに立てかけて置いたある物に気付いて疑問の声を上げる。
「あれですか? 貴女の妹さんが猫じゃらしにじゃれてみたいと仰ったので、猫人の大きさに合わせて大きいのを作って貰ったんです」
あのエルフさんに頼んで。
因みに、この世界のエルフは他種族に名前を明かさないそうで、一族名は教えて貰ったけれど、覚えられなかった。確か、何とかの森の東の何たらと呼ばれた英雄の子孫だったかな?
「あ、あの子は……。プライド無いのかしら?」
尚、上記の女性は何故かこの後も何度かやって来て、先日来た時は「撫でても良いわよ」と言うので撫でたら、五分ぐらいして「何時まで撫でてるのよ!」と引っ掻かれてしまった。
基本、時間一杯撫でる事になっているから、短くて良いなら俺に伝えるようにと受付のエルフさんが説明しているんだけどね。
他にも、俺の髪を梳かしたい客とか、自宅のベッドより寝心地良いから寝に来る客とか、俺の顔を舐め続ける客とか、俺に踏まれたい客とか。
「……それは、大変ですね」
膝枕をして、頭とライオン耳を撫でながら話をすると、そんな感想を頂いた。
「それで、貴方が元いた世界は……」
求められるがままに地球の話を色々していると、不意に太ももにブッスリと爪が刺さった。
「ギャア!」
「あ、済みません!」
騒いでいると、俺の悲鳴を聞き付けたエルフさんが入って来て治癒術を使ってくれた。
「何か、失礼でもありましたか?」
「いいえ。うっかり、爪を出してしまっただけです」
「それなら良いんですけど。……気を付けてね。こちら、猫科人の国『マウ王国』の王族の方なんだから」
王族ね。……はい?! 王族?!
「聞いてませんけど!?」
「言って無かったかしら?」
お、王族とか、どうしろと?! 普通に撫でちゃってたけど?! 大丈夫なの、俺!?
「噂通り、良い匂いですし、満ち足りた気分になりますね。これなら、我が国の国王を撫でて貰って大丈夫です」
今、国王って言った?! 俺の精神が大丈夫じゃないよ! リップサービスですよね!?
「では、予約が途切れている一ヶ月後に、此方からマウ王国に連れて行きますので」
マジだった! 胃が痛いです。治癒術お願いします!
「さっきから死にそうな顔をしているけど、どうしたの?」
マウ王国の王族様がお帰りになられた後、俺の顔色についてエルフさんが言及した。
「ストレスがマッハで、胃に穴が開きそうです」
「意味が分からないわ」
「精神的重圧が強過ぎて、物凄い勢いで胃に穴が開きそうです」
「その程度で、胃に穴が開くの?」
エルフさんは、不思議そうに首を傾げた。
この世界の人間は、胃に穴が開かないのか?!
「俺の世界の人は、防御力高くないので」
「ああ。そう言えば、この世界の人も脆かったわね。じゃあ、回復して上げるわ」
そう言って、治癒術を使ってくれた。
風呂に浸かった様な心地良さを感じる。
「ありがとうございます」
「撫でるだけで良いのに、どうして、精神的重圧を感じるの?」
「おうさまなでるとかありえない」
「あら。珍しい体験が出来て良いじゃない」
良くない!
「それより、この世界では『人』って奴隷でしょう?! 王様の頭撫でるとか大問題じゃないですか?!」
「貴方の魔力は魔法陣に奪われていないわ。同じ『人』でも違うものよ」
「それで納得行くんですか?」
「ええ。だから、王族が試しに来たのよ」
なるほどねー。納得するな!
「王妃様に撫でて貰えば良いのに」
「王妃様と貴方じゃ、気持ち良さが違うかもしれないでしょう? 現に、リピーターは九割を超えているじゃない」
俺は猫だけで良いんだけどな!
猫を撫でながらそう思う。
転移魔法陣を使いマウ王国の王都に移動すると、わらわらと猫が寄って来た。
歩けない。
「ようこそ、お出でくださいました」
出迎えの猫人が寄って来ると、猫達は俺の後ろに逃げた。
「馬車を用意しております。どうぞ此方へ」
案内されて馬車に乗ると猫達も乗って来る。
エルフさん達が降ろすが、その隙に別の猫が乗って来るので埒が明かない。
隙を見て扉を閉めて窓から降ろして、漸く出発した。
「馬車の後ろを着いて来ているわね」
エルフさんが言うので後ろを見ると、走って付いて来ていた。
好かれるのは嬉しいけど、其処までしないで! 申し訳無いから!
「其方が異世界人か」
謁見の間にも猫達は入り込んで来て、俺にくっ付いている。暑い。
「聞いていた通り、随分猫に好かれておるのー」
王様が立ち上がる。
「では、早速」
え? もう?! 早過ぎない?!
付いてくる猫を兵士達が一匹ずつ捕まえたので、王様の寝室には俺だけが通された。癒しが欲しい。
そして、冒頭に戻る訳だ。
「うむ。もう良いぞ」
「失礼致しました」
「次は妃じゃな」
はい?! 聞いて無いよ!?
その後、王妃様だけじゃ無く王子様や王女様など王族全員を数日に渡って撫でる破目になった。
「言って無かったかしら?」
文句を言うと、エルフさんは惚けた様子でそう答えた。
「もう言い忘れている事は無いよね?」
「無いと思うわ」
「なら良いですけど。じゃあ、帰りましょうか」
「そうね。また来年ね」
「言い忘れてるじゃん!」