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従属の騎士  作者: 緑ブチ
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騎士になった日

それは、私の体が私のものであった時・・・。

それは、私の命が私のものであった時・・・。

それは、私の魂が私のものであった時・・・。


過去から未来へと続く道、生命が紡ぐ生と死の螺旋階段。この世に生きるすべてのものが通るこの道から、私は一人抜け出した。自分が信じる道を進むために、自分が信じた道を進むために。


この結末は誰が望んだのだろうか。

――少なくとも、私は望んでいない。


この結末は誰が信じたのだろうか。

――少なくとも、私は信じていない。


この結末は誰が決めたのだろうか。

――少なくとも、私は決めていない。


それは傲慢だったのだろう。自分が進む道が正しいと信じていた。正しいかどうかを決めるのは、私ではなく世界であったはずなのに。人類の未来を信じた私の道は、途中で途切れてしまった。


私がしたことは正しかったのか。

私がしたことは意味があったのか。

私がしたことは何だったのか。


失敗は些細なことが原因だった。たった一つ、配線を繋ぎ間違えただけ。それだけで世界が終わるとは思っていないかった。いくつものセーフティをくぐり抜け、何千億分の一の確率を超え、世界は滅亡を選択した。


過ちは認めなければいけない。

失敗は反省しなければいけない。

罪は償わなければいけない。


私は自分の過ちを認め、世界と対峙した。世界とちっぽけな人の子…、結果は見事な惨敗だった。だが、一本の棘だけは刺すことができた。これが私のすべてを賭けた結果だ。


それは希望になるのだろうか?

それは絶望になるのだろうか?

それは◯◯になるのだろうか?


事後のことは、いくらでも言えるものだ。だから、この問答にも意味は無い。だが、永久に続く時の中で、何度も同じ問いかけをしてしまう。あと何回過去を振り返れば、私の時間は終わるのだろうか。私は、私の時間を終わらせたい…。


――――――――――――――――


赤い光や青い光が目の前を通り過ぎていく。その先にいる巨人が炎を上げて崩れ落ち、その足元にいた兵士の上に、その身より大きな破片が降りそそぐ。その破片は容赦なく人を潰し、赤黒い血だまりを作る。多くの兵士たちの命が一瞬で消えていく…。


炎が舞い上がる空。

悲鳴がこだまする戦場。


崩れ落ちた巨人の仲間たちが、その銃口をこちらに向ける。光の粒子が一点に集まり放たれる。大地をめくり、光の帯を引いて、圧倒的な力の塊が飛ぶ。破壊が音を立てて迫ってくる。目の前を光が通り過ぎて行った後には、隣にいた仲間の巨人の姿が無かった。


直後、自分の隣で大きな爆発が起こる。一直線に土がめくれる大地。そこにいた生命は、跡形もなく消え去っていた。爆発の余波で、人間が木の葉のように吹き飛ぶ。もはや兵士の命は紙幣1枚分より軽い。爆発があった場所には大きな穴が残る。その穴は何度も何度も上書きされていく…。


戦闘が始まって2時間が経過していた。両軍は膠着状態のままだが、今の状況は攻めこんだこちら側が不利だ。奇襲に失敗した時点で、退却するべきだったと思う。ただの駒である下士官が何を言っても無駄なのだが。


俺が乗っている巨人は、オータムと呼ばれる、人が操縦する巨大な人形兵器だ。コックピットの中には人が乗れるシートがあり、その左右に手を差し込む装置がある。膝下には足を差し込む装置もあり、操縦者はシートに座り手と足を差し込む。そうすることで自分の神経を接続し、機体の手足を自分の手足のように操作することが可能になる。


この鋼鉄でできた鉄鋼機は、現代の技術では生み出すことができない。地中に埋まっている鉄鋼機を掘り出して、その複製を作っているだけだ。その技術も未熟なものであり、不良品も数多くある。突然動作不良を起こす鉄鋼機も少なくないのが現状だ。そのために整備兵が近くにいることが多く、今も近くに待機している。


このオータム型は3年前に発掘されて以来、500機以上の複製が作られている。紅を基調としたボディに白のラインが入った機体で、秋の終わり、冬の始まりを想像させる…、らしい。正直、兵器にそんな感情を抱けるほど、心に余裕があるわけではない。汎用性が高くカスタム機も多く作られているが、当然ながら俺の機体は改造などしていない。戦果を上げた者にしかその権利がもらえないのだ。


相手の攻撃が止む気配は全く無い。それどころか火力が強くなっている。こんなところで終わりたくないが、すべては上官が決めることだ。自分の運命を自分で決めることができない、戦場とはそういう場所だ。命を差しだす職業とはよく言ったものだ。


近くにいたオータム型が、大きな音をたてて崩れ落ちる。敵の攻撃が命中したのだ。戦線が自分の近くまで迫っている。まだ撤退命令は出ていない。俺も覚悟を決めるときが来たのだろうか。敵と刺し違えてでも戦果をあげる気など更々ないが…。死して得るものなど、俺には何もない。せいぜい指揮官が自分の失敗を正当化するために使うぐらいだろう。


しばらくして、上官から特攻の命令が届く。結局こうなったか…。兵士になってから、死というものに鈍感になったと思う。人の命を奪うことに躊躇いがなくなり、人を殺すことが日常になった。その中で自分の死も軽く考えるようになったと思う。慣れとは恐ろしいものである。覚悟は無いが、そうしなければならない気がする。俺が洗脳されたのか、この環境がそうさせるのか。


残存するオータム型が、一斉に巨大な大剣を両手に構える。相手の鉄鋼機がすぐ近くに迫っていた。この特攻に何の意味があるか解らない。前線の兵士は考える必要などない。そう、自分はただの盤面上の駒だから。駒は忠実に主の指示に従うだけ。最後に俺が考えていたのは、そんなことだった…。


----!!!!!!


直後に青い光が機体を貫く。視界が赤く染まり、身を焦がすような熱さが襲う。コックピットに響くアラーム音。人生の終わりとは、こんなものだったらしい。急激に身体から力が抜ける。もう指先も動かないみたいだ。以外と冷静な自分に驚く。あと数秒後には、意識もなくなるだろう。


結局、俺は何のために戦って、何のために死ぬのだろうか。小さい頃から一人ぼっちで、特殊訓練校に送られ、そのままパイロットに。気がついたら最前線でこの結末。恋の一つでもしてみたかったな。自分の居場所を見つけ…た……かった。


暗闇が襲いかかる。

もう、すべてが終わって…。


……………。


…………。


………。


「起きなさーーーーい!!」


女性の声が聞こえた。それと同時に機内のアラーム音も聞こえる。自分はまだ生きているらしい。だが、意識はあっても体が動かない。かろうじて瞼だけ開くと、そこには女性の顔があった。髪の色がオータム型と同じ紅色だった。なぜここに人がいるのか?という言葉が頭に浮かぶが、意識が朦朧としているせいか、すぐに何も考えられなくなる。


「やっと起きたわね。あなた、まだ生きたいと思ってる?」


機内のアラーム音に混ざって声が聞こえる、どうやら夢ではないらしい。俺は体の痛みをこらえながら目で訴えかける。自分はこんな場所で終わりたくない、と。死にかけてようやく気づくことが出来た。いや、思い出したのだろう。俺にはやり残した事があると。


頭から血が流れているのか、視界が赤く染まる。もう前が見えない。終わりの時が近づいているのがわかる。それでも不安はなかった。彼女の胸に抱かれている気がしたから…。


「一緒にいきましょう。」


彼女の優しい声音とともに、光が俺の体を包んでいく。それはあたたかな光。どこか懐かしい光。意識はそこで途切れた…。


――――――――――――――――


この日の会戦での死者、両軍合わせて10424人、行方不明者は30000人を越えた。オータム型が一機、光の中に消えたという噂が流れたが、真偽のほどは確認されていない…。


――――――――――――――――


敗残兵の末路。旧時代は銃殺刑が主流あったが、現代では労働力として鉱山などで死ぬまで働かされる。環境は劣悪で致死率も高い。そんな場所でも死ぬよりはマシだろうか。


光に包まれたあと、俺は見知らぬ草原の上にいた。青々とした草も、咲いている花も、どれも見たことがなかった。俺のいた大陸じゃない?ここは天国なのだろうか…。近くにオータム型の機影もない。


目の前には、大きな鉱山が見える。以前上官が持っていた資料、敵国アスリアの鉱山写真に似ている気がする。山肌に建設された大小の施設群。所々煙突から煙が出ている。確か敗残兵の収容施設の一つだったはずだ。


さて、自分はなぜここにいるのか?戦場だったムルカ平原はここから遥か西にある。そもそもここは敵国領であり、大陸すら違う。自分がここにいること自体おかしいのだ。そう考えていると、背後に気配を感じた。


「あなたが、騎士?」


白いドレスにピンクのリボンをつけて、小さな女の子がそこにいた。山間に来るには向いていない、その格好にも驚いたが、綺麗な金色の髪が俺の目を引いた。


「ねぇ、あなたが騎士なの?」


またしても同じ質問である。騎士とは何なのか、心当たりもない。答えを考えていると、小さな女の子が俺の前に来て、顔を見上げてくる。俺の瞳を見てくる小さな瞳。何だろう、少し恥ずかしい。


「ねぇ、あなた変態でしょ?」


いやいや、質問の内容が変わりすぎだろ?そもそも質問と言うより、確定済みにしか聞こえない…。


「私に発情してる?」


頬を染め、かわいらしい瞳で俺を見ながら、そんなことを言ってくる。いや、そんな訳ないだろ、そんな訳ないはずだ。女性経験が圧倒的に少ない俺は、顔を赤くすることしか出来ない。


「はいはい、そこまで!エルフィは、大人をからかわないの!」


エルフィと呼ばれた少女の後ろから、紅い髪の女性が近づいてくる。背は俺より少し低い程度、目は大きめで、こちらの表情を伺っているようだ。エルフィは口を膨らませて、からかってなんかいない!と抗議している。


「ごめんなさい。うちの妹は男の人をからかう癖があって…。」


癖というより性格だと思うが…、今はそんな事よりも重要な事がたくさんある。この紅い髪の女性は、おそらくオータム型のコックピットにいた女性だ。あまりにも色々な事がありすぎて、何から聞いたらいいかわからない。


「私の名前は、アカネよ。あなたのご主人様ってところかな?」


いやいや、またおかしな単語が出てきたぞ。ご主人様ってどういうことだ?俺の頭の上には?が一杯になっているに違いない。


「姉さま。この変態……、ごほん。騎士様は、状況がつかめていないようだけど?」

「あれ?おかしいなー。言語翻訳機能に問題は無さそうだけど…。あー、テステステス、聞こえますか?」

「姉さま、そういう意味じゃ…。」


ここでようやく、自分が声を発していないことに気づく。別に声が出ない訳ではない。ただ、タイミングが無かっただけだ。


「大丈夫だ、聞こえている。少し頭が混乱していたようだ。」

「なーんだ、良かった。あのコックピットの中で、君が質問の意味を理解できていなかったら、ここまで連れてくる意味がないからね。うん、本当に良かった!」

「コックピットの中の質問って、まだ生きたいかってやつか?」

「そうそう。生きたかったら、私の騎士になれ!ってやつね!」


あのとき、騎士の話なんてあったか?確かに意識は混濁していたが…。そもそも騎士って、あの槍を持って馬に乗っているやつの事だろうか。


「ごめん、考え中のところ申し訳ないんだけど、あまり時間が無いから、話を進めてもいいかな。とりあえず、君に残された時間は残り数時間しかないの。運命を改変して、君を救うことは出来たけど、それは、一時的な処置でしかない。このままだと君は、この時間の流れから弾き出されてしまう…。」

「運命を改変したことの副作用よ。へんた…、騎士様は、あのコックピットの中で死ぬはずだった。それを、姉さまの力で助けたの。」


「おいおい、時間の流れから弾かれるってどういうことだ!俺はどうなるんだ?」

「あんたの意識が世界の外側に飛ばされて、干渉できない世界を永遠に見続ける事になるわ。死ぬこともできず、生きているかもわからず、ただただ終わりのない時を過ごすの。」


エルフィの説明を聞くも相変わらず何を言っているかわからないが、さすがの俺もこの状況が不味いことだけはわかる。


「もー!エルフィがそんな事を言うから怖がってるじゃない、彼。大丈夫よ。そうさせないために、今ここにいるんだから。」


アカネと呼ばれた女性が、優しい微笑みを俺に向ける。一瞬ドキッとしたが、今はそれどころではない。聞くことはたくさんあるのだ。


「いくつか質問があるんだが。いいか?」

「はーい、時間は無いけど、答えられるものは答えるわよ。」

「私は余計なことを言うみたいだから、姉さまに任せるわ。」


どうやらエルフィはご機嫌ななめになったようだ。顔をプイッと外に向ける。なぜか俺を睨んでいた気もするが、怒ったのはアカネのはずだぞ。今は気にしていられないので話を続ける。


「俺はどうやったら、時間の流れから弾き飛ばされなくなるんだ?」

「あー、それは簡単ね。あなたの存在を時間の流れに固定するの。世界に、俺はここにいるんだ!って教えてあげるわけね。そのために必要なものがそこにあるの。」


アカネはそう言って、鉱山の方を指差す。


「必要なものって何なんだ?」

「うーん、見てからのお楽しみってことで。」

「いや、何か分からないなら探しようもないだろうが!」


「確かに…。でもなー、あれは機密事項だから…。うん、エルフィのスリーサイズで手を打ちましょう。」

「別に知りたかねーよ!」


鋭い突っ込みをいれる俺。あっ、視線を感じる。これは…、殺意なのか…!?エルフィが半笑いでこちらを見ている。だからなぜ俺が…。


「他に無いかな?」


あー、完全にスルーしたぞ。しかもこの状況で何を聞けと!?


「ち・な・み・に、私のスリーサイズは秘密だからね!」

「知りたかねーよ!」


アカネの胸のサイズには興味があったが、今はそれどころではない。鉱山にある何か、を見つけなければならない。


「とりあえず、あの鉱山に向かえばいいのか?」

「えぇ、でもその前にやることがあるわ。」

「やること?」


アカネが急に真顔になる。かなり重要なことなのだろう。エルフィも真顔…、いや、表情が乏しいだけな気がする。


「……。」

「……。」


しーん、となる空間。頬を染めるアカネ。なんなんだ、この空気は…。こっちまで緊張してくるぞ。そしてアカネが口を開いた。


「名前を教えてください!!」

「………。」


ちょっとドキッとしたが、緊張した自分が恥ずかしくなる。確かに名前がわからないと不便だしな!


「俺の名前はカイトだ。面倒だから、敬称はつけなくてもいい。」

「カイト…、ね。これからもよろしくねカイト!」

「変態の名前は、カ・イ・ト…っと。」


エルフィが何やらメモをしているが、気にしないことにする。そもそも覚えられないほど難しい名前じゃないと思うが…。続いて二人の自己紹介が始まる。


「じゃあ、改めまして。私はアカネよ。私も呼び捨てで構わないわ。」

「私は、エルフィよ。エルフィ様って呼びなさい。変態にはそれがご褒美なんでしょ?」

「いやいや、誰が変態だよ!俺は変態じゃないからな!!」


エルフィはどうしても俺を変態にしたいらしい。


「とりあえず、自己紹介も終わったし、先に進みましょう!」

「そうね、行くわよ変態」


エルフィを様付けで呼ぶのは決定事項なのだろうか…。まぁ、今は気にしても仕方がない。俺は、俺の存在を世界に認めさせなければならない。俺は生きる事を選択したのだから…。




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