〜第一章〜
※ドイツ語を度々使ってますので、意味をこちらに書きます。
グーテンターク(こんにちは)
リーベトッホタァ(愛娘)
ヤパーナァ イェーダァ マイン ナーメ イスト リンゴカザキリ(日本の皆さん、ボクの名前は風斬林檎です)
エス イスト ディ プッペ ディ アオス ドイチュラント コンメン(ドイツから来た……人形です)
ブラオフランメ(青い炎)
グーテンアッペティート(いただきます)
マイン イスト プッペ ザイン アーバァ ヘルツ ズィー カイン プロドゥクト(ボクは人形だ。だけど心は、作り物なんかじゃない!!)
主要人物の名前
・風斬林檎
・譚檎
・華雪
・風斬朱毬
妖怪、噂怪の名前
・フランケンシュタインの娘
・猫女
・幽鬼
・ゆきんこ
・七不思議
・後髪
・鈴彦姫
・神通主
痺れるような寒さが肌を突き刺し、住宅街から元気を奪い去ったような夕方の頃。
代わり映えのしない家並みはその中にのみ人々の温かみを押し込め、道を歩いている一人の少女には一切の優しさを振りまいてはくれない。
「ふう、やっと着いた」
無言で歩いていた少女は古い門扉の前で立ち止まると、白い息混じりにそう呟いた。
遠くの空には太陽が沈みかけ、薄闇に染まりだした景色を街灯の灯りが照らしだす。
錆付いた門扉の中には木造のアパートが建っており、灰色の住宅街の中でもって少し異彩を放っていた。
「えと、神通町の南、神通駅より徒歩二十分のところにあるアパート……ここ、だよね? なんだか、聞いてたより更にボロいな」
キャリーバッグを横に置き、ふと辺りを見回してみる。
ブロック塀には木の板が打ちつけられており、名前とおぼしきものが書いてあった。
「富裕荘ね……博士から教えてもらった名前と同じ。やっぱり、ここで合ってるんだ」
想像していたものとはだいぶ差があるが、それは自分の勝手な幻想のせいである。博士から言われた命令には、何の影響もない事だ。
「何だろ、頭痛がするなぁ……それにしてもボロすぎじゃないかな? モチベーションって大事だし、こうも落差が激しいとこれからが心配になるよ」
一人でブツブツ、傍から見れば危ない感じの少女。
その時風が一際強く吹き、少女のツインテールに結ばれた髪を揺らした。
ちょうど地面で舞っている枯れ葉のような茶髪に、同色の瞳。
灰色のパーカーコートは体格より一回り大きく、強い風だと靡いてしまっている。
コートの隙間から入り込んでくる風に身を縮ませ、頬を林檎のように赤く染めて、少女はやっと今後の決意を固めたのか、一歩前へと踏み出した。
富裕荘の敷地内では、黒髪の少女が竹箒で庭の掃除をしていた。
冬とは思えないTシャツにミニスカート姿の、小学生ほどの少女である。
敷地内に入ってきた人物に気付いたのか、落としていた目線を上げる。
キャリーバックをガラガラ言わせながら、ツインテールの少女は笑顔でこう話しかけた。
「グーテンターク、ボクはドイツからやって来た【フランケンシュタインの娘】で、日本用の名前は林檎っていうの。ここに【猫女】って『妖怪』がいるよね?」
林檎の自身に対する評価としては、自分は他人に嫌われるようなタイプではないと思っている。
人を不快にさせないよう笑顔を心がけているし、言葉も慎重に選んで話している。
この世の中で生きていく上で、なるべく敵というのは作らないほうがいい。
書物で学び、その通りに行動する事を常とした……しかし会った事がある人間は今まで博士だけだったので、本当に実践できていたかどうかは分からないのだが。
「…………」
「あ、ありがとう華雪ちゃん」
キッチンスペースとくつろいでいる部屋が一つの、1DKの間取りの部屋だ。
コタツに入っている林檎に、華雪と呼ばれた少女は無言でお茶を差し出してくれた。
「……」
「……」
華雪が向かい側に座ると、部屋には重苦しい空気が満たされる。
先ほど蚊の鳴くような声で「華雪」と喋ってから、少女はまだ一言も発していない。
部屋に案内したのも好意からというより、なんだか事務的な様子に見えなくもなかった。
林檎は自分から話そうかと考えたが、相手の陰気さになかなか言葉が出てこなかった。
はっきりとした態度ではないにしろ、華雪は他者を拒絶しているようであり、それを切り崩すのが難しい事を、博士という前例によってよく理解していた。
(博士の場合は完全に他者を拒絶してたから、この子はまだマシなほうだけど……そもそもボクの事をちゃんと知ってるのかな?)
ブラウン管のテレビからは夕方のアニメ番組が流れており、華雪はテレビ画面を眺めたきりこちらを見向きもしない。
横顔から幼く、まだあどけなさが残る顔は可愛く感じられるが、感情の見えない今は精緻な日本人形のようであった。
薄くなった出がらしのお茶に味はなく、テレビの音だけが虚しく部屋に響いていた。
「か、華雪ちゃんはアニメが好きなの?」
とうとう耐え切れなくなって、とりあえず世間話でもと林檎は喋ってみる。
「……」
予想通り、返事はない。
「この番組って、長く続いてるんだよね? ボク、日本へ来る前に色々調べたんだ」
「……」
これにもやはり、返事は返ってこない。
「……えっと」
おじいちゃんが心の俳句を読み、妙に達観したおかっぱ頭の少女がテレビの中で笑っているというほのぼのとしたアニメに対し、現実側は沈鬱としたものだった。
そもそも会話のキャッチボールが成されない時点で、ほのぼのなんていうのは期待できない。
ここまで見事に無視されると、何だか意地でも喋らせたくなってくるから不思議である。
笑わせて、笑顔を拝まないと林檎は気が済まなくなってきていた。
偏屈でヘソ曲がりな博士とのファーストコンタクトは、こんなものではなかった。
その時を思い出せと自分に強く言い聞かせる。
林檎の胸中で、あまり必要ではない情熱の炎が燃え上がった。
まずは行動からと、さっそくテーブルの上にあった籠の林檎を手に取る。
ちなみに蜜柑も一緒に置いてあったが、名前も相まってついついこっちに手が出てしまった。
「冬の風物詩といえばコタツに蜜柑だけど、林檎っていうのも乙な感じがするよね。ボクの名前が林檎っていうのはさっき言ったけど、これは博士が付けてくれたんだ。博士っていうのはドイツにいるボクの『生みの親』で、これが変人でさ――あ、この林檎美味しい! やっぱり林檎といえば日本じゃ青森なのかな? ここに来る前色々日本について勉強したけど、そういえばこのアニメも――」
これぞ博士との生活で身に付けた技、『ただひたすらに話しかける』である。
果たして誇るようなものなのかどうかはさて置いて、こんなに話しかけられたら嫌でもこちらに注意を向けなければいけないはず。
まずは興味を持ってもらう、全てはそれからだ。
案の定目線を向けた華雪だが、話しかけてはこなかった。
なかなか強情だなと林檎を噛りながら、次に話す言葉を考える。
我慢比べなら負けるつもりはなかった。ドイツにいた頃も博士を喋らせるまで六時間ほど話していた事があったからだ。
「ん、どうしたの?」
言葉の第二撃を放とうとしたところで、華雪が袖を掴んでいる事に気が付いた。
相変わらず無言だが、その瞳に感情がこもっているのだけは理解できる。
何か喋るのかとワクワクしながら待っていると、ついに華雪の口が開かれた。
――キラリと何かが光った気がした。
「……え?」
つぅっと、頬を液体が滴り落ちる。指で拭ってみるとそれは赤く、生暖かった。
ゆっくろ後ろを振り返ると、壁に先ほどまで無かったものが突き刺さっている。
どうやらそれは細長い氷柱のようで、触ると指が痺れるほど冷たかった。
「え……と、これ、華雪ちゃんがやったのかな?」
「うるひゃい」
開いた口から白い靄を吐きながら、華雪の目が鋭く光っていた。
口の中には細かい氷の粒が充満していて、キラキラと乱反射をしている。
紛れもなく、間違いようもなく、華雪は口から氷柱を吐き出したようであった。
「華雪ちゃんは人間じゃないんだ」
「うるひゃ――」
「わわごめんごめん! もう黙るからさ!」
慌てて口を噤んでにっこり笑顔を向けると、華雪はこっちを気にしながらもテレビのほうに向き直り、またそれきり喋らなくなった。
手持ち無沙汰になってしまったので、林檎は仕方なく部屋の中へと視線を移す。
一人暮らしの様相で、華雪の趣味なのか部屋にはスノードームが置かれており、様々な国のものがあるようだった。
(この部屋、生活感がまったくない。タンスとテーブルと、コタツとテレビ……それ以外で目立つのはスノードームくらい。生活臭といった匂いが存在しない。まるでベッドメイキングされたホテルみたいに、ここは生活観が希薄だ)
この子は一体、この部屋でどんな生活をしているのだろう……それを考えると急に悲しくなってしまい、無口で無愛想な華雪が何だか愛おしく思えてきた。
一人で過ごす夜ほど孤独なものはない、それが痛いほど分かる林檎だからこそ、そう思えたのかもしれない。
林檎は華雪に近づくと小さな手を握り、一緒にテレビを見た。ちょうど番組は家族の日常を描いたアニメが始まったところで、頭に一本の毛が生えたお父さんが電車に揺られている。
華雪はちらりとこっちのほうを見たが、邪魔をしなければどうでもいいのか何も言ってこなかった。
本人が淋しいと思っているか分からないし、この行動を煩わしいと思っているかもしれないが、でも……自分は、知っているから。
一人で過ごす夜の淋しさも、身震いする孤独の悲しさも、よく知っているから。
「……変な、人」
「残念だけど、ボク『も』人じゃないんだよね」
手の甲で頬を拭うと、不思議と林檎の頬には傷が見当たらなかった。
最初から怪我などしていなかったように綺麗なままで、林檎色に紅潮しているだけだった。
ちょうどその時、玄関の扉が開く音がした。キッチンスペースと部屋を仕切るガラス戸が開けられると、スーツ姿の若い女性が顔を覗かせ、突如しかめっ面になった。
「げ、また癇癪を起こしたのかお前は」
どうやらしかめっ面の原因は、林檎ではなく氷柱のようであったーー
「ふむ、お前があの【フランケンシュタインの娘】か。一応は話を聞いているが、時期までは知らされてなかったからな。せめて連絡くらいはしてほしかったものだ」
「ごめんなさい、博士から連絡がいってるものと思ってて。華雪ちゃんの反応見てたら、そうじゃないって気付いたけど、今更帰るのもあれだったので……」
先ほど入ってきた女性は、慌てて事情を話した林檎の説明に納得し今はコタツでくつろいでいた。
肩口で切り揃えられたショートボブは金色で、瞳は翡翠色とでもいうのだろうか。
日本人らしからぬ肌の白さは、外国人のそれである。
(まあ私も外国人なんだけどね……ただ『素体』は日本人の女の子らしいから、この人よりは日本人っぽいけど)
「帰る? もしかしてお前、神通町について何も聞いてないのか?」
華雪から受け取ったお茶をすすりながら、女性が訝しげな声を出す。
その言葉の意味が分からず林檎が首を傾げると、女性は一時悩むように腕を組み、一言「よし」と呟いた。
「もう町に入ってしまったから仕方がない、か。とりあえずは衣食住の確保だな。部屋はここの隣が空いているし、服も私のお古が実家にあったから、当面はそれでいいだろう。食事は日本のものに慣れてもらわないといけないが、好き嫌いがあるなら今のうちに聞いておくぞ?」
あまりにもすんなり話が進んでいる事に対し、ちょっと警戒するように女性を見た。
初対面の人間に優しくする者は何かしらの裏がある、純粋な優しさのみで行動する人間なんていない――博士にキツく言われた言葉である。
他人をすぐに信用するな、人はすぐに裏切る……苦々しげにこうも言っていた。
警戒している様子が分かったのか、女性は苦笑を浮かべる。
「お前みたいに神通町を訪れる奴等は珍しくないんだよ。ある者は噂を聞いて、ある者はこの土地に誘われるまま――ってね。そんなのを世話するのが私の『役目』、この町で私に課せられた仕事ってわけだ。まあ他にも高校で非常勤講師もやっているが、こっちは趣味のようなものだからな」
テレビのリモコンで雑多にチャンネルを変えながら、横に座っている華雪の髪を無意味に弄っている。
華雪は抵抗せず視線はテレビに食らいついたままなので、きっといつもの光景なのだろう。
さっきまで淋しそうに見えた少女の日常が、一人ぼっちでなかった事に少し安心した。
「えと、名前聞いてもいいですか?」
「ああ、私は――」
女性はテレビに向いたままそこまで喋ると言葉を切り、ややあって首をぐりんとこちら側に向けてきた。
「……私の名前が聞きたいのか?」
「そ、そうですけど……何か変なこと聞きましたか? 人とコミュニケーションを取るには、まずは名前からって本には書いてありましたし」
林檎の答えに女性はますます不思議そうな顔をして、袖を引っ張る華雪の「この人、変わってるの」という囁きに、三度唸り声を上げた。
「あの……」
さすがにこんな反応をされれば気にしないわけにもいかず、もしかしたら日本の風習とは違う事でもしたのかと林檎は心配になり、女性に声をかける。
「確かに最初自分の名前を言ってくるやつも珍しかったが、人間と仲良くか……もう一回聞くが、お前の名前は?」
「え? 林檎ですけど」
「そっちじゃなくて、なんというか、俗称? 呼称? のようなものの事だ」
「えと、【フランケンシュタインの娘】でいいのかな? でもこっちの呼び名はあんまり好きじゃないんだ」
てへへと笑う林檎に、女性は眉間に皺を寄せたまま、「フランケンシュタインとは、あのフランケンシュタインでいいのか?」という問うた。
すると林檎の顔から生気が抜け、一瞬だけ表情や感情といった一切合財が消えうせた。
無表情とも違う、まるで能面のようなその顔に女性は寒気が走るが、気付いた時にはもう林檎の顔には生気が戻っていた。
女性の寒気は収まらず、だけど同時に納得した。
ああ――彼女は人間とは違う、別種の存在なのだと。
「うん……日本でどう伝わってるか知らないけど、多分同じだと思います。人の死体を切り刻み、繋ぎ合わせ、足りない血肉を別種の物質と代替溶液に変えて、『理想の人間』の設計図の通りに造られた、神の摂理に反する存在……ボクはその造られた中で唯一名前を与えられた成功作なの」
「ふむ……何やら重い話を聞いた気がするが、私が知りたいのは出生の秘密などではなくてだな――」
『――この子は自身の存在をきちんと把握していないの。だから人間みたいな行動をする、妖怪が他者、特に人間と親しげにするのがおかしいなんて分からない、なにせ生まれたばかりなんですもの』
その時、どこからか聞きなれない声が部屋の中に響いてきた。
女性と華雪は突然の声に驚いているが、林檎だけは嫌そうに辺りを見回している。
「博士……いつまで付いてくるの? 過保護は子供にいい影響を与えないよ」
『夜行列車で寝過ごすお馬鹿なリーベトッホタァ、あなたがしゃんとしていたら私も心配せずにいられるんですけどね。十六歳から飲酒が可能と知るや、飛行機内でグビグビ飲んで周りに迷惑をかけた、あなたの行動の幼稚さにはたまに溜め息が出てしまいます』
「なっ!? なんでそんな事まで知ってるの!」
見えない相手と言い争いを始める林檎に、女性は先ほど感じた寒気も忘れ、ただただ苦笑いを浮かべるしかない。
なにせ、こうやって見ていると林檎は年頃の人間の娘にしか見えないのだから。
『ところで、そこの金髪さん』
「わ、私か?」
博士と呼ばれている声からいきなり矛先を向けられ、女性はビクッと肩を震わせた。
姿が見えないというのはつまり、全方位に気を配るという事なので、どうにも緊張してしまう。
『あなたがまだ名乗らないのはなぜかしら? もしかして私の娘に不満があるのかしら? 仲良くしたくないとか、さっそくのいじめ? だとしたら放っておくわけにはいかないけれど……どうなのかしぎゃああっ!?』
くどくどと小言が始まりそうな雰囲気に女性が冷や汗を垂らす――まさにその瞬間、小言は悲鳴へと変わった。
「え!? 博士!!」
林檎が慌てて声をかけると、博士のとは別の声で「大丈夫よ」という返事が返ってきた。
ずっと待っていた声に、女性は安堵の息と一緒に「遅いぞ」と小言を言ってやる。
「これでも大急ぎで戻ってきたのよ? それより窓を開けてちょうだい」
声に従って窓を開けると、冷気と一緒に白い何かが部屋の中へと入ってきた。
それは新雪にも似た真っ白な猫で、金色の瞳を爛々とさせ、『二本の尻尾』を緩やかに揺らしながら林檎を見据える。
口には、甘噛みされた雀が一羽。
「さて、最初に知りたいのは私の名前かしら? それともこの雀の行く末?」
『――とんだ目にあったわ。噛まれる痛みがあなたに分かる? まさに身を切られるような痛みなのよ』
「あんたが人の部屋のとこでごちゃごちゃ言ってるから悪いのよ。大体それは何? 雀……なの?」
部屋の中では珍妙な光景が繰り広げられていた。猫と雀が喋りあう――それも人の言葉で。
しばし呆気に取られてその光景を見ていたのだが、林檎は思い出したように立ち上がった。
「ちょ、ちょっと待って! とりあえず整理させて――まず華雪ちゃんは、妖怪でいいんだよね?」
「……うん」
妖怪――人とは異なる理の中で生きるモノ。
その捉え方は地域、風習、歴史背景によって様々だが、総じて言えるのが『人に害する存在が殆ど』ということである。
「詳しいことは追々聞くとして……そして、あなたは風斬朱毬さん。ボクみたいに来るモノ達の支援をする人間、でいいんだよね?」
その問いは白猫のほうに対してだ。白猫のほうは大きな欠伸をして、「その通りよ」とだるそうに答えた。
「最後にあなたが……【猫女】。ボクがここに来た理由」
「ええ、私が【猫女】。でもそう呼ばれるのは好きじゃないから、譚檎って呼びなさい。いいわね、?」
「えと、分かった。これからよろしく、譚檎」
とりあえずは自己紹介を終えられた事に安堵し、続いて博士のほう――といっても雀なのだが――を向く。
「それで博士? ボクがここに来た理由って、一体何なの?」
「ぶっ!!」
朱毬が勢いよくお茶を吹いた音である。
「なっ、お前は理由も知らずにこの町までやってきたのか!? 普通色々と聞いてから来るものだろう、それに博士といったか。普通は色々教えてから送り出すものだろう!」
正論ともいうべき言葉が飛んでくる。しかし林檎はぽかんとしたまま、博士といえばチュンチュンさえずるだけで、反応らしい反応を示さない。
「えと、でも必要な情報はあっちに行ったら分かるって言われたし……」
「ようするにこっちに丸投げしたって事よね?」
白い毛並みを整えていた譚檎が嫌みったらしく問いかけるも、それにすら博士の声は反応しない。
さすがにどうしたんだと皆が顔を見合わせていると、林檎がふんふん頷きながら何か呟きだした。
「うん、分かった。伝えとく……またね、博士」
言うと顔を俯いていた顔をあげ、テーブルの上にいた雀をむんずと掴み取った。
そして――外へと投げた。
「って何してんだ!!」
朱毬が叫んだ直後、癇癪玉の音を数倍大きくした爆発音が辺りに響き渡った。
夜の住宅街にまったくもって似つかわしくない音に鼓膜を震わされ、どこかで驚いた犬が鳴き声をあげている。
「活動時間の限界が近かったみたいで、うまくリンクしてなかったみたい。それに博士の発明品には殆ど自爆装置が付けられてて、用を終えると爆発するようになってるんだ」
「なんつう自分勝手なやつだ……まさか林檎、お前にも、か?」
林檎は笑顔で「さあ」と答えた。
冗談ではない、と本気で思う朱毬であったーー