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騎士名誉クラブ  作者: 雪ハート
騎士クラブ編
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蜜蜂

馬車の揺り籠に心地よさを覚えた。どのくらい寝入っていたのだろうか、ソフィアは閉じた瞼に暑い光が照り付ける感触に目を覚ます。まだ瞼が熱い。

身体を起こせば、隣で座っていたジャンヌと目が合った。「よく眠れたか?」と問う彼女に、ソフィアは頬笑みを返して頷いた。

「どのくらい寝てた?」

すっかり日が昇っている、昨日は日暮れから今に至るまで記憶がない。かなり長い時間寝ていたのだろう。ジャンヌは寝たのだろうか?彼女の表情からは、睡魔や疲れの色は一切うかがえなかった。

「疲れていたのだろう」

質問の答えは曖昧なものだったが、ジャンヌの言うとおり、かなり深く眠っていたようだ。

「なんか、甘い香りがする」

強い匂いに刺激を受けた脳が次第に目覚めていく。寝起きの気だるさなど気にせずに、平野を流れる風が、甘ったるい香りを運んでくる。

「ふっ…そなたは鼻が利くのだな。ハニーワイン河だ」

ジャンヌが苦笑を浮かべる。ほころんだ目元、艶やかな唇。どこか愛情深い表情を浮かべたまま、風上に指を向け、甘い匂いの主を告げた。

向けられた指の先には、立派な河が流れていた。

「なんで、ハニーワイン『蜜酒』?」

この河の水を飲めば、蜜のように甘ったるい風味がするのだろうか?ありもしないことを考えてしまう。蜜のような濃厚でとろりと滴る黄金の河…、パンを浸して食べるのが良い。乾いて硬くなったパンも多少はマシになるだろう。

「この河の上流に、ハニーワイン醸造場がある、香りはそのせいだろう」

つかの間の夢、ジャンヌはソフィアの浅はかな妄想に気付いていたのだろうか?ソフィアは焼き立ての頃が嘘であったかのような、硬く乾いたパンにかぶりつき、恥ずかしさで赤く染まる頬を膨らませて誤魔化した。河の甘い香りがパンの味を多少マシにしたような気がした。



「ソフィア、見えるか?あれが『白銀の城』だ」

『白銀の城』は王の城、王都『王の庭』に到着したのだ。

城を囲む庭、そして庭を囲む巨大な石の壁。その壁で中の様子は見えないが、微かに聞こえる製鉄の音、多種多様な匂い、王都と生命の活気が伝わってくる。

馬車は、王都の前で停止した。遠目には見えなかったが、王の庭は、流れる川に囲まれた場所に建てられていた。入るには、門へと架けられた橋を渡るしかなかった。故に『王の庭』と名付けられたのだろう。外敵の侵入を容易く許さず、城に君臨する王のみが見下ろせる街の景色。ただ、その優越感に浸ってみたいという感情はソフィアの中には芽生えなかった。


長い石の橋を渡り終え、オークの木で造られた門の前に立つ番兵にジャンヌは門を開かせた。


眼前には美しい光景が広がった。石を敷き詰めた道が『白銀の城』目指して伸びている。その道を彩り飾り付けるように道なりに沿って住宅、宿屋、酒場、醸造場、鍛冶屋、怪しい店と顔を並べている。

道の隙間には、意図しているのかいないのか、小さな青い花がゆらゆらと揺れているのが見える。人の声が騒がしく行き来し、無機質な鉄の音、焼ける肉の香りが一面から広がっていた。ソフィアは圧倒された。自身が暮らしていた村とそれほど遠くない場所に、こんな世界が存在していたとは…。この時ばかりは、物語に聞く、魔物や魔法も存在しているのではないかと思わずにはいられなかった。


「騒々しいがすぐに慣れる。とりあえず本部に案内しよう」

ソフィアは頷き、彼女の後に続いた。

城を目印に石の道を歩けば、突然視界が開けて広場に出る。その広場の左の脇道を進むと教会が姿を現した。壁は厚く重そうな石で造られ、鐘楼は見張りのようにしっかりと構え、教会の入り口も人が最小限入れる隙間しかない小さな物だった。

「これが本部?」

「うむ、精霊騎士団本部だ」

どうやら、この小さな要塞が本部で間違いないようだ。金や銀で装飾された近寄りがたい建物を想像していたソフィアにとって、懐かしさを思わせる質素な作りに、半ば安堵を感じていた。


本部の入り口をくぐる、中は意外と広く、村にあった教会とほとんど同じ作りであるように思える。

ソフィアが中をぐるりと見渡していれば、隅にいた住人と目が合った。白い犬、黄金の瞳がじーっとこちらに向けられ、ソフィアは動けなくなる。耳は鋭くとがり、そのすっきりとした輪郭は、堅実さや知性を感じさせる。犬というよりは狼だったが、襲って来ないので犬なのだろうと、ソフィアは自身に言い聞かせた。


「あら、新人さんですの?」

教会に並んだ長椅子の一つから、頭を出した女性。髪は肩まで伸び、ソフィアと同様にくせ毛。しかし、違うのは、長身…そして豊満な胸。

「彼女は、副団長のリアナ・デインだ。こちらは、ソフィア・イェルダ」

「ソフィアです、よろしくお願いします」

ジャンヌと出会ってから、まともに人と会話していなかったことに気づく。ソフィアの声は上ずっていた。

「わたくしはリアナですわ、よろしくね、ソフィア」

挨拶を交わしお互いの手が重なる。ソフィアの目の前には微笑むリアナ。瞳は深い紫と黒。ジャンヌと同様に美人だが、微笑む彼女の頬は赤く火照り、強い蜂蜜の香りを漂わせた。記憶の途中で匂うあの香り、ハニーワインの甘い香り。


 

リアナのにへらと綻ぶだらしない笑顔は、無邪気であり、そして完全なる酔っ払いの笑顔だった。












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